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新科学怪機≪ギルソード≫   作者: Tassy
3.〈新都市マリューレイズ〉と武装組織の逆襲 編
79/105

・天に眠る友への祈り(2)

《人物紹介(追加分)》


・エルシオ=エンデュミオン(当時12歳)



 かつて地下孤児院が存在した頃に生きていた、ユウキ、リリーナの親友。3年前の【クーデター】で命を落としている。


 心優しく2人の兄のような存在だった。



・リステリア=エーデルフェルト(当時13歳)


 かつて地下孤児院が存在した頃に生きていた、ユウキ、リリーナの親友。3年前の【クーデター】で命を落としている。


 リリーナの姉ような存在であり、辛く毎日泣いていたリリーナを気にかけていた。


 戦火に巻き込まれたらしく、身体は古傷に覆われ、右腕は義手、痛々しい外見をしていが、この施設では珍しくない。




(オイ……嘘だろ……!? あの……ガキ……もうここまで追って……!?)



 命の危機を感じたロエスレルは、震えと恐怖を堪えて、即座に後方へ目をやった瞬時__




 殺意に支配されたユウキ=アラストルが、己の頭上で《高速射撃の剣(ダーツ・ブレード)》を無慈悲に振り落とす__




「ぅぐ! ぉあァアアアア"ア"!!」




 血肉が斬られる音と同時に、ロエスレルの胸部から血飛沫が飛び散った__



 たまらずバランスが狂ったロエスレルの身体(からだ)は、崩れ落ちるように背後の女神像の足元へと倒れ込む。




「がァ!! クソッ……痛ぇ……この野郎……!


 ありえねぇ……! あんな血だらけの身体で……まだ動けるのかよ……!?」





 斬られたとはいえ、幸いその傷は浅かった。



 必死に意識を保ち、血が流れ出る胸部を、すでに血塗れの右腕で抱えながら、眩む視界で正面のユウキを必死に見上げ、睨みつける__





「チッ! まだ生きてんのか!? いや、まだ()っちゃ駄目だよな__!


 息の根を止める前に、この慰霊の間で何をやっていたのか、自分の口から自白させてやる__!!」



 


 人食い竜の如く冷徹な目つきで、ユウキは《剣》の刃を上下に揺さぶらせながら、ゆっくりとロエスレルへ近づいていく__




 一歩一歩、近寄るにつれて大きくなっていくユウキの姿は、最早ロエスレルには恐怖でしかなかった。

 


 すでに少年は、深手を負っているはずなのに__



 その両腕両足、胸部から腹部まで、身体の至る箇所から酷く血が流れ、その足元には、血溜まりさえ広がっている。



 その身体(からだ)に血など、もう残されていない。



 にも関わらず、それさえ気にも止めないで、彼は平然と歩き続ける。


 この異常現象を前に、ロエスレルの理解考察は追いつかず、徐々に正気を失う様子を見せる__





「クッ……ハハハッ……! 分からねぇなァ……!


 元から興味なんざ無かったが、今やお前の思考は……1ミリも理解できる気がしねぇ……!」




「ハァ? 何が言いたいんだ!? はっきり言えよ!


 遺言代わりに聞いてやるから!


 それとも何か? 万策尽きて命の危機迫って、ついに気がバグっちまったか!?」




「ヒヒッ……! 俺がァ……? いやまさか……!


 俺の言いたい事が分からねぇのか……? とうの昔に気が違ってんのは……!」





 血に塗れた右手で震えながら、ロエスレルは女神像の前に置かれた『ある物』を、背中越しにこっそりと拾い上げる。


 彼を見下ろすユウキの視点からは、その位置は死角だ。何かを拾った素振りには気づけたが、それが何なのか、まだ気づいていない__





「気がトチ狂ってんのは__!!


 お前の方だろ!! この裏切り者がよォ__!!」




 咄嗟に狂人の笑みを見せたロエスレルは、拾い上げた『ある物』を、ユウキの顔面へと投げつける__




「チッ__!」




 その正体が何なのか、ユウキは知らない。


 己の洗練された反射神経と防衛本能で、彼は迫る障害物を《剣》斬り壊そうとした。




 刹那__




(………っ!? あれは……!?)





