・医療と福祉と《ギルソード》(3)
「これが私達の異能武器、《深層読解の共鳴体器具》
この力は、私とセイバーの運命を結ぶ、素敵な糸」
そう言って、優しく微笑んでいた盲目の少女シェリーは、身体を屈めた中腰の姿勢で、愛おしげに、セイバーの毛皮をそっと撫で続けていた。
色鮮やかな淡藤色の光に包まれた、その神秘的かつ幻想的な姿に、リリーナは釘付けになっていた。
「……綺麗、凄く素敵だよ。シェリーちゃんもセイバーも!
兵器以外の形した《ギルソード》、見るの初めて……!」
咄嗟に言い並べた即興の感想であるが、そこに嘘や建前など、何1つとしてなく__
寧ろ、少女の様相と心の美しさと言葉に表すには、今の台詞はお粗末ではなかったのか__
思わせる程に彼女達は、魅力に溢れていた。
(それにしても、本当に初めて見たな。人間と人間以外の生体が、共に共存する《ギルソード使い》なんて__
あの形は、盲導犬用の「ハーネス」、つまりは軍用兵器以外の用途で開発された《ギルソード》なんだ__!
あの存在は、今までの軍事科学技術に対しての概念を、一気に覆していくんだろうなぁ……
いや、寧ろこの先、そうであるべきだよね__!
《ギルソード》は、人間を〘生体兵器〙に変える恐ろしいもの、世界を一度滅ぼした悪魔の力。
ずっと私達の脳内には、その概念が植え付けられている。
そうじゃなくて、その技術は戦争の目的以外にも、新しい形で人の役に立って、人の身体を、心を、救ってくれる。
今を生きてる私達が、その可能性を革新に変えて、伝えていかなきゃいけないんだ__!
それを、きっと……
天国にいる『孤児院』の仲間達にそれを伝えられたら、どれ程救われることなんだろう……!)
リリーナは無意識に、静かに立ち止まって、目から涙を滲ませながら、そんな事を考えては、思い詰めていた。
そんな彼女の、悲しみに溢れた感傷は、ある老婆の声と一言によって、瞬時に意識を現実へと引き戻される。
「シェリーさん? 次の診察が待ってるリリーナ=フェルメールさんをお呼びするよう、お願いしたはずじゃないかい?
邪魔をしちゃあ申し訳ないだろう?
その人は退院間近で、後日の予定が忙しいのですよ?」
老婆の声がした瞬間、シェリーは申し訳ない事をしたと、口を空けたまま自省に耽ってしまうが__
当の本人のリリーナは、診察室から現れた老婆の姿に、愕然として見開いた目が戻らなかった。
その老人の容姿が、自身の想像を逸していた。
老いた皺の顔に似合わぬ170cm前後の身長、お伽話の魔女のように尖った鼻、癖毛の白髪__
何よりもリリーナを驚かせたのは、その白衣から覗く両手両足である。
黒く硬い人工素材、機械の義肢__
この老いた女性がこれ程に高身長なのは、両手と両足の機械技師が、長くかつ細いからである。
「おや? 私のこの容姿がそんなに面妖ですかい?
この手足になって早40年ですが、よく若い人には驚かれるものでねぇ、その反応は9千回目くらいですよ。
人が生涯に出会う人数を、約3万人程と想定するとねぇ。
シェリーさんが初めて私の四肢に触れた際も、少し似たような反応だったもので、懐かしく思いましたわ♪」
老婆の言葉に、再び我に返ったリリーナは、自身の礼を欠く反応を悔やみ、困惑を拭いきれぬも、それを謝罪する。
「は……はぁ、あ……いや! ごめんなさい……! 私としたことが、失礼な反応をしてしまい……!
あの……私の診察時間、だいぶ遅れてしまって、ご迷惑をかけてしまったでしょうか……?」
「いえいえ♪ まだ予定時刻よりも15分は早いですよ?
流石はリリーナさんですね。まだお若い歳で、正確に時間を守られて、お早い時刻に起こし頂けると噂ですから、私も予定が捗って助かりますわ__!
お若いうちこそ、その心構えは非常に大切なのですよ。
申し遅れましたねぇ。
私は軍医にして、上層部から『医療福祉』を任される開発研究者、レヴェリー=シュリーマンと申します。
リリーナさんの診察は、代理とはいえ初めてですね?
