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新科学怪機≪ギルソード≫   作者: Tassy
4.盲目少女と忠犬の絆 編
87/105

・人造の悲劇、運命の糸(4)

 


 ◆◆◇◇◇◇



 この物語の時間軸は、過去から再び現在へ__


 再歴273年「推定西暦2473年」、7月下旬___




「……何? 何が起きているの? 教えてよセイバー……!? この病院は今、一体何がどうなっているの………?」



【…………ゥゥ……ルルル……】




 軍立病院の病棟廊下にて、シェリーとセイバーは共に焦り、戦慄に震える。



 辺りに漂うは血と消毒液の香り、耳を打つは患者の悲鳴や唸り、医師や看護師の怒号、癇癪を起こす女子供の声__


 先月まで平穏であった病棟の通路は、しばらく来ないうちに、地獄の様相へと変わり果てていた。





【テロの警戒アラートが解除されたとはいえ、当面の間は、診療を終えたら、真っ直ぐに施設へお帰りなさい__!


 一般病棟や治療棟への立ち入りは、1ヶ月は禁止ですよ!】



 

 そう、この頃レヴェリーに嫌という程に忠告を受けていたはずだが、居ても立っても居られずに、少女は忠犬セイバーを連れて、足を踏み入れてしまったのだ。



 病室は溢れんばかりに重症患者達が収容され、その厚い扉からも聞こえる程に、傷の痛みに呻いている。




 丁度、シェリー達が立ち尽くしていた場所は、待合休憩所のスペースがあった故、すぐ頭上の天井には、TV番組を映す『3次元空間ディスプレイ』が表示されていた。



 視覚で認識できない分、その音声で存在に気づいたシェリーは、ディスプレイから聞こえる報道内容を把握しようと、意識を集中させて耳を研ぎ澄ませる。



 女性アナウンサーの緊迫した低い美声が、連日報道を続ける内容の最新情報を読み続け、その反復を繰り返す。


 そんな場面と音声が、延々と垂れ流されていた__




『史上最悪のテロ襲撃事件の発生から、本日で2週間が経過しますが__


 未だ被害報告は拡大の一途を辿り、少なくとも死者は180名以上、テロ実行犯と思われるフランツ=ロエスレルの行方・逃走経路までもが不明なまま、捜査は難航__!


 非常事態警報は一時解除されたものの、《軍総本部》上層部は、引き続き最大の警戒を呼びかけています__!


 これ程の人災は、5年前の大規模クーデター以来___!』





(テロ……? 死者……? 紛争……? 殺されたの……? パパやママや……ロベルトお義父様みたいに……!?)




 一連の報道を聞き取るや否や、シェリーは右手で頭を抱えだすと、その場で足が竦み、全身が凍てついて震え出した。



 溢れて吐き出す寸前の嗚咽を必死に押さえつけるも、脳裏に蘇るのは__



 あの全てを失った故郷での細菌テロ事件の惨状__



 死体の山の悪臭__


 病魔に侵された目の激痛__


 視界を奪われる直前まで覚えていた、愛した人達の顔__




「がっ……! うぅ……けほっ………! ハァ……ハァ………うぅ……」




 病棟の通路の中央で、シェリーは過呼吸に苦しんだ。

 


 思い出したくもなかった地獄の記憶が、シェリーの肺を、自律神経を、心を、蝕んでいく__

 



【……ッ!? クゥン……ヒィン……! ゥアン!!】




 大人しく少女を誘導していたセイバーは、様子が急変し、少女の周囲を右往左往し、取り乱して鳴き声を上げる。



 シェリーと忠犬セイバーは、《能力》によって精神や感覚を互いに情報共有し合い、その心身は一心同体__


 片方が抱えたストレスや動悸さえ、その感覚が相手への情報となり、例外なく伝わってしまう__




「うぅ……セイバー……ごめん……! 私の……ハァ……せい…で……セイバーまで……辛い……よね……?


 分かっ……てる……! 今は過去のこと……私は死んじゃったみんなの……希望になるって……決めたのに………


 怖いよ……! 怖いの……! 目が見えなくなる前の……景色が……みんなの顔が浮かぶだけで……


 あの時の……傷の痛みが……消えない……立てないよ……」




 震え上がる細脚は、徐々にバランスさえも奪われる__


 崩れ落ちるように膝をついたシェリーは、ついに通路の中央で座り込んだ。




【クゥゥン………! ウゥゥン………!】




 我が主の非常事態に焦るセイバーは、必死に宥めるかのように、その身体を少女にこすりつけ、ひたすら鳴き続ける。



 哀れで凄惨な少女達の苦しみが長引くこと、約数分__




「ちょ……ちょっと貴女!? そこで何やってるの!?」




 ようやく、慌ただしく通りかかった1人の看護師が、過呼吸に苦しむシェリーに声をかけた。


 しかし、溢れる重傷患者の対応に24時間追われているのか、苛立っていて、まともに気にかけようとしない。




「一体どうしたってのよ!? ここは怪我の重い患者の担架が行き来するんだから、座り込まれると困るんだけど!?


