表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
荘厳の絡繰人形  作者: 橘 春宵
第一章 都宮司と噂の幽霊少女
5/11





目を覚ました時、司は温かな部屋の中で横になっていた。



「あれ……?僕、確かあの雑木林に………」



ズキズキと痛む傷に目を向ける。あの行動が夢ではないと、この刻印が知らせてくれた。



司はぐるりと部屋を見渡した。


ここは小綺麗な日本風の客間らしい。しかし自分と自分が寝ていた布団以外には、高く積まれた本の山くらいしか目につかなかった。


司は積まれた本の頂に手を伸ばしてみる。その本は有名な外国文学の原文で、極めて平凡な学力の司にはタイトルしか読み取ることが出来なかった。



暫く本とにらめっこしていると、気を失う寸前に聞いた、あの襖の開く音が耳に届いた。


驚きやら感動やら恐怖やらが入り乱れたような表情で、司は勢い良く振り返った。




「っ!!」


「…なんだ、目が覚めていたのか」



そんなに動くと傷が開くぞ、と眉を顰めたのは、近年見ることが出来ないくらいに綺麗な着物を身に纏った、日本人形のように無機質で美しい少女だった。



「偶然にもあったんだ、救急箱。驚きだろう、こんな寂れた屋敷にもあるなんて。正直私も驚いたぞ」


無機質な顔で小さく微笑んで、司の前まで歩み寄り、少女は救急箱と共にしゃがみ込んだ。その全ての動作は、少女の小さな見た目に似合わず、大人びていて流れるようだった。



「………どうした?そんなに怯えるな。私は怪しい人間ではないぞ」


少し悲しそうな表情を浮かべると、少女は救急箱から消毒液を取り出す。


「お、怯えてなんか」

「…なら良いが。……おまえは、私の気配を感じたのか?」


少し痛むぞ、と一言。司の顔に出来た切り傷に消毒液を染み込ませる。その冷たい感覚に司は目を瞑り、少女の善意を大人しく受け取った。



「気配…なのかなぁ。だけど、この雑木林から何か感じはしたよ。…君がその正体なの?」


ぴくりとも表情を変えない無機質な少女は、一度ゆっくりとまばたきをしてから口を開いた。


「……よく入ってきたな。村の人間に止められはしなかったのか?」

「したさ。けど、気付かれないように入ってきた」


司の言葉に目を見開き、もう一度悲しそうな笑みを見せる。


「すっかり私は嫌われ者だな。…おまえはきっと、最近この村に来たのだろう」

「うん。一昨日来たばっかりだよ。それで昨日この雑木林で異変を感じて、今日引き摺り込まれるようにして入ってきた」


「異変、か」



少女の手が止まって、遠い目になる。

司は自分の失言にはっとして口を閉じた。


「えっと…ごめん。僕、この村の事も君の事も、まだ何も知らなくて」


慌てて弁解する司を見て表情を和らげた少女は、


「いいや、本当のことさ。この村にとって私は異変でしかない。それに、私のことを知っている人間は、この村では君を含めても片手分しかいないよ」



救急箱から手早く絆創膏を取り出し、紙を剥がす。


司は少し悩んでいた。この少女について、深く追求しても良いのか。


勿論、この段階まで来てまだ幽霊少女だなんて思ってもいない。しかし彼女は、教室で見る女の子より遥かに大きな闇を抱えているように見えた。



それから手当てが終わるまで、司が口を開くことはなかった。





「…よし、もういいぞ」


少女は手当の際に出たごみをまとめて、小さな両手でくしゃくしゃに丸めた。司は「ありがとう…」と小さく呟き、下を向く。



「……なぁ、おまえが良かったらなんだが」


多少の沈黙の後、少女が遠慮がちに口を開く。



「少しだけ、私の話し相手になってはくれないか」


司は驚いて顔を上げた。少女は僅かに顔を強張らせていた。多分、緊張しているのだろう。

心の優しい司は迷わなかった。話し相手になることで、少しでも彼女の闇を軽く出来るのなら、と。


「……僕で、良いなら」


その言葉を聞いて、少女の表情が明るくなった。その後すぐに照れたようなそぶりを見せる。


「…あ、りがとう。誰かと話すのは久し振りだ」

「…そっか」


司は身の上も知らない少女に、同情を隠しきれなかった。しかし少女は気にすることもなく続けた。



