・銃使いキルトの騎士道(4)
「……っ!? 怪物………!? いや違う……巨体な……《昆虫》か………!?」
その正体は、黄土色の光る粒子に包まれた。確かに巨大な《怪物昆虫》の如き姿。それがキルトを襲撃した__
体長は推定1.5mと、小柄な人間が1人分。
まず視界に飛び込むのは、長く尖る3本の《角》と、淡い黄金色を帯びた背中の鞘羽。
その原型は特徴的で《ヘラクレスオオカブト》を象ったのだと、嫌でも察しできる。
『人食い虫』__
地下エレベーター前で、リリーナは確かにそう言っていた。
それが耳に焼き付いて離れなかったキルトは、目の前の《怪物甲虫》がその正体だと、嫌でも理解する。
「ぐぅっ……! ……クソッ!!」
刺し傷は浅いようだ。
右肩に食い込む《ヘラクレスの角》を、キルトは召喚した《熱炎吸収の破壊狙撃銃》の柄で強引に振り解く__
抉られた肩と、床に滴る血に構わず、彼は素早い回避運動にて5mまで引き下がると、エヴァンズ達2人の盾となるように、人食い《ヘラクレス》の前に立ち塞がった。
「あれは《強襲動兜の無敵強化盾》……!!
奴か……!?
僕の腹を撃って、廃棄用の《ギルソード》を奪った、ロエスレルとか言う男の奇襲とはな……!!
逃げるぞキルト君! あんな怪物を相手にしたら死ぬだろうし、何よりも我々に時間など無い!!」
自らも負傷を押して、リリーナを抱えて立ち上がるエヴァンズの忠告をよそに、キルトは尚も目前の怪物に《破壊狙撃銃》を向けて対峙し、臨戦態勢を執る。
「ハァ……ハァ……しかし! 抵抗でもしないと! 奴は俺達を狙って追い続けます……!
狙いはリリーナだろうし……!
それに……何より……何よりも……!」
キルトは不意に、その視点の先を、依然として横たわる暗殺少女ラインの方へ向ける。
リリーナの言い残した言葉を、彼女の願いを気に留めているのだ__
【彼女を暗闇から救い、そして希望を……】
無茶な要望だが、応えずにはいられない。
彼の心の奥底に抱く思いは、彼女のそれと全く同じという事だ__
「……何でもありませんよ! 今の俺は……自分の判断に対する責任を徹底するだけです!!
__唸れ!! 《熱炎吸収の破壊狙撃銃》!! あの《害虫》を粉々にしてやる__!!
___《最多照準・狙撃射手の機関弾》!!!」
迷いを捨てたキルトは、《ヘラクレス》を完全破壊すべく、無数の銃弾を暴雨の如く乱射させる__
もしや、こちらの攻撃を跳ね返すのでは__そんな事など微塵も頭に過ぎらなかった。知る由も考察する余裕すら無かったのだ……
だが、その結果は意外にも__
〘バギィ!! ガリッ……!! ガッガガッ……!! ゴゴゴゴゴォ……!!〙
叩きつける《ビーム弾》の雨嵐は、《ヘラクレス》の下半身、顔面の左半分、鞘翅、手足4本を見事に破損させた。
多少は弾を回避されたが、機体の7割を削ぎ落とされた《巨大甲虫》は、故障機械の歪な不協和音を奏でながら、死にかけるように高度を下げていく__
「何だ!? 思ったよりもあっけないな__!?
まともに攻撃を喰らった挙げ句、こうも簡単に、無残な姿になり果てるとは__!?」
腑に落ちない違和感は感じるが、キルトはこの状況を好機と判断した。
余計な考察などロスなだけ。潰せる脅威は、早急に根絶するに限る__
限られた残存のエネルギーで、深手の《ヘラクレ》を粉砕しようとした。
次の瞬間__
『クッソがよォ!! どこの誰だか知らんが……やってくれたなゴミ野郎……!』
「なっ……何だっ!? コイツ今……声を……!?」
__唐突の現象に、キルトは呆気に取られた。この怪物は今、自ら声を上げて言葉を発したのである。
マイク越しの曇ったような人工音声ではあるが、その声主が誰であるのか、キルトは即座に記憶から掘り起こして思い出した。
ユウキと地下エレベーター前にいた時、彼相手に宣戦布告した男の声。
奴の名乗った名は、フランツ=ロエスレル__
『……ようやく再生できたんだぞ!? それもまだ完全体には程遠い……! 極小状態でやっと原型が留められる程度に……それをお前等ァ……!
