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最初の依頼者らしいです。6

村長の住む家は、他の家と大差ない、簡素で質素な家だった。ぎしぎし、と木々が風によって震え、今にも崩れそうな音を出している。

スレイヴがこちらをチラチラと見てくるため、レティはともかくユートは気まずそうに視線を下におくっている。


「……村長は中にいる。いいか、妙なことをしてみろよ、俺がお前たちを叩きのめしてやるからな!」


その言葉を聞いたレティは、にっこりと笑った。


「呪毒に侵されているというのに、元気で何よりだ。体を動かすだけでもつらいだろう?妙なことをするつもりはないが、そんなに私たちが疑わしいというのなら、後ろに控えていればいい」


「も、もちろんそのつもりだっ!……なんか調子狂うな……」


ちっ、と舌打ちをする。ぴょんと頭から出た犬の耳を触りながら、スレイヴは村長の家をノックした。


「おい、爺ちゃん、客だよ!」


そう言って扉を開けた先、雑多に骨董品が置かれている先に、暖炉の前で座り込む老人が見えた。

スレイヴの声に気づいたのか、ゆっくりとこちらを向く。

眉毛が長く垂れて、目を隠している。それに、口の周りは毛むくじゃらだ。頭には犬の耳が生えており、どこかで見た犬とそっくりな風貌だった。

暖炉の中に添えていた木の棒をその中に放り投げると、杖を使ってゆっくりと立ち上がった。


「なんじゃ、スレイヴ。今日はもう畑を耕すのはやめたと聞いたが……」


「聞いてくれよ爺さん!ソフィーが帰ってきたんだ!でも……」


「おお、そうか。ソフィーが……しかし、当の本人が見えないようじゃが……」


と、スレイヴの後ろに立っているレティとユートに気がついた。


「旅人か?わざわざこんな寂れた村に来るなぞ……、申し訳ありませぬが、恵むものもない村で―――」


「いいや、私たちは旅人じゃないぞ。ソフィーに頼まれてここまで来たのだ」


「ソフィーに……?ということは、領主様のお知り合いということかの?」


「それも否だ。少し失礼するぞ」


「え、か、勝手に家の中に入るのは……!」


スレイヴを押しのけて、レティは老人の前に立つ。


「作物が育たないと聞いてな。その原因を排除しに来たのだ!」


「……原因?」


「す、すみません……レティには強引なところがあって……!ほらちゃんと自己紹介しないと!」


「む、それもそうだな。私の名はレティシア。そして私の配下(かぞく)のユートだ。よろしく頼む」


子供に説教される少女という状況に、気まずい雰囲気が流れたのか、目の前の老人が目を細めて微笑む。


「これはご丁寧に。儂の名はジーラスという。して、作物が育たない原因とは、どういうことですかな?」


「それを言う前に……どうやら、来たようだな」


と、扉の外からガヤガヤと声が聞こえてくる。扉の向こうには、大勢の獣人たちが体調の悪そうな顔をしながら集まっていた。


「レティシア様、ユート様!」


と、そこで獣人たちを集めた張本人が村長の家に入ってきた。


「ご苦労だったな、ソフィー。説得は大変だったろう?」


「そんなこと……私にできることがあればなんでもします」


「嬉しいことを言ってくれるなぁ、お前は。ユートもこれぐらい純粋ならなぁ」


「なんで遠回しに僕ディスられたの」


「もっと私には素直であってほしいという意味を込めてだな!」


「レティがもうちょっと人の話を聞いてくれたら善処するけど」


「さて、ユート、ここからが出番だぞ」


「ねぇ今流した?僕の言葉流したよね?自分の不都合は全部流すつもりなの?」


「ほら、前に出ろ!」


とん、と背中を押されたユートが、村長の老人の前に立つ。

前のめりになったユートだったが、なんとか杖を地面に刺して体勢を立て直した。


「今から、私の配下(かぞく)であるユートが、お前たちの問題全てを解決する!」


「はあああああああああああぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~……」


大きく響いたレティの声と、長くながーく伸びたユートのため息が重なった。


