7 好き嫌いは許しません
朝、窓の外の明るさで自然と目が覚めた。
昨日は王族との食事の後すぐに寝たので睡眠時間は十分にとれていた。
「ふぁわぁ……」
大きく欠伸をして体を伸ばした雄馬は腰辺りに何やら重さを感じた。
慌てて布団をめくるとそこには美しい白髪が広がっていた。
──アサだ。ベッドが1つしか用意されてなかったから、結局2人で一緒に寝たのだった。アサをソファーで寝かせるわけにもいかないし、自分も疲れきっていてベッドを使いたかった。
ベッドが1つしか用意されてないのもアサを兵器としてみなしていて、1人の人間としてみなしていないのかと思えば少し悲しくなる。こんなにも可愛い寝顔を晒しているのに。寝ていれば本当に無防備な子供だった。
雄馬はその頬を優しく撫でる。
んんっと身じろぎをするアサ。兵器だという少女のその人間味溢れる姿がどうにも不思議な感覚だった。やはり彼女は自分たちと何ら変わらぬ人間なのだと。そう実感できた。
その時、アサを撫でている自分の手に目が行く。その右手の人差し指に何かが巻き付くように黒い跡があった。
何だと思いよく見るが、何かが付いているというわけではない。それは小さな小さな文字のようなものが集まって出来ていた。まるで最初からそこにあったかのように皮膚に馴染んでいる。
昨日アサとの契約時に傷つけたところから指を巻くように2回転。
「なんだこれは……?」
毒々しい黒。気持ちが悪い。良い物には見えなかった。
少しするとアサはパチリと目覚めた。寝起きの気だるげさをまるで感じさせずに起き上がる。
「起──おはようございます」
「ああ、おはよう。そういや寝て食事もするなら兵器って言ってもまんま人間だよな」
「是──常人にはない魔術回路が埋め込まれてる以外は人間のままです」
「だよな、なんか安心したよ。そういやこれ原因分かるか?」
雄馬はそう言って右手を出し、人差し指を見せた。
「是──申し訳ありません。それはわたしとの契約の影響だと思われます」
「いやいや別にいいんだよ。命を救われたわけだしね」
珍しく申し訳無さそうな様子を見せるアサに慌ててフォローを入れる。アサとの契約の影響だというのは予想出来ていたため驚きはない。
ただ、確認はしておかなければならない。
「これって何か悪影響はあるのか?」
「非──恐らくないと思われます。ですが契約を行ったのは初めてですし分かりません。特に魔術的な効果は発動していないようです」
「これをどうにかすることは出来ないんだよな?」
「是──申し訳ありません」
「いやいいんだ。とりあえず悪影響がなさそうなら問題ない」
雄馬は無表情ながら瞳を下げて縮こまっているアサの頭を乱暴に撫でた。
無表情なままでもそうやって落ち込んだような姿を見せられると悲しくなる。
その後すぐにミレンダが部屋に来て朝食となった。もちろんそうそう王族と一緒に食べられるわけもなく、部屋での食事となった。
メイドさんが持ってくる料理に舌鼓を打つ。昨日の夕食よりは少し質素だが、それでもさすがは王城である、立派な料理が並ぶ。
アサと並んで食べていた雄馬だが、アサのお皿に人参──とは言ってもそれが本当に雄馬の知っている人参と同じかは分からないが、食べた限りでは違いは感じなかった──が残っているのを見つける。
「どうした? それ残ってるけど」
「是──問題ありません」
心配して声をかけた雄馬だったが、アサはしれっとそう返し。人参を皿の端の方に追いやる。
「問題ありませんって食べれないのか?」
「是──食す必要性を感じません」
「……それ苦手なだけなんじゃないのか?」
「非──これを食べなくともなにも問題はありません」
「問題ないかは今関係ない。好き嫌いなんだろ?」
「非──……そのようなものはありません」
問い詰めてもしらを切り、そっぽを向いてしまう。
「なら、食べるんだ。せっかく作ってくれたんだぞ」
「……是──分かりました」
「別に強制しなくても……」
「ミレンダ、子供は甘やかしたらダメなんだよ」
「なんで父親目線なんだ……」
しぶしぶと食べるアサを見て満足気に頷く姿を見て、ミレンダは不思議そうに呟いた。
「それはそうと、俺らはこれからどうすればいいんだ?」
とりあえずは客人として迎え入れられたが、何をすればいいのかは聞いていない。
いずれは元々のアサの使用目的に駆り出されるのだろうが、すぐにそうなるとは思えなかった。少なくとも表面上──表沙汰にはされてないが──は異世界から召喚されたことになっているし、それを国王たちも承知していることになっている。
とりあえずはその名目もあるしこの世界のことを知る必要がある。
「当面はこの世界のことを学んでもらう。この世界のことをあまり知らないのは本当のようだしな」
「おいおい、俺は異世界からの勇者様だぞ」
「ふんっ、お前のような者が勇者であってたまるか」
ミレンダの言葉に肩をすくめる雄馬。
「とりあえずはこの世界のことを学んでもらうが、その前にアサ──彼女の製作者とでも言うべき方に会ってもらう」
「アサ──の、か……なるほど、まあそうだな。そういやアサってメンテナンス的なのは必要だったりするの?」
「非──必要ありません。普通の人間よりも丈夫です」
「なんかますます兵器って感じがしないな」
「是──元々完全自律型として開発されましたので自己修復能力は備わってます」
「なるほど、じゃあ無理してこの国に留まる理由もない訳か」
「おい! そんなことは許されないぞ」
「分かってるって」
アサの話を聞くと、チラリとミレンダの顔を見て軽く言う。
すぐに慌てる姿を見て楽しそうに笑う。
「食べ終わったら早速向かうぞ」
「その製作者は王城にいるのか?」
「いや、王都内の研究所にいらっしゃる」
「アサ大丈夫だよな?」
「是──問題ありません」
この世界の服に着替えた雄馬は少し居心地が悪そうに身じろぎしながら王城を歩いていた。慣れない格好に違和感しか感じない。サイズも微妙に合ってないし。
「なあこれおかしくないか?」
「是──おかしくありません」
「着られてる感があるが問題ないぞ」
「おい、それだとダメだろ……」
「まあそう言っても──」
言葉を止めたミレンダは端に寄り、直立する。
雄馬が廊下の先を見ると向こうから、昨日紹介された第一王女リザベルが従者を率いて歩いてくる。
豪華なドレスに身を包み高貴な身分なのが一目でわかる雰囲気を持っている。己が上に立つものだという支配者たる威厳がその姿から漂っていた。その容姿の美しさもそれを後押しいていた。自信を感じる歩みでこちらに向かってくる。
雄馬もミレンダの近くに寄る。
「おはようございます!」
ミレンダの勢いのある挨拶に続いて雄馬も挨拶をする。
リザベルはそれに返事を返さずアサを見て鼻を小さく鳴らす。
そのまま3人の隣をスルーして通る。その後を従者たちが軽く礼をして追って行く。
隣と通りすぎる時、雄馬は親の仇ばりに睨まれているのを感じた。
「なあ、俺嫌われてるよな」
彼女らが見えなくなってから雄馬はボソリと言う。
昨日の食事会でも感じたが、どうにも嫌われているようだ。
「確かに、嫌われてるような感じだな」
「特に気に障ることはしてないつもりなんだけどな、なんで睨まれたんだろ……」
「やっぱりその服はまずかったか」
「おい!」
突っ込みつつもどこか納得のいかなさを感じていた。
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