4 情報収集は馬車の中で
「掛け合うが、どうなるかは知らんぞ!」
ミレンダと名乗った女騎士は何度もそう言いながら、近くの町まで行くとすぐに馬車を用意した。
それなりに身分がいいのか、詰め所にいくとすぐに話が通る。
そこから半日くらいかけて王都まで向かった。
舗装されていない道路から、石畳みの広い道路に入り、そして大きな城壁が見えてくる。
門の前には城壁の中に入ろうという商人や冒険者風の集団、旅人、農民と様々な人が並んでいた。雄馬たちはそんな彼らに睨まれながらもその横を素通りする。ミレンダが衛兵に近づき2、3言葉を交わすと、雄馬たちはそのまま通される。
王都の中は2、3階建ての家がずらっと並んでいた。
城壁は円状になっていて、中心に王城、そして王城を中心に放射状に道路が伸び網目状に広がっている。
馬車は舗装されているがガタガタと揺れる道路を急ぐように進んで行った。
数人の騎士に護衛されて先を急ぐ馬車に町の人たちは驚き、遠巻きに眺めて何事かと噂する。
段々と大きな屋敷が増えてきて、ついに王城へと到達した。ここでは、少しばかり待たされたものの王城とは思えないほどスムーズに通される。
あれよあれよという間に待合室のようなところに案内された。
「くれぐれも勝手な行動はしないでくれよ……はぁ」
そこまで付き添ってきていたミレンダはそう何度も念押しをして、最後には肩を落として出ていった。
広い部屋に柔らかな絨毯が敷き詰められ、高価そうな壺や絵画が飾られていた。
雄馬は中央にロの字に配置されているソファーに腰掛け、両腕を上げて伸びをした。
馬車の硬い座席で長いこと揺られて痛めた腰を存分に伸ばし、気持ち良さそうにうめき声をあげる。
「アサも座れば?」
すぐにソファーに向かった雄馬とは違い、じっとその場に立ったままだったアサに声をかける。
「是──失礼します」
アサは雄馬のすぐ横にちょこんと座った。腕がふれあい身じろぎをする。
「……まあいいけど」
周りの空いたソファーを見ながら嘆息する。馬車でもやたらと引っ付いて来たことから既に諦めていた。
背もたれに体を預け上を向き目を閉じる。色々なことが起こりすぎて、疲れきっていた。
「問──大丈夫ですか?」
「ああ、ちょっと疲れただけだ、これからが正念場だからな」
無表情のまま心配する言葉を投げかけてくるアサに答えると、その頭に手をおいた。その手でサラサラとした白髪をぐりぐりと混ぜ返した。
なされるがままのアサは紅い瞳を閉じた。
そうしながら雄馬は馬車でのアサとの会話を思い出していた。
「俺が召喚されたってことは分かってる?」
「是──あの時の魔法陣は確かに召喚用でした。ですが、見たことのない形状でしたし、あの空間に発動させることは不可能なはずです」
「それは俺には分からないけど、とにかく事実として俺は異世界から召喚されたということだ。だからこの世界の事は全然知らないんだよ。そこら辺の確認をしたい」
「是──了解です」
馬車に乗りアサが外から盗聴できないようにすると、雄馬は早速質問を投げかけた。
雄馬は気合を入れるように身動ぎをして、何から確認していくか考える。とりあえずミレンダがどこに向かってるのか、どれくらい掛かるか分からないから必要なことを早く確認する必要がある。
「基本的なとこから、言葉は通じているんだよな? 俺は日本語を喋ってるんだけど」
「是──通じています。何か魔術がマスターの内部で働いているようです」
「それで翻訳されてるってことかな、まあ通じるのならそれでいいか……」
召喚された時に自分の中で何かが起きたのか。正直自分の中で勝手に魔術が働いてるなんて気味が悪くて気になるが、今は便利だからということで置いておくしかないだろう。
「じゃあ、アサはどこに運ばれようとしていたか、何で運ばれようとしていたか分かるか?」
「是──運ばれようとしていたのは、サイエティ帝国とこの国セントレル王国の国境。目的は実戦投入でしょう」
「それまではどうしてたんだ?」
「答──王都の研究所にいました」
「研究所……か」
兵器というのに人間らしいし、まあそういうことなんだろうが、研究所にいたと聞いてあんまりいいイメージはない。雄馬は苦い顔をしながらも話を進める。
「まあそこら辺は後回しにして、サイエなんとか帝国とセントなんとか王国の関係性は?」
「答──国土、人口、資源の面でサイエティ帝国の方が優れ、国境では小競り合いが続いています。唯一わたしのいた研究所の成果で技術力はセントレル王国の方が優れています」
「なるほど、それで帝国が本格的に動き出してピンチになったから秘密兵器を投入ってか?」
「非──いいえ、帝国は動いていません。王国がわたしを投入し一気に攻勢にでようとしたのです」
「ほう……でもそれなら何で王都で契約してから国境に投入じゃなくて、国境に運んでから契約なんだ? 俺と契約したように誰かと契約する必要があったんだろ?」
わざわざ襲撃される危険性を犯して、そうする意味があったようには思えない。実際雄馬に強奪されているのだから。
「是──わたしと契約するはずの方は国境の守りに必要不可欠な人ですので、おいそれと離れて帝国に隙を見せるわけにはいかなかったのだと思います」
「なるほどね、というか当たり前のようにアサに色々と聞いていたが、アサは国家機密として隠されていたんじゃないの? その知識はどうやって?」
「答──魔術で与えられました」
「それが間違っているという可能性は……まあ流石にないか。じゃあ他にアサと同じような存在はいるのか?」
「非──いません。計画はあるようですが、わたしの実戦投入の結果次第となっています」
「計画はあるのか。召喚魔術があるってことだけど、それで異世界から人間を召喚するってことはありえるのか?」
「是──ありえるとは思いますが、異世界から人間を召喚する術式は既に失われ、伝承で残るのみです。基本的にそのようなことは起こりえないと考えられています」
「伝承?」
「是──はるか昔の勇者の伝説などでは、ほとんどの場合勇者は異世界より召喚されております」
「なるほどね……俺に魔術の才能があるけど習得していないって言ってたよな。それって他の人間にも分かるのか?」
「非──魔術の才能──」
「失礼します」
ノックの音で雄馬の回想は打ち切られた。部屋に入ってきたのは使用人らしき女性。
「準備が出来ましたので謁見の間へとご案内します」
「謁見の間か、これは期待できそうかな」
謁見の間で会うとなればそれなりの立場だろう。下手をすれば王本人が出てくるかも知れない。
交渉するなら上の者の方が早い。願ったり叶ったりだ。
それにしても先ほど着いたばかりなのにもう準備が出来たと、どう考えても特別待遇だ。やはり国家機密というだけあって、アサの存在は大きいようだ。
雄馬はニヤリと笑い。深呼吸を一つすると立ち上がる。
「よし行くぞ、アサ」
「是──マスターの命じるままに、どこまでも」
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