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最初の依頼者らしいです。3


「獣人はな、北方に住む寒さに強い種族だ」


少女を風呂場に案内した後、ユートはレティに獣人に関する話を聞いていた。

風呂場に辿り着くと、更に怯えた表情になった少女が気になったが、「洗うの手伝おうか?ぐへへ」なんていう変態ではないので急遽用意した服を置いて風呂場を後にした。


「……あのさ」


「うむ」


「なんでいつも僕を膝の上に乗せようとするの」


「今更だな」


「日常茶飯事になりつつあるからもうそろそろつっこまないと手遅れになると思ったんだよっ!!」


レティがにっこりと笑う。


「ジャストフィット」


「笑顔で言っても駄目だからね!?自分の手に丁度収まる的な話!?」


「ユートのサイズが丁度いいのだ!寝る時の抱き枕のようで安心感が素晴らしい!」


もうやだこの魔王。


「それでだな、獣人なのだが―――」


「……」


今の状況を是正する気はないらしい。羞恥に顔を赤らめながら、ユートはレティの話の続きを聞くことにする。


「そもそも、今私たちがいる場所は北方とは程遠い場所なのだ。なぜあの少女があの街にいたのかが分からん」


「……何か理由があってこの地域にいるってこと?」


「かもしれんな。身なりからするに、家をなくした孤児のような雰囲気だが……」


獣人は雪国で暮らす強靭な種族であるという。人間よりも強い力を持っているが、逆に魔術に適性を持たない種族である。

そのため、通常ならばこのような地域にいるはずがない。


と、そこで屋敷のドアが開く。


「やっほー!あの子来てる?」


エイシャが元気に手を上げてこちらに挨拶をする。二人の様子を見て仲睦まじい姉弟だと思っているのかニマニマ顔だ。


「あの少女ならば入浴中だ。体中汚れまみれでな」


「ありゃ、そうなんだ。じゃああたしが洗うの手伝ってあげよっかなー」


るんるんスキップで風呂場へと。

エイシャはどうやら、レティのことをすごい魔法を使う魔術師だと思っているらしく、昨日から魔法の手ほどきを受けていた。

……結局、頭の上に「?」を浮かべて苦悶していたが。


すると、風呂場へ続く扉を開けようとして立ち止まった。

くるり、とレティたちへ向き直る。


「ユートも洗ってあげよっか?」


「遠慮しておきます」


「えぇー、いいじゃんさ。あたし子供たちお風呂に入れるの得意だよ?孤児院の皆言う事効かないから参ってるんだけどさ」


「エンリョシテオキマス」


「頑固だなー。じゃあちょっと行ってくるね!」


風呂場へ消えていったエイシャに、ユートがわなわなと震えている。


「どうした、ユート」


「なんなの……ホントなんなの……僕の周りが殺意高すぎるのなんでなの……」


「?」


ぶつぶつと何かを呟いているユートを見て、レティが首をかしげた。

数十分後、風呂場から出てきたエイシャに続き、ぶかぶかの服を来た獣人の少女が申し訳なさそうにこちらへ歩いてくる。

汚れもきれいに落ちて、さらさらの栗色の髪が光を反射していた。少し垂れ目気味で、臆病そうな雰囲気だった。


「あの……申し訳ありません。あんな豪華なお風呂を使わせてもらって……後でお礼は必ずしますので……」


「畏まるな。ほら、手を出せ」


レティの謎の発言に少女は少し戸惑ったようだが、おずおずと両手を差し出す。


「《ヒール》」


すると、レティの片手から微かな光が漏れたかと思うと、少女の両手を包み込む。少女の指先にあった無数の小さな傷が瞬く間に癒えていった。


「まったく、私たちに助けを求めるために血を流すなど馬鹿げているぞ。二度と自分で手を切らぬようにな」


「―――っ!!」


レティの言葉に一瞬呆然とする少女は、次の瞬間、静かに涙を流し始めた。


「む、どうした!?まだ痛い所があるのか!?ど、どこだ!見せてみるのだ!」


「ち、違うんです……そうじゃなくて……」


必死に涙を拭う少女に、ユートとエイシャが顔を見合わせる。

レティの取った行動に驚いたユートだが、今はまず少女の話を聞くことを優先する。


「とりあえず、名前を教えてもらっていい?」


「はい……私、ソフィーと言います。レヴァーライン領の東に住んでいます」


