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新科学怪機≪ギルソード≫   作者: Tassy
4.盲目少女と忠犬の絆 編
89/105

・医療と福祉と《ギルソード》(2)





◇◇◇◇◇◇



 

 午後1時を過ぎた頃__



 自室のある階へ戻っていたリリーナは、エヴァンズから受け取った地図に従って、その診察室へと向かっていく。

 


 確かに階層は同じではあるが、実際は、指定の診察室は当フロアの片隅にあるようで、

 彼女の病室からは歩いて2分程も時間を要すると判明したのは、病室のスタッフに場所を訪ねた時だった。




「体調が戻ってるから、疲れる心配はないけど……! こうも分かり辛い場所での診察ってなると、しんどいかな……


 逆にこの距離を歩くのはリハビリの一環? 軍事訓練?」




 __と、通路で独り、らしくない愚痴を思わず呟いているうちに、目的の診察室手前の最後の曲がり角に差し掛かる。



 (ようやく着いた!)と、内心でほっとしつつ、その角に視界と足を踏み入れた。


 

 その瞬時__




 (っ!? ……大っきな……白い……犬……?)




 曲がり角の先で見た光景は、リリーナを少々驚かせた__


 目的地である診察室の出入り口前では、白く、大きな1匹の大型犬が、微動だにせず、その場に伏せて待機している。



 体長70cm程度の大柄な体格__


 冬山のように白く、それでいて艷やかな体毛__


 その体型も靭やかで美しい線形を象り、大型犬というよりは、銀世界に君臨する白狼の如き風格を漂わせている。



 中でもこの洋犬の外見で、一際目を引かせるのは、背中に装着された、妙に淡い藤色の光を放つ《誘導器具(ハーネス)》__



 目の不自由な人間を助ける『盲導犬』の象徴。


 その存在と意味など、当然リリーナは知っていたが………




 (__本当に大人しい子だなぁ。『盲導犬』かぁ……今は機械技術の進歩で、僅かしか見かけなくなったらしいけど、


 こういった医療の現場で、実際にこの目で見るのは初めてかもしれないな……!


 それにしても……なんで診察室の外なんかで、人が傍にいないまま、この子は1匹で寂しく待ってるんだろう?


 ご主人の方は、診察中かな……?)




 そんなことを考えながら、リリーナは白い大型犬を横目に流し、診察室の傍にある待合席の左端に、そっと腰掛ける。




 __こういった盲導犬や介助犬を前に、正面からの観察、無断接触、彼等の気を散らす真似は、絶対的な禁忌行為だ。



 それをよく知っていた彼女は、たとえ好奇心が誘惑しても、決して眺め続けはせず、警戒すら抱かせないよう、別方向を見る素振りで、密かに白い犬を遠目に見やる。




【……ゥアッ……! 〜〜♪】



 傍に伏せる白い大型犬は、目立った動作を1つも起こさず、時にあくびをしては、時に首を震わせつつ、忍耐強く、ご主人の用事が終わるのを待っていた。



 (フフッ! 可愛い♪ お利口さんな子なんだな〜♪)



 そんな洋犬の様子を、リリーナは微笑みながら、密かなる観察をしばらく楽しんでいたが、やはり1つ、どうも気がかりな点があった。


 その胴体に装着された《誘導器具(ハーネス)》である__



 淡藤色(ライラック)という妙な配色、何故か小さな光の粒子が漂っているようにも見える、それ__



 そして、仄かに輝く光は、彼女の特殊な《瞳》に限らず、一般人の誰かしらの目でも目視確認できる__


 何かしらの電光装飾だろうか__?



