3 戦闘には参加できない
その紅い瞳に吸い込まれるような感覚を抱きながらぼうっとアサを眺めていると、頭上に激しい光が現れる。
上に向かって大きく開いた天井から覗く空に魔法陣がいくつも展開された。
色とりどりのそれは満開の花のようでいっそ美しくすらあった。だがそれは人を軽々殺せる凶器に変わる。
一つ一つの魔法陣の中から半透明なモノが覗くと、ゆっくりと先端から現れ半分ほど出ている状態でとどまる。
それは槍のような形状をしていた。
魔法陣が回転し始めたと思った──瞬間、それらは一気に地上へと放たれた。
「──っ!」
呆けていた雄馬はそれに反応することすら出来ない。
「起──魔術障壁展開」
雄馬の前で跪いていたアサはそのまま雄馬から瞳をそらすことすらなく、そう呟いた。すると地面についていた手を中心に魔法陣が広がる。
契約前の手から出た魔法陣とは違い、ものすごい速さで展開された魔法陣は雄馬とアサを覆える大きさになると生きいているかのように脈動した。
周りの景色が一瞬歪み、雄馬は何かが自分たちの周りを囲むように広がったのを感じた。
透明なそれは半球状に広がり完全に覆う。
そして、降ってくる槍と衝突する。
激しい音が響き、天井以外は残っていた壁も吹き飛ばされる。
もうもうと煙が立ち込める中、雄馬とアサの周りは半球状に綺麗な空気を保っていた。
「……なんというか、現実だよな……これ」
目の前で起きた現象を受け止めきれずポツリと呟く。
「是──現実です」
変わらず感情を感じない声で答えるアサ。
あの激しい攻撃を防いだというのに、何もなかったかのように雄馬の方を見つめたままだった。
雄馬はなんだかその様子に安心してしまうのだった。
「本当に守ってくれたんだな」
「是──もちろんです。わたしはマスターのためにあります」
「ありがとよ。それにしても、問答無用で攻撃を仕掛けてきたか」
「是──敵は16人。王国の騎士のようです」
「王国の騎士……ね」
「是──来ます」
少し治まってきた粉塵の向こうから人影が襲来する。
剣を掲げた鎧姿のその人物は、鎧をまとってるとは思えないスピードで迫ってくる。
「起──迎撃します」
立ち上がったアサは腕を迫る騎士に向ける。
腕に現れた魔法陣が手の先まで移動しながら回転すると、風が吹き荒れ騎士に向い飛んでいく。
危険を予知したのか避けようとする騎士だったが、到底間に合わず勢い良く吹き飛ばされる。
「──散開! 敵は魔術を使う」
スンと通る声が響き、気配が広がる。
「女、か?」
高く響いた声に思わずつぶやきが漏れる。
アサは油断なく周りを見回している。
広がった気配が一気に大きくなり複数の人影が迫る。
こうなっては雄馬にできることはない、敵の騎士たちにしろアサにしろ自分の能力でどうにか出来るレベルではない。流れに身を任せるしかなさそうだ。
迫り来る騎士たちの後ろで魔法陣が複数展開される。
アサは足に力を入れると矢のように飛び出した。白い髪が取り残されるかのようになびく。迫り来る騎士との距離がすぐさま縮まり、なくなる。
無造作に腕を動かすアサ。騎士は鎧を砕け散らしながら吹き飛ばされる。
すぐに横に飛び次の騎士の頭を蹴り飛ばす。
止まることを知らず、仲間がやられ一瞬どうするか迷っている騎士の腕を掴み投げ飛ばす。
身軽に猿のように飛び回り、鎧をつけた大人を吹き飛ばす力。
その幼く美しい容姿からは想像もできないバケモノっぷりだった。
「兵器か……」
ただそれを眺めることしか出来ない雄馬。
騎士たちはすぐに立て直し、アサに迫る。手に下げた剣を鋭く切り上げる。後ろに下がり危なげなく避けるアサ。
その騎士に指を向けて魔術を使う。一瞬で指先に展開された魔法陣は一回転すると騎士を吹き飛ばす。
アサが騎士を相手している間に展開されていた魔法陣が激しく回転しだす。
そしてそこから炎が吹き出す。
それは雄馬へと向かってくる。
「──まずっ!」
何とか逃れようとするも間に合わない。
雄馬へと炎が殺到するが、目の前に薄い青の魔法陣が現れ脈動する。
炎は魔法陣に吸い込まれるように衝突する。それは雄馬の方に炎を通すことはなかった。
遮断された炎は周りに広がり、地面を焼く。
その魔法陣はアサによるものだ。
「あっちい!」
さっきのように周り全て覆われいたわけではなく面での防御だったため、熱は雄馬へと伝わってきた。