 __投げられた物の姿が見えるや否や、ユウキは《剣》を放り落とし、顔面に迫る『それ』を瞬時に、我が子を守るように抱き抱える。




 それは、たった1枚の『写真立て』__




 かつて、光の遠い暗闇の日々を過ごした仲間達と、互いに笑い合って肩を組み、運命を共にしよう誓い合った、在りし日のそれ__

 




【__たとえ絶望に覆われたこの世界でも、きっと僕達は、互いがここで出会うために……


 この『雛鳥の宿』へと、神様は導いてくれた。


 だから笑顔を見せてよ。ユウキ、リリーナ__】





 __写真を目にした瞬間、記憶の底で眠っていた『親友の言葉』が、ユウキの脳裏に囁いた。


 


 暗闇に藻掻く彼の心を救い出した、その記憶に焼きついて離れない、亡き友の慈愛__

 


 過去の追憶が、友の表情が、死に別れた哀傷が、心を刳る後悔が、ユウキの時間を静止させる。





「動きが止まってんぞ!! この馬鹿めがァ!!


 やっちまいな!! 《コーカサス》ゥウ__!!」





 __この瞬間を、ロエスレルは待ち構えていた。



 写真でユウキを動揺させるや否や、一瞬の隙で止めを刺すべく、《強襲動兜の(アサルトペゾウロ・)無敵強化盾(アンデッドシールド)》の右装備、《01(ゼロワン):コーカサス》を特攻させる__





「……!? ……ぅあ"ァ……!?」





 肉体を突き破る、鈍い音が小さく響いた__



 甲虫兵器、《コーカサス》の鋭利な刃が、ユウキの被弾した右脇腹を抉るように貫き、慰霊堂の入口前の壁に、その身体は叩きつけられる。




「……ぅう"……ぇほ………!」




 大量の血が、ユウキの口と腹部から流れ出る__



 痛みは感じていない。



 つい先程、人体強化薬『Hexe(へクセ)』を服用し、痛覚や余分な神経を殺しているからだ。


 しかし、視界と意識は失いかけ、身体は高熱と麻痺を帯びて、とても思い通りに動けない。



 心身の悲鳴は、真正直にその自由を奪っていく。





「ユウキ=アラストル! 俺は失望した__!


 心底! お前に対し幻滅した__!」



 

 傷だらけの身体をよろめかせながら、正気を失っていたはずのロエスレルは、弱り果てたユウキを見下すように、ゆっくりと立ち上がる。



 失ってなどいない__


 ロエスレルは、ずっと正気を保っていた。




 ただ、徐々に奪われる素振りを、その演技を見せただけであった。ただ機を伺うために__




「お前とリリーナとかいう小娘の過去、この女神像と慰霊碑の正体は、たった今知ったぜ……!


 『雛鳥の宿』__!


 拾った孤児を奴隷兵士に育てる機関……だろ?


 成りと正義感だけ立派な《新都市マリューレイズ》で、まさかの腐敗事実を拝むとは……!


 だが理解不能だ! ユウキ=アラストル!?



 この()()()で! お前達が味わったのは地獄の日々だったろ!!?


 お前達の仲間は皆! あの現権力者に奴隷として使われ続けた挙句!! 奴が勝手に引き起こしたクーデターによって! 反逆罪で皆殺しにされた!!


 このクソッタレた国に! 自由も尊厳も仲間の命も奪われたお前の今の姿が!! あの愚民共の操り人形ってか!!?


 笑わせんなよ!? 滑稽な服従者がァ!!」




 (俺が……裏切り者……? 滑稽な服従者……?)