 思わず遠目から、その犬をそっと凝視してしていると__




「__セイバー、終わったよ! Come here(こっちにおいで)! 」



 診察室の中から、少し幼気な少女の声が聞こえる。


 洋犬のご主人だろう、ここへ自分から足を運んでくれという指示のようだ。


 自分よりも年下だろう、少し幼気な少女のそれ__

 



 すると、《誘導器具(ハーネス)》を背中に装着した白い大型犬は、その場ですくっと立ち上がっては、余分な動作を一切行わず__


 主に呼ばれた執事のように、ただ従順に、診察室の中へと入っていく。



 

(うわぁすごい! 本当にお利口さんだ! さっきの声の彼女がご主人様? 中級学生……14歳くらいに感じたけど?)





 1人で勝手に思考を巡らせながら、ただ診察室の入口をぼんやり眺めていると__



 気になっていたご主人らしき少女は、


 白い犬と共に部屋を出て、リリーナの前に現れる。




(……っ!? ……あの……女の子……!?)




 白い洋犬の主人を目にするや否や、リリーナは言葉を失い、その光景に釘付けにされた。



 やはり、恐らく14歳程と年下の盲目の少女だった。



 身長は155cm程だろうか、華奢で弱々しい体型。亜麻色の長靴、背中で揺れる赤茶色の長い髪、服装は白いワンピースと襟袖付きジャケットを纏っている。


 

 光を映さない暗い瞳は、ルビーの宝石の如く赤色に輝くが、よく見ると無機質なプラスチックで、義眼だと分かる。



 彼女の右手には、誘導の杖、左手には淡藤色(ライラック)に彩られた《誘導器具(ハーネス)》を握る。



 その傍らに、それを装着された、純白なシェパード級大型犬が、静かに付き従う。


 まるで風格は、騎士のようだ__


 忠実に、少女の傍を動かず、ただ凛としてその横を堂々と立っている。




「すみません、遅くなって。次の順番の方ですよね? レヴェリー先生がお待ちしてますので、どうぞ診察室へお入りになってください__!」




「あっ……うん、ありがとう………えっと……」




 ご主人の少女が親切に声をかけるが、リリーナは頷きながらも、彼女の姿をまじまじと見つめてしまう。


 

 記憶を巡らせると__


 微かだが、リリーナはその少女に見覚えがあった。




 しかし、思い返せば、その時は重度の高熱で意識が薄れていて、後から聞いた話では、廊下で死にかけていたという。


 故に、その少女の外見も、名前も__


 記憶に残っていない。思い出すのに時間を要する。





「あの……どうかされましたか? 何かを言いかけて、そこで固まっているように伺えますが……」



「あっいや……なんでもない、教えてくれてありがとう!」




 __これはまずい。私はつい我を忘れて、他人を静止してまで観察してしまった。

 

 これは失礼極まる行為をしたと、リリーナは顔を赤らめて猛反省し、すぐに立ち上がって診察室へ急ぎ入ろうとした。


 だが、その瞬間__




「待ってください!! その声は………!?」



「………っ!?」



 一瞬、呼び止められたかと思えば__


 その少女の右手は、リリーナの左腕を握っていた。




【……スンッ……! スンスンッ………!】




 同時に、包帯の巻かれた右脚に、ほんの少々の(くすぐ)ったさと、湿った感覚を覚える。


 見下ろすと、その白い大型犬が、リリーナの脚や腰に、執拗に鼻先をこすりつけて、懸命に香りを嗅いでいた。




「あはは……私あの……ごめんね……すぐ診察が……」




 リリーナは少し戸惑いを見せながら、優しくやんわりと、平和に振り切ろうと考えもしたが、


 直後、彼女を最も驚かせたのは__


 腕を握った少女が呟き出した、奇妙な独り言であった。





「良かった! 体温は平熱。あの時40度を超えてたのに……

 

 心音や脈拍数も……正常だ! 内蔵気管も機能してる!


 彼女の傷の具合はどう? セイバー__?


 出血は……無い! あの時開きかかってた傷も、ほぼ塞がってる……!? そうよね!? 私にも分かるわ……!


 脳の状態も脊髄神経にも……何も異常はないもの!!


