最奥から ===01===
現代ホラーに挑戦したくなりました。
最奥から ===01===
ある日の朝、その封筒が届いた。今時、郵便で何かをやり取りするなんて、実家との書類のやり取りか。仕事か古い知人との年賀状のやり取りくらいである。夏真っ盛りな今、著中見舞いには不釣り合いな封筒が、一人暮らしの俺のアパートに投函されていた。
手に取ってみる。玄関の付近では光量が十分に取れない為、その封筒を持ってお気に入りのソファーまで移動する。朝に作ることが日課になったコーヒーを一口、口に含んでから、件の長方形を良く注視する。シンプルな白色の便箋に、俺の氏名が達筆なボールペンの、少し丸みを帯びた字体で書かれている。
『遠藤 拓海』 確かに俺宛のようだ。
宛先の住所もここで間違いない。差出人は…『無間 写楽』知らない名前である。差出人の住所は書いてない。切手は120円分貼ってある。日本国内であるようだ。最初に手紙が集められた郵便局のスタンプが切手にあるはずだが、そこには『無間郵便局』と書かれている。どこだよ。タイムスタンプは8月5日、今日である。
丁度手近な所にあったカッターを刺し滑らせて開封して内容物を確認する。結構な厚さの便箋で、手紙の他にもカードのようなものが入っている様だ。まずは手紙を取り出し、三つ折りになっているそれを広げる。
『 おめでとうございます!
貴方は無間ツアーに当選した通算100億人目のお客様です。
無間の職員一同心よりお祝い申し上げると共に、当地にお越しいただいた際には涼しい一時をご提供させて頂きます。
お客様の出発日時は今年から2000年後の11月23日の日本時間午前3時となります。身のまわりの整理をお願いいたします。
此の度は更に、この機に際し粗品を進呈いたします。
○同封粗品の内容
・無間フルコースご招待券×8枚:名前をご記入いただいた方をすぐに無間へご招待いたします!
・無間アイスパフェ無料注文券×10枚:宛先のお客様の氏名をご記入の上、お近くの郵便ポストに投函して頂くと無間アイスパフェをお届けに参ります』
なんだろうね、これ? 反応するとうるさいスパムメールや広告サイトか何かの同類だろうか、そもそも、名前を書いてすぐってなんだって話だ。住所も無いのにどうやってアイスパフェが届くのかも謎である。一番の謎が、今から2000年後に出発ってなんだよって話ですよ。
「あほらし、時間損したな」
そうひとりごちて、手紙を便箋にしまって古新聞や広告などの要らない書類の束の上に放り出す。
「先月発生した大型台風8号は中国上空で静止し、各地で被害が深刻化している模様です。これに伴い、日均平均株価は――」
ニュースを見ながら今日とこの先 数日の予定を思い出す。明後日にバイトが入ってるな。この日は暑そうだ。無論今日も暑くなりそうだ。友人と外で遊ぶ約束をしているが、あまり外出する気力が沸いてこない。
「続いてのニュースです。連日続いている国内の要人の不幸と、全国で広がる急性心不全の急増を受け、政府は原因究明に乗り出すと発表。また、急患に対応する為に自衛隊を出動させる事も検討しているとの大臣の発言を受け、野党の――」
「へぇー」
最近の世間様では、良く分からない死因の死者が急増中らしい。自衛隊を動かしてもどうなるものでも無いと思うんだがね。
~~~~
所変わって近くの駅で同級生の友人である、西郷 元則を待つ。まだ太陽は真上に来ては無いが、気温は一気に上昇しているのがその肌を焼く感覚とともに感じられる。もう数分で到着するとおざなりな定型句をスマホで確認しながら、山の絵の描かれたミネラルウォーターで喉を癒す。明るいとスマホの画面が見えにくいんだよな。
「悪い、待たせたな」
電車に乗ってきたわけではないが、少し早く歩いてきたであろう西郷を視界に収める。俺もそうだがあまり蒸れないかなり軽装な出で立ちである。
「うーん、ぜんぜんってか?暑いんだよふざけんな」
「まじですまん、しかしいい時間だしすぐに店に入れるじゃろ?」
「このやろう。よし、さっさと行くぞ」
今日はなぜ、休日に男二人で集まってるかと言うと…ゲームソフトを漁り、ついでに何か良い掘り出し物が無いかと探る為である。買い物自体は一人で行けばいいのだが、ゲームソフトをダブらせるのは勿体ないというのと、なんだかんだ人と街に繰り出すのが楽しいからである。
「そういえばさ、最近物騒だよな。ほら、高校で岡崎って奴いたじゃん?あいつも例の急性心不全らしいぞ」
「へぇ~」
「おまえ、リアクションうっす」
「まぁだから?って話だよな。近しい人間には申し訳ないがな」
「まぁもっとこう、テクノブレイクした!っとかなら話題性あるんだがな」
「お前ほんと不謹慎な」
「まぁ今回は裏設定というか、曰くがあるんだわ」
大手の電化製品のビルでめぼしい物を探し終えた我々は、今度は店先で軒並みに売られているバルク品や掘り出し物を物色していた。周りの喧騒があるにも関わらず、どこか声が遠いような感覚である。暑いからだろうな。
「お前そういう変な話ほんと好きな」
「人生楽しまなくちゃな。で、岡崎の親友がな、岡崎が倒れる数日前に変な事を言ってたとか証言してる」
「はぁ~」
「おい、もっと興味だせ」
「いや、俺だって一日一回くらい変な事言うからな。通り魔殺人した生徒の同級生のインタビューで「なんか少し神経質な所があって怒りっぽかったかも」とか言わせるようなもんだろうよ」
