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スピーゲル家の子供たち  作者: タンゴ
はじまりの章
5/21

5

 アルに連れて行かれたのは石づくりの大きな城だった。森の中の道を抜けると城の西側に出たのだ。森を抜けてすぐにある建物は、一般の魔族が子供を授かるために待機できる宿泊施設なのだと説明された。他にもいくつかの施設が立ち並ぶ中、ひときわ大きな建物がその城だった。

 絢爛豪華な城をアルが歩けば皆が傅く。そんな様子にフィナは「アルは偉い人だったのだな」とすんなり納得した。病弱だった為、常に部屋に引き籠っていたとはいえ、以前は侯爵令嬢であったフィナが怖気づく程のことではない。

 フィナが案内された部屋は子供部屋として既に準備されていたらしく、小さめの可愛らしい家具が配置されていた。女の子らしいアイボリーの色調が気に入った。

 自分にあてがわれた部屋をひとしきり見て回り、フィナはクローゼットがない事に気が付いた。疑問に思い、フィナの世話係だという侍女に理由を尋ねてみた。


「服は魔力でできていますから」


 ノーレという名のその侍女は、さも当然というように答えた。

 フィナは自分の着ている服を引っ張ってみた。乾いてきてはいるが、まだまだ濡れている。ちなみに今着ているのは寝間着である。死ぬか生きるかの瀬戸際で寝込んでいたのだから当然だ。


「濡れた服を着替えましょう。今日はお二人のお祝いで、豪華な晩餐になりますからそれらしい装いで」


 そう言われて姿見の前に立たされるが、どうしたらいいのかわからない。ノーレが「着替えたらいったん休憩しましょうね」などと言いつつにこにこしているのは、もちろんフィナが自分自身で(・・・・・)着替えるのを待っているからだ。


(どうしたらいいの……)


 途方に暮れたフィナは、ぎょっとするノーレを置き去りにして隣の部屋へ逃げ込んだ。

 隣の部屋はエルのために用意された部屋である。フィナが飛び込むと、そこはペールグリーンを基調とした、男の子用に整えられた家具が置かれていた。子供が男の子でも女の子でもいいように両方準備しておいたのだという。用意のいいことだ。

 勝手に入って来たフィナに、エルとエルの世話をする侍従が驚愕した。


「ふぃ、フィナ様!?」


 声を上げた侍従を無視してフィナはエルに詰め寄った。


「着替えるように言われたの。服は魔力でできているから、自分でやらないといけないみたいなの」


 魔族が魔力を行使するという点についてはフィナも納得できる。魔族と魔力はもはやセットだ。魔族になったフィナには魔力があるのかもしれないが、問題は、どのようにして使うかだ。途方に暮れた目でエルを見つめるが、エルから帰ってきた答えはひどくあっさりしたものだった。


「じゃあ着替えればいいじゃないか」

「だからどうやるのよ!?」

「じゃあどうやって今君は服を着てるの?」


 エルがこてんと首をかしげ、フィナも同じように首をかしげた。どうやっても何も、死ぬ前に侍女に汗に濡れた寝間着から新しい寝間着へ着替えさせられただけだ。

 フィナを追いかけてきた侍女と侍従が、これはどうやら着替えることができないようだと推測した。

 知性を持って生まれてくる魔族は、服を着るという常識も備えて生まれてくる。魔力は主に攻撃を目的として使われる為、学校で習ってからでなければ使うことは禁止されているが、服だけは特別で、言葉を紡ぐように自然に魔力を紡いで服を着ている。誰から教えられたわけでもなく生まれながらに身にまとっている服は、もはや体の一部という感覚だからだ。それ以外で魔力を使うためには、どういうわけか先人に学ばなければ使い方がわからないのだ。

 しかし、魔力の低い者や扱いが下手な者の中には、生まれてすぐの頃は服をうまく着替えられない者もいる。とはいえ、最初はフィナのように途方に暮れる者も、コツを掴めばすぐに習得できるようになる。

 珍しくはあるがさほど驚くこともなく、二人を部屋に案内してから傍を離れているアル(現在二日ぶりのお風呂に入っている)を呼ぼうかとノーレが提案したのだが、


「いや! お父様には言わないで!」


 と、必死の形相でフィナに止められた。

 その様子に困惑する侍女と侍従だったが、エルは溜息を一つつくと二人に部屋から出るように頼んだ。

 渋る二人をそれでも何とか部屋の外へ押し出し、エルはフィナに向き合った。


「見てなよ」


 そう言うと、エルの服が一変した。それまでの白い貫頭衣のようなシンプルな物から、おとぎ話の王子様が来ているような豪奢な物へ。フィナと同じく、エルも侍従から晩餐用に盛装するよう言われていたのだ。

