最初の依頼者らしいです。7
◆
日が高く昇った、快晴の空。
私は今、残り少なくなった穀物を炊いて、おにぎりを作っていました。
いつも農作業の休憩中に振る舞う昼食ですが、今日は違ったのです。
「おい、ソフィー」
後ろから声が掛かりました。そこにいたのは、私の兄のような存在―――親のいない私をずっと見守ってきてくれた、スレイヴの姿がありました。
「あ、スレイヴ。ちょうど良かった、おにぎりがそろそろ出来上がるから、みんなに持っていってくれる?」
そう言った私に、スレイヴはむっとした顔をしています。
「……それ、あいつらに渡すんだろ?そんな貧しい食事食べてくれるのか?」
「もちろんよ。あの方たちは私たちを助けに来てくれたのよ?できるだけお礼したいじゃない」
「……確かに、俺たちが罹ってた伝染病の原因を取り去ってくれたのは感謝してるよ。でもよ、畑の作物が育たたなくなったのは別の問題だろ。解決なんて絶対に無理だ」
私の言葉に、スレイヴはずっとむくれてます。
……私が呼んだあの方たちのことが気に食わないようなのです。
「……ねぇ、どうしてそんなこというの?レティシア様とユート様のことが嫌いなの?」
「嫌いってわけじゃない。そういうわけじゃないが……」
目を泳がせると、スレイヴは襟足をぽりぽりと掻いています。
「見たでしょ?ユート様がすごい魔法を使ったところ!全員に解毒魔法と、魔術の抵抗力を上げる魔法をかけてくれたの。しかも詠唱もしないで、ただ魔術名を言っただけで奇跡を起こしたのよ!レティシア様もすごい魔術師だし、悪い人たちじゃないわ!」
「俺が言いたいのはそういうことじゃなくて……」
むすっ、とした顔をなおも崩しません。一体、どんな不満があるというのでしょうか。
「―――あ、こんなところにいたんだ」
すると、台所の入り口から、ユート様がひょっこり現れました。
黒い髪と、まるでサファイアのように光り輝く瞳。見た目は私よりも幼く見えますが、私やスレイヴよりも比べ物にならないほどすごい力を持った魔術師です。
ユート様をまじまじと見つめてしまったことにハッとして私はおにぎりを作りながら声をかけました。
「ゆ、ユート様、どうしてこんなところに?」
「レティがジーラスさんと話し合いをしてるから、何もすることがないんだよね……」
あはは、と苦笑すると、私の目の前に置かれているおにぎりに気がついたようです。
「おにぎり?もしかして昼食?」
「あ……はい、レティシア様とユート様に、せめてものお礼として……」
びっくりしたように、ユート様は目を見開くと気まずそうな表情になりました。
「……食糧、あんまり貯蓄ないんだよね?僕たちのために作らなくても……」
「そんな、皆さんをお救いしたのですから、これぐらい……」
ユート様と話していると、とても謙虚な方であることが分かります。
私が知っている魔術師は、自分の魔術知識を披露し、魔術を使用できない私たちを軽蔑する人たちばかりで、ユート様とレティシア様のような魔術師を見たことがありませんでした。
「それじゃあ、僕も手伝うよ」
と、そこで私の横に立って袖を捲りました。
「!!ユート様はお休みになってください!魔法を使ってお疲れになられているのに……」
「何もすることなくて暇なんだよね。それに、このおにぎり僕たち以外にも配るんでしょ?二人でやった方が早く終わるって」
にこりと微笑むと、ユート様は用意された穀物を丸く握っていきました。
……しかも私よりも早いです。
森のお屋敷でユート様の料理を見たのですが、あんなに美味しい料理を食べたことがありませんでした。
魔術もすごくて、料理も上手いなんて、少し嫉妬してしまいます。
「おい!勝手なことをするな!」
と、後ろで私たちを見ていたスレイヴが大声を上げました。
「いいか、これは役割分担ってやつだ!俺たちが畑仕事をする代わりに、女は料理を作る!俺たち獣人の鉄則だ!それを勝手に……!」
「え、えぇ……?」
ユート様が困惑していました。
獣人の鉄則、なんていうけど、そんな鉄則なんてありません。手の空いた者が昼食の係になるだけです。
いつもはこんなに怒ることがないスレイヴに、私は不審に思いました。
「ねぇスレイヴ、一体どうしたの?さっきからおかしいわ」
「な、なんだよ……お前、こいつのこと迷惑だって思ってるんだろ?それならちゃんと言えよ!」
「そ、そんなこと一言も言ってない!あのユート様、決して迷惑というわけではないのです。ただ、村の恩人にこんなことをさせるのは……」
