・隻腕少女と吸血の《鎖》(2)
◇◇◇◇◇◇
3人の少女達が座る席のテーブルには、優雅なお茶会の用意が整えられていた。
販売機で購入した各々の紙コップの飲料と、マカロンやクッキー等、適度な量の茶菓子が並んで色彩を彩っている。
これらの茶菓子は、この隻腕の少女ラフィアスが差し入れものらしい。
焼き立てか、とても香ばしく甘い香りが引き立つ。
それに、奮発したのだろう。銘柄を見ると、それは繁華街で人気かつ有名な洋菓子店のそれ___
「__とてもいい香り。施設食べてるおやつと匂いが違う。ラフィアス? このお菓子って良いものなんじゃ……」
「おぉ流石はシェリー! 鼻の良さも天下一品だねぇ〜!
実は私、前からこの店のスイーツ、食べてみたかったんだ〜♪ 一番の親友と一緒にね♪
はいシェリー? お口開けて〜♪ あ〜ん♪」
満面の笑みを浮かべるラフィアスは、片方しかない左手で苺色のマカロンを取り、シェリーの唇の前まで運んでやる。
「……やめてよ恥ずかしい。自分で食べるから……!」
少し照れた赤い頬の顔で、シェリーは小さな口を開いて、そのマカロンを前歯で受け取った。
そんな二人の間柄の和やかさに癒やされ、リリーナはただ黙ってほほ笑みを浮かべ、眺めている__
「ほら、リリーナ先輩も遠慮なくお食べなすって〜♪
2人にも食べてもらいたかったから、あの真夏の行列もへっちゃらだったんスから〜♪」
「えっ? このお菓子って、私も頂いていいの……!」
「勿論っスよ〜召し上がってください♪ 先輩、入院中はお菓子とか好きなもの、きっと全然食べれなかったでしょうに〜」
リリーナは普段、他人に遠慮がちで、分け合って食べる料理等には積極的に手は出さないのだが、
入院中の長期に渡る食事制限にも滅入っていたか、この甘い香りの漂うお菓子に、無意識に目を奪われていたようだ。
「あははっ……ありがとう。じゃあラフィアス、お言葉に甘えて、これ頂くね……!」
ここは素直にラフィアスの厚意を受けようと、礼を伝えて、橙色のマカロンとクッキーを手に取ると、そこから2人を知りたいが故に、会話を広げてみる。
「そういえば、普段シェリー達が生活している〈特別生活支援施設〉だっけ? 初めて聞いた機関だけどさ。 2人は普段、そこで生活してるの?」
「えぇ、そうなんです。私達は、ここから近い場所に住まわせてもらってて、ねぇラフィアス?」
「そうっスよ〜♪ 住まいはこの病院の近所なんス〜! 大通りを渡って直進徒歩5分の所に高層住宅があるんスけどね?
そこの数部屋は、軍設立の特別支援施設が分譲契約で買い取ってるっス!
機関の正式名は……あっそうだ!
〈独立福祉支援機関:『翡翠の園』〉__!
医療福祉の技術研究も兼ねた、生活支援組織っス〜!」
ラフィアスはクッキーを噛りながら、食べかけのそれを持ったまま、その左手で後ろの方向を指差した。
「えっ?〈軍〉が設立した機関なの!? すごい……今まで知らなかったのが恥ずかしいな。そんな機関が……!」
「まぁ皆さんが知らないのも無理ないっス。その機関が設立されたのも、まだ去年のことっスからねぇ〜♪
創設者兼総司令官は、あのレヴェリー=シュリーマン先生なんっスよ〜!
軍管轄内では最小組織の機関ッスけど、ご自分の資産ほぼ全額を投資してまで、独立機関を立ち上げてるんスから!