さぁどうぞ中へ………!」
黒く機械音の軋む右手で、入口のドアから手招きしながら、老兵の軍医レヴェリーは奥の診察室へと姿を隠す。
彼女は上機嫌そうにも見えたが、何故かその様相こそ、リリーナの内心を逆に不安にさせた。
「あの……本当にごめんなさい。リリーナさんに診察の順番を伝えるはずなのに……私ったらとんだ邪魔を……」
シェリーは相変わらず俯いては、しょげた表情でリリーナに謝罪を述べる。
「あぁ……いや、いいのいいの! 気にしないで!
予定より早く来て正解だったし、あのときの縁で、やっとシェリーちゃんとお話ができたんだもの……!
もし時間があったらさ、私の診察は別に時間掛からないし、終わったら休憩所でゆっくりつるつもりだから、
またお話の続きしようよ__!」
「いいんですか……!? ありがとうございます……!」
リリーナの言葉に、シェリーは満面の笑みを浮かべると、「行こ! セイバー♪」と付き従う忠犬に声をかけ、上機嫌な足取りで通路の向こうへと去っていった。
「あっセイバーお腹空いてるでしょ? おやつにしようね〜♪」
まだ背後の遠くから聞こえるシェリーの優しい声に、リリーナは癒やされる感覚を覚えて、思わず微笑みが溢れる。
そんな彼女達の小さな後ろ姿を見送りながら、リリーナは診察室へと入っていった__
◇◇◇◇◇
軍立病院52階、レヴェリーの特別診察室内にて__
照明の乏しく、妙に薄暗い診察室の中で、レヴェリーによる診察は淡々と行われる。
特段に処置の必要性もなく、額や手足に巻かれた包帯の傷は、もう治りかかっている。
故に、これは定期観察のようなもので、それ程に時間を要するものではい。
「えぇ、すっかり回復傾向なので、予定通り2日後に退院できますわ! やはりエヴァンズの言ってた通りね。
2ヶ月程前は、生死を彷徨う怪我だったのが、
長い集中治療と強化リハビリの成果で、もう退院間近にまで身体が回復したのね。
努力の成果、喜ばしいことですわ__!」
「はい、ありがとうございます。
エヴァンズ先生には本当に助けて頂いて、入院中もお世話になりました。
あの人には、もう昔から……孤児院にいた頃から、ずっと助けて貰いっぱなしです。
なんだかお恥ずかしいな……!」
医師レヴェリーの診察を受けていたリリーナは、少し顔を赤らめながら、照れ隠しに目を泳がせて対話に答える。
「フフッ、まだ16歳でしょう? 大人にもなっていないご年齢で、あまり気遣いを過敏にするものじゃありませんよ。
ご成人の日は少し先、
今は素直に、大人に甘えればよいのです。
それだけ貴女が大切に思われている証拠です。
逆にその思いこそ、リリーナさんの人望と尽力の賜物でしょう。
命を懸けて人命を救われたのですよ。
元に今、この国の平和が継続されているのは、何より貴女の功績ではありませんか♪」
レヴェリーは笑顔でそう言いながら、
机上に表示された8インチ程の『小型空間ディスプレイ』をタブレットペンで突いては、リリーナの『電子カルテ』に診察結果を記録し始める。
老婆の励ましにリリーナは少々照れながらも、
すでに彼女の意識と注意は、この薄暗い診察室奥の戸棚、そこにずらりと並べられた。
ガラス瓶、ガラスケース状の保存容器類に囚われていた。
(それにしても……何だろう? あれ……視界に入った感じだと、形状と内部液体の色からして、標本の類__?)
正直、診察中から、リリーナはあれ等の正体が気になって仕方なかったが、
意識が向かないよう、見ないよう我慢していたが、すでに耐えられないでいた。
ようやく、その戸棚の保存品に目をやれば__
瞬時、リリーナは血の気が引く感覚を覚えた。
案の定とは思ったが、しかしそれの内部の正体は、診察室という医療現場で保管するには、あまりに相応しくないものであった。
「おや、どうかしたのですか? リリーナさん?」
「いえ、すみません。あの戸棚の瓶詰め……」
唖然としたリリーナは腕を震わせて、戸棚に並んだ瓶詰めやケース類の方へと指を差す。
その1つ1つに保存されていたのは、身体から
切り離された人体の部位、一部の内臓気管__
年月の経過により変色した標本もあれば、まだ経過間もない、生々しく色艶やかな保存品まで、時期の疎らものが雑多に並べられている。
何の研究資材かは分からない。
しかし、診察室という公共の目に留まる場に集結させている光景事態、倫理的にも心理的にも、見る者に悪影響を与えるのは明確である。
その配慮は皆無なのか?
