第35章 医療と福祉と《ギルソード》(1)
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武装組織〈革新の激戦地〉最高幹部、フランツ=ロエスレルによる集団テロ事件から、約1ヶ月半が経過した__
再歴273年「推定西暦2473年」、8月中旬___
早朝から起床していたリリーナ=フェルメールは、すでに医療ベットから起き上がり、病室の窓から晴天の大空を見上げていた。
戦闘直後に負った瀕死の大怪我は、この短期間による高速治癒技術の恩恵により回復__
先代医療で全治7ヶ月と見込まれていた傷は、今は病院内を自足で往来できる程に治癒されている。
全身の9割を覆っていた包帯やガーゼは、額と脇腹の一部、両腕と左足を残し、身体の包帯は着実に取れつつあった。
__部屋の扉から、ノックの音が響く。
ふと振り向けば、いつしかの女性看護師が、簡易医療具を乗せたトレーを持って入室する。
「おはようございます。リリーナ様! 本日はお早いお目覚めですね。朝の体温計測と、身体検査のお時間です。
朝食はこの後にお持ちしますので、お食事後は9時より総合リハビリテーション室へお越しに__!」
「ありがとうございます。今日のリハビリテーションですが、本当にすみません。
私のわがままで、急にプログラムの内容を変更したいなんて、言ってしまって……」
顔を赤らめて申し訳なさそうに言いながら、リリーナは医療ベットに再び腰掛け、看護師から体温計を受け取る。
「別に私達は構いませんけど、本当に大丈夫なのですか?
やっと傷が完治する手前のお身体で、かなり無理をされる内容じゃないですか! リハビリでも何でもありませんよ?
今こそ、お怪我に触る可能性は低いとは思いますが、貴女はご自身の身体に鞭を打ちすぎです!
また倒れますよ?! 本当に__!」
担当の女性看護師は、大きくため息をつきながら、ベッドテーブルに器具を乗せた銀トレーを置くと、リリーナの纏う患者服の胸元を外し、そっと聴診器を当て始める。
「………………」
極度に薄い胸や腹に聴診器を当てられながら、リリーナはただ黙って、じっと窓辺の景色と、遠くの青空に聳えるビル群を、じっと見つめていた。
窓の手前には、物置用のテーブルが置かれている。
そこにずらりと並べられているのは、リリーナの様態を案じる仲間達からの、見舞いの品だった。
果物のバケット、白百合やカーネーションの花束から化粧水まで__
彩り豊かな品の山と、いくつもの直筆の手紙の束が置かれていたが、その6割は、幼なじみかつ大切な親友、ユウキ=アラストルから渡されたものだった。
入院間もない頃、集中治療室で2週間程も眠り続けていたらしい。
当時の心境が手紙で綴られていたが、その時のユウキの顔色は、想像を絶する程に蒼白していたという。
その事を思い考える度に、無表情で口ずさんてしまうのは、本心から溢れる独り言__
「ずっとそうだけど、何を焦ってるんだろ? 私__
迷惑も心労もかけて、馬鹿なのは分かってるのに……」
「……? 何か言いましたか……?」
何かを察知したように、女性看護師は聞き返すが__
「ううん、何でもありません♪ やっと日差しを肌で感じられるようになったし、目一杯身体も動かしたいな〜って♪」
内に秘めた本心を隠した少女リリーナは、瞬時に空の愛嬌を顔面に打ちつけ、覆い隠すように微笑んだ。
「?……そう、それは良きことにございますね__ 」
人の本音など、踏み込まぬが得策。
そう思った女性看護師は、ただ黙したまま、少し汗で湿った彼女の腋に体温計を差し込む。
この作業が終わるまでの間は、生温く冷めた無言の時間が、終始流れるだけだったが__
その少女は、寂しく、悲しげな瞳で窓辺を眺めていた。
♢♢♢♢♢♢♢
同日朝9時__
軍立赤十字病院49階、総合リハビリテーション室__
部屋で食事を取り、体調を十分に整えたリリーナは、自ら足を運び、定時通りこの場所へ赴いていた。
軽く伸びをして、準備体操をしながら、彼女は己の関節機能や手足の動作状況を、1つ1つ、体感で確かめている__
(うん、感覚や神経は何も問題無さそう! 易しめなリハビリ内容は窮屈だったけど、成果が現れて良かった__!
