2 契約に選択肢はない
「是──マスターを確認。魔術回路接続。起動します」
「……ちょ、え? えっと……」
雄馬がその予想外の問いに驚いてる暇もなく少女は滔々と言葉を発する。
その声音は鈴のように美しくとも、感情がほとんど感じられなかった。
「魔素濃度問題なし。周囲状況把握。危険性低。契約を優先します。マスターの生体情報を登録します。魔法陣展開」
雄馬がどうすればいいのか分からず動けないうちに少女は両腕を上げ、手のひらを雄馬の方に向けてきた。サラリと白い髪が踊る。
突然の行動に少しビビって後ずさってしまうも、少女は顔色一つ変えない。
少女の手から広がるように薄い青の光が現れる。それは少しいびつな円形になり複雑な紋様が浮かび上がった。
ゆっくりと浮かび上がった魔法陣はスーっと空中を滑り地面に水平となる。そのまま雄馬の頭の真上まで移動するとゆっくりと降下してくる。
「──っと、これはまずいのか……?」
どう考えても雄馬の方に来ている。
召喚の時の魔法陣のこともあり、思わず逃げ腰になってしまう。
少女に悪意害意はなさそうだが、召喚された時のように何が起きるかは分からない。
だが、恐らく召喚の時の如く逃げても意味が無いのだろうと思うと逃げる気になれなかった。それ以前にここがどこかもわからないのにどうしろというのか。
魔法陣はゆっくりと雄馬の頭に触れる。そのまま雄馬の体を頭から顔、首へと移動していく。
雄馬は少しばかり体の中が痒いような感覚を覚え、どこか体が温かいように感じたくらいだった。
そのまま足の下まで到達した。これで終わりかと思えばゆっくりと今度は上がってくる。
魔法陣が体を通過していくという未知の感覚に硬直したままの雄馬はなすがままだった。
「……なあ、これっていつまで続くの?」
しばらくしても魔法陣は上下を繰り返すのみで終わる様子がなかった。特に何が起きるというわけでもなかったし、雄馬はしびれを切らし少女に尋ねたのだ。
無表情で雄馬を凝視していた少女はその質問に驚いたように微かに紅い目を見開いた。それはじっと見ていればなんとか分かる程度の変化だった。
そんな様子に雄馬は少し緊張が解けるのを感じるのだった。
「答──あと4分32秒です」
答えてくれるとは思ってなかった雄馬は少し驚きつつも会話を続ける。
今はこの少女に頼るしか情報を得ることが出来そうになかった。
「そうか……えっと、そういや名前聞いてなかったな。俺は澤利雄馬」
「答──わたしはArtificial Sorcery Arms、ASA。人工魔術兵器実践型第1番機。識別番号00-001です」
「人工魔術兵器……?」
魔法陣でどこかに飛ばされたかと思えば、そこで最初に会った少女は自分を兵器と名乗る。
雄馬は混乱しかなかった。どうしてこうなった。異世界の姫様に魔王と倒してとお願いされてさっそうとチート能力で無双して、モテモテの予定だったのに。
雄馬は頭が痛くなってくる。
「是──Artificial Sorcery Arms。ASAです」
「……なんて呼べばいいんだ?」
「答──マスターにお任せします」
「…………ASAか……アサでいいか?」
「是──アサ、わたしはアサ。問題ありません。アサとお呼びください」
とりあえず少女の呼び方が決まり安堵するが、何も解決していない。
ここはどこか分からないし、アサが実際の所何なのかも分からないし、アサにマスター認定されているし。最後のは自分の考えなしの返事が原因な気もするが。
とにかく状況を把握しないことにはどうしようもないなと結論付ける。
魔法陣がこうやって普通に存在している時点でほぼ確定だが、ここが本当に元いた世界と違うのかということもしっかり確認しなければ。
そうするうちに雄馬から魔法陣が離れていき霧散する。
「起──生態情報登録完了。適正あり。発揮値低。問題なし。契約最終段階に入りますか? マスター、マスターさわりゆーま」
「あ、ああ。俺は雄馬でいいよ。それからもちろんと答えといてなんだけど、契約ってしなきゃならないのか?」