 ん? そこの大型犬は、盲導犬とか介助犬とかいうヤツ?


 この子、目が見えないのかしら!? もう勘弁してよ!

 私はこの先の緊急病棟に行かなきゃならないってのに!」





「うぅ……怖いよ……パパ……ママ……お義父様ぁ………」




 トラウマに精神を侵されるシェリーに対し、看護師の女性は怒りを顕に、シェリーを自力で起立させようと腕を掴む。



 その者の負の感情が、少女と忠犬の精神に《共有》されて圧迫され、彼女等の心が押し潰されていく__




 【………グゥ……! ゥルルルル……!!】




 傍らのセイバーは唸りを上げて、その看護師を威嚇する。




「ちょ……何よこの犬……!? 盲導犬でしょ……!? 人間に対して攻撃的じゃない……!?」



 

 女性看護師が少々たじろいでも、その圧を弱めない。


 主君を脅かしていると、彼女を睨み、狼の如く野獣の威圧を徐々に強めようとしていた。


 その次の瞬間__




「……あっ……あの……すみません。何かありましたか……?」




 また1人少女の声が、看護師の背後から聞こえてくる。


 少し大人びているが、身体が弱り果てたようにか細く、とても聞き取り辛いそれ。吐息も同じく過呼吸で荒々しい__




「……分かりませんよ! 精神ダメージからの症状でしょうが、ここで倒れられると他の患者が……!


 って……!? ちょっ……あの……!?


 何故貴女が動かれているのですか!? リリーナ様!?」




 不意に振り向くや否や、女性看護師は驚愕に目を見開く。


 視線の先には、先日の戦闘で瀕死の重傷を負っていた少女、リリーナ=フェルメールの姿があった。



 酷い様相だ__


 病衣に身を包んだ身体は、額から左目両頬、四肢から全身の9割が包帯とガーゼで覆われ、ふらつく足元は崩れそうだ。


 顔色も肌も青白く、左腕や鼻に繋がった点滴ポール無しでは、まともに立つことすら叶わない。


 包帯は汗に濡れている。高熱に侵されている状態だと、素人から見ても一目瞭然である。




「何をされているのです!? こんなお身体で! 貴女は最優先治療の重傷患者! 熱も血脈も酷い状態なのに!


 眠っていてください! 死なれるおつもりですか!?」


 


 血相を変えて、女性看護師は目の前のリリーナを叱った。


 だが、顔色の蒼い彼女は身体を震わせながらも、乾いた唇で無理に笑みを浮かべて、か細い声で、絶え絶えの息で、その弁解を述べる。

 



「ごめん……なさい………とても……眠れない……です……ずっと……外は……サイレンが……響いてて……


 病棟や……廊下では……誰かが苦しんだり……泣いたりする声が……いつも……聞こえるから……私1人だけ……気に留めず眠るなんて……とてもできなくて……


 それに……気になってたんです……部屋の傍から聞こえる……女の子の……すごく苦しそうな呼吸……


 その子だったん……ですね……? すごく辛そう……」




 リリーナはそう言うと、座り込むシェリーとその看護師の前へ、ゆっくり、ゆっくりと歩み寄り__


 包帯に覆われたその細脚を血の色に滲ませながら、熱の気だるさと傷の苦痛を堪えつつ、その場にしゃがみ込んだ。




「!? えっと………!」


 即座に少女から手を離した女性看護師は、状況に惑いつつも、立ち上がって彼女等から引き下がる。


 


 次の瞬間、リリーナは__ 



 傷だらけの両腕を伸ばし、そっとシェリーを抱きしめた。


 

 まともに動かせない震える手で、過去の恐怖に震える小さな少女の頭と背中を、優しく、穏やかにさすってやる。

 



「……もう大丈夫だよ。今までずっと、痛くて……怖くて……苦しい記憶を抱えて……ずっと我慢して……生きてたんだね……


 辛いよね……ずっと苦しいよね……すごく分かるよ……


 思い出しなくない……でも……絶対に忘れちゃいけない……だから……その心の傷が……呪縛になって……毒の茨に縛られて……


 ずっとその苦しみを……背負い続けるの……苦しいよね……


 その辛さ……私は知ってるよ……でも……ここはもう安全だから……怖くないから……どうか……落ち着いて……もう大丈夫……」


 