 淡い意識の中で、ユウキはロエスレルの言葉を確かに聞き取った。



 重度の疲弊に精神を貪られ続け、まるで自我と意思に反するように、あの男の暴言が、脳の奥で正当化されていく__



 まるで世界が、己の醜さを蔑むかのようだ__




◇◇◇◆◆◆



 5年前の夜、地下孤児院『雛鳥の宿』にて__



 11歳の少年だったユウキ=アラストルは、狭い共同寝室を抜け出し、憔悴しきった顔で、灯りの1つ無い広間を徘徊していた。


 地下の閉鎖空間の中、彼は少女リリーナと共にここへ送られ、他の孤児と身を寄せて暮らしていた。



 だが、実質は収容されていた。という言い方が正確だろう。この地下の生活環境は、彼等の精神を酷く消耗させていた。



 過酷な戦闘訓練は身体中を青痣と流血で痛めつけ、休む間もなく座学訓練で脳を酷使し続ける。


 週に3、4日、地上へ出られたかと思えば、テロ現場や戦場の前線、不穏分子の暗殺、待っているのは血で血を洗う殺し合い。


 それが延々と繰り返される現実__



 仲間の中には、命を落とす者も現れた。


 殺されたのか、壊れたのか、朝には顔を合わせた仲間が、夜には死んでいた。



 そんな話が、珍しくもない程に__




「痛っ……! クソッ……昼間の戦闘の傷がずっと痛ぇよ……お陰で食欲もねぇし寝つきも最悪だ……!」




 冬場に合わぬボロ切れの薄着で、打撲と切り傷で変色した左腕を押さえながら、ユウキは細く弱い声で文句を呟いた。



 彼が深夜に塒を抜け出し、訓練用の中央広間を彷徨っていたのは、当然理由がある。


 姿が見えなかった彼女を探していたからだ。




「リリーナ……? ここにいたのか? 夜中にこんな場所で……姿が見えなかったから心配したぞ……!」



 

 声をかけるユウキの目線の先には、同じく11歳の少女リリーナ=フェルメールの後ろ姿があった。


 不思議な様子だった。


 広間の片隅に腰を付き、何故だか膝を抱えて、暗闇の高く広大な天井を呆然と見上げている。




「…………………」



「__リリーナ? 何やってんだお前?」



「ひっ!? ごめんなさっ!? ………あれ? ユウキ……?」


 


 声をかけるや否や、まるで危険を察知した小動物のように、ぴくりと身体を震わせてユウキに驚く。




「オイ……化け物が出たみたいな反応するなよ失礼な……! もう消灯時間は過ぎてんだぞ?


 1人でこんな暗い場所に座ってたら、傍から見れば挙動不審だし、お師匠様に見つかったら大目玉だぜ?


 ……もしかして、お前も眠れないのか……?」




「はは……ちょっとね……身体中が痛いし……ベッドは寒いし……だから寝られなくて……」





 (やつ)れて壊れそうな顔で微笑む少女の身体は、酷く傷だらけだった__



 ボロ切れの半袖着衣から覗く細腕細足には、擦り傷、切り傷、打撲が数多く見られ、少女の顔は、青痣と赤く滲んだガーゼで覆われている。


 

 顔色や肌艶も悪く、精神的な苦痛と重度のストレスが外見から顕著に表れていた。


 それでも彼女は、誰かの前では平気な素振りを見せていたる。たとえ筒抜けでも、要らぬ心配をさせないために__





「私ね……最近眠れなかったり辛い事があると、よくこの広間に座って、この上を眺めてるんだ。


 天井の明かりがお星さまみたい……


 この施設で暮らすようになってから、ずっと綺麗な夜空を見てないし……恋しくなって……」





 高く暗いだけの、10m真上の天井を見上げては、徐にリリーナはそんな言葉を発した。



 ここは地下最深部に、閉じ込められたように造られた『孤児院』__


 地上の夜空など見える訳がない。



 天井に数カ所ある小さな照明が、星のように見えなくもないが、辺りに広がるは、仄暗い景観に佇むコンクリート壁と、無数に刻まれた弾痕の亀裂__




「星空ねぇ……俺は地上にいた頃は、ソイツが綺麗だなんて一度も思った事はねぇな……!


 俺達が見てきた外の世界に、夜空の星が綺麗だと思える安らぎの間なんて無かったろ?


 行く宛も無くて、食べ物も寝床も探すのに一苦労で、大人達からは敵視され迫害されて、やっとこの場所に拾われて行き着いて__


 その挙句こんな傷だらけの生活だがな__


 夜空だの風景が綺麗だのとか、この腐った世界にそんな悠長な娯楽があったとは……!


 下らねぇ光景なんざ興味すら捨てたぜ!


