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菜緒の村案内から一日経過した今日。
早くも司は、あの雑木林に行こうとしていた。
「菜緒さんには……気付かれていないよね」
菜緒は放課後になったにも関わらず爆睡中で、女の子の友人に叩き起こされそうになっている。
今のうちに教室を出れば勝てると、司は菜緒との謎のバトルでの勝利を確信した。
そうして、いそいそと司は教室を後にした。
「…確か、こっちだったよな」
先日の記憶を手繰り寄せ、なんとか不気味な噂の絶えない雑木林に辿り着いた。
「ううん…やっぱり、何か語りかけるような………」
『美しい女性の幽霊が——』
はっ、と菜緒の言葉がフラッシュバックする。
もし、もし本当にいたら?万が一、無事に戻って来れなかったら?
そんな不吉な考えが脳裏を横切る。
「……でも、僕は」
どうしてだか、そんな悪い奴じゃ、ないと思うんだ。
自らの口から発されたものに、司は心底驚いた。
しかし、怖くはなかった。
「はは……。誰か居ること、前提かぁ」
司は、雑木林へと踏み出した。
当たり前だが、雑木林の中には道などない。しかし司は迷うことなく、感じるままにすいすいと進んでいった。
空が見えない程に生い茂った多種多様な木々達は、誰かに手入れされるはずもなく、独りでに育ち続けている。
しかしある地点から、誰かが手入れしたかのような木が少なからず見られた。
確かに誰かが居る。でもそれは幽霊じゃない。
「やっぱり、普通の生きた人間なんだ………っ!」
司の身体の彼方此方に、痛々しい傷が増えていく。木の枝を掻き分けてどんどん進み続ける司の頬には、うっすらと汗が浮かび流れて、呼吸には乱れが出ていた。
しかし、肉体的な限界が近づく中でも、司の足が止まることはなかった。
やがて、舗装されたかのように歩きやすい、綺麗な道に出た。既に、司の予想は確信に変わっていた。あとはその女性が誰なのか、何故このような場所にいるのか、それを確かめたかった。
流れる汗が制服を濡らし、重くする。傷に染みて、通常よりも激しい痛みが司を襲う。
それでも司は諦めなかった。その行動力は、もはや狂気じみてすらいるようだった。
空が見える。
雑木林に入る前のような青空ではない、夕空だった。
最後と思われる木を越えたところで、足がもつれて転倒した。意識も徐々に遠のいていく。体が必死に酸素を取り込もうと焦り、呼吸がどんどん速くなる。
ごろん、と仰向けになった。
空が赤いなぁ、なんて当たり前の事を考えていた。
結局、僕は何をしていたんだろう?
急に冷静になって、重い瞼を下ろす。
同時に、どこからか襖を開けるような音が聞こえた。
相当疲れているんだな、僕。そんな音、聞こえるはず、ない、のに…………
そこで意識は途切れた。