やっぱあの人、カッコ良すぎて痺れるっス〜!」
興奮して左手を震わせ、熱烈に語るラフィアス。
そんな少女を呆然と眺めながら__
リリーナは、先刻の診察で、あの老婆の軍医レヴェリーが言った言葉を脳裏で思い出していた。
【この診察室兼研究室は、私の思いだけではありません。
亡き友ロベルトと、今尚も世界のどこかで、争いの傷に苦しむ人々や子供達の願いと祈りを紡ぎ続ける希望の種。
『医療福祉』と《ギルソード》の開発技術を紡ぎ発展させる、その足掛かりの心臓機関にして見せると__
その実現の為ならば、私は自らの生身の四肢も、身体の一部さえも、必要あらば喜んで差し出しましょう……!】
彼女の言葉を聞いた際、リリーナはレヴェリーに対し、確かに確固たる覚悟を感じ、考えさせられた。
聞かされていないとはいえ、まさか自身の資産を投げ売って、さらには〈軍〉の上層部を動かしてまで、専門機関を創設させていたとは__
なんと自身の想像力など、近いなど、何と浅はかなものだろうか、リリーナは胸の内で、そう感じざるを得なかった。
亡き友人との誓いを果たすべく__
彼女はどれだけの代償を払って、この現実・現状へと辿り着いて、今を闘っているのだろうか__
そんな思考が、リリーナの脳裏を掻き回していると………
「リリーナさん、私達は1人じゃありません。今、すごく考え込んでいらっしゃいますよね……?」
「えっ……?」
無意識に無言で固まるリリーナに、優しくそっと声をかけたのは、向かえに座る盲目の少女、シェリーだった。
「この子が教えてくれるんです。そうでしょ? セイバー♪」
温かな表情でシェリーがそう言った刹那、リリーナは脚の脛から、ひやりと冷たく、くすぐったい感覚を感じる。
「ひゃ……? あぁセイバー、心配してくれてるの……?」
【……ククンッ チュ……ペロッ……】
ふと、テーブルの足下を覗くと、純白の盲導犬セイバーが、包帯を巻かれたリリーナの右脚に鼻を当てて、そっと優しく舐めていた。
この少女シェリーと忠犬セイバーは、各々が触れた者の身体状態、精神状態等を読み取る《能力》を有している__
尚且つそれを、互いに触れ合う《誘導器具》を通じて、互いに共有することができる。
故に、彼女達の前では、嘘も下手な気遣いも通じない__
「リリーナさん、私はもし独りだったら、今この日まで絶対に生きていられませんでした。
ロベルトお義父様に救われて、育てられて__
それから、セイバーと出会って__
レヴェリー先生が迎えに来て、この国、〈新都市国家マリューレイズ〉へ連れてきてくれて__
同じ施設で暮らすラフィアスも、今もこうして、色々と助けてくれている。
あの日、この目の光を失って、自死さえも厭わなかった私が、多くの人にこんなにも支えられて__
私はこの場所で、希望を持って生きていられるのです。たった独りでは、絶対に叶わなかった……!
人は、独りでは生きていけない。支え合って、前へ進んでいられるのです。きっと、皆が同じです。
私も、レヴェリー先生も、ラフィアスも__
だから今の私は、この与えられたこの《能力》、今度は私が人々の希望と心の支えになって、それを未来へ繋げたい。
そうやって前を向いて、生きられるのです__!」
このシェリーの言葉に、リリーナは心の奥深く、痩せた心情という大地に、感銘という雫が齎される衝動を覚えた。
隣にいたラフィアスもまた、シェリーにとって自分は心の支えと、そう言ってくれたのが本当に嬉しかったのだろう。
頬を赤くし、今にも涙しそうな顔で彼女を見つめている。
独りでは、人は生きられない__
簡単なのに大切なこと。どうしてすぐに忘れるのか__
独りで抱え込んで、苦しんで、心を閉ざしててしまう__
「そっか……そうだよね。そうやって私も、ユウキやリステリアに助けられて、心配まで掛けちゃってたのか…… 」
俯いて表情を隠すも、微かに微笑んだまま、リリーナは微かな声でひっそりと呟いた。
「リリーナ……さん?」
やはり目が見えぬ分、耳が格段に良いのだろう。
今の独り言は、直ぐ様シェリーに聞き取られてしまう。
「あぁごめん……! 昔ね、私には姉のような親友がいたの。
ラフィアスと同じように、どこかで傷ついて片腕を無くした女の子でさ……なのに気が強くて優しかった。
汚くてご飯も僅かで、虐めや暴力が日常的だった孤児院の環境でも、逞しく生き抜いてて、逆に虐められて弱っていた私を……いつも気にかけてくれたの。
幼なじみのユウキも一緒だったけど、彼は常に怒って喧嘩ばかりだったから、相談もできずに苦しいの我慢してた。
私は独りで背負うことが、人に迷惑をかない強さだと思い込んでた。でも余計に相手の心配を重ねてたんだって……
そう気がついた時は、その子はこの世にはいなかった……私は臆病で弱虫で無力だった。そう思ったよ……」
寂しく沈んだ笑顔でリリーナが語った時、シェリーは俯いたまま、何も言い出せずにいた。
そんな時、己の胸の内を打ち明けるように__
今度はラフィアスが、静かにその声を上げる。
「リリーナ先輩、お言葉っスけど今の言葉……!
