鳥さん便のヒノ
ひだまり童話館、第4回企画「アツアツな話」参加作品です。
森の奥の、木の根元をよく見なければ見つけられないところに、小さな扉が付いています。その中は小さな工場になっていて、たった3人だけの従業員が小さなものを作っています。
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工場に入ってすぐの部屋には、作業机があって、ポンが息を潜めてジッとしています。
細かい作業をしていたポンは美しい糸をパチンと切ってひと段落すると、顔をあげました。汗をかいた真剣な顔を見れば、ポンがいかに集中していたかが分かります。
「もう、布が残り少ない。ピノ、ピノ?」
ポンが大きな声で呼ぶと、2階で布を織っているピノが、階段の上からひょっこり顔を出しました。半分目を擦っています。
「ポン、なぁに?」
ピノがサボって昼寝をしていたことは、ポンには一目瞭然でした。
「ピノ、布がもうなくなるから、次の分を持って来て。どのくらいできている?」
「えっと・・・一反できてますよ。あとは、まだ織り途中です。ああ、でも」
「でも?」
「もう糸がない」
「ええ?」
糸を仕入れるのはピノの係りです。それがないなんて、ピノのサボり癖には、ポンは困ってしまいました。
「ピノ。糸がなければ仕事にならない。急いで仕入れてきて」
ポンは細かい仕事をしていますから、手を離すわけにはいきません。それに親方も、今日は出かけていました。
「えー、でも、もう仕入屋さんは間に合わないし、来週まで待ちませんか?」
サボったピノがこんなことを言えば、親方だったら大声で怒るところですが、ポンは呆れるしかできませんでした。
「ピノ?仕入屋さんは来週まで来ないから、君が取りに行ってくれない?」
「えー・・・」
ピノは反論しようとしましたが、お使いに行くことを考えると、それも面白いと思いました。それで、ピノは、材料の羽根糸を卸してくれる北の遠いお店に買いに行くことになりました。
ピノは北のお店へ何度か行ったことがありました。時々珍しいものがあると親方と一緒に買いに行くのです。ですから、北のお店のことはよく知っていました。
仲良しの小鳥に乗せてもらって、ピノは北へ行きました。
北は少し寒くなっていて、小鳥の背中から見ると森の木々は黄色や赤い葉っぱになっていました。空から見る森はとても美しくて、いつもは森の木の下にある、小さな工場で小ぢんまりとしているピノにとっては、楽しくて心が躍りました。
サボってばかりで、いつも親方に怒られているけれど、たまにはこんなお使いも良いものです。
小鳥はピノを乗せて、パタパタと北へ向かい、次の日の朝に北のお店へたどり着くことができました。
ピノは到着するとすぐに、羽根糸を買いました。
「いっぱい買っておけば、次の仕入れをしなくて済む。そうだ、いつもの倍買っておこう」
ピノはサボりたかったので、たくさんの羽根糸を買いました。
ところが、いつもの量だったら、持って来た大きな風呂敷に入れて背負うことができますが、その倍を買ってしまったために、ピノは大量の羽根糸を前に途方にくれました。
「うーん、どうやって持って帰ろう」
「僕には運べないよ」
ピノを乗せてきてくれた小鳥も、それを乗せられてはたまらないので、高い声で主張しました。
「わかってるよ」
ピノが口をとがらせて小鳥から目を逸らすと、そこには「鳥さん便」の看板がありました。
「そうだ、鳥さん便に頼めばいいんだ!」
鳥さん便というのは、運送業をしている鳥たちの会社のことです。つまり、鳥が運んでくれるのです。
ピノが乗ってきたような小鳥ではなくて、もっと大きな鳥がたくさんいるので、そこだったらこれだけの量の荷物を運ぶことなんて何てことないはずです。
「すみませーん」
ピノは鳥さん便の事務所に行って、声をかけました。
「はいはい、ご用はなんですか?」
「これを運んでくれる鳥さんをお願いしたいんです」
ピノが大きな風呂敷2包みを抱えて、それを事務所の机に乗せると、事務員が重さを測ってくれました。