 悪いが今の俺は、生き延びる事と()()()()()()事以外、何も考えられやしねぇよ!」




 氷の眼差しで、心の底に溜め込んだ鬱積を吐き出すように、ユウキは冷酷な言葉を言い放った。



 生きるだけで死と隣り合わせ。仲間さえ簡単に命を落とす環境下。そこへ追いやられた自分達の運命。


 この現実を前に、余計な希望や光を見出して何になるのか__



 暗黒の概念が、ユウキの思考を支配していた。




 だが、そんな彼を横目に、リリーナは囁く__




「やっぱり……そういう事……言ってる……」



「…………はァ? 何が?」




 咄嗟にユウキは苛立った返事を返したが、その途端、リリーナの頭と身体は、甘えるように、癒やすように、彼の肩にもたれかかった。


 それは憐れみか、同情のそれか__



 ユウキに寄り添うリリーナは、酷く物悲しい表情で、また静かに口を開く。





「ユウキはずっと辛そう……やっぱり息苦しいよ……!


 復讐とか、殺すとか、ユウキの口から聞く言葉は、ずっとそればっかり……


 怒りで心を支配されて、数年も笑顔を見てない……


 嫌だよ……! ユウキの人生が、憎しみ苦しみに殺される。そんな姿……見たくないよ……」




 そう必死に訴えるリリーナの瞳からは、小さな涙の雫が溢れ浸っていた。

 


 傷の痛みで、日々の苦痛で、精神は壊れる寸前なのに、それでも少女は、我が身よりも親友であるユウキの心身を案じ、支えになろうとしていた__

 


 そんな少女の傍で、ユウキは弱気な溜め息をつく。




「ハァ……よく言えるぜ。この状況下で……!


 こんな地獄を強いられて、それが言える器量や懐なんて、俺は持ち合わせていねぇよ……!


 リリーナの方が、よっぽど強靭な精神を持っていたりしてな? でも、辛いなら遠慮なく泣き叫べよ。


 抱え込んだら、その人格が崩壊するぜ__!」




 ユウキはそう言って、リリーナの髪と頭皮を優しく、ゆっくりと撫で下ろす__



 髪で隠れて見えなかったが、この時リリーナは、脳の強化手術の痕を布バンドで隠していない。


 彼がそっと額を掻き分けると、乱雑で凄まじい執刀の痕が、簡単に見えてしまった。




(……こんな傷をつけられて! 俺達の人生が狂わされたの、全部あの【クソ野郎】のせいだろうが!!)




 己の胸に燃える憎しみを、ユウキは必死に押し殺さんと、静かに奥歯を噛み締める__


 もう自身の思考が黒く汚れているのを、彼は密かに自覚していた。


時に脳裏を奔るのは、この不幸の底に陥れた者への、大人達への、深い憎悪と報復の願望__



「…………ユウキ…………?」



 自覚もなく顔色が曇っていくユウキに、リリーナは何も言葉を返せなかった。


 苦悩する彼に、何もできない__


 その悲しみと苦しさに、俯いて涙を床に滴らせては、声も出さず、ただユウキを横目に見つめるしかできず、血が滲む程に唇を噛み締める。




 肌寒い冷気と静粛が暫し周囲を覆っていた時、いつから忍び寄っていたのだろう、何者かが2人の肩をそっと叩く。



「__やっぱり、こんな場所いたのかい? 夜中なのに寝室にいないから心配したよ。お2人さん?」



「ひゃ……!? エ……エルシオ……?」




 慌てて姿勢を起こし、リリーナが振り向いた先には、爽やかな顔の少年が1人、にっこりと微笑んでこちらを見つめていた。


 短い金髪と翡翠の瞳、その外観は2人と同じく傷と痣で覆われているが、血の滲んだ包帯が、隠れた服装の中から両腕の先まで巻かれていて痛々しい。



 名はエルシオ=エンデュミオン、年齢12歳__



 この時、まだ地下の孤児院が存在する頃は、まだ確かに生存していた、今は亡き、2人の兄のような存在である。




「何だよエルシオ……!? 背後から黙って忍び寄るなよ。暗殺者か亡霊かと思ったぞ……!」



「足音を消して歩く訓練は、ここに入ってからすぐに教え込まれたろう?