朝食も美味しく食べれたし、穴だらけだった内臓も回復しているって、実感ができてる!
これは、今確認する事項ではないけど__
病院を出ようとする今、現時点での私の運動能力がどうなっているのか、気になって仕方がない__!)
そんなことを頭で考えながら、首関節を曲げてパキパキと音を鳴らすと、背後から2人の男性の声が聞こえる。
「お待たせをして申し訳ないな! 【リリーナ姫】よ!」
「貴女様の希望なさる「特別メニュー」のご用意には、こちらも念入りな心構えと準備が必要だった故でしてな!」
__声帯の太い猛者のような声に対し、リリーナは待っていたとばかりに微笑した。
礼儀正しく、淑女らしい挨拶を供え、そちらへ振り向く。
「とんでもありません。私の我儘で、貴殿方をお呼び立てしているのですから__
寧ろお忙しいのに時間を頂き、ありがとうございます!」
礼を伝えた目線の先では__
〈軍〉の中でも優れた〈特殊機動部隊〉の重装備を纏った大男が2人、揃ってリハビリ室へ足を踏み入れている。
190cm程の身長、迷彩柄の軍服を覆うは硬い防弾ベスト、レギンズ、黒のヘルメット。
彼等の両手には、1人は剣の如く長い漆黒の警棒。もう1人は、両手にPM5機関銃2丁を立派に装備し、その銃口を、まだ患者服と包帯姿のリリーナへ向けている。
その様相と絵面は、室外の外から硝子越しに見ていた療法師やリハビリテーション科のスタッフ達を震撼させた。
少なくとも、これはリハビリテーション準備前の景観とは全くかけ離れた、戦場の光景__
何よりも、外野を震えさせた事実は、最も輝かしく微笑んでいたのは、少女リリーナであったことだ。
「リリーナ殿! 覚悟はできてますな!? では参る!!」
「__どうぞ!」と、リリーナが声を上げる間もなく、大男が襲いかかってきた。
図体に合わず、躊躇の欠片もない俊敏な動きで__
少女の頭を潰さんと、大剣の如き巨大警棒を振り下ろす。
「__よし!」
ほんの一瞬、リリーナがそう呟いたかと思えば__
振り下ろした警棒は、リバビリ室の床を叩き割られる。だが彼女の姿は、すでに数十cm左前へとズレていた。
__大男との距離は、僅か数cmの間合いにある。
どの攻撃を繰り出そうと、何も躊躇など要しない。
「速……!? い……!?」
僅かな間だが、大男が呆気に取られていた、刹那__
「____♪」
微笑したリリーナの拳が、防弾ベストの腹に炸裂する。
ただ一撃ではない。両腕から3発、右脚からの蹴りを2発__
それを喰らわせたかと思えば……
次の瞬間には、もう少女の身体は空中に飛び上がり、浮遊時に反転させていた。
美しく、艶やかに、それでいて瞬く間に__
その細脚が繰り出す空中回転蹴り(サマーソルト)が、武装メットで覆う男の顎を、見事に直撃させる__
「ぐぉわ………!? おォ………!!?」
先手を打った手前の大男は、その場に倒れた。
だが、息をつく間もなく__
奥に控えていたもう1人の男が、少女を目掛けて銃口をかまえる。
「隙あり………!!」
間髪入れず__
凄まじい銃声を立てて、男の銃は弾を乱射させる。
無論、あくまで戦いの訓練だ。実弾を放ったわけではない。正体は赤色の小型カラーボール弾である。
「…………っと!」
咄嗟にリリーナは、倒れた大男の手元から太く槍のような警棒を取り上げ、刹那__
弾の起動を直視し、振り上げ、翳し、回転させ__
自身の身体には決して触れさせないよう、警棒を振り回して銃の乱射を防御する。
「クッ!? 流石は過去のクーデターの生き残り!?」
不意に男が声を漏らしたが刹那、目の前の少女は、防御で終わらせはしなかった。
弾を弾き飛ばし、身のこなしで避け、急接近したかと思えば、気がつくと正面に存在しない。
瞬時に警棒を突っ立てると、棒高跳びの如く、真上に高く飛び跳ねると、再び空中を可憐に舞う__
すでに着地点が目に映る。
銃を構えた男、その頭上だ__
「何っ!? まだ弾は……!!」
「遅いです! 《創造する脳操槍剣》__!!」