「はぁ……はぁ……! っ……!? はぁ………あっ………」





 リリーナに抱かれたシェリーは、次第に過呼吸が穏やかな深呼吸に変わり、自我を取り戻してゆく。



 今の今まで自身を苦しめていた、過去の恐怖や焦燥は、その温もりに包まれるうちに、その脳裏から離れ、いつの間にか薄れていた。




「あ……ありがとうございます。少し落ち着いてきて……


 っ……!? えっ……!!? あぁ……あのぉ……!!」





 我に返ったシェリーは、この時は正気が戻っていた。

 


 __が、それと同時に、全く別の焦燥と戦慄が、新たに彼女を駆り立てていた。




 シェリーの身体に宿る力《深層読解の(サイコメトリア・)共鳴体器具(ライフハーネス)》__


 その能力は、触れた生体の思考・心理、そして身体の状態を《読解》し、その情報は相棒の忠犬セイバーに《共有》され、互いに把握し合うもの。



 今、リリーナに優しく抱かれたシェリーは、彼女に優しく宥められると同時に__


 その者の容態、体温、血脈等、そして精神状態、全ての情報が、少女の宿す《ナノマシン》を通して、少女の身体、そして脳内に全ての情報が流れ込まれる。



 その焦燥・戦慄の正体は___





「わ……私は大丈夫ですから! ありがとうございます!


 ですから……病室に戻りましょう! 酷い熱です……! 脈拍だっておかしい……!?


 もう安静にしないと……貴女が死んじゃいます……!!」



 

 少女が自身の能力で感じ取ったのは、目の前の恩人が命の危機に晒されていることだった__



 恐らく熱は40度を超え、抱かれるだけで熱い。心音や脈拍数は通常よりも遥かに弱く、いつ事切れるかも分からない。


 各内蔵や気管は激しく損傷していたのだろう。機能も動作も不完全で、どれかが即座に止まりそうだ。


 シェリーは自らの手から、生暖かい液体に濡れる感触を感じる。深い傷が開きかかっているのを、早急に理解した。



 そんな凄惨な容態であるのに__



 この人は、自身がここで過呼吸を起こし、動けなくなったがために、本来動けない身体に鞭を打って、ここまで駆けつけたというのか__



 そう思うと、シェリーは忠告を聞かず、この病棟へ踏み入ってしまったことを、酷く後悔した。

 



「あぁ……! ごめんなさい! これは私のせいです!! お願いで!! 誰か……! 誰か読んでください!!


この人がすぐに……死んでしまいそうで……!!」




 シェリーは、自責のあまりに泣き叫んだ__


 

 幸いにも、最初に少女へ声をかけた若い女性看護師は、まだ傍にいてくれた。


 第一に行動を起こしたのも、その者である。




「……落ち着いて! ここは軍立病院だから、適切な治療技術だってあるし、すぐには死なないわ!


 本当は、各スタッフの皆が他の治療や応急処置で出払っているけど、人をかき集めてくるわ。


 彼女を専用の病室に連れて帰れば、大丈夫だから!!


 ちょっと傍で待っていて!!」




 その看護師は、即座に多勢の応援を要請すべく、一度離れようした。


 __が、シェリーに一旦呼び止められる。




「……あの! 大丈夫です。私も協力しますから……! 来て頂ける方は、1人2人で大丈夫かと思います!


 私は目は見えなくても、聴力嗅覚、手先や周囲の空間把握は、視覚以外で鍛えているので__


 足手まといにならない、そう努力してますから!


 私のせいで、本当に迷惑をかけてしまいました。自分が責任を持って、この人を病室へ送り届けます!


 ですから、すみません。お願いします__!」





  シェリーのその言葉に「ありがとう。お言葉に甘えるわ!」と返答して、女性看護師は立ち去った。


 まもなくして、シェリーはまだ傍にいた忠犬セイバーの《誘導器具(ハーネス)》を握りしめ、そして命令する。



「セイバー、お願いを聞いて! このリリーナって人の身体の状態、私達の《能力》で、お前にも伝わってるよね?