ぱちぱちとフィナが瞬いた。


「どうやったの?」

「そもそも僕が着ていた服は、僕の神力で造られたものだったんだ。だから色も形も僕の思い通りに変えられる。それは神力が魔力になってもやり方は一緒だから簡単にできる。フィナの場合は、一度死んだから、体自体実体を伴うものではなかったし……つまり魂なわけだけど。服も、フィナがそれまで着ていた物を君が無意識に再現しているに過ぎないんだ。魔族に生まれ変わって実体を得た今なら、服も魔力で自在に変化させることができるはず」

「…………」

「わかった?」

「よくわかんないわ」

「うーん……つまり、君が着たい服を想像すれば、服を変えることができるっていうこと」


 なるほどそういう事かと、フィナは早速想像してみるが、一向に変化がない。集中しようと目を閉じて再度やってみるのだが、やはり服は糸の一本たりとも変化しなかった。


「できないわ」


 しょんぼり肩を落とすフィナ。

 人間として生きてきたフィナには、人間としての意識が深く根付いている。その無意識の意識が魔力を扱えないことの原因なのだろう。という内容を、エルはフィナにも理解できるようわかりやすく噛み砕いて説明した。

 その説明をなんとなくおぼろげに理解したフィナは、再び目を閉じた。

 するとどうだろう。寝間着を着ていたフィナから上衣が一枚なくなり、穿いていたズボンもなくなり、下着もなく――

 なくなりかけたところでくるりとエルは背を向けた。子供のくせに顔が真っ赤になっている。

 そのまましばらく待てば、程なくしてフィナの明るい声が聞こえた。


「見て! できたわ!」


 その声にエルが振り返ってみると、フィナはすっかり様変わりしていた。紺色のスカート部分がふんわりした、かわいいワンピースがよく似合っている。

 エルはほっとしたと同時に怒鳴った。


「何で服を脱いだの!」

「だって、その方が想像しやすかったんだもの」

「だからって、し、下着まで脱がなくても!」

「下着も新しいのに替えないと気持ち悪いじゃない」


 さも当然、何を言っているんだとばかりにプクとフィナは頬を膨らませた。彼女にはまだ恥じらいというものがないらしい。

 人間だったフィナにとって着ている服を変化させるよりは、着替えるところを想像する方が容易だという事は分かるのだが、できれば早く変化させられるようになってほしいとエルは思った。


 一つ難題を乗り切ったところで、ちょうどいいからとエルが話し始めた。


「僕たちが元は天使と人間だったってことは内緒だからね……ここでは人族っていうらしいけど」

「なんで?」

「天使がたった五歳の女の子に天使の輪を割られて力を失って、狭間の空間を維持することもできずに見知らぬ異世界に転生して、しかも魔族として! 気づけば新しい名前に上書きされて完全に神様とのつながりを断たれて、見ず知らずの魔族の子供に成り下がっているなんて……屈辱なの! プライドの問題なの!!」


 「天使の地位が地に落ちる! むしろ地面に沈む!」と膝から頽れて嘆くエルだが、残念ながらたった一人少年の事情を理解できる立場にあるはずのフィナは、全く彼の心情を理解できないでいた。その代わり、嘆く姿にフラウに怯える先ほどのエルの姿を思い出した。


「さっきのフラウっていう人……怖かったわね」

「君はそのフラウとアルディウスの会話をどれくらい理解できたの?」

「エルが嫌われて、なぜか私も嫌われたっていう事でしょう?」

「わぁ、ざっくり過ぎるのに合ってる! 僕らには神様の気配が残ってるから警戒されたんだけど……とにかく、その人のこともあるから内緒にしておいてよ」

「いいわ」


 フィナは神気については理解していないのだろうが、まあいいかとエルは思った。彼としては、「フィナの方が問題かもしれない」と言われた事の方が謎である。だが、理由がわからない以上、元は天使と人間だったという事も伏せておいた方が身のためかもしれない。何せ相手は二人のうちどちらかを殺した方がいいと言うような相手なのだから。

 フィナの了承に安心したのも束の間、次の台詞にエルは目を剥いた。


「内緒にするのはいいわ。でも、お父様のことをアルディウスって呼ぶのは駄目よ。名前は大切なものだから、簡単に呼んではいけないのですって。ちゃんとお父様って呼んで」

「僕は、父親だなんて認めてない!」

「でもそうなんだもの!」

「必要ない!」

「エルの馬鹿! 私たち死んじゃうところだったんだからね!!」

「フィナの方が馬鹿だ! 確かに名前を付けられて安定したのは僕にもわかったけど、そのせいでどうしようもない事態になっちゃったじゃないか!」

「意味わかんないわよ! 馬鹿馬鹿!!」

「わかんない君が馬鹿なんだよ!!」


 二人の喧嘩はアルが様子を見に来るまで続いた。

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