大男の図体に着地する寸前__
リリーナの右手にからは刃渡り80cm程の、長く、細い紅色の《剣》が出現する。
これは彼女の大脳連動能力兵器、《創造する脳操槍剣》の変形機構のうちが1つ、《細剣形態:サンセベリア》__
__その者の巨体に掴み、乗り掛かって倒した時には、鉄屑の落下音はしたが、2丁の強力な機関銃は、もう手元には存在しない。
リリーナの右手の《剣》で__
目で追えるか否かの俊敏なる剣撃で__
2丁のそれは、バラバラの、鉄製の破片となった姿で、その周囲に散らばっていた。
「恐れ入った……! 完敗ですなぁ。いくら《ギルソード使い》とはいえ、常日頃から鍛錬を重ねる我等〈特別機動部隊〉を瞬殺なさるご実力とは……!」
床で大の字に横たえながら、清々しく語った大男の目に映るは、自らの巨体に馬乗りになり、
顔面に紅色の細剣《細剣形態:サンセベリア》を突きつけて、誇らしく微笑むリリーナの姿だった。
「いえ、そちらこそ見事なお手前と連携技! 私も学ばせて頂きました__!」
「しかし、綺麗な目をしておられる……! 貴女様が《能力》を振るわれる際に変化するという、戦乙女の《瞳》……!
一度は拝見したいと、思うておりましたわ__!」
「えっ……? あぁ! 今の私の目、《紅色》に光ってますよね……! 人前に晒すのは慣れないです……この顔……!」
少し顔を赤らめるリリーナをよそに、そのまま大男達はまじまじと、少女の変わり果てた《瞳》を眺め続ける。
その眼球をよく覗けば、普段の愛らしい緋色の瞳ではない。人間の持つ自然体とは程遠く、機械的外観__
艶やかに、妖しく彩る紅色の眼光。
電子回路の掘られた自動人形の如き虹彩と、純白の瞳孔。
リリーナが《ブレイン=ギルソード》を発動させる際、大脳に埋められた《ナノマシン操作・制御装置》と視覚神経の細胞が〘ミクロ配線〙で連動されて変化する《瞳》。
それが《粒子器発動の覚醒瞳》__
彼女の《ブレイン=ギルソード》発動と同時に変化するその《瞳》は、相手の所有する《ギルソード》の情報や、
一般人には目に見えない、普段の透明状の《ナノマシン》を目視で捉えたりできる。
極めて特殊な《覚醒瞳》__
その目は今も、軍組織内の者達からは時に親しまれては、時に軽蔑され、時には恐れられていた。
(__正直、この力が私に宿ってから、ずっと辛くて苦しい記憶しか残っていない。
人間離れした機械人形の目つき、自身で制御さえできなかった殺傷能力__
こんな《能力》を植えつけて、脳や身体を無理矢理に改造した貴方が、本当に憎くて怨めしいよ__
ねぇ、私達を捨てて、貴方は一体何をしているの__?
Dr.グナイスト__!)
どこか空想に耽り、放心状態となったリリーナは、そのままの姿勢で、しばらくは架空の景色を見続けていた。
「あの……リリーナ様? どうかなされたか?」
少女に押し倒されたままの大男は、不安げに声を掛けた。
彼女の様子を伺うなり、悩み込んでいると察したのだ。
この時のリリーナの放心した様相は、死んだ目つきで動作はしない。見る者からすれば、精神状態を疑われるだろう。
そんな彼女の自我を元に戻したのは、背後からの、少女にとって実に馴染み深い、ある男性の声。
「__何を思い悩んだ顔してるのかな? まずは、その男の人が困っているから、一度そこから退いた方がいいよ♪」
「……へ? うわぁあ!? エ……エヴァンズ先生!?」
声を聞くなり、少女は驚き慌てて大男の巨体から飛び上がって、声のする後方を即座に振り向いた__
真後ろの至近距離には、長身で白衣と茶髪と身体中の火傷痕が目立つ30代前半の優男、
あの、地下の《ギルソード》開発研究所所長にして、軍立病院の医師をにも務める〈軍〉上層部少佐、
エヴァンズ=ヴァスティーユの姿が目前にある。
彼女が気がつかないうちに気配を消して、真後ろの至近距離にまで迫っていたのだ。
「別に無理に気を張ることはないよ? もう ここは戦場じゃないし、数週間前なんて、君は集中治療室で意識すらなかったんだから__!