「これだと大型の鳥ですね」
そう言うと、事務員はペラペラと書類をめくりました。
「ああ、大型の鳥はほとんど出払っていますよ。だけど一応鳥舎を見て、良い鳥がいたらそれをお使いなさい」
と、事務員は教えてくれました。
ピノが鳥舎に行くと、確かに大型の鳥はあまりいませんでした。
「あの鳥じゃ、ちょっと小さいし、あの鳥はもう荷物が載せてあるし・・・うーん、急にはなかなか難しいんだね」
ピノは困ってしまいました。
ところが、鳥舎の一番奥に、見たことのない赤い大きな鳥がいました。
「あの鳥は?どうしてあんなふうに隔離されているの?」
ピノが事務員に聞きました。
「ああ、火埜はね、その名の通り、火でできているから熱いんですよ。お客さんを乗せたら、お尻が焼けちゃいますし、荷物を乗せたら、荷物が焦げちゃうんですよ」
なるほど。その鳥は真っ赤で、いかにも触ったら熱そうでした。「火埜」と言われた鳥は、寂しそうに隔離されて、ジッと地面を見ていました。
誰も、ヒノには仕事をくれないのです。寂しそうな目をしていました。
ピノはその鳥が何となく気になって、ずっと見ていました。するとピノの近くにいた小型の鳥が気付いて
「およしなさいな、あんな鳥に運べるものなんて、ないんですから」
と、ピノに向かってヒノのことを蔑むように言いました。
ピノはなんだか胸がモヤモヤする気がしました。
どうして熱いとダメなんだろう。お尻が焼けないように分厚いクッションを乗せれば良いじゃない。
どうして熱いとダメなんだろう。荷物が焦げないように、たくさん包んでおけば良いじゃない。
そう思うと、ピノは大きな声で
「あの鳥にします!ヒノで荷物を運んでください!」
と、叫んでしまいました。
ピノに仕事をもらって、ヒノはとても嬉しそうに現れました。
「一生懸命、お仕事させてもらいますよ。ピノさんですね。どうぞよろしく」
ヒノは、とても丁寧にあいさつをして、そして手際よく荷物を背中に乗せました。
「熱くなり過ぎないように、よおく包みましたからね。では、まいりましょうか」
そうしてピノとヒノは、ポンが待っている森へ向かって飛び立ちました。
ヒノはとても大きな鳥なので、一度羽ばたくとグングン進みました。今まで小鳥にしか乗ったことのなかったピノはあまりの速さにとても驚きました。だけど、慣れてくるととても気持ちの良いものでした。
帰りの旅は順調なように思われました。
ところがじわりじわりと、ピノはお尻が熱くなってきました。このヒノは、身体が火でできているように真っ赤で、飛べば飛ぶほど熱くなるのです。
熱くて熱くて、汗が止まらなくなるほどでした。
それでもピノは我慢しました。なるべく早く帰った方が良いですし、それに何より、ヒノがとても頑張っているからです。
やっともらった仕事を頑張ろうとしているヒノに、やめろとは言えなかったのでした。
だけど、ピノのお尻だけではありません。
荷物の方も、熱くなってしまいました。なんだか、焦げ臭いような気がするのです。ピノは鼻を荷物に近づけてクンクンさせました。
大丈夫かしら。この繊細な羽根糸が焦げてしまったら、親方が怒るでしょう。
「ヒノ、ヒノ、悪いんだけど、ちょっと降りてくれない?」
どうしようもなくて、ピノは降りることにしました。
「はい。かしこまりました」
ヒノはすぐに地面に降りてくれました。本当はずっと飛んでいたいでしょう。
地面に降りると、すぐにピノは荷物を一度降ろしました。そして包みを開けてみると、やっぱり何か焦げ臭い気がしました。
繊細な羽根糸に空気が入るように少しかき混ぜて、それからまた包み直しました。
大丈夫かしら。
ピノは心配でした。
このままヒノに乗せて行ってもらって、この羽根糸は無事届くでしょうか。少し間違えば、焼け焦げてしまって使い物にならなくなってしまうかもしれません。
ピノの困った様子を見て、ヒノは自分のせいだと思って謝りました。
「すみません、すみません。なるべく熱くならないように飛びますから」
「うん、頑張ろう」
ピノはまた荷物をヒノに乗せて、自分も乗り込みました。