―――帰って横になりたい。



数分後、村長の家の前で、冷や汗をかきながら棒立ちのユートの姿があった。

その周囲には、村に住む全ての獣人たち。

ガヤガヤ、と声を上げながら、目の前に現れた人間の小さな子供を興味深そうに見つめている。


「ソフィーに呼ばれたからなんだと思ったら、揺り籠の使者ってなんだ?」


「なんでも、私たちを助けてくれるそうよ。体の節々が痛いから座りたいのだけど……」


「全く、妙な連中を連れてきたな、ソフィーのやつ……領主との交渉失敗したんだろ?これからどうすんだ……」


「あんな子供に何ができるっていうんだ……」


罵声、というわけではないが、失望の声が群衆の中から聞こえてくる。


(いや、無理でしょ。僕死んだでしょこれ。レティに担ぎ上げられて死んだやつだよこれ。前にもこんな体験あったなぁ……上司に無理難題押し付けられて失敗して、その責任全部取らされそうになったっけなぁ……あの頭のてっぺんが寂しいことになってる上司、元気にしてるかなぁ……)


「ふむ、遠い目をして……今日の夕御飯でも考えているのか?」


「夕飯?そうだなぁ、オムライスとかでいい?後で卵買ってこないと作れないけど」


「そうか。それなら、そのおむらいすとやらを作るためにこの仕事が終わったら一緒に取りに行くか。少し遠いが、ここから東に棲んでいるグリフォンの卵は栄養価が高いらしくてな―――」


―――ゲテモノ感半端なくない?それ。


「冗談ぐらい分かろう?レティ?ねぇ分かろうよ?冗談くらいさ。ね?レティ?ね?」


「む、むぅ?そ、そんな怖い顔をするな……どうしたのだ一体」


「レティシア殿、ユート殿」


そこで、村長から声がかかった。曲がった腰に手を置き、杖をついてこちらに近づいてくる。

その後ろからソフィーも続けて出てきて、ユートの側に駆け寄った。


「ソフィーから事情は聞きましたぞ。しかし……儂たちの畑はすでに死んでしまっているのです。どうすることもできない。伝染病も流行り始め、今では村のほとんどの者が病に伏しております。もう、何をするにしても手遅れなのです」


「それだ」


そこで、レティが村長の言葉を遮った。はて、とジーラスは首をかしげる。


「そもそも、おかしいとは思わんのか。お前たち獣人は過酷な環境にも適応する強靭な種族だ。それが伝染病などで音を上げるなど」


「それは確かに。ですが、時代と共に病の形態も変化いたします。獣人のみが罹患する病が蔓延したのも、何一つ不思議なことはありませぬ」


「ほう、獣人のみが罹る病ときたか」


腕組みをしていたレティは、呆然と立ち尽くしていたユートへと顔を向けた。


「おい、ユート。左下の情報を可視化してみろ」


「え?……ああログのことね……えっと……」


一瞬なんのことか分からなかったが、左下に流れるログのことを言っているらしい。意識しなければログの情報は透明化される。焦点を合わせることでログの情報が確認可能だった。

ユートは左下に視線を向け、ログを出現させる。

と、そのログを見てユートが、ひっ、と声を上げる。


「な、なにこれキモい!!!?」


可視化されたログにあったのは、


天恵「精霊王ノ加護」が自動起動しました。

天恵「精霊王ノ加護」が自動起動しました。

天恵「精霊王ノ加護」が自動起動しました。

天恵「精霊王ノ加護」が自動起動しました。

天恵「精霊王ノ加護」が自動起動しました。

天恵「精霊王ノ加護」が自動起動しました。

天恵「精霊王ノ加護」が自動起動しました。

天恵「精霊王ノ加護」が自動起動しました。

天恵「精霊王ノ加護」が自動起動しました。

天恵「精霊王ノ加護」が自動起動しました。

天恵「精霊王ノ加護」が自動起動しました。

天恵「精霊王ノ加護」が自動起動しました。


天恵である、『精霊王ノ加護」が周期的に起動されていることを示す文章だった。

唖然とするユートに、レティは言葉を続ける。


「お前の天恵である『精霊王ノ加護』は、魔術効果を上昇させるものであると同時に、害のある魔術を打ち祓う精霊の恩寵だ。それが勝手に発動するということは、どういうことか分かるだろう?」