まぁこの際仕方ねぇ……!
今の俺の目的は……コイツの回収以外にねぇよ!!』
__その宣言を発するや否や、すでに《ヘラクレス》の行動は始まっていた。
キルトの高速かつ精密な射撃を躱した程の、目で追うだけがやっとの速度で、怪物は少女ラインの元へ飛び掛かり、残された上半身2本の手足で、彼女の胴体を挟み込む__
「しまっ……!? 本命はそっちか……!?
《熱炎吸収の破壊狙撃銃》!! 奴を撃ち落と………
……駄目だ……! 俺の《武器》では彼女を……!」
《銃》は瞬時に構えたが、キルトは少女を傷つけてはなるまいと、即座に狙撃を躊躇った。
その動揺が、致命的な程に行動を遅らせ、《ヘラクレス》が少女を抱えて逃げる時間を十分に与える。
極僅かに残されていた好機は__不意となった。
「俺は……馬鹿なのか!? 一体……何をやっている……!?
迷って躊躇していた挙句……! 俺は仲間との約束も無碍にして……! クソッ……! 俺は……!」
キルトは、独り俯いてほぞを噛んだ__
今は、己の力の無さをただ悔やんでは、呪う事しかできなかった__
半壊した《ヘラクレス》の姿は見えない。
憐れな少女を奪い去り、彼の誇りとプライドを嘲笑うように、暗い地下通路の彼方へと消えていた。
__時を経たずして、そんな怪物の脅威が去ったのと入れ変わるように、2人の少女の声が響き渡る。
「いた……! いたわよルフィール! ……キルトとリリーナ……! ほら! 兵隊さん達もこっちへ……!」
「だから落ち着きなさいってのヴィクトリア……!
言ったでしょ! 私の《捜索術》も、それなりの精度があるってね……!」
__彼等の元へ真っ先に到着し、駆け寄ったのは、リリーナを案じて追跡していた学友の少女、ヴィクトリア=スレイヤーと、ルフィール=フロンティアであった。
彼女達の後方からは、マスクと重武装服で身を包んだ12人程の増援部隊が続々と現れ、周囲を警戒すべく道の前後へと銃口を構える__
「キルト! 無事で何よりだわ……! 本当に災難だったようね……! 地上でリリーナを追い掛けていたけど、街中がパニックの嵐だったわよ……!」
呆然と立ち尽くすキルトの傍に、ルフィールが歩み寄った。
ヴィクトリアは、この場に着くや否や、リリーナを案じて、一目散に彼女達の元へ駆けつけている。
「あぁ……ルフィール……来てくれて助かったよ……!
しかし……どうやって俺達の居場所を探し出せたんだ……!? 地下の通信回線は、全てジャックされていたんたぞ……?」
「あぁそれ? 私の装備、《暗黒魔術の《ダークマジシャン・》砲撃拳棒》の『裏能力』よ。
《暗黒魔術の粒子:追跡の呪い》__
『ダウジング』って捜索方法と同じ要領なの。
この《G・トンファー》先端には、《ナノマシン検知機能》が備わっているから__
リリーナの《ブレイン=ナノマシン》を一度記憶させれば、後は確実に探知・追跡ができる。
便利な隠し能力でしょ? でもリリーナの《粒子器発動の覚醒瞳》に比べれば、精度なんてとても劣るけど……!」
「成る程……! 優秀な仲間の能力に恵まれる分、俺は悪運だけは強い……ってヤツか……」
キルトの疲弊し気力を奪われたような暗い顔は、冷静で物静かなルフィールも、さすがに心配をかけ、不安げにさせる__
「何よ? らしくないわねぇ。学園の生徒会長兼理事長であるアンタが、そんな死人の目でうなだれるなんて……!
よく見れば、アンタも右肩を怪我してるし、出血も目立つわね……! しんどいのなら、アンタも仮設の救護施設で治療を受ける……?」
「……え? あぁ……いや、もう少し後でもいい……!
