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最初の依頼者らしいです。2


地平線に落ちる夕陽が大地を赤熱に染め上げる。

路地裏の陰でじっとしていたフードを被った人物が、差し込んだ斜光に身じろぎする。


―――もう夕方。


人差し指に巻いた薄汚れたローブの切れ端。裾が短くなったローブを見て、はぁ、と息を吐く。

『揺り籠の使者』の噂。街の丘の上にある大樹へ紙切れを置こうにも、インクも紙もない。

そのため、ローブを切り裂いて、そこに自分の血で文を書くことしかできなかった。


「無理……だよね。あんなのじゃ、神様でも願いなんて叶えてくれないもん……」


曰く、神様に捧げるものは清浄なものでなくてはいけない、と旅の商人から格安で買った本に書いてあった。

あんな薄汚れたローブの切れ端に―――しかも血文字で「助けて下さい」なんて、神様にも、『揺り籠の使者』という人にも迷惑だ。

ゆっくりと立ち上がる。


「早く戻らなきゃ……皆待ってる」


足取りが重い。食糧も水も底が尽きてしまった。必死に走って、今日の深夜には戻れるだろうか。

……こんな見苦しい自分が、誰かに助けを求めるなんて、失礼にもほどがあるのだ。

これからのことを考えよう。どうすればいいか、皆で話し合って決めるのだ。


ぐっ、とローブの裾を握りながら、街の入り口へと歩き出す。


―――と。


夕陽の斜光を遮るように、黒い影に遮られた。

自分の真下に落ちる人の影に、少女はびくり、と体を硬直させた。こんな身なりをしていたから何かしらの中傷を受けると思い、小さくお辞儀をする。


「お見苦しい姿をお見せして申し訳ありません。ここから出ていきますので、どうか、許してください」


とぼとぼ、と顔を下げたまま影の主の横を通り過ぎようとした。


「―――アナタが、『揺り籠の使者』に依頼した人だよね?」


え、と顔を上げる。見れば、その人物もまた同様にローブを身に纏っており、顔が隠れて見えなかった。声からして女性だろうか。


「あ、あの……それは……」


クスッ、と微かな笑い声が聞こえた。


「大丈夫、心配しないでよ。あたしはアナタのこと軽蔑なんてしないからさ。はいこれ、アナタにあげる」


差し出されたのは匂い袋だった。ハーブのような匂いが鼻孔をくすぐる。


「それは通行証みたいなもの。あたしたちに会うためのね。夜の十時頃に街の入り口側の『眠りの森』前に来てね。それから、アナタの悩み事聞くから」


「『揺り籠の使者』様……ですか?」


フードから覗く口元が、緩んだのが見えた。


「じゃあ待ってるからね!」


そう言い切ると、謎の人物はとてつもない脚力でジャンプする。真横にあった屋根の上に着地すると、そのまま姿を消してしまった。


茫然としながら、手に持った匂い袋をじっと見つめた。


「……深夜に、『眠りの森』の前……」


ボソリ、と呟いて、駆け出す。


―――助けてくれる。


「……っ!」


本当にいたのだ。『揺り籠の使者』は。

そして、助けてくれるのだ。『揺り籠の使者』が。私を。皆を。

じんわりと滲む目元の涙を拭う。風で翻るボロ布のローブを自らに手繰り寄せながら、『眠りの森』に続く道へ。


夕闇はすぐそこまで迫っていた。




(なんで僕こんなことしてるんだろう……)


闇の帳が降ろされた『眠りの森』の中を歩きながら、ユートはただただそう思う。

片手に黒翼の杖、首には匂い袋をかけて。

レティから貰った匂い袋は、錬金術で作った特別性らしい。その力は―――


「……『チェック』」


匂い袋に焦点を当てて呟く。『観察眼』の天恵が発動し、その詳細をユートにアウトプットする。


破魔の香袋(錬金)