「う、うん……?そんな畏まらないで良いってば。やっぱり、料理を作るのって複数人で作った方が楽しいかなって思ったからさ。……一人暮らしだったからそんな機会一度もなかったし」
「え?いまなんて……?」
「いや……気にしないで。独り言、独り言だから……」
しょんぼりしてしまったユート様。
もしかしたら、スレイヴの罵声に気落ちしてしまったのかもしれません。私は後ろに控えていたスレイヴを睨みつけます。
「ソフィー、俺はお前を心配して―――」
「もう、スレイヴっ!ユート様のことをこれ以上ひどく言わないで!早くここから出ていってよ!」
「ちょっ!おい!」
ぐいぐいっと背中を押すと、スレイヴはぐぬぬ、とこちらをじっと見つめた後、そのまま部屋を出ていきました。
振り向くと、こちらを興味深そうに見つめて、おにぎりを上手に握っているユート様の姿がありました。
見苦しいところを見せてしまいました。私はとっさに腰まで頭を下げました。
「ユート様、本当に申し訳ありません……スレイヴは私の兄のような存在で……村の外から来た人へ敵愾心のようなものを持っているのかもしれません」
「あ、ああー……。兄のような存在、ね……なるほど」
「?ユート様?」
苦笑したユート様に、私は首を傾げました。
「僕を嫌ってる理由、大体想像できちゃったな……。おにぎりあと何個作ればいい?」
「?あと10個ほどですね」
「了解、じゃあすぐに作っちゃおうか」
にこりとユート様は微笑むと、いそいそとおにぎり作りを再開しました。
私も横に立っておにぎり作りを再開します。
「あの……ユート様は、魔術皇国の出身なのですか?」
「魔術皇国?」
私の言葉に、ユート様は首を傾げました。
最高峰の魔術を行使できる魔術師が集う魔術国家なのですが、どうやらユート様はその国を知らないみたいです。
「ごめん僕、国のこととかあんまりよく知らなくて……周辺にある国ってどういうのがあるの?」
「え……」
なんと、この国の名前のみならず、この大陸にある国の名前を知らないというのです。
私はここで、質問したことを失敗したと思いました。
あの森の奥深くに、レティシア様と住んでいるとお聞きしました。
もしかしたら、なにか事情があるのかもしれないからです。
「あ、えっと……この国はファブロス王国といいます。北にあるこの大陸で一番大きい国がジルケディア帝国、それと西にある国が、私が先程言った魔術皇国、エスフィナです。あとは小さな国が6つほど……」
「へぇ……」
ふむふむ、とユート様がおにぎりを握りながら頷いています。
「ここって結構、王国の外れなんだよね?王様の住むところからはかなり遠いの?」
「はい、ここはファブロス王国東の外れ、キロウス様の領地であるレヴァーライン領に属しています」
「キロウス、ってここの税率を変えたっていう……」
「……キロウス・レヴァーライン様です」
キロウス様は、かつて私たちに土地を貸し与えて下さった、ゼニア・レヴァーライン様のお孫様です。
先日お会いしましたが、私へ向ける視線がひどく嫌悪に満ちていたことを思い出し、落ち込んでしまいそうになります。
言葉を続けようとしましたが、次の言葉が思いつきません。
「―――ねぇ、ソフィー」
「あ、はいっ!」
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、魔幻領域って行ったことある?」
「魔幻領域ですか?」
魔幻領域、というと魔族が住んでいると言われる西方の地でしょうか。
「魔幻領域は魔族の領域なので、私たちが一歩でも侵入したら大事に……」
「あそこって魔族だけが住んでる場所なんだ。人間も住めないの?」
「魔幻領域は高濃度の魔力に満ちているので、防護の呪符などがなければ人間はあの場所に留まれないと聞いたことがあります。ごめんなさい、私も詳しくは分からないんです」
「へぇ……防護の呪符ね……僕、普通にあの場所にいたんだけどなぁ」
「……え?」
今、ユート様のお口からとんでもない言葉が聞こえたように思えたのですが……
「よし、おにぎり出来上がりだね」
「え、あ、はい……」
「じゃあ皆に持っていくから、ソフィーはそこで休んでてよ」
「!?い、いえ、私も行きますっ!」
おにぎりが積み重なった盆を持ち上げると、ユート様はそのまま台所を後にします。
と、そこで気が付きました。
(……もしかして、わざと話題を?)