それを目の当たりにしたリリーナは、第一にそんな感想を覚えてしまい、それを指摘しようと試みるが__
当のレヴェリーは何を思ったのか、それを遮るように席を立ち、何かを探し出すように、その棚の整理を始めてしまう。
「これはいい機会ですわ。リリーナさん? 貴女ならばと思いまして、是非こちらをご覧頂きたいのです__!」
「えっ? あの……! 何を……見るのですか?」
一方的な話の流れだ。
一体何を見させられるのか__?
まさかとは思うが、主治医エヴァンズが多忙とはいえ、彼の代わりに自分の診察を引き受けたのは、何か理由語あるのか。
何か少女シェリーの絡み、その関係性でもあるのだろうか?
この僅かな時間で、リリーナはあり得る限りの事情予想や可能性を頭の中で仮説と想像を巡らせていた。
__が、彼女の1つの仮説が、予想だにもしない形で的中してしまった。
目を覆うような光景、
老婆が用意したその代物と共に__
「こちら、何か分かりますか? リリーナさん?」
「……うっ!? えっ……それ……!?」
目の前に出されたのは、電子機械の枠が嵌め込まれたガラスのケース__
中身は青い液体に漬け込まれた、人体の眼球。
それが平然と診察台に置かれていたので、
見て言葉を失ったリリーナは、直視を拒むように瞼を歪め、口元を右手で覆った。
一体誰から摘出したのか__
液体に浸された眼球は損傷が酷く、瞳孔や角膜は亀裂で割かれ、白いはずの結膜は灰色と黒の斑点により、禍々しく変色している。
これが人の瞼の内にあったそれとは思いたくない程に、痛み、傷つき、腐食し__
ついには容器と液体の中で朽ち果てたように、そこに閉ざされていた。
この眼の持ち主に、一体どんな不幸が降り注いだのか。それ以上の想像は、脳による本能的な拒絶を感じさせられる。
「お気づきかと思いますが、これは実際に私の患者さんから摘出し、ここに保存した眼球です。
この傷つき腐食した眼、誰のものと思われますか?」
何も躊躇もなく、レヴェリーは血の気が引いたリリーナに対し、この眼球標本に関する話題を平然と投げる。
「……分かりません。とても不敬な質問とは承知ですが、そもそもこの眼の持ち主は、今はご存命なのでしょうか……?」
気分の悪さに、リリーナは咄嗟の返答が分からず、不躾にも程があるような質問を口に出してしまう。
言い放った瞬時に、己が精神の異常性を自覚するどころか、思考も馬鹿になったかと、彼女は思い詰める。
しかし、レヴェリーは冷静だった。
顔色1つ全く変えず、眼球の保管された容器を持ち上げて、冷たく語る。
「えぇご存命ですよ? 生きていますとも。
何しろこの眼球は……
あの盲目の少女、シェリー=へレンズケラーから摘出手術した【それ】なのですから……」
「……………………へっ?」
瞬時、リリーナの身体を強い衝撃が迸る。
気づかぬ間に、彼女の意志と関係もなく__
直視を拒んでいた目は見開いたまま、魅入られるように、その眼球標本を覗き込んでは、釘付けにされる。
「嘘…これ…シェリー……シェリーの眼……?」
まるで凍りついたように、その標本を覗き込んでは、見開いたリリーナの瞳からは大粒の涙が零れ落ちていた。
真っ二つに裂かれ、断面の露出した瞳のレンズと虹彩。純白であるはずが、漆黒に変色し汚染された眼球結膜。
今や損壊と腐敗を極めたこの凄惨な肉片が、かつては少女シェリーの瞼の内に輝いていた、あどけない瞳だった。
その現実を思うだけで、
心臓がより硬く締めつけられる。
「…………っ!!」
あ悲惨な現実を前に、リリーナの眉間は苛立ちの皺に覆われ、溢れる涙を堪えきれず、静かに嗚咽の声を抑えていた。
それをただ黙して見続けていたレヴェリーは、さらに見せたいものがあるのか、また診察室の奥へと入っては、研究資材の戸棚を弄りだした。
__すると、今度は電気配線などが繋げられた電装部品らしき部材のケース類を、リリーナの目の前に散りばめる。
リリーナは、用意された電装品らしき部品を見るや否や、自分に何故それを見せたのか、即座に理解が追いついた。
「レヴェリー先生? これ……もしかして……!」
「えぇ、貴女には知って頂きたかったのです。
私の生涯の研究課題を__!