貴女の口から絶対に言ってはいけない。そう思いますよ」
「えっ………?」
それは、リリーナが予想もしなかった言葉。
不意に顔を上げると、俯いてこちらと目を合わせていないが、それは真剣に、真意を表す凛とした顔のラフィアスの姿がそこにあった。
お菓子に一切手を伸ばさず、それで存在しない右腕の袖を握りしめると、ラフィアスはまだ視線をリリーナとは合わさず、その首の角度を固定させる。
「この世界は、冷徹かもしれないっスよ___?
そりゃ先輩の必死な思いも行動も、お人好しだの弱さだの無責任だのと、クソみたいな説教を垂れる人外野郎って、一定数いるのが辛いっスよねぇ……
でも先輩のその人並み外れた情の厚さ、優しさは、まるで女神様の魂ですよ。
それに救われた人、救いを待ち望んで、今も苦しんでいる人達は数多にいるはず__!
あんな瀕死の大怪我を負って、尚もテロ集団からこの街を守ろうとしたリリーナ先輩の心__
戦争で目を奪われて、それでも辛い今を生きている人達の希望になろうと、必死で頑張っているシェリーの心__
この2人の強さと魂。それは、この世界で絶対的に尊くて、不可欠な救済の力だと、私は思います!」
そう言い終えると__
今度は不意に顔を上げるや否や、今にも雫が溢れ落ちそうな顔で、必死に笑顔を作りながら、リリーナに訴えかける。
「先輩なら、きっと貫き通してくれるって信じてるっス!
……私には、できなかったッスからね。突然の自分語りで申し訳ないっスけど。
私は幼少の頃、東欧のマーケットでテロリスト達の襲撃に遭いました。両親も妹も、全員が手榴弾で爆死__
この右腕も、その時に失ったもので__
長く入院してた病院の先生によると、当時の私は声も出さず、呆然と死んだ目で泣き続けて、まともに話せるに至るまで、2年以上もかかったらしいッス。
奇跡的に怪我が治ったと思えば……
大切なものを奪われた鬱積に心を支配されて、似たような格好の兵士や軍人、手当たり次第襲って暴れてたんですよ。
紛争の続く地帯にいた私は、ちょっと前までは……街中で人を襲うギャングの悪党だったんで……
もうすでに、残された片手を悪業で汚した身__
だから、私にとって2人は天使や女神みたいな存在で……
何も言える資格なんて無いんですよ。私なんか……」
それが隻腕の少女、ラフィアスが語る本心__
それに対しては、リリーナも、シェリーも、双方何もかける言葉が見つからなかった。
「…………………」
「…………………」
そんなはずはない。過去に何があったのか、いや、如何なる理由でも、そうである訳などない。
シェリーは何も言えず震えていたが、リリーナは、詰まる息を無理に吐き出して、その言葉を口にしようとした。
その刹那__
「あら? リリーナさん? へぇ〜♪ シェリーちゃんとラフィアスちゃんも一緒だなんて〜! ここで何してるの〜?」
リリーナの背後から女性の声が聞こえる。その声は、彼女にとっては、少々馴染みのある声帯である。
振り返れば案の定、今朝も体温や体調を検査してくれる。担当の女性看護師の姿があった。
少しだけ様相は不自然だが、黒い書類用バインダーを左手に、そこへ右手を見えない角度に隠し、何故だか無理な笑顔で歩み寄ってくる。
「あれ〜? もう私の診察時間きちゃったんスか〜?