領主様のお話をしていたら、いきなり魔族の住む話に変わったのは、私のことを案じて下さったのではないでしょうか。
「……本当にお優しいんですね、ユート様」
「ん?なんか他にやることある?」
きょとんとした顔で私を見るユート様。私はそんな姿に微笑んでしまいました。
「いいえ、特にはもうありません。皆のところに行きましょう!」
レティシア様とユート様はとても凄い魔術師で、『揺り籠の使者』という特別な存在。
深い話を聞くのは、やめておいた方がいいのでしょう。
◇
「ユート!どこに行っていたのだ!」
広場に戻ると、レティが待っていた。その他にも村長であるジーラスと、数多くの獣人がレティを取り囲んでいた。いつもの自信に満ちた表情でユートを抱きしめ……ようとしてするりと回避される。
「今、昼食持ってるんだからそういうことしないで」
「むぅ……なぜなのだ。こんなにもユートの身を案じているというのに、冷たくはないか?」
「もうこれからは絶対にレティの思い通りにはさせないからね。あ、さっきソフィーと一緒におにぎり握ったんで、皆さんどうぞ」
「これはかたじけない。村の恩人に昼食作りを任せてしまうとは……」
「気にしないでください。手が空いてたからソフィーを手伝っただけなので」
ユートが持っている盆の上のおにぎりがどんどん減っていく。「ありがとね」だとか、「すまない」と獣人たちがユートに感謝する中、スレイヴだけが納得のいかなそうにムスッとした顔をしていた。
ホッホッ、とジーラスが杖をつきながら笑う。
「できた弟君ですな、レティシア殿」
「む……いやだからユートは私の弟などでは」
「で!!!!なにするの!!!!!」
「突然大声を出すのは感心しないぞ、ユート」
「なんかするんでしょ!!畑とか田んぼを復活させるんだよね!!ほら!!!何!!!するの!!!!」
「……私は時々ユートが分からん」
しょぼーんと気落ちしたような表情をしたレティだったが、そんなの知ったことではない。ユートの背中に嫌な汗が伝っていた。
(もう良いでしょ弟で)
心の底から叫ぶ。
後でレティと口裏を合わせておいた方が良いかもしれない。
「だがまあ、仕事に積極的なのは嬉しいことだ。よし、来るのだユート」
「はいはい……で、何すれば?」
「うむ、まあ簡単なことだ」
獣人たちが脇へと退いた。レティとユートは村の外に見える畑と田んぼを見やる。
「今から、この田畑全てを破壊する」
「……」
無言。
「おい、何か言ったらどうだ」
「……(全力で首を横に振る)」
「なんだその顔は」
「ちょっと待って。嘘でしょ?なんで今になって魔王モード炸裂してんの?『絶望に満ちた人の負の感情が我の力になるのだ』的なパターンなの?そういうことは事前に言っておいてくれないと困るんだけど」
「……私は今お前に馬鹿にされているのか?」
しゅん、となっていくレティに、ユートはただ冷ややかだった。
会った当初は「カリスマ性など私にはない!」なんて言っていた癖に今更魔王の残虐成分を見せつけられても反応に困る、というのがユートの意見だった。
「っていうか、それジーラスさんにも確認取ってないでしょ!?大体、人様の所有物を破壊するなんて―――」
「何を言っている。ジーラスからはすでに承諾を得ているぞ」
「……ドウイウコトナンデス」
勢いよくジーラスの方へ振り返ったが、ユートの視線に気づいてジーラスは首を縦に振った。
「村の現状を改善できるというのなら、むしろやっていただきたい。何、気になさるな。畑や田んぼなど、また耕し直せば良いだけのことです」
(か、寛容とかのレベルを超えている……っ!)