 そうやって、いつもお前が教えてくれてるから……! あの時も……傍でずっと助けてくれていたから……


 あぁ……本当に良かった……! それから………!」




(……? ……!? …………!!??)





 この刹那の間__


 リリーナは唖然としたまま、目の前で何が起きているのか、最初は理解が追いつかなかった。

 


 だが、自身の身体に関して、この少女は何1つとして、間違った事項など言ってはいない。


 まるで心電図のように__


 X線撮影のように__


 それ等よりずっと精密な診断方法のように__



 その右手をずっと握った盲目の少女は、リリーナの身体状態を隅々まで詮索し、その全てを次々に言い当てる。


 



(……もしかしてこの子……! いや、この子達……!?


 ただ体の一部に触れただけで、この身体の状態を感覚で把握してる……ってこと!?


 それだけじゃない……!


 彼女が連れてる盲導犬の子も、女の子と何か同じようなことを……この身体から感じ取っているよね……!?


 お互いが得た感覚を……全部互いに共有し合ってる!?


 まさか、この女の子!? 《能力》の正体って……!?)





 瞬時にリリーナは、その少女に対する衝動的好奇心から、彼女の有する《能力》の正体を探りたいと、僅かに思った。


 その超能力らしき不可思議な能力、恐らくは《ギルソード》に関連するそれではないのか__



 その予想が正しければ、真偽の解析方法は1つだけだ。



 リリーナ自身にしか持ち得ない。《粒子器発動の覚醒瞳(ブレイン=アイズ)》による《透視能力》__


 

 相手か所有する《ギルソード》の性質情報、透明状の《ナノマシン》を透視できる《覚醒瞳(アイズ)》ならば、


 その眼球で少女を一目見るだけで、全てが解析される。

 



 だが、そんな《瞳の能力》を常日頃から疎ましく思っていたのは、他でもなくリリーナ本人であった。



 任務や戦闘の際ならいざ知らず、そんな個人の勝手な都合で、小さな少女達の秘密や隠し事を奪うのは、人徳に反する行為ではないのか__

 

 それが、相手の知られたくない過去、ましてや心傷に触れたとしたら、尚更__

 


 故に、今この時間において、彼女はこう思った。


 今、自らの《覚醒瞳(アイズ)》で、少女の正体を探るように、《能力》の解析をするのは止めておこう。



 この少女と、大切な相棒であろう忠犬の、彼女達の尊厳と誇りを守る為に__

 




 そんな事ことを、リリーナは脳裏と心の奥底に、誓いの如く留めていたが、意外にも__



 自らの秘密を露わにしたのは、盲目の少女自身であった。

 




「実は先日、名前を伺ってるんです。ずっと、お礼を言いたくて、心が落ち着かないくらいに__


 あの、リリーナ=フェルメールさんですよね__?


 1ヶ月近く前でしょうか? に病棟の廊下で、貴女に救われた少女がいたんです。


 過去に家族と両目の光を亡くした彼女は__


 テロ事件の惨状を伝えるニュースを聞いた時、心の傷が原因で、過呼吸と動悸を起こして、動けなくなったんです。


 そんな時、酷い重傷で起き上がれなかったにも関わらず、御身体に鞭を打って、貴女は駆けつけてくれました。


 私を抱いてくれた温もり、優しい言葉は、過去の恐怖で怯えた私の、深く開いた心の傷を塞いで、痛みが和らいで__


 独りで抱えていた苦しみを、貴女は癒やしてくれました!



 リリーナさん!私です!シェリー=へレンズケラーです!


