5 それでは仮の勇者様
「ユウマサワリ殿ご到着」
謁見の間へと繋がる荘厳な扉が開かれると共に、よく通る声が響き渡った。
入り口の扉から真っ赤な絨毯が続き、正面には見事な玉座が少し高くなった段の上に鎮座していた。天井からはシャンデリアが吊り下げられ、あちこちに精妙な模様が彫られていた。
両脇にはズラリと兵士が並び、槍を掲げたまま微動だにしない。奥の方には優美な服を着た高官らしき者達の姿も見えた。
雄馬はその様に圧倒されそうになりつつも、隣のアサを見て気持ちを落ち着かせる。
ゆっくりと玉座に向かい歩き出す。なるべく美しく、なるべく堂々と、侮られないように胸を張って。
そうして玉座からある程度までの距離に到達し、立ち止まる。視線が己に集中していることを感じる。
一息入れると、その場に跪いた。
謁見の間までの途中で合流したミレンダに教わった通りの作法だ。もちろんさっき聞いたばかりで、付け焼き刃だが最低限の礼儀ぐらいは知ってなければならない。何故作法を知らないともっと早く言わないのかと、ミレンダには言われたがこれでいいのだ。これくらいがちょうど。
アサも雄馬に並び跪く。これは完璧な動作だった。
静まり返った謁見の間で少しの間跪いたまま待つと扉の開く音がし、コツコツと硬い床を歩く音が聞こえてくる。
それは雄馬前方で止まる。
「面を上げよ」
低くて重くのしかかるような声が響く。
雄馬はゆっくりと視線を上げる。先ほどまで空席だった玉座には派手な衣装に大柄な体、王冠の下の顔には威厳を漂わせた初老に掛かろうかという男が座っていた。王だ。
国王は鋭い双眸をギロリと雄馬の方へと向けた。
「予はセントレル王国国王、エルコレ・イングラム・セントレルである」
「…………」
名乗ったきり国王はそのまま黙ってしまう。ここで発言していいのかイマイチ分からない雄馬は内心焦りながらも、じっと待つ。
すると、周りの重臣たちがざわざわとしだす。
そこで雄馬は決意して言葉を発する。
「私は、澤利雄馬と申します」
「……ああ聞いている。なんでも我が国の機密兵器を強奪した上に、脅しつけてここまで案内させたそうだな」
「兵器に関しましては申し開きもございませんが、脅しつけたとは滅相もない」
あの女騎士どんな報告をしやがったんだと内心で毒づきながら緊張を出さぬように、慎重に。そして言葉の選択を間違わぬようゆっくりとしっかりと話す。
険しい表情の国王や重臣たちをなるべく気にしないようにして、会話に集中する。
「そのように聞いているが?」
「それは認識の齟齬があったようです。私は、ただ自分ではこの兵器を持て余すのでどうにかならないかと相談させてもらっただけですので」
雄馬としてはアサを兵器と呼ぶ事はあまりしたくなかったが、ここでアサと言ってその説明をする様な事はすべきではないだろうと考え、兵器と言った。アサ本人は自分で言っていたくらいだし気にはしていないようだ。今も微動だにせず、話を聞いている。
「相談か、まあよい。それで、兵器を強奪しておきながら手に余ると言い、予の前に姿を現すと?」
「強奪という形になってしまいましたが、強奪しようとしていたわけではないのです。やむを得ず契約という形になってしまったのです」
「我が国としては結果は変わらない。主が強奪したという事実は」
「しかしながら、私もセントレルの騎士たちに攻撃されなければ契約を行う必要はありませんでした」
「……我が国に非があると?」
怒りを押し殺すように問う国王。
淡々と受け答えする雄馬、それは内容と合わせて国王を挑発してるようにも思えた。
「もちろんそうは言っていませんが、私としましては望んでの行為ではありません」
「では何故強奪したのだ、いや何故強奪できる状況になったのだ」
「それは……」
ここだ、ここが勝負どころだと、気合いを入れる雄馬。
どうにか穏便に済ませ、この国の庇護下に入りたいと考えている。その場合は戦力として数えられるだろうが、この際それは置いておいてゆっくり考えられる環境が欲しい。
最悪の場合はアサの力を使えばここから脱出可能だろう。だがその場合はこの国も容赦はしないだろうし、他の国にも手が回されるか可能性もある。
逃亡生活は避けたかった。
「──それは、私が異世界より召喚されたからです」
「異世界と……?」
「そうです。こことは違う世界から召喚された勇者、それが私です」
雄馬は、そう言い切った。
「……勇者」
謁見の間は途端にざわめきだす。
重臣たちはとなりとヒソヒソと話し、微動だにしなかった兵士たちからも動揺した様子が伝わってくる。
そんな中アサはなんら緊張した様子もなくボーッと紅い瞳で玉座を眺めている。
雄馬は鋭い視線を国王に向けて、その顔をジッと見ていた。
「──静まれ」
静かに国王の声が響くとサッと静まり返る謁見の間。
雄馬は自然と唾を飲み込んだ。
「そのような戯言を信じよと?」
「はい、事実ですので」
「汝は勇者で、我が国を救ってくれると?」
「貴国が相応の対応をして頂けるなら。アサと契約してしまったのは計算外でしたが、召喚される場所は自由に選べるわけではないので」
「……確かに兵器を運んでいたあれには普通の方法では入れないようにしている。外からは何の異変も見られなかったという報告もあるし……ふむ」
考えこむ国王。
あたかも自分が勇者として召喚されるのは想定内だったと。アサと契約してしまったことだけが計算外だったかのように。あなたの国の対応次第では敵になるかもしれないと匂わせ、アサが必要なことを分かっていながら、自分が異世界からの勇者というプラス要因も足す。
「確かに魔力量は我が国でもトップクラス。その兵器と契約できたのだから魔術は相応に使えるのだろう、我が国にすれば救世主たらんか……」
この世界の人間は魔術を大なり小なり使える。そうアサは言っていた。
それが半日かけて魔法陣を描きちょっとの水を出せる程度から、一瞬で辺り一面を水浸しにする程度まで。上下は様々だが、皆手順に従えば魔術を行使できる。
そしてその者が持つ魔力量はそれほど難しくない術式で知ることが出来る。ある程度時間は掛かるのだが。
魔力量は必然魔術の才能に比例する。
いつの間にか雄馬は魔力量を量られていたようだ。
魔術の才能と実際魔術が使えるかは別問題なのだが、この世界では小さいうちに魔力量を量るのが当たり前で、そこで才能ありとなればすぐさま専門の今日行くを施される。戦闘に使えるレベルの魔術師は貴重なのだ。
したがってまさか魔術の才能がありながら全く魔術が使えないとは思ってもいない。雄馬が使い手であると勝手に勘違いをする。
「では、主はこの国に仕える意思があるというのか?」
「私のようなものが仕官すれば色々と問題が出てくるように思います」
「…………」
国王の問いかけをあっさりと否定する雄馬。
この国に必要以上に深入りするつもりはなかった。できるだけ身軽にそれでも庇護下にという贅沢な要求を飲ませたい。それも相手からの要請という形で。
黙りこんで軽く眉をひそめる国王。だが何かを決意したように次の瞬間には王としてふさわしい威厳のある顔に戻って、口を開いた。
「──客人として迎え入れよう。そして我が国に協力してもらいたい」
「もちろんです。澤利雄馬、微力を尽くさせていただきます」
雄馬はとりあえずは魔術を覚えることから始めるか、と思いながら答えた。
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