でも良かった。回復おめでとうリリーナ! もう脳で《ブレイン=ナノマシン》を精巧に、問題なく操れるまで__!
体力も気力も、今や十分に取り戻した訳だ♪」
エヴァンズはにっこりと微笑んみながら、傷のないリリーナの左頬と、《剣》を携える彼女の細い右腕に、それぞれ自分の両手で触れた。
そして、少女の紅色と白い眼孔が輝く《粒子器発動の覚醒瞳》の眼を__
リリーナが所有する能力、《創造する脳操槍剣》の機能状態を、爽やかな眼光でまじまじと観察する。
「あぁ……はい。ありがとうございます! 先生方の懸命な治療のお陰で、動けるようになりました……!」
__と、リリーナは少々恥ずかしげに礼を伝えたが、気配の察知が不覚にも遅れたと、内心では悔しがっていた。
だが彼もまた、そういった特殊な暗躍技術を習得し、稀に軍の特殊機動隊等の鍛錬に携わっているのは、関係者の誰もが知っていたのだ。
かつて地下の孤児院〈雛鳥の宿〉にて、引き取った子供達に過酷な暗殺訓練を強いていた、共犯者の1人だったという経歴さえも__
「__成る程? うんうん、ありがとう! 問題ない!
この《ブレイン=ナノマシン》も、脳の《MN演算制御装置》も、正常に連動できているよ! 何より君の精神も安定している。
でも、身体の方が、まだ心配だ!
ただでさえ過酷なリハビリだったのに、加えて君も少し無理に身体を動かしていただろう?
長く接してるから、リリーナの性格は知ってるよ! だから、その負担が不安要素でね!
元気そうだけど、念の為にあと2日は精密検査と経過観察を行おう。そこで異常がなければ退院だ! いいかな?」
「はい、ありがとうございます! もう少しだけ、お世話になります。エヴァンズ先生!」
純粋で爽やかな笑顔を取り戻したリリーナは、右手の《細剣形態:サンセベリア》を《粒子解除》して解き放ち、その手から剣を手放した。
そして同時に、彼女の紅色に発光した機械人形の瞳、《粒子器発動の覚醒瞳》は、元のそれ__
髪と同じ緋色で、無垢であどけない、人間の少女の眼に元通りになっていた。
「あぁそれと、午後の診察なんだが、僕は軍の上層部から大事な召集を命じられてねぇ__!
カルテと紹介状は渡しておいたから、今日は代理のレヴェリー=シュリーマン大先生に、君の診察をお願いしたよ。
医師でもあるが、主に医療福祉の技術開発に長けた専門家でねぇ、僕もよくお世話になっている。
義肢や時の駆動実験では、少し狂気じみた行為をやるって噂だが、別に悪い人じゃない。
安心して診てもらうといい。宜しく頼むよ〜♪」
エヴァンズは微笑みながら言うと、メモ書きのようなプリントをリリーナに手渡すと、鼻歌を奏でながらリハビリテーション室を去っていった。
(レヴェリー大先生……? 初めて聞いたお名前だけど、そんな先生がいらっしゃったんだ? でも医学界では有名な人なのかな……?
ていうか……あの……えっ……狂気じみた??
今の言葉……すごく恐怖を感じる発言だけど……??)
膨大な戸惑い緊張で発汗作用さえ感じながらも、リリーナは右手のプリントを確認する__
それは彼の直筆による、診察室までの案内地図だ。雑な線で正直見辛いが、記号が多い分、まだ理解は容易だろう。
残る不安要素は、診察医の人物像くらいなものだ__
彼女はしばらくの間、その場で棒立ちになったまま、この拙い手書き地図を睨み続けていた。




