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もう一人の幼馴染



朝の占いで私は一番で、今日一日はいい日になるらしかった。


7連勤も働くと心も体もぼろぼろで、退勤時間に近づくにつれて笑顔もいいものに変わる。

この仕事を三年も続けているが、私はこの仕事が嫌いだった。なんだよ、進路ゆずりって。お客さんの顔を見てみろって、うぜぇって書いてあるから。


しかも、なんで俯いてる時まで笑ってないといけないんだよ。気持ち悪いって。変質者だって。

もともと、栗原は笑うのかとまで言われていた私である。笑顔なんて苦手中の苦手だ。


そんな私が笑顔で注意を受けなくなるのには約一年ほどかかった。でも、7勤も働かせられると口角は上がっても目が死ぬ。

今日は久しぶりに指導を受け、客から私にクレームがきたり、もう散々だった。

「まぁ、そんな日もあるさ」

うるさいホール内で自分を慰める言葉をポツリ。


カウンター上にかかっている時計を見上げれば、あと30分で終わる。落ちまくってあがらないモチベーションを少し持ち上げて、ランプのつきまくった自分のコースに走る。

マジ、邪魔。早く対応しろとか言うくせに店員の行く道ふさぐなよ。だから、遅いんだからな。半分はお前ら客のせいなんだからな。

若干の八つ当たりも含めて心の中で毒づく。


こんなこと口に出したら、お説教プラス始末書だ。

ランプを消して、銀の玉があふれそうになっている箱を下ろし新しいものを渡す。今日、何回この作業を繰り返したんだろう。

疲れた。


夕方のこの時間帯は、ランプがとてもつく。交換もたくさん来るし、初めのころはどこから対応したらいいか分からなくて失笑したものだ。

でも、あと少しあと少し、と思えばいけるものである。


忙しいほうが、時間が流れるのも早いってもんよね。

私は、息を深く吐くと表情筋に力を入れなおした。







「お疲れ様でした」

終礼もおわり、先ほどとは比べ物にならないほど軽い足取りでロッカーに向かう私に回りは苦笑している。

「さっきまで死にそうな顔してたのになんで急に元気なの」

私の一歩先を行く先輩社員の女性は苦笑をこぼしている。

「だって、7勤疲れましたもん。それに、明日からは久しぶりに二連休だし、もうこのあとから良いことしかないんですよ? そりゃ、元気にもなりますとも」


そう、この後からいいことなのだ。

今日は、花月との約束の日で待ち合わせに向かわなければならない、というイベントが待っていたが、ついさっき、もう一人の幼馴染――桜紅一がカウンター前にいたのだ。

なんでも、私を迎えにきてくれたそうな。いいやつなのが健在で私嬉しい。


花月との待ち合わせが嫌で紅一が迎えに来てくれると嬉しいのにはきちんと理由がある。

別に紅一の事が好きだからとかではない。花月と待ち合わせると、こない、遅れる、待ち合わせ場所が変わる、そんなことが大半であるからだ。


私も紅一ももう何回も被害に合っている。

だから、三人で待ち合わせしたときは大概二人で待っていることが多いため暇ならどちらかがどちらかを迎えに行くというのが鉄板になっている。

その鉄板が破られるとき、すなわち花月が相手を独占しすでに連れ去っている場合が多い。そうなってしまうと、私たちは待ち合わせ場所をころころ変える花月に振り回されてしまうので疲れるし、腹立たしい。そして、相手が不憫でならない。


そのお詫びとして、花月は大概おごってくれるが許せる回数ではもうない。

「ねぇ、さっきさ、カウンター前で声掛けられてたけど、彼氏? この前の人と違ったけど」

ロッカーを開け、着替えながら先輩は楽しそうな声で聞いてくる。彼氏、なんて言葉とは程遠いところにいる私をこういうネタでからかうのが好きなんだと言っていた。

「違いますよぉ。あれも、幼馴染です」

「この前の子もだったけ?」

「この前のは、生まれたときから一緒で、今日のは小学校から一緒です」

小学校からでも長いけど、生まれたころから一緒のやつがいるとなんかそんなもんかと感じてしまう。でも、十何年一緒なんだと思うとしみじみする。


先輩はながっとかいいながら着々と帰る準備を進めているが、私は着ていたもの、ブラウス以外を脱ぎ捨てズボンとカーディガンを羽織るだけなので五分もかからない。

「では、お疲れ様でした! お先に帰りまーす」

「化粧くらい直しなさいよ」

いつも通りの先輩の小言を聞き流し、ロッカーを後にする。若干、あの小娘え、とか言う言葉が聞こえたけど気にしない。


カウンター前に出るとほんとに出たとこすぐに紅一が携帯をいじりながらたっていた。

カウンターにいるお姉さま方が、

「彼氏? デート?」

たぶん、そんな感じの言葉だろう。こちらにアイコンタクトしながら口パクで問うて来る。

私は、苦笑しながら違う違うといいながらお疲れ様でした、と手を振り、紅一のところに急いだ。


紅一は私に気付くとやわらかく笑った。

私はこの笑顔が好きだった。花月ほどではないが、紅一も私の好きな顔をしているのだ。

考えれば考えるほど、私って面食いなのかもしれない。顔で人を好きになったことないけれど。そもそも、こんな顔面偏差値の高い幼馴染に囲まれてちゃ、美的感覚もおかしくなるってもんよ。

この二人以外をかっこいいと思ったことはなかったな。


紅一を伴い店の外に出るとむわっとした空気が肌を撫でた。

「パチ屋に久しぶりに入ったから耳が変だ」

そんな感覚この仕事をして1ヶ月目でなくなったなぁ、小さく呟きながら紅一の隣を歩く。


今日の待ち合わせはたしか、

「そもそも、今日はどこに待ち合わせだったの? どうせ紅一に終わったら確かめようと思って聞いてなかった」

花月には待ち合わせ場所なんて久しく聞いてもいない。

「二人で待ち合わせるときどうしてるんだ」

「え、基本何かしてないと落ち着かないじゃん、花月って。だからね、迎えに来てくれるんだよ」

それに、基本待ち合わせなんていなくても同じマンションだし。


なるほど、と小さく落として紅一は空を見上げる。

私もつられて見上げれば、薄いオレンジ色をしている。夏だなぁ、と思っていてももう空は秋の顔をのぞかせている。

「秋ですねぇ」

「そうだな……。なぁ、おれ……」

言いよどむことなんてあまりない彼が、言葉をつむぎ損ねている事実に一週間前の自分の予感が的中したことを物語っていた。

「私、先に聞こうか?」

足を止めて、そう静かに問う。紅一は静かに足を止めて私を振り返る。

その表情は、思っていた通りのもので、何年か前を思い出させた。そして、一つ分かったことがある。


今日はまったくいい日なんかじゃないってことだ。











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