傷の痛みや披露よりは、己の不甲斐なさが堪えて、精神的に打ち砕かれた……だけだ……!
元より俺の実力など、ユウキやリリーナとは比にならん程度くらいは知っているが……それでも……な……!
気に食わんよ……! 俺の無力さと来たら……憎くて仕方ない!」
「ったく、しっかりしなさいよ! アンタ程の男が弱気になるなんて、余程のレアケースよねぇ。この一連の事件は……!
まっ、手負いなら私達も同じよ……! だから手当ては後回し……!
それよりも……一刻も争うのは彼女の救命……!
何してるのヴィクトリア!? リリーナを早く治療施設……へ……」
周囲の者の尻を叩くように、ルフィールが声を荒げた瞬間、目線の先に広がる異様な光景に、戦慄のような不穏を覚えた__
視線の先では、十数人もの兵隊達が、一同にエヴァンズとヴィクトリアを覆い囲んでは、苛立ち、焦り、怒声が飛び交い、騒ぎ立てている。
息苦しい程に張り詰めた緊迫感が、この状況を覆っていた。狼狽える彼等の足元には、血で染まったAED組成装置が乱雑に転がっていた。
肝心な彼女達2人の顔を見れば__
顔面蒼白どころか絶望に駆られた表情で、生気を失った肌のリリーナを抱え、咽び泣いている。
「……冗談……だろ……リリーナ君……駄目だろ……まだ君は……こんな……所で……」
「嫌……ぃや……リリー……ナ………ゃだ……よ」
恐ろしい予感がルフィールの、そしてキルトの胸を刺し、抉り、精神を凍りつかせた__
悲しみあまり声を枯らしたヴィクトリアが、虚ろな目で助けを求める__
「……ねぇ……キルト……? ルフィール……?
リリーナが……息してないよ……? 心臓も……もう……
止まり……かけて……
ねぇ………リリーナ……死んじゃう……よ
………どうしたら……いい……の……?」
__それを聞いた瞬間、キルトの身体は全身の力を奪われ、目眩を起こし、崩れ落ちるように足元がよろめいた。
思考回路など、働きはしなかった。
彼の脳を支配させたのは、自責を超えた、自己に対する憎悪、侮蔑、失意。
そして、他に無差別に求める、救いの懇願__
(俺は、何を決断するべきだった__?
何を救うべきだった? 何を捨てて、何を殺すべきだった__?
決断を迷った俺は愚かなのか? 半端な覚悟だったから、俺は誰も救えなかったのか__?
あぁ__これは天罰なのか?
誰でもいい__教えてくれ__
俺の無力で脆弱で__惨めな騎士道を__
修正してくれ__!!)
キルトは、自らの精神に悍しい毒薬が流し込まれるような、地獄の感覚に溺れていた。
ルフィールが剣幕な顔で周囲に叫び続け、やがて大規模な救命部隊が小型車両と共に駆けつけるに至るまでの間__
彼はうなだれたまま、その場を動けずにいた__
◇◇◇◇◇
〈戴冠の女王軍総本部:地下???階『旧孤児院「雛鳥の宿」跡、女神像の泉』〉__
「何だ……ここは……? 慰霊堂か……!? やけに薄暗ぇ所だな……? あの世の入口に迷い込んだみてぇじゃねぇか……!?」
本部地下施設の最下層へと逃げ延びたフランツ=ロエスレルは、辿り着いた先の、この異様な「大広間」の景観に、呆気にとられていた。
壁の縁を菱形の水路が流れ、広間の中央には、高さ3m程の『女神の石像』が聳え立っている。
そして、女神像を囲うようにして立ち並んでいるのは、多数の人物の名前が刻まれた7つの石碑と、幾つもの花束__
暗くてよく見えなかったので、彼が女神像の傍まで近づくと、足元の土台には、祈りの言葉が彫られていた。
〘神の御元に召されし少年少女達よ。安らかなる天から見届け給え。我等は永久に守ると誓い。そして、この国において未来永劫に血を流さぬと約束しよう__
『雛鳥達の悲劇』永遠の誓言より__〙