 ずっと暗い顔してたから、心配だったんだよ♪


 僕だけじゃない。似たような境遇だった皆が、同じ事考えていたのさ__!」




 エルシオがそう言うと、彼のさらにまた後ろへ目をやるよう、指差しでユウキに促した。



 そこには、本当にいつからいたのだろうか。

 


 消灯時間は過ぎているのに、十数人もの孤児院の少年少女達の姿が共にあった。


 ユウキ達を案じ、規則に触れてまで、エルシオと一緒に探し出してくれたのだ__



 彼等を心配そうに見つめる者。2人が無事だったと知って、安堵する者__


 この過酷な環境下にも関わらず、そこに身を置かれた彼等の顔は、慈愛に溢れ、そして温かかった。




 __そして、今度はリリーナのすぐ右真横から、活気に満ちた少女の声が響く。




「リリーナぁ……!? どうして悩みを抱え込んで、打ち明けてくれなかったのよ……!


 相談してくれたら、私がユウキに「暗い顔ばっかすんな! リリーナが辛いだろ!」って、言いつけてやったのに……!」




「あっ……ご……ごめん……リステリア……!」




 すぐにリリーナが振り向くと、少しむっとした膨れ顔の少女が、こちらをじっと睨んでいた。


 名はリステリア=エーデルフェルト、13歳__


 今は亡き、リリーナの姉ような存在であり、環境に馴染めず、泣いていたリリーナを気にかけ、愛情を注いでいた少女である。



 戦火に巻き込まれたのだろう。少女の身体は、酷い古傷に覆われていた__


 右目だけを覆うセミロングの前髪、その内側は瞳ごと焼け爛れ、薄着のシャツから覗く火傷肌の右腕は、肘から先はアルミ製の義手が着けられている。




 心が痛む凄惨な姿だが、彼女のような傷を負った者は、この孤児院では珍しくなかった。




 __彼女等の後ろに集まる一部の子供達の中でさえ、義足の装着、身体の一部、また半分が機械義の子等が見られる。


 また外見に表れずとも、臓器や身体機能を失った者。その他、身体ではなく精神的にも、生涯癒えはしない傷を抱えた子供が、世界の荒野から集められ、やっとこの場所で共に生きている。



 過酷な環境下であろうと、傷つき苦しんだ子供達にとって、『雛鳥の宿』は最後の、奇跡の園__




「分かるわよ……! アンタ達の抱く苦痛くらい……!


 私達だって、そうだったから……!


 ここに来る前も後も、いつだって死と隣り合わせ。安らぎの間なんて、この世に無い……


 でも神様は、私達を見捨てないでくれて、この地でやっと、家族と思える仲間に会えた__


 皆の思いは同じはずよ。共に生きる仲間の痛みや傷はせめて、分かち合いたい__


 いつか死に別れる前に、今の時を、互いに幸せな時間でいたい__


 そのためなら、私は命だって差し出せる!


 だからユウキ! いつまでも腐ってないで! 少しは笑いなさい! リリーナが病気になるでしょうが!



 アンタもこの娘も! やっと出会えた、私達の大切な仲間なんだから__!」




 右腕の義手でリリーナの身体を抱き、左腕の素手で彼女の頭を優しくなでながら、リステリアはユウキを睨み、ぴしゃりと叱ってみせた。



 リステリアに抱かれ、静かに涙するリリーナ__


 それを見つめては、ユウキはやりきれない悔しさと己の不甲斐なさに、ただ左拳を握り締める。




「理解したよ。俺の心が未熟で荒んでやがるから、俺はリリーナに辛い思いをさせてるって訳だ……!


 みんなにも……苦労ばっかり掛けて……」




「いや、誰もそんな事で責めはしないよ。ユウキ?


 リリーナだって、君が好きで大切だからこそ、彼女は悩んでたのさ__!」




 自責の念に駆られるユウキに、少年エルシオは優しい笑顔で語りかけた。



 __次の瞬間に告げられた言葉は、ユウキとリリーナ、2人の心に生涯刻まれ、忘れられない、そして信念に基づく記憶となる__




【 孤独だった僕達は、この場所に救われて、初めて心から人とわかり会えたのさ。


 __たとえ絶望に覆われたこの世界でも、きっと僕達は、互いがここで出会うために……


 この『雛鳥の宿』へと、神様は導いてくれた。


 大丈夫だよ。今からでも僕等は分かり合えて、親友になれるさ__


 だから笑顔を見せてよ。ユウキ、リリーナ__ 】



 