「……レヴァーライン領?」


「この地域の東だね。あたしたちの街もレヴァーライン領にあるんだよ。ユートたち、どうやってここまで来たのさ」


「ま、まあ迷いに迷ってここまで来ちゃって……」


転移の魔法使ってランダムで来ちゃいました、と言えない。


「私たちに依頼があるのだろう?躊躇わずに言ってみるが良い」


「それは……」


一度言葉を呑み込んだ少女、ソフィーは、小さく呟いた。


「作物が……育たないんです」


「作物?」


「はい……」


辿々しく、ソフィーが話し始める。


「昔、私たちは領主様の図らいでこの領地の東に住むことを認められました。そのかわり、毎月育った作物を領主様に献上する契約を結んだんです」


「ほう、随分寛容な領主もいたものだな」


「とても素晴らしい方でした。半年ごとに私たちのところへ来て、作物の実り具合を見て税率を変えてくださる、聡明でお優しい方で……でも……」


おや、とユートはソフィーが言おうとしていることが分かってしまった。


「ご高齢だったこともあり、一年前に……。その後領主様が変わったのですが、私たちが住む地域の税率が大幅に変わってしまったんです」


「……どのくらいだ?」


ごにょごにょ、と小さい声で呟かれた税の内容に、レティとエイシャの表情が変わった。


「なにそれ……そんなの横暴すぎるじゃん。その税率、大都市の税率と同じぐらいだよ」


「はい……私たちも税を軽くしてもらおうとしたのですが、全て跳ね除けられてしまって……。なんとか税を納められるように努力しましたが……」


「あまりの税率に、払いきれなくなってしまった訳だな」


レティの言葉に、コクリ、と頷いた。


「それに、半年ぐらい前から作物が全然育たなくなってしまって……同時期に、伝染病も流行り始めてしまったんです。私はまだ病に罹っていなかったので、なんとかして税率を下げてもらうために領主様にお願いをしたのですが……」


「……」


駄目だった、というわけか。


「このままだと、私たちはあの土地から出ていかなくちゃいけないんです……でも、私たちを受け入れてくれる場所なんて他にどこにも……」


険しい表情のまま、レティはユートの脇に手を入れて横に下ろす。


「……ふむ、事情は分かった」


「……その領主への直談判ってことになるよね?」


「いや違う」


「え?」


即座にユートの提案を否定したレティに、ユートとエイシャの顔が驚きに転じる。


「ソフィー。お前は最初にこう言ったな。『作物が育たない』と」


「はい……」


「つまり、私たちに解決して欲しいのは、『作物が育たないこと』だ。私の言っていることは正しいか」


「……はい、正しいです」


「なるほど」


短くそう言うと、レティは立ち上がる。


「よし、ユート。明日の朝、ソフィーが住んでいる場所へ行くぞ。荷物を用意しておいてくれ」


「え、いやちょっとレティ?」


「エイシャには別に頼みたいことがあるのでな。後で私のところへ来い」


「へ?り、了解ー?」


うむ、と一言呟くと、ソフィーの頭に手を置いてわずかに微笑んだ。


「ソフィーもすぐ仲間の元へ戻りたいと思うが、少し待て。私たちにも準備がある。今日はユートが作った料理を食べて、すぐ寝ることだ」


と、そう言い切って、レティは奥の部屋へ消えていってしまった。

皆が呆然と立ち尽くす中、ユートはまたエイシャと顔を見合わせる。


「……まあ確かに、英気を養わなくっちゃね」


「……なんかごめんね。レティ自由すぎてさ」


「いいのいいの。あのぐらい自由奔放な方が、お仕事のやる気に繋がるしさ」


ハハハ、とユートが苦笑する。


「じゃあ僕は言われた通り料理作るかな。夜食になっちゃうし、何か軽いものでも作るよ」


キッチンへ向かおうとするユートに、あの、と声がかけられた。

見ると、両手をもじもじと絡めながら、視線を泳がせるソフィーの姿。


「ん、何か食べたいものとかある?」


「いえ……その……」


何かを迷っているのだろうか。

と、躊躇いがちに小さく、


「……あ、ありがとうございます」


感謝の言葉を、口元を微笑ませながら呟いた。



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