他の技術者から何を言われようとも、私のやり方で成し遂げると誓った、医療福祉の技術開発をねぇ__ 」
レヴェリーの静かな胸の内を聞くなり、リリーナは恐る恐るとその資材に手を伸ばす。
ケースに入っていたのは、これも眼球の形状をした物体。
また、それを取り囲むように、幾多のファイバーケーブルや極小コネクターといった本当に小さく細かな部材が揃えられている。
説明をされずとも、
それが何かは明白であった。
この老人が試作した『人工眼球』で相違ない。
その薄白の結膜の内部には、極めて細かな電子装置の集合体が微かに見える。
その1つ1つが、目を凝らして覗くのがやっとの程に小さい。凝視を続ければ痛みで目が飛び出しそうだ。
「これは私が最初に試作した『人工眼球』ですが……これは完全に失敗作です。今では単なる模型に過ぎませんよ__!」
「えっ……? そんな……!
これが失敗作ですか? これ程までの崇高で繊細な設計と技術の結晶……!
相当の月日や予算……!
何よりも先生の望みとご尽力が、開発の全てに掛かっていたはず……どうして……!」
湧き出る激情を堪えながらも、リリーナは精一杯にレヴェリーを讃え、その敬意を言葉で叫んだが__
彼女が何を言おうと、レヴェリーは首を左右に振った。
「いいえ、それが失敗作だと判明したのは、開発の最終段階に入ってからのこと__
実験用の『疑似生成細胞』と〈視神経接続マイクロマシン〉の同期試験を行ったのですが……
まるで互いに拒絶し合うかのように、双方の〈神経同期エンジン〉が見事に機能せず、視界が映らなかったのです。
テスト対象がクローン体生成用の『人工細胞』だったとはいえ、この『人工眼球』が形状として仕上がるまで、実に半年の歳月を経て、実物の完成が期待されていたのですが……
これが技術者の現実ですよ。いつだって失望の中を足掻き、水底から這い上がろうと藻掻くもの………
彼女の育ての父ロベルトが、そうやって生き続けたように……ね?」
ふと、レヴェリーが背後を振り向いた。
視線の先には、乱雑に瓶詰めや標本が並べられた、実験資材の戸棚かある。
その最上列の棚に、散乱する瓶やケース類に隠れて、ある『写真立て』か置かれていた。
__そこに写るのは、医学者の白衣に身を包んで、互いに肩を並べて微笑み合う、2人の麗しい美男美女の姿。
片側は爽やかに口元を緩めた、年齢は恐らく18歳前後の金髪碧眼の青年__
もう片側は、年齢は推定30代後半か、亜麻色の長髪を靡かせては、頬を赤らめ優しい笑みを浮かべる可憐な淑女__
その2人の笑顔こそ美しく、見る者に癒やすほどのそれだったが、その背景は荒れ果てた瓦礫の溢れた戦地の荒野__
当時の凄まじい現実が影から訴えかけるように、背後にて鮮明に写し出されていた。
「……先生? あそこの写真の……あの男性の方は……?」
疑問と衝動が抑えられず、リリーナは衝動的に質問を投げかけたが、その答えは言われるまでもなく、写真の縁に、小さな走り書きのメッセージが書き記されていた。
『〜東欧の戦地にて、我は救世主の使者として、医療による人命救済に徹することに、この生涯を捧げんと__
敬愛する我が師
レヴェリー=シュリーマンに誓おう。
再歴689年、7月2日、
ロベルト=へレンズケラーより〜』




