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荘厳の絡繰人形  作者: 橘 春宵
第二章 箱庭百枷と忌まわしき一族
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いつも通り、司は百枷の屋敷へと訪れていた。



「………司、これは一体何だ?」


百枷の手に握られているのは、可愛らしくラッピングされた、多様な形の飴細工だった。



「すごいよねぇ、本当。これ全部飴なんだよ」


「飴……だと?食べられるのか?」


「うん、そうだよ。姉達に『一つ下の女の子の友達が出来た』って連絡したら送ってきてくれたの、すっかり忘れてたんだ」



小さめのダンボール一杯に詰められたそれを見て、司は困ったように笑った。

怪しいものを警戒するようにくんくんと匂いを嗅いでいた百枷が、司の話を聞いて顔を上げた。



「司、姉がいるのか?」



百枷が意外そうな顔を浮かべたのを見て、司は「言ってなかったっけ?」と首を傾げた。


「僕には姉が二人いるんだ。と言っても、どっちも二十二歳の双子なんだけどね。百枷の話をしたら、二人ともすごく会いたがっていたよ」



百枷は再び飴細工へと視線を移した。やがてパクリと口に含み、


「……甘い、な。…不思議だ。この村ではない遠くの場所の人間からも、このように私に甘味が送られてくるなんて」


と言った。


司が「遠くって言っても、電車で二時間くらいだよ」と付け足すと、百枷は自嘲気味に、


「私にとっては、この村以外は何処も外国なのだよ」


と笑った。

司は、また百枷の事を知りたくなった。まだ、この屋敷に隔離されている理由を聞いていないのを思い出したからだ。



暫く百枷は飴細工に夢中になっていた。


そんな無邪気に見える横顔を傍観しながら、司は自分が沈黙の中で考えていた事を独り言のように口にした。



「…………行こう。いつか一緒に、村の外へ」



百枷は無言で、飴を舐めた。


返事のない事に、司は特に気にする素振りも見せなかった。



口にしてる飴が溶け、原型を留めなくなった頃、百枷は不意に喋り出した。



「……ああ、行こう。…私もあって見たいよ、司の姉君に」



司は目を見開いた。その時にはまた甘い飴細工に魅了された百枷に戻っていたのだが。


小さく笑って、司は自分の小指を百枷の前へと突き出した。


不思議そうに凝視した後、百枷は思い出したようにハッとした。それと同時に、手にしていた飴細工を包装紙の上に置く。



「……絶対だよ。約束しよう。その顔を見る限り“指切り”は知っているみたいだね」


そう言ってまた笑った司を見て、百枷も心なしか笑顔になり、自らの小指を司の小指と結んだ。


「私だって…指切りくらい知っているさ」


懐かしむような口振りで、百枷は優しくそう呟いた。



「嘘を吐いたら針千本だからね」

「分かっているよ。…約束しよう、絶対だ………」


二人で声を揃え歌を唄って、指を切る。百枷と司はお互いの顔を見て、笑い合った。


「この歳になってまだこんな事するなんてね」

「ふふ、やろうと言ったのは司だぞ」

「だってなんだか、やらなきゃ有耶無耶になって終わる気がしたんだ」


「しないさ……有耶無耶になんか」


司と結んだ小指を愛おしそうにさする。



そのあまりにも儚げで美しい百枷に、司は暫し目を奪われた。



暫くすれば百枷は包装紙の上に置いた飴細工を手に取り、舐め始めた。司も先程の百枷と同じように自分の小指を眺める。



——本当に行けるんだ。百枷と、この屋敷じゃない外の世界に。


夢のようだ、と司は思った。


同時に、夢のままでは終わらせないようにしようと、司は固く決意した。



静かな百枷に目を向けると、何処か虚空を眺めていた。

心配になり司が声を掛けると、


「気にするな。ただ…夢のようだと、思っていたのだ」


と、幸せそうに呟いた。


自分と同じ気持ちなんだと司は嬉しくなり、百枷の頭を撫でる。すると百枷は一度目を細め、それから少し不安そうな表情になった。



「……百枷。やっぱり何か、気がかりな事でもあるの?」


司が問うと、俯きがちになった百枷が小さく声を出した。それはとても、弱々しい声で。



「ただ……少々、怖いのだ。雑木林の外には、もう十年近く出ていないものだからな。いきなり、外に出るだけでなく、村からも離れる事が、こんなにも怖い事だと思ってもみなかったよ。


……ただ、信じてくれ。決して、出たくない訳では無いのだ。寧ろ、出たい。こんな閉鎖的な城から。いかれた箱庭の呪縛から。一瞬でも解き放たれてみたいのだ。…みたいの、だがな」



そう言って自らの肩を抱え込む百枷の姿はいつもより小さく見えて、司は無性に苦しくなった。



「それじゃあ…まず、一緒に村を歩こう」



知らずの内に司が口にした言葉は、百枷にとっては初めての声掛けだった。

顔を上げた百枷はまだ少し不安そうで、だけど何処か期待が含まれているようにも見えた。


「……良いのか?」

「悪いわけ、ないだろう?」



百枷は、心にかかった霧が晴れたかのように、曇りのない笑顔を浮かべ「司には世話になりっぱなしだな」と言った。


「僕が好きでやっているだけさ。気にすることないよ」


司はそう言って、百枷にいつ散歩へ行きたいか問うた。すると百枷は、


「……明日では駄目だろうか」


と遠慮がちに呟いた。司が勿論と快く頷くと、百枷は心から嬉しそうに微笑んだ。司もそれに釣られて笑う。


「計画を立てよう、司!」



そう元気良く響く声を聞いて、司は確信したのだった。



僕のやっていることは間違いじゃない。

少なくとも司は、そう思っていた。



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