最初の依頼者らしいです。4
翌日、ソフィーのいる場所へと向かうためにユートが食糧などの荷物を纏めているときだった。
「おはようございます……」
小さく声が聞こえたので振り返ると、身支度を整えたソフィーがこちらへ挨拶をしてきた。
「あ、おはよう。よく眠れた?」
「はい、おかげさまで……私も何か手伝えることはありますか?」
「大丈夫、ある程度荷物は纏めたから」
昨日は体がひどく汚れていただけあってかなり衰弱していたように見えたが、どうやら全快したようだ。昨日レティが使用した《ヒール》のおかげで、目立った外傷も見られない。
「……でも、ごめんね。まだレティ起きてないみたいでさ」
後ろにある扉へ視線を向けて呆れ顔になるユート。
あれだけ偉そうなことを言っておきながら、寝坊するとはどういうことなのか。
ユートの言葉に、ソフィーはふるふると首を振った。
「治癒魔法を私のために使用されて……レティシア様も疲れているんだと思います」
「……え?疲れてる?」
「?は、はい……治癒の魔法は上級の魔法ですので……。レティシア様は、大変高名な魔術師なんですね」
なにそれ、とユートは内心絶句する。すぐさまソフィーから背を向けて、ステータス板を展開させる。
《ヒール》に関する情報が得られないかと思ったら、左下に存在するログの中に、「レティシアが魔術「ヒール」を使用しました。」の文が残っている。
魔術名をタッチすると、目の前に情報が展開された。
ヒール
魔術:回復・治癒
消費魔力:120
属性:水・光
指定対象のHPを大幅に回復させる。
回復量:指定対象のHP80%
「……」
「あの、ユート様?どうかされましたか?」
「……なんでもない」
―――上級の魔法なんだ、ヒールって。
通常のRPGからすれば、回復魔法は序盤で覚えるべき必須魔法だ。
ヒール、なんていう名前からしてめちゃくちゃ初心者の魔法かと思ったら、すごい難しい魔法だったなんて予想外だった。
「って、「様」なんてつけなくていいよ。……多分、キミより年下だし、そもそも僕にそんな価値なんてないし」
―――言ってる自分が悲しくなってくる。
大体十代前半、おそらく十三か十四ぐらいだろうか。年に似合わず敬語もしっかりとしている。
ユートに言葉に、ソフィーはまた首をふるふると振った。
「そんな、謙遜しないでください。レティシア様のお弟子様なんですよね?」
「そ、そんなものかなぁ……あはは……」
まあ、立場的にそっちのほうがしっくりくるかもしれない。
「私たちを絶対に救うと、レティシア様は仰られて……なんとお礼を言って良いか……」
「れ、レティそんなこと言ったの!?」
「ユート様がなんとかしてくださる、と。本当に恐れ多いです。レティシア様も凄い力をお持ちなのに、ユート様はそれを凌ぐとお聞きしたので……」
「う、うぇえええっ!?」
―――何言っちゃってんの、あの魔王。
いつの間にか作物が育たない原因を、自分が解決することになっていたなんて。
呆然と立ち尽くすユート。と、レティが欠伸をしながら自室から姿を現す。
ユートとソフィーの姿を見て、レティがにっこりと微笑んだ。
「うむ、いい朝だな、ユート、それにソフィー」
「おはようございます、レティシア様」
「……」
「荷物の準備はできているようだな。それでは、行くとするか」
「ちょっと。レティちょっと話があるから来て」
ぐいぐい、とレティを引っ張り、部屋の隅に移動する。
「なんだ?朝食のことなら心配するな。後で食べることにしよう」
「そうじゃないよ。断じて否だよ。どういうつもりなの?いじめなの?僕に対するいじめなの?」
「一体何の話なのだ?」
とぼけ顔か……いや本当に何の話なのか分かっていないのだろう。
「ソフィーの話だよ!?いつの間に僕があの子の悩み事を解決することになってるのさ!?」
「ああ、作物が育たない話か。現地についたら、ユートには頑張ってもらわねばな」
「え、嘘だよね?本当に僕が解決するの!?無理だよ!?農業の知識なんて僕にはないからね!?」
「ユート、心配するな。作物の話はお前の力がなくては解決できんのだ」
「……へ?」
自信に満ち溢れた表情でそんなことを言うレティの真意が分からず、ぼけっとした表情のまま硬直する。
小声で会話する二人を見かねて、ソフィーがこちらへ寄ってくる。
「あ、あの、レティシア様、ユート様?どうかされましたか?」
「いや、何も問題はない!さあ、目的地へ行くとしようか、ユート!」
「……分かったよ……もうどうにでもなればいいよ……」
自分なんかが役に立つはずがないのに、とマイナス思考ダダ漏れのユートに、心配そうな表情を向けるソフィー。
レティシアは纏めた荷物を抱えると、屋敷の外へ出ていった。それに続いて、ユートとソフィーが屋敷を出る。
「さて、まずは……ユート、《ヘイスト》の魔法を頼む」
「はいはい……」
三人全員に足力強化の魔法である 《ヘイスト》 を使用する。輝く光が周囲を舞い、三人を包み込んだ。
「《ヘイスト》の魔法を三人同時になんて……ユート様、本当に凄い魔術師なんですね」
「え?う、うん……」
……そういえば、《ヘイスト》も難しい魔法だったんだっけ。
この世界の基準が分かっていないユートは、なぜ褒められているのか全然分かっていない。
「午前中には着くだろう。しっかりついてくるのだぞ」
と駆け出そうとしたレティに、今まで気付かなかったことに気付いてユートが制する。
「ち、ちょっと待って!エイシャはどうしたのさ」
「エイシャは他の仕事を任せてある。それに、ソフィーの住む場所にエイシャを連れて行くわけにはいかんからな」
「?それってどういう……」
意味だ、と聞こうとしたら、すでにレティシアは走りだしていた。
しかもめちゃくちゃ速い。
「!?ち、ちょっとレティ!!?ああもう!!」
必死に追いつこうと駆け出すが、脚力が違いすぎた。《ヘイスト》の魔法を使用しているとはいえ、子供の姿ではレティに追いつくことはできない。
「ユート様、大丈夫ですか?」
心配して、横を走るソフィーがユートに声を掛ける。気にしないで、とユートは返すが、その様子に小さく微笑むと、ユートの右手を掴んだ。
「私が案内するので、焦らないで行きましょう。せめてものお礼です」
「いや、ありがとうソフィー……助かるよ」
―――なんだこの天使は。
なんというか、周りに自由奔放な人たちがいると小さな優しさでも心に沁みる。
めちゃくちゃ涙目になりながら、朝日の差し込む森を疾駆する。
一時間弱ほど走り続けて、ユートたちは目的の場所に到着することになった。