6 お食事会は王族とともに
それはいつだったろうか。
幼なじみの少女が言っていた。
「雄馬って何でもすぐ飽きちゃうよね」
小学校の頃やってた水泳もサッカーも野球も全部すぐにやめたけど、別に飽きたからではない。何か違うと感じたのだ。
そう返すと、彼女は悲しそうな表情になる。
「うん、飽きちゃうんじゃなくて、諦めちゃうんだよね。何かに囚われることもなく、何かを捨てきれず悩むこともない」
それは冷たいと言っているのだろうか。もっと拘れと、粘れと言っているのだろうか。
「ただ、悲しいなって。雄馬にも何か大切なものが見つかるといいんだけど」
ああ、夢だ。そう思った。
ドアをノックする音で目が覚めた。広い部屋だ。
あの後部屋をあてがわれ、食事の用意ができるまでゆっくりしてくれと言われたのだ。色々あって疲れきっていた雄馬はベッドで横になりしばしの睡眠をとった。
時間的にはわずかだったようで、雄馬は疲れが取れきれてない体を起こす。窓から覗く外は既に暗かった。
「……どうぞ」
「失礼する」
燃えるように赤い髪をゆらして入ってきたのはミレンダ、あの女騎士だった。もっとも今は軽装に剣を下げているだけだ。
あの後何かあればミレンダにと言われたのだ。彼女は雄馬付きという扱いになった。
元々はそれなりの立場だったようだが、機密兵器を強奪された失態は重くそれ故の扱いだそうだ。本来ならもっと厳しい処分をなされてもおかしくないのだが、表向きはアサは雄馬に奪われたのではなく、王国の意思で雄馬に契約させたことになるので処分はこのような形になった。
雄馬としても自分のせいで処刑でもされたらたまったものではないので一安心だった。
ちなみに謁見の間を出てきた雄馬を迎えたミレンダは客人として迎え入れられると知り、急にかしこまったしゃべり方になった。それに居心地の悪さを感じて普通にしゃべるように言ったのだが、イマイチ硬さは取れてなかった。
「国王陛下からお食事のお誘いが来ている」
「……お誘い? 面倒だな」
「おい! 陛下からのお誘いを断るなど──」
国のトップからの食事への誘いを面倒だと言った雄馬に、ミレンダは烈火のごとく言葉を浴びせる。
国に仕える身として許すわけにはいかなかった。とは言え客人という立場の雄馬に断る権利があるのかミレンダには分からなかったのだが。
「分かってるよ、立場的にも断れないしな。どうせ食事会と称して誰かを紹介でもしてくるんだろう」
「よく分かったな。王妃殿下、王子殿下、王女殿下をご紹介なさるとおっしゃっていた」
「うわぁ、マジで面倒だな。こっちは疲れきってるってのに」
「だから、ユウマ殿──」
「──分かってるって。ちょっと愚痴っただけだよ。それから俺のことは別に雄馬でいいぞ」
「分かってるならそれでいい、ユウマ」
その返答に満足気に頷く雄馬。一方のミレンダは不満げに眉をひそめていた。
「よし行くか、アサ」
「是──行きましょう」
ミレンダが入ってきてもじっと座っていたアサは声をかけられ、瞼を開く。その紅い瞳を見て雄馬はふと思う。
「ん、そういやアサって普通に飯食べられるんだよな?」
「是──消化器官は人間のままですので特に問題ありません。ですが、栄養は食物から摂取せずとも魔力さえあれば活動に問題ありません」
「いや食べとけって、せっかく国王が出してくれるっていうんだから美味いに決まってる……美味いよな?」
雄馬は昔の王様は暗殺を恐れて毒味の末に冷えた料理しか食べれなかったとか聞いたことあるぞと思い、不安になって聞く。
「何を言っている、陛下が食べられる料理は美味しいに決まってるだろう」
「毒味で冷えたりとかは?」
「毒物を見つけれる魔道具の食器を使っておられるとか聞いたことがあるから心配ないだろう」
「なるほど、だそうだ」
「是──了解です」
ミレンダに案内されて王族が使うと思われる食堂に向かう。
国王からのお誘いなのに格好はこれでいいのかとも思ったが、ブレザーは学生の正装だし、こんな服を他に来ている人はおらず異世界人というものに説得力が増すし問題ないと結論づけた。
今のところ異世界人と言うのは大きく公表されることはないそうだ。もちろん勇者だということも。そのうち時期が来れば大々的に公表するかもしれないとは言われたが。
広い廊下を進み目的地に着く。
そこには国王と美しい女性。そして青年に少女が3人いた。
「ご招待ありがとうございます」
女性陣の美しさに圧倒されそうになりつつも、雄馬はそう言って礼をした。
「よいよい、気楽な食事と考えてくれてよい」
エルコレ王はそう言って気さくに声をかけ手招きする。そこには謁見の間で見た威圧感はなかった。
「……はぁ、失礼します」
「そこに座ってくれ、そう固くならずに」
「──お父様!」
「おうおう、すまなんだ。これはリザベル、予の長女だ。少しばかりキツイところもあるがいい娘でな」
国王の言葉を遮ったのはリザベル、紹介された少女は雄馬よりいくらか年上といった様子で。金髪をグルグルと巻いており少しばかりの鋭い目つきを補って余る美しい容姿をしている。
国王を睨みつけ、雄馬のことも気に入らないとばかりに睨みつけていた。
「どうも」
「──ふんっ」
席に腰掛け軽く頭を下げた雄馬だったが、取り付く島もないというところだった。
アサも雄馬の隣にちょこんと座った。ミレンダは扉の前に直立不動で待機している。
「妻のマリーだ」
国王の隣に座っていた美しい女性が静かに頭を下げる。慌てて雄馬も頭を下げた。
「こっちは息子のイルハルト」
20くらいの金髪のイケメンが微笑む。いかにも王子さま然とした優しげなイケメンだ。
「次女のノレン」
雄馬と同い年くらいの金髪を肩口で揃えた少女が、ペコリと頭を下げる。表情は微笑に固定されており、アサとは違う意味で無表情に感じた。
「三女のフラン」
金髪を小さく後ろでまとめたアサとされほど変わらない年に見える少女が元気よく頭を下げる。ニコニコと笑っている。
「こちらは客人として迎えることになったユウマ殿だ」
「──雄馬、澤利です。どうぞよろしくお願いします。あと彼女はアサです」
一通りの紹介を終えた国王たちに向かって雄馬はアサをアサとして紹介する。その瞬間微妙な表情をする国王たち。ノレンは微笑を浮かべたまま変わらず、フランはニコニコとしたままだがそれ以外の面々はそれぞれ表情が変わった。
ふむ、こんな扱いか、と雄馬が観察していると、三女のフランが口を開く。
「アサちゃん、よろしくです!」
「是──よろしくお願いします」
突然の事に一同は動きを止めたが、アサは全く動じずペコリと頭を下げた。
変な空気になるのは覚悟で言ったのだが、これは助かった。幼い無邪気さというもの素晴らしさを噛み締めた雄馬だった。
「では、食事を始めよう」
国王はそう言うと料理を運び込ませる。
次々と運び込まれる美味しそうな料理を眺めて、そういえばこの世界に来てから初めての食事だなと思った。湯気を上げていい匂いを漂わせる料理に忘れていた空腹感が蘇る。
何が気に入らないのかリザベルに睨まれながら食べる異世界での食事は格別だった。
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