少し飛んでは、熱さを覚え、ピノは地面に降りました。そのたびに、荷物をおろし、糸をかきまぜ、それからまた乗り込みました。
そしてまた、少し飛んでは熱くなって、地面に降りることを、何度も何度も繰り返しました。
「すみません、すみません。本当に、すみません」
もうヒノは、謝ることしかしませんでした。
こんなことだから、誰も自分を使ってくれないのだと分かっています。身体の大きなヒノにはこれしかできないから鳥さん便にいるのに、今まで一度だって、ヒノが届けたものが喜ばれたことはありませんでした。いつだって、熱くなりすぎて、焦がしてしまうからです。
北の地から南へ向かうと、ヒノはどんどん熱くなりました。
ピノはもう汗だくでしたが、ヒノに文句を言いませんでした。ヒノだって頑張っているのですから、それを責めようとはしませんでした。
それでも、ピノにとっても大変だったことに変わりはありませんでした。
まるまる一日をずっと飛んで、やっとピノはポンの待つ森へ帰ってきました。
工場の前に降り立って、荷物を全て降ろすと、
「すみませんでした」
と、ヒノは謝りました。泣きそうな顔をしているのに、我慢しているのがピノには分かりました。
「謝らないで?ヒノは頑張ってくれたじゃない。ちゃんとここまで飛んできてくれてありがとう」
ピノがそう言って笑いかけても、ヒノはまだ申し訳なさそうに何度もお辞儀をして、そしてもうピノの顔を見ないで飛んで行ってしまいました。
さよならも言わずに飛んで行ってしまったヒノを空に見送りながら、どうしてかピノは胸が締め付けられるような気がしました。
もう薄暗くなった紫色の空に、ヒノの熱い身体がまるで流れ星のように白く尾を引いて飛んでいきました。
いつもの倍の量の羽根糸を持って戻ってきたピノを見て、ポンも親方もとても驚きました。
ピノは工場に入ると2階に行き、布を織り始めました。いつもなら「疲れた」と言ってサボるところでしょう。
だけど、ピノはせっかくヒノが頑張って運んでくれたこの羽根糸をすぐに織りたくなったのでした。
なんとなく焦げかけたような、香ばしい匂いがします。でも、色も触った感じも別に問題ありませんでした。焦がしてしまったかと思って心配しましたが、大丈夫だったようです。
その糸を織ってできた布は、とても綺麗でした。キラキラ光る布を親方に見せると、親方はうなりました。
「どうしたこった。この布は、いつもよりも随分と強くできているようだが」
「そうですね。たしかに」
ポンも布を少し引っ張りながら確かめていました。
「強いってどういうことですか?」
二人の言っていることが分からずに、ピノが尋ねました。
「おう、お前さんが持って帰った今回の糸で作った布はな、どういうわけか、強度が出ている気がするんだよ。ほら、色も少しばかり反射が多いだろう?なぜだか、この糸は、随分と良い出来だったようだな」
何かがいつもと違って、上等の布が織れたらしいのです。何がいつもと違ったのか、ピノは知っていました。
「親方!それはきっとヒノのおかげですよ。ヒノの背中でゆっくりと温めた糸だから、きっと強い布になったんですよ。おかげで僕のお尻も少し熱かったけど、ヒノのおかげだってこと、伝えたいなぁ」
ピノがとても嬉しそうに話すのを、ポンも親方も優しい顔で眺めて頷きました。
サボりん坊のピノが、誰かのことを思って嬉しそうに語り、誰かのことを思って布を織り、誰かに感謝することができることを、親方もポンもとても喜びました。
「だったらまた今度もヒノに荷物を運んでもらおうじゃないか。お前さんのお尻のためには、お前さんだけは小鳥に乗ったら良いだろう」
「あ、そうか!」
「気づかなかったの?」
ピノが小鳥に乗れば良いことに気づかなかったので、ポンが大笑いしました。
ヒノ、待っていて。
また今度も、君に荷物を頼むよ。
君のあったかい背中が、僕たちの作る布を強くて美しいものにするんだよ。君はなんて素晴らしいんだ。
今度会った時、ピノはこう言ってあげることでしょう。
その日を思って、ピノは次の仕入れを楽しみにするのでした。