アサは素早く雄馬を守る魔法陣を展開した後、今度は両腕を掲げてそこに大きな魔法陣を2つ出現させる。
それは重なり合うように展開されると、複雑な文字のようなものが現れは消えを繰り返す。
「重複起動だと!? マズい止めろ!」
それを見た騎士たちは焦ったように動き出すが、既に先行していた騎士は倒され残りは少し遠い。
重なりあった薄い青の円はバラバラと砕け散ると、そこから激しい閃光が走り雷鳴が鳴り響いた。
何本もの雷が飛び出し、騎士たちに向かって空を駆ける。
眩しいくらいの閃光とともに焦げたような臭いが辺りに充満する。
雄馬は指がピリッとしびれるのを感じた。
騎士たちは1人を除き揃って倒れ伏していた。
残った騎士は魔術で防御していた。それは少し小柄で鎧の形状から女騎士だと分かる。
しかし消耗したのか膝をついて剣を支えにしていた。
「くっ、何故、あれが起動している」
そう言う女騎士だったが、アサはそれを無視して腕を掲げる。
そこに魔法陣が現れ回転しだす。
それを見ていた雄馬は嫌な予感がする。
そこらに倒れている騎士たちは一見死んでいる様子はないが、もちろん元の世界でこんな凄惨な事態に会ったことはない。その光景に恐怖を感じていた。
「待て!」
気付けば、制止の声をかけていた。
「是──行動を中止します」
そう言ってアサは腕の魔法陣を霧散させる。キラキラと宙へと消えていく粒子。
行動をやめたアサだが、警戒は止めず手は女騎士に向いたままだった。
雄馬は立ち上がりながら考える。
今までただ見ていることしか出来なかったが、この状況はマズいように感じた。
ここがどこかもわからないのに、アサの力に任せて王国の騎士とかいう連中を倒し殺してしまっていいのか。いきなり国家と敵対していきていけるのかも分からない。
そして何より人が死ぬのを、アサが殺すのを見たくないというのもあった。
「なあ、騎士さんよ」
雄馬は意を決して残った女騎士に話しかけるのだった。
突然の制止の声に呆けていた女騎士は驚いたように目を見開く。
「……何故それが起動している」
「それ? アサのことか」
「アサ、とは何かしらないが私たちが運んでいたそれだ」
女騎士はアサの方を見て言う。
「何故と言われてもそうなったからとしか」
「なら、どうやって中に入った! 入った痕跡など何もなかったのに!」
ヒートアップする女騎士を見て、逆に雄馬は冷静になっていた。
ここで召喚されたと正直に言うべきか否か。言って納得してもらっとしてもそれは国家機密を知り強奪したことに変わりはないだろう。
それにたかが騎士にそんなことを言っても意味が無いと結論付ける。
「そんなことはどうでもいい。それより、アサ、彼女は何故運ばれていたんだ?」
「そ、そんなことではない!」
「アサ」
興奮して身を乗り出そうとする女騎士を前に雄馬はアサの名を呼ぶ。
するとアサが動く様子を見せる。
「くっ……そんなことは言うわけがない」
「まあだろうな。でも国家機密だというアサが襲撃を受ける危険性があるのに運ばれていたんだ。なにか事情があるんだろう。誰かと契約させようとした、兵器として使用する必要が出てきたんじゃないか?」
「…………」
「そういや、アサこの契約って解除できるのか?」
ふと気付いた様にアサに尋ねる。
「非──できません」
「俺が死んだら?」
「非──死なせることなどありえません」
「なるほどな〜」
「…………」
雄馬はニッコリと笑い騎士の方へと向き直る。
「だそうだよ、騎士さん」
「…………だからなんだ……?」
俯き絞りだすように言う女騎士。
「俺もまあアサの力を持て余してるんだよね、それに今どこかの国に属しているわけではないし、どこかいいとこないかな〜」
「…………」
ふざけたように言う雄馬。
女騎士は無言で答える。
余裕の笑みを浮かべながらも雄馬は内心緊張していた。
アサは女騎士を警戒しつつも、無表情で我関せずといった様子だった。マスターである雄馬へと全てを任せているのか、ただ関心がないのか。
しばらく静寂が続く。
これはダメかと、諦めようとした時だった。
「……分かった、上に掛け合おう」
その言葉に雄馬は会心の微笑みで返したのだった。
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