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新科学怪機≪ギルソード≫   作者: Tassy
4.盲目少女と忠犬の絆 編
92/105

第35章 隻腕少女と吸血の《鎖》(1)




◇◇◆◆◆◆



 不意に、リリーナは昔の記憶を思い出していた。 



 それは11歳の頃、薄暗い地下の孤児院『雛鳥の宿』で、共に苦しみの渕で過ごしていた、かつての親友の姿__




「リリーナ、笑ってよ。アンタとっても可愛いんだから。

 リリーナの笑顔が、私には最高の癒やしなんだよ!」




 過酷な地下施設の生活の中で、時に隅で泣いていた自分を慰め、励まし、笑顔をくれたのは__


 全身が傷だらけで痛々しい、でも心臓は強く心優しい、そんな13歳の年上少女だった。



 彼女の名はリステリア=エーデルフェルト__


 もうこの世にはいないが、生前その少女を、リリーナは姉ように慕っていた。


 瞳ごと焼け爛れた右目を亜麻色を長い前髪で隠し、薄着のシャツから覗く火傷肌の右腕は、肘から先が欠損していた。

 

 安物で壊れかけだったが、アルミ製の古い義手を装着し、動きの鈍い手つきで、よくリリーナの頬や頭をそっと撫でてくれていた。



 心が痛む姿__


 しかし孤児院では珍しくない。


 そんな凄惨な境遇の子供達を、施設は各地から集め収容していたのだ。

 


 劣悪な環境下、大人達による鍛錬という名目の虐待__


 そんな境遇でも、同じ年齢層の子供等は、互いを助けて生きていたが、鬱積による過激な虐めも絶えなかった。



 優しい性格のリリーナは、頻繁にその標的にされ、時には貴重な食事も奪われ、痩せた栄養失調の目立つ身体で、彼女はいつも隠れて泣いては暗く沈んでいた。


 こんな格好を、幼なじみの男子であるユウキには、とても見せたくなかった。




 独りで苦しんでいたリリーナを頻繁に気にかけ、傍に寄り添ってくれたのが、少女リステリアだった__




 在りし日の夜、同僚達に殴られ蹴られ、痣だらけの身体で死んだように蹲っていた際__


 真っ先に探し出したリステリアは、綻びた右腕の義手で、自身の頭をそっと撫でてくれた。


 あの時聞いた言葉を、リリーナは決して忘れなかった。





「苦しいよね、リリーナ……自分が何も悪いことしてないのに、理不尽だよね……!


 でも、リリーナがこんなに苦しいのは、アンタ自身がどこまでも優しくて、純粋で、心が綺麗だからなんだよ……!


 優しい綺麗な人間こそ、回りから苦しめられる……!」




「私の心……? どうして……そんなの分かるの……? 愚図で……役立たずな……私が……悪いんでしょ……?


 もういいよ。私がゴミで……迷惑な存在なんだから……」




 この時、それを呆然と聞いていたリリーナは、絶望しきった虚ろな目で、自分を否定する言葉を吐いていた。



 だがリステリアは、否定も拒絶も一切しなかった。


 彼女を大切に思うからこそ、本気で叱責さえして見せた。


 


「馬鹿っ! あのクズ共の能書き真に受けてどうすんの!


 私だって過去に痛い思いをして、苦しんできたから。虐められるアンタの苦痛を知ってるし! 見ていて辛い!


 だから助けたい! 心から笑っていてほしい!!



 いい? リリーナ! ほんの少しでいいから、アンタは図々しく意地悪になりなさい……!


 それは自分と、大切な誰かを守るためよ。その抱える苦しみを、少しでも和らげてほしいから……


 大丈夫! 連中が徒党を組んで潰しに動いたなら、絶対にリステリア姉ちゃんが、身体張って一緒に戦ってやる!


 もっと自分に正直なって、時には甘やかして、その身体を大切に使ってやりな。

 

 そして強くなって、同じ苦しみを抱えた子達が傍にいたら、力になって寄り添って、アンタが守ってやるんだよ。


 私が保証する__!


 リリーナは、必ずそういう人間になれるから__!」





 あの暖かな手の温もりと、叱咤激励をくれたリステリアの真剣な眼差しは、何よりも眩しかった。




 すでに遠い過去の、在りし日の記憶__


 

 心優しい笑顔と共に手を差し伸べてくれた。あの傷だらけの少女は、今はこの世にいない。




 亡き少女リステリアの救いの手と言葉は、今のリリーナの記憶から誓いとなって__



 少女の心の奥深くに、刻まれ続けていた。




 ◆◆◆◇◇◇




 (そっか、分かったよリステリア__!


 きっとこの出会いは、私があの約束を果たす時が来たって、そういうことなんだ。


 貴女には敵わないよ。


 だって自分の身体や心の傷をそっちのけで、いつも泣いていた私に寄り添ってくれたんだよね__?


 じゃあ、今度は私の番……私が誰かの希望となって、その夢と意思を繋げる。その時が来たんだね__!)


  


 

 ただ静かに、独りで、心に火を灯しながら__


 リリーナは、たった今病院で出会った隻腕少女の、張り切った挨拶を見守っていた。





「リリーナ先輩〜本当に会えて光栄っス♪  この前は、妹同然のシェリーを助けてくれたこと、お礼を言いたかったし〜


 話を聞いてから、ずっとお会いしたいと思ってたんスよ!