 あの時の私を、覚えていらっしゃいますか__?」





「……シェリーちゃん? ……もしかしてあの時の……!」





 __それまでは朧気だったが、ある新しい記憶が、リリーナの脳裏に、再生されるように蘇ってきた。


 


 重傷の身体を押して動いていたのか、意識も記憶もはっきりとしなかったが、あの時の光景をよく思い出せば……


 それは一語一句__


 この盲目の少女、シェリー=へレンズケラーが伝えた通りの事実であった。




 __ようやく、微かだった少女との出会いの追憶を、リリーナ脳裏にて、より鮮明に、革新的なそれとなる。




「そうか……私! 思い出したよ! シェリーちゃん__!


 確かに貴女は、自分のことを《ギルソード使い》だって、そう言ってたよね__!」




 純粋な笑顔を見せて、リリーナがそう言うと__


 シェリーは喜びと光栄を表すように微笑むと、それまで握っていた左腕から、撫でるように、そっと手を放した。



 __刹那、



 少女の右手をはじめ、華奢な身体、その全身から__


 淡藤色(ライラック)に輝く、美しい《光の集合体》が発生し、少女の小さな体型を即座に、瞬く間に覆い包む。


 その光に包まれるのは、少女の身体だけではない。



 少女の傍を離れず、共に立ち続ける忠犬セイバーの身体もまた、同じ《淡藤色(ライラック)の輝き》が全身に帯びる。

 




(……あれ? やっぱり初めて見る光景だ……!


 えっ!? 身体に《ナノマシン》を宿しているのは、シェリーちゃんだけじゃ……ない!?


 まさか《ギルソード使い》って……!? この白い盲導犬の子も一部……いや、一体になっているの……!!?


 何かしら感覚みたいなのを、共有し合ってるように感じたけど……それは《能力》までを………!?)




 未知なる現実と体験に驚愕するリリーナ__


 目の前で光り輝く少女は、その反応を期待したかのように、クスッと、小さく静かな微笑みを溢す。




 少女シェリーと、忠犬セイバー__


 美しい光、《ナノマシン・オーラ》に包まれた彼女達__



 

 その幻想的な姿となった少女は、そのまま身体を屈めては、中世の騎士や紳士の如く、凛として左膝を床につける。



 愛おしげに、誇らしげに、純白の忠犬セイバーの頭部を優しく撫で続けながら__



 自らの正体を、真相を、リリーナへ告げる。




「私とセイバーは一心同体。運命の共同を誓った、2つで1つの《ギルソード使い》__


 私達は、この背中の《誘導器具(ハーネス)》を通じて、常に心と身体の状態を感じ取り、互いにその情報を自らの感覚にして、リンクさせているのです。


 心臓の音、呼吸の速度、血脈の状態__


 この手、この身体触れた生命力のあらゆるデータ、それを皮膚を通して、感覚器官に伝達するのです。


 それが、私達の身体に宿った《G(ギルソード)ナノマシン》の能力。


 見てください。この奇麗な《誘導器具(ハーネス)》!


 それが私達の異能武器(ギルソード)、《深層読解の(サイコメトリア・)共鳴体器具(ライフハーネス)


 この力は、私とセイバーの運命を結ぶ、素敵な糸」

 


 


 

「……綺麗、凄く素敵だよ。シェリーちゃんもセイバーも!


 兵器以外の形した《ギルソード》、見るの初めて……!」




 しばらく、呆気にとられていたが__


 咄嗟に発したリリーナの本心に、偽りなど何もなかった。

 


 盲目の少女と、傍に使える忠犬が、互いに宿し、【共有】するそれは、軍事目的とは掛け離れた《能力》を有する、



 新たな可能性を秘めた《ギルソード》__


 これまで見たことも、触れた経験さえない新技術ではあったが、今は理屈など、彼女にとって、どうでも良かった。



 ただ、その神秘的に輝く少女達の虜になっていたからだ。




 シェリーとリリーナ__



 病院の診察室前にて、2人の少女達は出会った。


 そして未来に訪れる試練と、危機と、運命__ 


 


 新たな物語を動かす歯車、それが今この時、急速に動き出したなどと、少女達は何も知らなかった。

 

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