「私の名前は百枷。数字の百に、刑具の枷。おまえの名前は?」



司は本気で困惑した。

家の事情や名前の付け方なんて自由だと思う反面、少女の名前と境遇があまりにも類似していたから。


「…僕は、司。図書館司書の司って書いて、司。よろしくね百枷」

「司か。覚えておくよ」


にっこりと、初めて満面の笑みを見せる百枷。無機質だが幼い百枷の外見に合った笑い方が可愛らしくて、思わず司も笑顔になった。



「早速だがな、司。おまえ、この雑木林の前で何かを感じたと言ってただろう?」


ずっと気になっていたが触れるに触れられなかったことを、百枷の方が切り出した。司は少し身構えた。


「その正体は私で正解だ。ふふ、聞いて驚け」


百枷が自慢げに笑い、立ち上がる。司はその様子をただじっと見つめ、百枷の次の言葉を待った。


司に背を向けて少しばかり距離を取り、満を持して百枷は告げた。



「私は少し、力が使えるのだ」

「……力」


小さく、司は復唱する。


「その力っていうのは…具体的にはどんなものなの?」

「よくぞ聞いてくれた」


ふふん、と百枷が指を立てて笑う。司は喉を鳴らした。



「基本この力は不便だ。物を自由に操れはしないし、一瞬にして別の場所へ移動できる訳でもない。ましてや無から有を作り出すことだって不可能だ。


しかしな?ある点ではとても優れた力なんだ。何だと思う?……そう、『語りかけること』だ。分からない?まあ黙って聞いていろ司。


この力はな、誰かに直接どんな距離でも語りかけることが出来るのだ。私としては言葉で語りかけているつもりなんだが、感じ取れる人間は出会ったことがないよ。今まででこの力が最も作用した人間…すなわち司でも、この力で言葉は聞き取れなかったのだから。


しかし…今の私は、おまえに言葉が聞かれていなくて良かったとすら思っているのだ。…とても弱気な言葉で、語りかけていたのだ、恥ずかしながらな」



そう言って百枷は、恥ずかしそうに眉間に皺を寄せて笑う。

百枷には悪いが、司はその弱気な言葉に心当たりがあった。



——一緒に遊ぼう。



あの村案内の時に菜緒が話していた、百枷の第一発見者の男が言われた言葉。


きっと百枷はそれ以前も、それ以降も、ずっとその言葉を繰り返していたんだな、と司は思った。




「……百枷」


まだ自慢げに語る百枷に、今まで黙って聞かされていた司が声をかける。百枷の話し声がピタリと止まる。風に揺られる風鈴を、指で止めたようだった。


名前を呼んでから一言も発さない司を不思議そうに眺める百枷。そんな百枷を知ってか知らずか、司は意を決したように目を見開き、声を張った。



「これからは…僕と沢山話そう!明日も明後日も、僕、ここに来るから…!」



静かな和室に小さく反響する。


驚いた様子だった百枷は少しだけ目を潤わせて、俯きながら「ありがとう…」と小さく呟いた。



「でも今日はそろそろ寮に戻るよ。また明日必ず来るから」


司のその言葉に驚いた百枷は顔を上げて、

「泊まっていかないのか?」

と当たり前のように問う。初心な司は「未婚の男女が一緒なのは、ちょっと……」と、赤面しながら顔を背けた。



「ならば、近道を教えてやる。ついて来い」


そう言って連れて来られたのは、司が入ってきたところとは真逆の道らしかった。

改めて見る屋敷の外観は、小さいながら細部まで凝っていて、ここだけ大昔にタイムスリップしたかのようだった。



「それじゃあ、温かくして寝なよ。夏とはいえ夜は冷えるから」

「そんな事は分かっている。司も気をつけて戻れよ」


また明日、と言うと、百枷は嬉しそうに小さく手を振った。


少し進んでから司は思い出したように、屋敷へと戻る百枷の後ろ姿を大声で呼び止めた。



「百枷!!」


歩みを止めて、不思議そうにゆっくりと振り返る。


「そういえば、フルネーム教えてなかったと思って!僕は都宮司!」


声こそ聞こえないが、百枷は司の苗字を繰り返し声に出していた。百枷の口の動きで察した司は、その間黙り込んでいた。暫くそれを繰り返して、百枷も大きく息を吸い込んで、笑顔で告げた。



「私の名前は——————……」








箱庭、百枷と。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