 いや〜本当に今日は良い1日っス〜! 是非とも握手させて欲しいっス〜!」




 患者服を纏った片腕の少女は、持ち前の天真爛漫なる微笑みで左手を伸ばし、リリーナに握手を求める。



「あっ……ごめんなさいリリーナさん。ねぇラフィアス? 突然にぐいぐい迫ったら、リリーナさん困っちゃうよぉ……?」




 その背後のテーブル席に座るシェリーが、遠くから恐る恐る少女を注意するも__


 それをよそに、この少女は遠慮無しに目を光らせ、リリーナとの距離を目と鼻の先まで詰めてくる。


 その積極性には、リリーナも若干困ってしまう。



「………えっと、ありがとう。でもそんな……少し恥ずかしいよ。そんなこと言ってくれたの、初めてだから……!


 私は、リリーナ=フェルメール……って、名前は知ってるんだっけ……? よ……宜しくね……♪」




 しかしながら、極力意識を反らそうとも、精一杯に努力はしているが__


 先程から己の理性とは正反対に、


 リリーナの視線は、目の前の少女ラフィアスの、ある部位へと、その眼球を引き寄せられていた。




 その少女が身に纏う患者服の腕部__


 中央の半端な位置を団子状に結んだ、本来そこにあるはずの腕が存在しない、右側の袖__




 この少女は、生前の親友とは全く別の、恐らく凄惨たる過去を背負ってきた少女だと、頭で理解していたつもりだが、


 少女の眩しい笑顔は、昔の親友、リステリアのそれ__



 その姿を目の前に、まるで生前の彼女が脳を過って、深層意識に錯覚を見せられる。

 



 __そんな葛藤を抱えながら、リリーナが独りでに、心と記憶の空想に意識が囚われてしまっていると……

 

 



「__もう! ラフィアス!? 私は近くでずっと耳を立てて聞いていたけど、初対面の人にぐいぐい攻め過ぎだよ!


 少し落ち着いて、ゆっくりと自然な会話をしなきゃ、リリーナさんすごく困ってるよ?」

 



 隻腕少女の背後から、呆然とするリリーナを援護するように、その少女へピシャリと注意を促したのは__


 共にお茶話がしたいと、リリーナの診察終わりを心待ちにしていた盲目の少女、シェリー=へレンズケラーであった。



【……クフッ……スンスンッ……】



 気がつくと、彼女に寄り添う【総合介助犬】のセイバーも、少女の足元に伏せて待機してうごかなかったはずが、


 いつからか、その場を離れて、少女ラフィアスの背後に立って、鼻息を立てて少女の大腿に鼻をこすりつけている。



 宥めて抑制を試みているのだろうか__



 この行動原理も全ては、シェリーとの《心理の共鳴》、つまり《ギルソード》の能力によるものだ。




「ごめんなさい、リリーナさん。私から紹介しますね。彼女は、ラフィアス=フィラデルフィアっていいます。


 私達はこの病院から近い〈特別生活支援施設〉に移住させて頂いていて、彼女はそのルームメイトなんです。


 1つ歳上なので、私にとって実の姉のような家族で__


 ごめんなさい……! 彼女は興奮するとすぐに回りが見えなくなって、勝手に暴走しちゃうんです……!


 でも、優しくて勇敢な人なので、許してあげてください。


 ほらラフィアス? 目上の人との会話は礼儀正しく、落ち着いて話すべきでしょ?」





「あはは〜いや〜すいませんっス〜♪ なんか私の悪い癖が出ちゃったみたいッスね〜♪


 今じゃあ、シェリーがしっかり者だから、どっちが年上でお姉ちゃんかわかんないっスな〜♪」




 隻腕の少女ラフィアスは、恥ずかしげに頬を赤くし、照れるように微笑んだ。




 それまで、どこか思い詰めたように、深い考え事をしていたリリーナだが、その引きつった表情には__


 目の前の少女達から分け与えられたように、彼女の微笑みが舞い戻ってきた。




◇◇◇



 __一方その頃、この休憩広間から広い通路を挟んで真向かいに位置するナースステーションでは……



 リリーナの看護を担当する、刺々しい性格を持った女性看護師が、受付カウンターから、休憩所の奥で意気投合する達3人を、じっと睨みつけていた。

 


 右耳には、細くスリムな『小型インカム』を装着しているが、それは当病院から支給された業務道具ではない。


 ()()()から渡された、極秘の通信手段である__

 



「……まさか、あの時の(めしい)の小娘と凶暴なクソ犬が、我々の求めていた新型の《ギルソード使い》だったとは……


 まずは私が先行して、連中に奇襲を仕掛けます。


 合図を出したら、院内の邪魔者は皆殺しって事で__!」




 その女性看護師は小声でインカムに吹き込むと、医療制服の両ポケットに隠した、拳銃やスタンガンに手を忍ばせ__



 そっと、リリーナ達の方へと忍び寄っていった。





《登場人物紹介(追加分)》


・ラフィアス=フィラデルフィア(15歳)

 ……盲目のシェリーと同じく、医師レヴェリーの診察を受ける患者の少女。シェリーの姉のような存在。


 過去にテロで家族と右腕を失っている。


 普段は右腕には《義手》を装着しているが、今回はそれを外し、メンテナンスも兼ねた診察を受けに来院していた。


《ギルソード使い》だが、真相は後に明かしていく。

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