時間に超絶ゆとりを持ってるんで、シェリーやリリーナ先輩とお茶話を楽しんでたトコっスけどね〜?」
「ごめんなさい、ラフィアスさん? ちょっとレヴェリー先生のご都合でね? 時間を変更が必要なのよ。
それに、シェリーさんも来てくれる? 前の診察でね。ちょっと検査項目も増やしたいみたいなの。
今後の医療開発の参考データを取りたいってね〜」
「えっ……と? その……私もですか……?」
ラフィアスの何気ない疑問に、複数の理由をつけて呼び出す担当看護師。予定外に少し戸惑うシェリー。
何事もないように、彼女はテーブルに近づくが__
しかし、リリーナだけが、看護師のその様相対して、目の色を変えて無表情で観察し、この上ない警戒心を抱いていた。
異様な殺気、顔の裏に隠された悪意、それをこの者の表情から読み取ったのだ。
幾度となく壮絶な仕打ち、苦痛、危機を強いられ、最大限の防衛本能と直感を植え付けられた__
そんなリリーナ、彼女だからこそである。
__この女性看護師のバインダーに隠れた右手に握るのは、ボールペンや筆記用具などではない。
武器か何かだろうと、彼女は確信していた。
「ほーら、とりあえずシェリーさん。まずは貴女からこちらへいらっしゃいな!」
「えっと、あの……そのぉ……」
リリーナの警戒に構わず、その看護師を演じた何者かは、淡々とこちらへ近づいてくる。
「あっそうだ……! 私、急がなきゃっ!」
急に、リリーナは慌てるような素振りで席を立った。
すると、不注意に足元でバランスを崩し、目の前の女性看護師に身体を突進させてしまう。
「あっ! おっと……!? すみませっ……!」
「えっ!? ちょ!? 何っ……? うわぁ!?」
リリーナの身体は平均よりかなり軽い__
しかし、人間の体重が正面から伸し掛かってしまっては、女性看護師も、そのまま少女と一緒に倒れ込む他なかった。
「痛たたっ……ちょっと! 気をつけてくださいよ〜?
よりによって、このタイミングで転ぶって……?」
__押し倒された女性は、看護師を装った演者。
彼女が何気なく起き上がろうとした、刹那__
その首元で、【バチッバチッ】と、厳つい放電音が小さく、かつ重く響き渡る。
(しまっ……! どこだ……!? 私の武器は!?)
はっきりと見える視界で、女性看護師が仰向けのまま真上を見上げれば__
そこには、鋭く尖った眼光で睨みつけた少女リリーナが、馬乗りに女性を押し倒していた。
その状態で、バチバチと、その首元で『軍事用スタンガン』を容赦なく放電させている。
__その女性は同時に、バインダーに隠して右手に握った道具が、奪われていると気づく。
「これ、何ですか? 何を持ち歩いているんですか?
これ、電気ショックを与える装備品ですよね? まさか心臓マッサージに使う医療道具とでも!?」
「…………………!!」
女性が手に隠していた道具、今やリリーナが奪い取って彼女に向けるそれは、筆記用具でも治療機器でも何でもない。
忍ばせていたのは、
軍事用の『改造強化型スタンガン』__
防犯仕様よりも意力が強化された『それ』を、肌見放さず持ち歩いて__
少女達を、また負傷した軍の士官や重要人物を、いつでも襲撃できるよう、用意を整えていたのである。
「えっ? 何の音ですか……!? 放電の? スタン……ガンみたいな? こ……この人は一体何をっ……!?」
「シェリー離れて!!