「醒めてるなぁ。そこは聞いてみてだぜ…どうも変な封筒が来たらしい」
俺にとっては凄いタイムリーなそのワードに、全神経が西郷に向く。
「封筒ねぇ…」
「ああ、封筒だ。中には手紙があって、良く分からない漢字の地名からのツアー案内が書かれていたらしい」
「……」
「ご当地の特産品のお中元セットの無料券と、ツアーの招待券が同封されていたとか。叙々苑?みたいなノリの地名らしい」
「…え、そ、それ、それをどうしたんだ?」
「さぁな、来たという話を聞いたってだけだからな。心不全の後にはその手紙は忽然と消えたという話だぜ。広告チラシみたいで気にも留めなかっただろう」
「…そうだよな」
「おい、どうした、顔色が悪いぞ。さっさと冷えた部屋でゲームするしかないな!」
~~~~
その後何事もなく西郷と遊んだ後に別れ、帰宅した俺はソファーで一息つく。
「ふぅー、暑い」
エアコンを回し、ソファーで沈み込む。今朝、ぞんざいに放っておいた例の手紙が目に入った。手に取ってみる。
「……」
朝から特に変化はない様だ。
差出人を見る。「無間 写楽」やっぱり知らない。ネットで検索してみた。
…「無間」と言うのは地獄の一種らしい。「写楽」でヒットするのは様々で、江戸あたりの画家が主だったものだ。特に一貫性がないので名前に意味はなさそうだ。
地名としての「無間」は地獄の一つとしての物しかない。検索結果を信じるならば、これは地獄からの片道ツアー当選、招待状、無料券のセットという事になる。嫌な想像が脳裏に浮かぶ。西郷の言っていた、昔のクラスメイトはこの手紙を受け取って、そのまま地獄に連れていかれてしまったのではないかと。
それに、今世間で騒がれている心不全もこれが原因だったりするのではないだろうか。
エアコンが効き始めて涼しいはずなのに、つぅー、と汗が頬を伝ったのがわかる。何かのいたずらかもしれないし、見た目通りただの広告かもしれない。しかし、ある日――そう、たとえば明日にでも、俺は心不全で死ぬかもしれない――
手に力が入る。この手紙を破いてしまおうか――しかし、破くと何か起こるかもしれない、でもそれで助かるかもしれない。
「落ち着け、俺」
昨日作ったコーヒーの残りを飲む。放置されて酸化されたコーヒーの嫌な苦みが鼻腔を刺すように抜けていく。
「そうだ、この無料券に誰かの名前を書いてみるか」
まずはパフェの無料券を使ってみる事にする。
「続いてのニュースです。――」
ニュースキャスターが淡々と原稿を読み上げている。これ確か生放送でやってたよな。このキャスターのお姉さんの名前は 東條 真紀さんだったような…まぁ芸名だろうし、本名だとしても全国に同姓同名の人居るだろうし、それでも届くのか検証してみよう。
無料アイスパフェ注文券をキリトリ線で折目を付けて切り取り、『東條 真紀』と書く。すると、どうだろうか、券の下の方に『008,766,628,362,893』『投函してください』と綺麗な文字で浮き上がっていた。
「は?」
その券を裏返したり、ちょっと力を入れて破こうとしたりする。材質が紙ではなく、プラスチックの硬い感触になっていてどうこうできそうにない。
なんだか怖くなってきた。あのニュースキャスターに届くであろうアイスパフェが世間一般のあの甘くて冷たい食べ物の域に収まっているか不安になってきた。
よしカッターでバラバラにしよう。
今朝封筒を開封した、そのカッターの刃をチキチキと出し、ガラスでできている台を下に、アイスパフェ券にあてがい、一気に力をかけて引き裂いた。
『キッ』
カッターの刃が折れてしまった。暫く茫然自失し、ああ、カッターの刃を踏むと大変だと思い近くを探す。そうしていると…
「あgくytるkwgbrvfhじゃkvg」
しわがれたような、でも高い子供のような、金属のような、得も言われぬ不快な声が聞こえた気がした。先ほどからの怪現象に嫌な想像が脳裏をよぎる。背筋が寒くなる。耳を澄ませても今は何も聞こえない。気のせいか。
ソファーの近くで折れ飛んだカッターの刃を見つけた。次はハサミで切ってみるか…
「dhfぐgrjwhbrmbgjhdvぎ」
辺りを見回す。何も居ない。俺は焦らず騒がず、欠けたカッターの刃をテッシュで包み脇に置き、ハサミを取り出し、券を挟み、力を籠める。
『ッシュ』
ハサミの間に券が挟まってしまった。これは切れないわ。
「hgsjrgwjhfhds、bじぇwrvjうぇ」
うるさい、俺はその券を持ってガスコンロまで持っていく。点火、今度は敢えてハサミで挟み火にかける。今度はあっさり、それはもうあっさりと燃えた。
「hjgjrべjh御焚き上げbgtれb」
燃え上がる炎が、一瞬子鬼の顔になった様な気がした。
「――ここからは「神崎 美奈」がお送りします。先週から落ち込んでいた株価のストップ安は――」
慌ててテレビをみる。先ほどのニュースキャスターはいなくなっていた。
「ただのアイスパフェの郵送、だよな?」
返事はない。
『ガコン』
玄関の方で何かが投函された音がした。確認してみる。そこには見覚えのある便箋、あの封筒が入っていた。とりあえずそれを持ってソファーに座る。今朝受け取った便箋を見る。ある。どうやら瞬間移動したりはしていないようだ。
カッターの刃が通らないという事はなく、普通に開封することができた。中には三つ折りの手紙が入っている。読んでみる。
『 無間アイスパフェ無料注文券のご使用ありがとうございます!