一体どういうことなのか理解できないユートは、その次に心配そうな顔をしているソフィーへと顔を向ける。
「ソフィーもおかしいと思うよね!?なにか言ってやってよ!!」
「レティシア様がそういうなら、必要なことなんだと思います」
「味方ゼロォ……っ!!」
怪しい宗教か何かだよこれ!とツッコみたくなったがぐっと堪えた。
周囲にいる獣人たちも覚悟を決めたような表情をしていた。レティと獣人たちが何を話していたかは不明だが、獣人たちの所有物である田畑を破壊するなんて正気の沙汰ではない。
そこでハッと気づく。
そうだ、そういえば自分たちを目の敵にしている者が一人いるじゃないか。
「す、スレイヴ!!君もおかしいと思うよね!?全部破壊なんて絶対おかしいって思うよね!?」
「ソフィーの考えを貶めるやつは俺が許さない」
「ただのシスコン……っ!ただのシスコンだったよこの野郎……!!」
―――周辺に正常な考えができる者、ゼロということが分かりました。
「ほらユート。さっさと準備をしろ。このままでは何も解決できん」
「ねえ、考えを改めよう?ここにいる皆の財産だよ?生活の要だよ?破壊する必要ないよね?ね?」
「ユート……」
はぁ、とレティがため息。
「これ以上グズるというなら、お前が風呂に入っているときに私が乱入できる権利を1ヶ月行使するしかあるまい」
「やります。やるからそれだけはやめて。っていうかそれを公にしないで!恥ずかしいからこんなところで言うのやめて!」
後ろから耳打ちの微かな声が聞こえて、ユートがうっ、と縮こまる。
……確実に、ドン引きされている。
「それで良いのだ。さて、周辺の田畑全てを破壊するためには、それ相応の魔術を唱えなくてはいけない。では、どのような魔術を使うべきだと思う?」
「……それ僕に聞くの?」
どのような魔術が存在するのか全く分からないのに、そんな質問をしてきたレティに呆れる。
「まあ属性的には地の魔術だよね?」
「その通りだ。初歩的な魔法ならロックブラストや、グランドウェーブなどが存在するな」
「グランドウェーブ……っていうと、やっぱり地面がせり上がって波みたいになるの?」
「おお、流石だなユート。その通りだ。岩石の棘が敵対者に襲いかかる魔術だな」
「へぇ、なるほどね……」
と、そこで左下のログに文字が走る。
魔術「ロックブラスト」を習得しました。
魔術「グランドウェーブ」を習得しました。
(相手から聞けば、簡単に覚えられるものなのか、魔術って)
初歩の魔法と言っていたし、もしかしたら上級の魔法は簡単には覚えられないのかもしれない。
ユートは出現したログの中の魔術名に視線を送る。すると、魔術の詳細情報が出力された。
ロックブラスト
魔術:攻撃・変性・重撃
消費魔力:10
属性:地
ダメージ:INT×120%
指定対象に、重撃・破砕を持つ岩石の棘を複数放つ。
岩石の数は、「魔術」熟練度に依存する。
重撃:この攻撃は「近接」を持つ。
破砕:属性「硬化」を無効化する。
グランドウェーブ
魔術:攻撃・変性・重撃
消費魔力:15
属性:地
ダメージ:INT×115%
指定領域に、重撃・破砕を持つ鋭利な岩石の津波を出現させる。
重撃:この攻撃は「近接」を持つ。
破砕:属性「硬化」を無効化する。
「なるほど、この魔術自体が地形を変化させるような効果を持ってるってことね……」
となれば、とユートは、口元を綻ばせるレティに回答する。
「じゃあ、グランドウェーブよりも強い魔術を使えば良いんじゃない?」
「うむ、正解だ!頭を―――」
「で、なんの魔法使えばいいの?」
「……私は悲しいぞユート」
涙目になったので、仕方なく頭を差し出すとぱあっと表情が明るくなった。そのままユートの頭を撫で続ける。
(どっちが子供なのか分かんないな……)
立場が逆転しているような気がしてならないが、ここは流す。
「よしよし、では、グランドウェーブの上位魔術といこうか。『鋭キ刃』があるし……グランドパニッシャー辺りか」
「……なんか魔術の名前的にすっごい嫌な予感がするんだけど」
「地と変性の魔術だしな。村の安全を確保するために、イージスでも唱えておけ」
「……だね」
黒翼の杖を掲げて、イージスの魔術を唱える。
すると、杖先から迸った黄金の魔力が村を包み込む輝きに転換される。
無数の六角形が積み重なったような透明のバリアが村を包み込み、異変は沈静化した。
おお、と驚愕と感嘆の声を上げる獣人たちを見て、ユートはふぅ、と息を吐いた。
「とりあえず、この結界の外でやろう。この中で魔術使って周囲が危なくなったら大変だし」
「よし、では行くか」
ふんふん、と鼻歌を歌いレティに続いて村の結界の外へ歩き出す。
「あ、あの!ユート様!」
と、そこでソフィーが声をかけてきた。振り向くと、心配そうに両手を胸に当てている。
「ちょっと待っててね。結界があるから大丈夫だと思うけど……なんか妙なことが起こったらすぐ呼んで」
「……はい……えっと……」
そこでしどろもどろになったレティにユートは首をかしげる。
「……いえ、なんでもありません。どうか気をつけて」