「非──契約は強要しません。ただし現在この空間の外には敵対生命体が複数存在します。マスターは魔術の才能があれど習得してないと判断され、身体能力も平凡で敵対生命体を排除出来る可能性は僅かであると断定します」
「はっ? 敵対生命体?」
予想もしていなかった言葉に驚き、外に耳をすませば微かに物音がした。だが、防音なのか丈夫そうな壁に四面が覆われているその空間からはそれが声なのか唸り声なのか足音かすら判断がつかなかった。人間なのか、何か魔物的なモンスターなのか。それすら分からない。
その音を聞き急にその場が危険地帯に思えた。
恐ろしいまでに美しい白髪紅眼の少女に気を取られていたが、そこは安全という保証はどこにもない。だからといって自分の身を守る力があるわけでもない。召喚された時に都合よく何かしらの力を得たということもないようだ。
「是──わたし、アサは国家機密の兵器です。マスターはその強奪者として認識されたと判断できます」
「こ、国家機密……国家ってことは人間だよな。なら話でなんとかならないのか?」
「非──国家機密を部外者が目撃し接触した時点で極刑になると断定されます」
「な──っ!」
本来なら少女が国家機密だとか兵器だとか信じられる話ではないのだが、雄馬は魔法陣で召喚らしきことに巻き込まれてる。否定できる材料がなかった。
雄馬がどうにか活路を見つけ出そうとしていると、上部──天井に魔法陣が現れる。
真っ赤なそれは不気味で雄馬を不安にサせる。
「な、なんだこれ?」
「答──この空間を封印している魔術の解除です」
「…………アサ、お前と契約したら守ってくれるのか?」
僅かな間呆然としていた雄馬だったが、すぐに頭を切り替えて尋ねる。
テスト終わりに異世界への召喚とそして美少女との邂逅と続いて少しばかり浮かれていたようだ。余りにも現実感がなくフワフワした思考をしていたが、己の危機に冷静さを取り戻す。
「是──マスターはマスターたる適正と条件を満たしています。契約の意思さえあれば即契約し、その身を守ることはわたしの存在意義になります」
「いいだろう、契約と言うからには対価はあるのか?」
「非──対価はわたしの運用のみです。その用途は問いません」
余りにも有利な、便利な契約もあったものだ。兵器というだけはあるということか。それとも裏があるのか。
雄馬はその紅い瞳を覗き込み、息を吸う。
「ふぅ、よし──契約だ。俺がアサ、お前を使ってやる!」
「是──契約を行います。体液の提供を」
「──はっ!? へ、体液?」
ビシッと決めた決めた雄馬だったが、アサの思いもよらない言葉に前のめりになる。
思わず変なことを想像してしまうが、頭を振ってその考えをどこかにやる。
「是──魔術的リンクを行います」
「……それは、血とかでいいんだよな?」
「是──問題ありません」
「……分かった」
雄馬は指先を噛み血を少し出す。そしてその指先をアサに差し出した。
アサはその指先を見つめると近づいてくる。
そしてその指をパクリと咥えたのだった。
「お、おい!」
焦って手を引こうとするがアサがその手を押さえつける。
小さな少女とは思えない万力の様な力で雄馬は手を動かせなくなる。
しゃぶられている指先からピリっとした感覚が全身に広がっていく。指が舐められていることなど気にならなくなる。
そして全身が燃えるように熱くなってくる。酔ったように頭がフラフラとしてきて、意図せず跪いてしまう。
「起──リンク完了。魔素提供率23%身体稼働率20%魔術稼働率8%障害排除に問題ありません」
雄馬の指から口を離すと、アサはそう言い。その場に跪いた。
同じく跪いている雄馬と相対し、お互いに跪きあっている状態になるも全身の熱さは治まらず動くことが出来ない。
「起──マスターゆーま。契約完了です。わたしの全てはマスターの意のままに」
その瞬間天井の魔法陣が輝き、天井に大きな穴が空いて光が降り注いできたのだった。
光にさらされたアサの髪はキラキラと輝き、神秘的な魅力を醸し出す。
そしてその紅い瞳がひときわ濃く浮き上がるのだった。
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