ここは危険すぎる!? 私の前から出るなっ!!」
混乱と旋律に襲われ、徐々に冷静さを自我を失われていく盲目の少女シェリー__
そんな彼女を、残された左腕と身体を前に、隻腕のラフィアスは少女の盾なって覆い被さる。
そんな少女達2人の叫びを皮切りに__
このフロアの医師、看護師、入院患者達のどよめき、そして戦慄の声が波動の如く繰り広がる。
「何よアンタ、いつから私を怪しいと疑ってたの?」
何か秘策でもあるのか、奇妙な余裕と冷静さを見せるその看護師は、そう堂々とリリーナに問いかける。
「そりゃ、まず殺気ですよ__! 私も過去に大人達から散々な仕打ちを受けてたので、人の顔に隠れた悪意には、一段と敏感なんです。
あと、貴女の診察や看護を受けてるうちに、貴女の素性の怪しさは感じていましたよ。
汗を拭かずに体温を測られたり、包帯の取替も乱雑で傷が痛んだりして、看護の専門知識や資格は、無い人だろうとは思ったんです。
テロの爪痕が大きいせいで、医療現場も人手不足。慣れない仕事を任されるのは仕方ないでしょうけど。
でも貴女は、わざとかと疑う程に仕事が雑。
さらには、人の目を盗んで、頻繁に備品庫へ隠れていたのも、皆は知っていました。
__正直、この階の何人かの医療スタッフさんは、貴女を警戒していましたからね?
さっ、観念して下さい。偽物の看護師さん__?」
相手に乗り掛かり、右手で首元にスタンガンを向けたまま、リリーナは淡々と疑惑の裏付けを語ったが__
尚もこの女性は、余裕と平常心を失おうとはしなかった。
それどころか、確実に何らかの切り札があるのだろう。冷めた目つきと声で、口元を歪めては、リリーナを嘲け笑う。
「……フフフッ! 観念して下さいって? 笑えるわねぇ! そんな高飛車な態度を取りクサってさァ?
あーあ、目の見えない女の子を騙して、近づいて、あのワン公共々拉致するだけの仕事だったのに〜!
本当にアンタは生きてて迷惑よ。このメスガキィ!
何ならどう? 私の渾身の殺戮計画、対策打てるんでしょうねぇ!? リリーナ=フェルメール〜!?」
(……っ? ………っっ!?)
この女のおかしな言動から、リリーナの警戒心は即座に危機を察知する。
この直後、必ず相手は行動を起こすだろうと__
彼女は右手のスタンガンを空中で放り捨て、機敏な運動能力で、瞬く間にその後方へ飛び上がり、
横たえる女性から、自らの身体を引き離した。
刹那__
【ゴッッ__!!】
硬質な物体の破壊音が、音波となって階全体に響く__
この時、リリーナは唖然とした。
突如、高速の飛行物体が目の前を迸って、空中に放ったスタンガンは粉砕される。
この事象が起きた一連の経過時間、僅か2秒弱__
「ちょ……速っ!? 見えないっスよ! 一体何がっ!?」
「駄目だよラフィアス! 危険だから下がって! そのままシェリーを守っていて……!!」
シェリーを守っているのに、戦闘に気を取られて前に出ようとするラフィアスを、リリーナは怒声で阻止する。
__思わず激昂する感情を抑えて、リリーナは目の前の敵を冷静に見やった。
すると、あの閃光の如く迸り、スタンガンを破壊した存在の正体が、目前で大量に浮遊している。
(これは!?《鎖》……!?)
そこに広がる光景と現象は、既存の物理法則では不可解極まりないであろう、それ__
看護師を装った襲撃犯を囲い、盾として守るが如く。
無数の細い《鎖》が、茎を伸ばす茨のように、女の身体を中心として、廊下へ、壁へ、奥の病棟へ__
このフロアの侵食し、広がってゆく__
「うっ……いやっ……怖い……助けて……お義父様……ママ……パパ……セイバー……!」
弱く、か細く、過呼吸の混じった声を絞り出して、
何も光景が見えないシェリーは、得体の知れない恐怖で身体を震わせる。
(ごめんね、シェリー……! すごく怖いよね……! 大丈夫、どうか私に任せて……もう辛い思いは、絶対させないから……!)
静かに歯を食いしばり、リリーナは心に誓った。
戦意で我が身を奮い立たせて、彼女はその戦女神の鋭利な眼差しを、敵の女へと差し向ける__
「ひとまず殺すわ♪ まずは皆殺しよ? ただの誘拐や暗殺は生温いから駄目! あれは小心者の行為なの!
標的の小娘奪取の前に、まずは皆殺し♪ パーティーに例えるなら乾杯の合図よ!!
野望と信念を旗に上げた活動は全てが正義!! 無差別攻撃さえ神聖なる儀式!! さぁ!?
無様に抗ってみろ! リリーナ=フェルメール!!」
狂気に満ちた女看護師から放つ《鎖》は__
気がつけば、徐々にリリーナの周辺を覆い囲んでは、彼女を毒牙に掛けようとしていた。