 そう言葉にした、エルシオの瞳と表情は、ユウキには神々しくも思える程に、眩しかった。




 それまで、穢れ荒んでいた自身の心が、羞恥心にとって変わり、それさえも、彼等の純粋なる温かさで浄化されていく__

 


 エルシオが響かせた、慈愛に満ちた言葉を__



 リステリアに抱かれた、純愛に満ちた温もりを_




 ユウキとリリーナ、2人が初めて人の優しさと仲間の友情に触れた、永久の思い出となった。




 

 __この僅か2年後、彼等は皆、この世を去った。


 クーデターに加担した反逆の罪を着せられ、優しかった友は、仲間は、別れも告げず旅立った__




◆◆◆◇◇◇





「チッ! 俺の吐いた暴言は、もうコイツの耳には届いてないらしい。


 まぁいいや__!


 ユウキ=アラストルを始末するのに、これ程まで手間を食っちまうとは……!」





 不満を吐き捨てたロエスレルは、そのまま動かないユウキの元へ、ゆっくりと歩み寄る。




 甲虫兵器、《01:コーカサス》の突進を受け、慰霊堂の壁に叩きつけられたユウキは、角の刃で貫かれた右脇腹から鮮血を流し、死にそうなか細い呼吸を延々と繰り返していた__




「呆れた生命力だなオイ……! どうだ? 遺言くらいは聞いてやるよ……?


 俺の意識と耳が、機能してるうちになァ……!」




 失血状態で酷くふらつきながらも、己が勝利を確信したロエスレルは、ユウキの顔をわざとらしく覗き込む。



 身動きなどしない__


 この男は、それを疑わなかった。



 だが刹那、次に見せた勇気の反応は、ロエスレルに恐怖と混乱を植え付ける__




「……フッ……ハハッ……!」




 (っ!!? コイ……ツ……笑って……やがる!?)




 ロエスレルの心境は、薄気味悪さに溺れていた。



 僅かな時間で見せた、勝利の確信と余裕は、瞬く間に消え去った。




 __さらにユウキは、清々しい程に口元を緩めては、掠れた声で大胆に独り言を呟き始める。




「流石は俺様……ちゃんと……覚えてたぜ……!


 エルシオ……リステリア……! 俺達の誓いは……あの記憶と一緒に……今を……生きてる……!」




「__あの記憶? 何だ!? お前は……一体何を言ってやがる!!」




 そう言葉では言ったが、それが何を意味しているのか、ロエスレルは本能的に察しがついた。



 ユウキ、リリーナにとって、この地での記憶は、ただの「悪夢の過去」ではない。




 亡き仲間達が彼等に遺した、未来へ生き抜く力と、明日への理想を繋ぐ誓い__






「……聞こえなかったか? なら聞こえるように……はっきりと言ってやる……!


 

 __何も知らねぇ部外者が!!


 人の歩んだ人生に口出すんじゃねぇェェ!!!」





 怒りに叫ぶユウキの左手から、再び片側4つの「剣の爪」、《 夢魔の裂く鉤爪(ナイトメア・ファング)》が姿を現し、目前の虫型兵器を薙ぎ払う__




 実体の修復も不完全だった《01(ゼロワン):コーカサス》の機体は無抵抗に八つ裂きに別れ、瞬く間に《ナノマシン》の塵と化して消滅した__





「あァ……馬鹿な……!? 俺の……《強襲動兜の(アサルトベゾウロ・)無敵強化盾(アンデッドシールド)》がァ………!?」





 万策尽きたロエスレルは、最早震えて腰を落とす他なかった。



 腹は撫で斬られ、流血を必死に押さえる身体は平衡感覚が失われ、身を守る力など、残されていない。




「終わりだ……! フランツ=ロエスレル……!!」



「あァ………! ヒィ……!」




 怯えるロエスレルを徹底的に叩こうと、ユウキの瞳は冷酷に、冷徹に、見る者に恐怖させる殺気の眼差しで、刃をゆらゆら上下させ近づいていく。



 身体は血で汚れ、感情をも闇で染まりしユウキの姿に、彼等の霊魂は、エルシオやリステリアは、何を思うだろうか__




 目元に迸った赤い雫は、血涙を流すように__


 女神の瞳は、何も言わず、事の顛末を静かに見守り続けるだけだった。

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