御注文頂いたことにより、本来の予定に加えて無間への来訪者の増加が確認されました。つきましては感謝の粗品を送らせて頂きます。
更に、お客様の無間へのご招待の順番を繰り上げさせて頂きます。それに伴い、お客様の出発日時は今年の8月9日の日本時間午前3時となります。身のまわりの整理をお願いいたします。
・無間アイスパフェ無料注文券×10枚:宛先のお客様の氏名をご記入の上、お近くの郵便ポストに投函して頂くと無間アイスパフェをお届けに参ります』
…文面から察するに『無間』という所は地獄か何かの場所なのでは無かろうか。そしてどういう仕組みか分からないが、あのアイスパフェで無間へ行ってしまった人間が増えた。ということか。何という事だ。さっきのあの美しいニュースキャスターのお姉さんとか、もしかしたら地獄に行ってしまったのかもしれない。そして、俺もあと三日で、世間で騒がれている急性心不全でその地獄に行くと、そういう事なのか。
「ハハっ、そんなわけないよな」
そうやって一人言を吐き出し、俺はゲームをすることにした。
~~~~
ゲームがひと段落ついた。
冷蔵庫から飲み物を取り出してソファーに腰掛ける。例の手紙が目に入る。
今日の不思議現象はただの偶然という事も考えられる。でも、もう他人の名前をここに記入する気は起きない。
西郷に相談するか?あいつは良く分からない情報網があるから、何か功明が得られるかもしれない。って、今日に西郷の後輩が相談を受けたという話の二の舞になりそうだ。他人にはこの手紙一式は見えなかったりするのだろうか、わからない。相談する事で頭のおかしい奴扱いされるかもしれない。全て杞憂かもしれない。でもこの不安はなんだ。
そうだ、急性心不全で亡くなった人の名前を書いてみたらどうなる?
そういう考えが浮かんだ。特にやることも無いのだ。どこからともなく湧き上がる焦燥感が俺にそうさせた。
「『岡崎 俊関』っと」
とにかくアイスパフェ券に書いてみた。先ほどと同じように、券の下の方に『008,766,628,333,793』『投函してください』と浮かび上がる。
「あ"ーーーーdfbwjhvfc」
「ぎゃーーーーbrへjrhrr」
「ぶぉあ"ーーーdfbふぇhr」
凄い耳障りな声がどこからともなく聞こえてくる。声の主は無い。なんだよこれ、やめろよな。俺はさっさとそれをガスコンロで燃やす。
「えhvっうぇvw御焚き上げbふぇhヴぃw」
『ガコン』
今度は獄卒の大鬼の顔が炎に浮かび、また玄関の郵便受けに何かが投函された。一体誰が投函しているんだか…
また同じような封筒。同じように開封して中を見る。今度は手紙だけ入っている様だ。手紙を開く。ハラリと、何かが二枚落ちた。紙片が手紙に挟んであったようだ。
『 ご注文の品のお届けができませんでした。つきましては、この度ご使用頂いた無間アイスパフェ無料注文券を補てんさせていただきます。更に、無間フルコースご招待券を一枚同封いたします。
この度のお届け先のお客様は叙々焔螺にいらっしゃるようですので、無間アイスパフェをお届けになりたい場合は、無間フルコースご招待券を先にご利用いただいてから、無間アイスパフェ無料注文券をご利用いただきますようお願いします。』
なるほどわからん。
叙々焔螺って所に岡崎が居ることがわかった。なんか暑そう。って、死んだ人間がいる場所って…。
やはりこの手紙は禄でもない物だという事がほぼ確定した。
オラなろう風でも怖いホラーを書いてみてぇ!
怖くない? アイスパフェ食べるしかないですね