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イノチのせんたく

作者: さきら天悟

「あ~」と運転席に座る男はため息をついた。

今までの激務を思い起こしたようだ。

プロジェクトが完了し、施行されてから一ヶ月が経ち、

ようやう一団らんしたところだった。


「ハンドルから手を放すなよ、星野」

運転席の後の小島がツッコんだ。


星野は両手を組み、それを裏返して車の天井に押し付け、

背中を伸ばしていた。


みんなが笑った。

車に乗る4人、これまでの鬱憤を晴らす様に大声で。


後ろの席の小島の隣の祖父江が、手を高く上げ、

そのまま横に倒し、小島の頭をはたいた。


「もう完成したじゃん」

と今度は祖父江が小島にツッコんだ。


また、みんなが笑った。


「これ、たぶんみんなやるよね」

助手席の賢道が言った。


いわゆる自動運転あるあるだ。

彼ら4人は自動運転プロジェクトを立ち上げた官僚たちだった。


経済産業省の賢道けんどう、法務省の星野ほしの

総務省の祖父江そぶえ、国土交通省の小島こじま

こんな配置で車に載っていた。

このメンバーはプロジェクトでも特に仲が良かった。

というのも偶然なのか、各省と名字の頭文字が同じでどの省か覚えやすかった。

経産省のけんどう、法務省のほしのというように。


「今夜はどんちゃん騒ぎだ」

運転席の星野が後ろを向いて言った。


「これは極秘事項だが」

賢道も後ろを向き、口の前に1本指を立て、声を潜めた。

「コンパニオンが一人ずつ」


「それは確かに極秘事項だな。

このごろ女性スキャンダルが世間を騒がしている」

小島が言った。


「俺は早く温泉に浸かりたいなあ」

祖父江が漏らした。

「この3年間本当に大変だった。

箱根の温泉は4年ぶりだ」


そう彼ら4人は箱根で開かれる『自動運転プロジェクト』の打ち上げで、

箱根温泉へ向かう途中だった。

もちろん、テストと乗り心地を確認するために自動運転車でだ。


「これでイノチの洗濯がようやくできる」

星野は呟いた。


「でも本当に苦労したよな」

と祖父江が漏らした。


あれ?

官僚が?

と思うかもしれない。

自動運転車の開発やインフラ整備で、自動車メーカーや大手建設、施設会社が

大変なのは想像できるが、どうして官僚が忙しいの?

それは自動運転運用にあたっての最大の課題があったのだ。

責任の所在、つまり自動車事故があった場合、

どう責任を取り、どう補償をするかだった。

計画当初は、死傷者や物損の補償金を運転者と不具合を発生させたメーカーに

払わせることにしていた。

しかし、偶然が重なった時に生じる不具合の場合、

原因の追及が困難で責任のなすりつけ合いが予想され、

各メーカーはプロジェクト参加に尻込みした。

また、運転者に責任を負わせるのは、普及の足を引っ張ることになると明らかだった。

この課題に動いたのが与党政治家の太田だった。

官僚出身のやり手の太田は、新たに保険制度の設立を提案した。

自動運転車の重量税を割り増しし、これに充てたのだった。

保険と同様に法整備も大変だった。

これを主導したのが法務省官僚の星野だった。

以前の道路交通法では、ハンドルから手を放すこと自体、違法なのだ。

官僚らが苦労して整備した法と保障体制が自動運転を普及させたと言っても過言ではなかった。





自動運転実施から3ヶ月後だった。

大事故が発生したのだ。

自動運転車が歩道を歩いている老夫婦を轢いてしまった。

しかし、自動運転車の不具合とは言えない、悲しい事故だった。

子供が飛び出したのを避け、老夫婦を轢いてしまったのだ。

夫妻は年金暮らしで、慎ましい生活を送り、

二人で散歩するのが楽しみだった。

自動運転車は子供を助けることを優先したのだ。

「イノチの選択」

翌日の新聞、全紙、この見出しだった。

しかし、この時、驚くべき事実を気付いた者は誰もいなかった。

被害者への補償金は0円だった。

被害者らには遺産を相続する人が誰もいなかったのだ。

実は、どうしようもない場合、誰を轢くのか、

イノチの選択をするのだ。

補償金がより少なくなるように。

その情報はマイナンバーの所得、資産情報だった。

自動運転プロジェクトに総務省の祖父江が参加したのは、

マイナンバーの情報を利用するためだった。

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