 協力して、看護師のお姉さんについていって! お願いね。私のパートナー!」



 

 【___ゥアン!】




 勇ましく返事を返すように、セイバーは一声を上げる。



 特殊な〈総合介助犬〉として、白いスイスシェパードの大型犬セイバーは、常にシェリーに従順であった。


 この時も、セイバーは言葉だけでなく、主である少女シェリーに、まるで分身のように従い、言葉だけでなく、共に得た《能力》によって、互いの思考をも共有する。


 シェリーの考えを、セイバーは即座に理解し、そして女性看護師の元を追いかけていった__




 __その一連の様子を、暗く淀んだ視界の中でも、リリーナは確かに、その瞳に見届けていた。


 意識も途切れる寸前で、目眩が酷く、思考も働いてはいなかったが、目の前から離れなかった少女シェリーの姿を、リリーナは一瞬でも、はっきりと目に映すことができた。


 

 ふと見入れば、その少女の眼の瞳孔は、どこか光がなく、陶器のように無機質に見えてならなかった。




(………そっか……この子は……両目とも『義眼』……なの……かな………目が見えないって言ってたけど……そっか……でも………)



 鈍った思考の中、リリーナは目の前の少女について、色々と考察に耽っていた。



 だが__


 今のその様子は、傷心による過呼吸で倒れていた少女とは思えない程に、頼りがいをも感じられる程に勇ましく、そして凛としていた。



 精一杯の力で、か細い声を絞り、鈍く固まった唇を動かして、リリーナはその少女に声をかける__




「……ありが……とう……私が……助けられ…ちゃった……君は……名前は……なんて……言う……の……?」




「喋らないでください……! これ以上お身体に触ったら!


 私ですか? 私はシェリー=へレンズケラー__


 傍にいた大型犬の子は、セイバーという前です。未熟でも私達は、一心同体で《ギルソード使い》なんですよ__!」




「……使い? ……そっか……だから……貴女達は……強いんだね……辛い……こと……抱えて……乗り越えて……強く……なったん……だね……シェ……リー………」




 まともに呂律も、思考回路も回らなくなったまま、リリーナの意識はここで途絶えた__



 盲目義眼の少女、シェリー=ヘレンズケラーは、救護スタッフ達が駆けつけるまでの間、恩人リリーナを優しく抱いたまま、片時も離れなかった。




 少女リリーナ=フェルメール、彼女との出会いと、後の交流こそが__


 少女シェリーと忠犬セイバー、彼女達に齎される真の危機の前触れであることを、まだ少女達は、何も知らなかった。




 ◇◇◇◇◇◇




 __同時刻、軍立大病院の向かいの高層ビル屋上にて。



 暗闇の夜空に夜景を彩る、病院の幾多の窓明かりを__


 


 武装組織〈革新の激戦地(ヴェオグラード)

 最高幹部の少女、ゼフィーネ=クライシスが__


 鉄パイプ状の柵に腰掛けて、細脚をぶらつかせながら、優雅に涼んで見下ろしていた。


 

 漆黒のシフォンワンピースのスカート裾と、マゼンダ色のロングヘアーを生温い夜風に靡かせ、長靴を纏った細脚をゆったりと宙にバタつかせてながら__


 向かいの軍立病院の一点を、暗黒の少女ゼフィーネは目を離さず凝視していた。

 



 その視線先にあるのは、病棟57階の窓辺から覗ける、盲目の少女と、彼女に抱かれる重傷の少女__


 彼女達が互いを助け、そして助けられ。後に数人の医療班達とその場から消え去る姿まで、その一部始終を、その漆黒の少女は一瞬さえも逃さず見届けていたのだ。



 見物に飽きたのか、ゼフィーネは夜空を見上げて、独り静かに、こう呟いた。




「例え話だけどさ? 女の子が幼い頃から大切にしていた子羊がいたとして、それ知った上で仲良くなるとするでしょ?


 一緒に遊ぶに連れて、子羊とも仲良くなって、一緒に遊んで、一緒に育てて、共に大きくなって立派な羊になる。


その時になって、女の子が自分同様、家族同然に育てていた羊を、殺して引き裂いて__


 丸焼きの姿で、夕食のご馳走として振る舞ったら__?


 女の子はどんな反応を見せるのかしらぁ?


 好奇心を擽られるけど、あの女達で実践してやろうかしらぁ? いや、きっと無理でしょうねぇ?


 だって、どうせ私達の首領(ボス)ときたら、両方殺せとか

、もしくは片方は実験体にしろとか、命令するんでしょ?


 まっ! それもそれで一興よねぇ? ウッフフフ♪」





 漆黒の少女ゼフィーネ=クライシスは、そう独りで語り続けながら、ただ不気味な微笑みを浮かべていた__





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