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その日百枷は、何を持ってきてほしいか司に伝えなかった。夜寮に戻った司は一人、窓を開けて夜空をぼーっと眺めていた。
「……百枷は、あの小さな体にずっとこの気持ちを仕舞い込んでいたのか…?」
いや、恐らくは…この気持ち以上の、複雑なものを。
短命ということは、この後の未来司と共に過ごしたとしても、確実に百枷の方が早くに死ぬことになる。残された司は、一体何を思うんだろう。
月が雲に隠された。
「…箱庭一族の運命は、僕一人じゃ勿論、百枷の力があっても変えられない」
百枷はそれが分かっているからこそ、足掻くことも泣き喚くこともしないのだろう。司はそう考えていた。
それじゃあ、二人分の力と更に川士郎が協力してくれたとすると?
…それでも、きっとまだ足りない。そもそも、川士郎のような生真面目な人間が、代々語り継がれる宿命をやすやすと変えたがるはずも無いだろう。
「それに、宿命を変えるって、具体的にどうすればいいのか分からないよなぁ……」
夜の冷えた風が司の部屋を満たしてゆく。
司はまだ、この村にとっては新参者だ。箱庭家が一体どのようにしてこの村を護っているのか、知る由もない。百枷に聞けば分かるのかもしれないが。
「よく考えたら、箱庭の呪縛とか…第一、箱庭家の存在自体、この村にとっては謎なんだよな」
それじゃあ、この村で箱庭家について最も知る人物は……僕?
そう思うと、司にぞくりと寒気が走った。そういえば、箱庭家はこの旨全てを隠蔽してきたと百枷が言ってたのを思い出す。
「僕……もしかして、結構やばいのか?」
そう考えつつ、百枷の事を徐々に知れてきていることが、司にはどうしようもなく嬉しかった。
『続きは今度するよ』
百枷の言葉を思い出す。
司は確実に、箱庭家の忌まわしき物語の全文を聞かされる事になる。全て事実の、気分の悪くなるような物語を。
「だけど、それでもいい。百枷の事が全部知れるなら。僕に話すことで、百枷の闇を少しでも共有できるなら。
例え百枷が自分よりも先にいなくなるとしても、今、百枷のやりたいことを叶えてあげられれば良い。百枷が楽しいと、心から笑えることが出来れば良い。
…あとは百枷次第だ。僕がとやかく言う必要は無いよね」
自分に言い聞かせるように、こぼす。
司は窓を閉めた。
同時に、月が雲から顔を出す。
「……そうだ、明日は百枷に何を持っていこうかな」
あの日本人形のように無機質で美しい、それでいて何処か甘くて苦い、小さな女の子に。
中途半端に閉められたカーテンの隙間から、眩しい程の月明かりが射し込む。
百枷への土産に悩む司が眠りについた頃、太陽は昇ってくるのだった。