希少度12

MP+10

属性:なし

製作強化値:0

製作者:レティシア・ノイン・ヴィリアーズ

魔物が嫌う薬草と「恐怖」属性の魔術組成を組み込んだ匂い袋。

魔物を寄せ付けない力を持つ。

および魔術組成により、対象者の魔法力をわずかに上昇させる。

恩恵:ランク3以下の属性:「魔物」のヘイト値を0にする。


「こういう便利なものがあるんなら、最初から渡して欲しいんだけど……」


魔物が嫌う香りを放つ匂い袋の恩恵により、弱小の魔物を引き付けない力を持っているようだ。

そもそも、錬金術なるものもこの世界に存在しているのだから、レティから色々と聞きたいことが増えてしまった。


―――これが終わったら、後でまた色々と聞いてみよう。


『眠りの森』の入り口までまだありそうだ。仕方なく、ユートは今まで確認できていなかった情報を歩きながら確認する。

ステータス板を開き、魔法の情報を展開、表示される情報を目で追っていく。


フリーズ

魔術:攻撃・氷結

消費魔力:7

属性:水・氷

ダメージ:INT×90%

指定対象に、氷結・凍傷を付与する氷刃を放つ。

氷結:移動速度-、攻撃速度-を付与し、属性「破砕」を持つ「近接」「魔術」「特殊」の効果を1.5倍。持続時間10秒。

凍傷:10秒毎にダメージINT×5%。持続時間30秒。


フリージング・ミスト

魔術:攻撃・氷結

消費魔力:20

属性:水・氷

ダメージ:INT×90%

指定領域内の敵対者の周囲に、氷結・凍傷を付与する霧を発生させる。

氷結:移動速度-、攻撃速度-を付与し、属性「破砕」を持つ「近接」「魔術」「特殊」の効果を1.5倍。持続時間10秒。

凍傷:10秒毎にダメージINT×5%。持続時間30秒。


ヘイスト

魔術:特殊・強化

消費魔力:25

属性:風

指定対象に、移動速度+、攻撃速度+を付与する。

持続時間、効果補正は術者のINTと技能:「魔術」熟練度に比例する。


「ファイアーボールと比べるとフリーズは威力が低いのか」


炎の魔法と氷の魔法。通常のRPGでも同様に炎の魔法は他の魔法よりも攻撃力が高い。が、氷の魔法だとその威力が落ちているのが気になった。


「ってことは、氷の魔法だと相手にデバフを与える効果が強いってことになるけど……」


確か、ファイアーボールの魔法では、「延焼」と「炎熱」というデバフを敵対者に与える、と書いてあった。

あちらの場合、持続ダメージを与える効果と、炎の魔法効果を上げるデバフを相手に付与していた。つまり、攻撃特化のデバフということだ。

氷の魔法の場合、「凍傷」という持続ダメージ効果の他に、「氷結」のデバフも存在している。

説明文を見るに―――


「氷の魔法だと、支援的なものなのかな?」


相手の行動を阻害し、ダメージ強化を付与するデバフだ。残念ながら、ユートは現在「破砕」属性を持つ魔法を覚えていないため意味はないが、誰かと一緒に戦うならばその力を存分に発揮できるだろう。


ふむふむ、とステータス板を眺めていたら、『眠りの森』の入り口が見えてきた。

そこで木の横で蹲っている影を見つけて、ユートは意を決して近づく。


―――めちゃくちゃ緊張する。


「あ、あなたが依頼者ですよね……?」


コミュ障を患っているためにかなりよそよそしいものになってしまった。内心で頭を抱える。

蹲っていた人物はビクッと肩を動かすと、そのままゆっくり立ち上がった。そして、ユートの顔を見て、ひっ、と声を出す。

その声に、ユートは冷や汗をかきそうになった。


「へ、変質者じゃないですから!こんな仮面被って、『キミ、今暇?』なんて声をかけるナンパ野郎でもないですからぁ!」


今現在、ユートは白と黒で塗られた歪な仮面を被っていた。というのも、他の人に正体がバレるとマズいとのことらしい。

その後仮面について『チェック』してみたら、「隠蔽」属性にボーナスを得る仮面だった。


「な、なん……?あ、いえその……申し訳ありません、突然現れたので驚いてしまって……それにその仮面も素敵だと思います……」


「そ、そう?そう言ってもらえると……って違う違う!ぼ、僕も『揺り籠の使者』の一人なので……えーと、ついてきてください」


お世辞が上手い!と心の中で叫ぶ。

ユートの言葉に、薄汚れたローブを纏った人物は、こくりと頷いた。


無言の空間が続き、やがて見えてきた森の中の屋敷に、息を呑んでいるのがユートでも分かった。


「こっちです」


木にかけられた階段を上り、屋敷のドアを開く。

その先に広がっていた光景に、ローブの人物が更に息を呑んだ。

鎮静と静寂、恐怖に満ちていた森の中と違い、屋敷の中はとても明るかった。その屋敷の中に一人の人物が豪華なソファーに座っている。


「ご苦労だったな。ユート」


レティがユートにねぎらいの言葉をかける。

ふぅ、と息を吐いて、ユートは顔に被っていた仮面を脱いだ。


「あ、あの、ここは……」


恐る恐る声を出したローブの人物に、レティはにっこりと満面の笑みだ。


「お前が最初の依頼者だ。ここはな、夢見の揺り籠(クレイドル)というなんでも屋なのだ」


「く、クレイドル……?」


「ああそうだ。何か悩みがあるのだろう?お前の悩み、解決してやるぞ」


腕組みをしながら満面の笑みを浮かべるレティだったが、ふむ、と呟く。


「しかし……なんだ、ひどく疲れているようだな。ユート、風呂場に案内してやれ」


「え、あ、あの……」


「遠慮するな!そのローブもこちらで預かろう。ほら、脱ぐのだ」


「ひっ、や、やめてくださいっ!」


「汚れているのだから、洗わなくてはいけないぞ。ほら、脱げっ!」


「ち、ちょっとレティ……いくらなんでも」


甲高い声を出すローブの人物を尻目に、レティは強引にローブを引っ張る。そこへユートが仲裁に入ったが、時すでに遅し。

ローブが、全部剥ぎ取られた。


「……え」


「おぉ?」


ユートとレティの声が重なった。

剥いだローブの下、その下もひどく汚れていた。衣服も形を成しておらず、ちぎったローブを胸と腰に巻いているだけだ。

見た目はおよそ十代前半の少女だった。だが、異質なものが二つある。


「……耳と尻尾?」


左右にある耳と他に、猫のような獣の毛が生えた耳が、栗色の髪の上に二つぴょこんと生えており、お尻の上辺りから細い尻尾が可愛らしく出ている。


「う……」


「む、むう、まさかの獣人だとは……」


「ううぅ……」


「お、おい?」


涙目になる少女に、レティが狼狽える。これはマズいと思ったのか、ユートへと視線を送り、

「助けろ」のアイコンタクト。


「と、とりあえずお風呂場行こうか!ほら、ついてきて、ね?」


頭を撫でて、少女を風呂場へと連れて行く。

涙を湛えたまま今にも大声で泣き出しそうな少女の姿に、ユートは申し訳無さでいっぱいだった。


(……そういえば、レティから獣人がいるって聞いてたな)


……ひとまず、この少女の精神状態が落ち着くのを待って、悩み事について聞くことにしようか。


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