魔術への支援を行う天恵、『精霊王ノ加護』は、強化の他に魔術抵抗を付与させる力を持つ。

それが自動的に起動するということは……


「……変な魔法が周囲に働いてるってこと?」


「うむ。その通りだ。よく見破ったなユート、頭を撫でてやろう」


「それはいいから」


「恥ずかしがらずとも―――」


「いいから。続き早くして。それでどういうことなの?」


悲しそうな目で視線を向けるレティに、ユートはじっとりとした目で迎え撃つ。

しょんぼりとしたまま、レティは言葉を紡ぐ。


「簡単なことだ。見ただろう、スレイヴのステータス欄にあった『呪毒』の文字を。おそらく、弱体魔術が広域に拡散しているのだ。それが伝染病の正体だろう」


あまりの力説に、周囲に集っていた獣人たちがポカンと口を開けている。それはソフィーやスレイヴ、ジーラスも例外ではない。


「呪毒、という弱体効果から察するに、変性魔術である『トキシック』系列の上位だろうな。ランク3の毒と呪いとなれば、通常の弱体除去の魔術では太刀打ちできん」


「なんと……それではもう……」


絶望に満ちた声が周囲から挙がる。伝染病だと思っていたものが、魔術によるものだったというのだから。

そんな周囲の状況に、レティは高らかに笑った。


「ハハハ!!心配するな!ユートにかかればそんなものすぐに解決するぞ」


「……おい、嘘だろ、ねーちゃん。俺やソフィーよりも弱そうなその子供に何ができるっていうんだよ。並の魔術じゃ太刀打ち出来ないって今言ったじゃんか」


スレイヴが落胆していた。

目の前の小さな子供に何ができるのだ、と。


「む……私の配下(かぞく)を馬鹿にされるのは我慢ならんな。よし、ユート、やってみろ」


「は、はぁ!?無理だって!その呪いの魔術、広範囲に影響及ぼしてるんだよね!?僕なんかになんとかできるわけ……」


「とりあえず、無効化している『鋭キ刃』の天恵を有効にしろ。あとは……『抵抗』と『除去』の魔術を唱えるだけだな。ランク3となると……いや、『レジスト』と『マジック・リリース』でどうにかなるか」


「……あのさ、それ僕にしかできないの?レティがやればいいのに」


「弱体化している私に無理を言うな。配下(かぞく)なら、私に楽させてこそだろう?」


(……おっしゃる通り、って言ったほうがいいのかなこれ)


いろいろと納得がいかないユートだが、仕方なくステータス板を開いて、『鋭キ刃』の天恵を有効化する。

そして、


「あの……失敗したらごめんなさい。あんま期待しないでいいんで……」


情けない一言。

その言葉に、密集していた獣人たちから呆れたような雰囲気が流れてくる。

乾いた笑いが出そうになったので、すぐに魔法を唱えることにする。


「『レジスト』!っと、『マジック・リリース』!」


唱えた瞬間、掲げた黒翼の杖の先から白銀の本流が迸った。それは周囲の空気に溶けるようにして消えながら、獣人たちに降り注ぐ。

左下のログが増えていくのを、ユートは目で追った。


天恵「鋭キ刃」により、魔術「レジスト」が魔術「レジスト・オーラ」に変性しました。

天恵「鋭キ刃」により、魔術「マジック・リリース」が魔術「リジェクション」に変性しました。


金と銀の光は混じり合い、獣人たちへ纏わりつく。そして、周囲に光の波動を拡散させて鎮静する。


「……!う、嘘だろ……!?体が……軽い!?」


突然の身体能力の変化に、スレイヴのみならず周りにいた獣人が驚きの声をあげる。

今まで体に伸し掛かっていた重りが外されたように跳ね回る子供や、大声でなにか叫んでいる大人の獣人もいた。


「おお……なんということじゃ……これは……!」


杖をついていたジーラスもまた、自身の体に起きた変化に驚きを隠せないようだ。


「上手くいったようだな!よくやった、ユート!」


「……まあ、結果的に良いのなら別に良いんだけどさ」


結局撫でられることを回避できなかった。そのままグイッと片腕を捕まれて、レティの体温に包まれる。

ぎゅっ、と腕を回してくるレティにユートは硬直する。


「ユート様……詠唱もなしにまた魔法を……本当にすごい……」


「呪いを跳ね返す魔術と、毒を除去する魔術をこの場にいる全ての者に……しかも詠唱もせずに……!あ、あなた方は一体……」


驚愕と放心の狭間、その中でなんとか声を出したジーラスに、レティはニコリと微笑んだ。


「さっきも言っただろう、私たちは、『揺り籠の使者』だ」


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