・反撃、闇髪の黒騎士(3)
◇◇◆◆◆◆
それは遡る事15分前__
【あの《ギルソード》にある欠陥は……!《防御膜》を構築する《ナノマシン》だから……!】
あの時、リリーナは確かにユウキに言った__
人体強制強化剤『Hexe』を服用し、痛覚と身体のダメージを薬で殺して立ち上がったユウキは、彼女の告げた意外な言葉に唖然とする__
「はァ………!?《ナノマシン》が、ぶっ壊れてる……!?」
【うん……! あの《強襲動兜の無敵強化盾》の開発から廃棄までの経緯は、よく分からないけど……!
最初に私は、自分の目、《粒子器発動の覚醒瞳》で、あれを一目見た時に思ったの……!
あれが完成品だったら太刀打ちできなかった……! 不完全な廃棄品なのが救いだったって……!】
リリーナの話に、ユウキは思わず言葉は失ったが、不思議と仰天と言える程の驚きは全く感じなかった。
それどころか、気づかぬうちに、口元は無意識に緩んでしまう__
「まさか、《ギルソード》の構成素材、《ナノマシン》自体が不具合だったとは、最早、能力とか機能以前の問題じゃねぇか……!
装備品の動作不備どころか、実体の兵器としてすら完成されていなかった。そりゃ道理で廃棄される訳だよな……!
………っ!? そうか!! もしかすると……!」
ふと、ユウキはある事に気がつき、リリーナの意識が宿る紅色の《槍》を見上げる__
「リリーナ! 俺はさっきまでは、アイツの《甲虫の盾》は、腹部を狙って、潜り込まねぇと破壊できない……って考えていたが……!
《ナノマシン》という素材が不完全という事は……!!」
その問いに、リリーナの声は、期待通りだと言わんばかりに答えた__
【そうだよ……! 私の伝えたい事、もう分かってくれたね!
別に腹部へ潜り込むとか、隙きをつくとか、そんな難しい事なんて必要ない。正面から破壊できる……!
あの巨大な《甲虫の盾》の表面には、確かに《防御膜》が覆っているけど、その《ナノマシン》全てが、演算機能に問題を抱えていて、まともに機能すらしていない……!
この《ギルソード》の開発目的だった『完全無傷な防御』は叶うことなく、内臓機関がある《腹部》は、その機能が完全に死んでる__
残された装甲さえも、実際は相手攻撃の火力や破壊力に限らず、その被弾した1箇所にしか、まともに表面の《防御膜》が作動しないの!】
「あぁ、言いたい事はもう分かるが……!
俺が最初にあの《虫ケラ》を斬りつけた時は、確かに鉄壁の《防御膜》が、俺の《剣》を弾いたぜ!?
あの強靭な防御を破るイメージが、未だに湧かねぇんだよなァ……!」
【大丈夫だよ……! 私が《粒子器発動の覚醒瞳》で、敵の《能力》をもう分析したの……!
《防御膜》を形成する《ナノマシン》の基本性質、作動、プログラム、周回軌道を計測したから__
作戦なら思いつく……!】
「用意周到とは敵わねぇな……! 具体的には!?」
【方法なら、本当に簡単な話だよ……!
高火力の砲撃、または高威力な攻撃、これを多方向から部位2箇所に同時攻撃。これで《甲虫の盾》は破壊できる……!
ただ……攻撃を仕掛ける時の人手が問題だよね……!
今はユウキが1人いるとして……
そうだね! もう1箇所は、ユウキが押さえてる間に、この姿の私が回り込む。そこから同時に攻撃を仕掛ければ、きっと成功できる……! だけど……!】
「まぁ当然……! 俺は却下だな!」
ユウキは冷たい視線と態度で、リリーナの考案を拒絶した。
【そう……だよね……じゃあ……どうしようかな……! 応援の《ギルソード使い》がいてくれたら心強いけど……! 未だに地下施設の通信手段が回復していないから……!】
リリーナの精神が再び方法を模索して、悩み始めると、ユウキは傍で__
「いや、悪かったよリリーナ、俺はさっき「具体的には?」なんて聞いちまったけど、俺の脳味噌が働いてなかったわ!
あれを破壊するだけなら、別に人手はいらねぇな……!」
そう言うと、彼は徐に、左右両手に4本ずつ、計8本の《高速射撃の剣》を発動、召喚し、それを指と指で鉤爪状に握り締め、こう唱えた__
「オイ、《高速射撃の剣》! 全ての《剣》の攻撃力、言わば斬れ味を最大に設定しろ!『最大出力強化設定』!」
__直後、ユウキの握る《剣》8本が何らかの振動で震え出すや否や、各刃先から、強い衝撃波を個々に纏った《ナノマシン》が大量に発生し、《オーラ》状となって刃に、鉤爪状の《剣》8本に宿ってゆく__
珍しい機能ではない。接近専用の《ギルソード》には必ず搭載される『固有機能』であり、特殊な状況の際は、この機能で手持ちの《ギルソード》の威力強弱が調整可能である。
【ユウキ……その機能……?】
「これか? リリーナだって知ってるだろ? とはいえ、お前の《ブレイン=ギルソード》は、仕組みが別物だからこの便利な機能は無いけどな……!」
【そうじゃない!! ユウキ……1人でやるの……!?】
リリーナの声は、憂わしげな様相に変わり果てる。だがユウキは、平静とした態度を見せて、彼女に言葉を掛けてやった。
「まっ、事実俺だけだから仕方ねぇよ。リスクが高すぎるってのは今更な話だ。危ねぇ魔女薬を飲んでる時点でな……!
それに勝算が見えない訳じゃない! ある程度、奴の《防御膜》にぶつかる感触は、大体は覚えた……!
後はその場の博打になるけど、時にはそれも必要だな!
50%の勝算と50%の賭け度胸で挑むからこそ、潜在能力は壁を壊せるってよ!
今度こそ俺に任せな! 状況は必ず打開するぜ!!」
両手の《剣》8本で象られた鉤爪《夢魔の裂く鉤爪》を目の前に掲げ、ユウキはリリーナの《槍》に向けて、凛々しく強気の笑みを見せた__
【…………】
リリーナの意思、《創造する脳操槍剣》は、悩ましげな様子で、しばらく黙ったまま浮遊していた。
そして決意を固めた時、優しく、穏やか声を奏でて、リリーナはユウキに囁いた__
【……うん、分かった。じゃあ……今から命を懸けるユウキに、私の気持ちを伝えさせて……!
__大丈夫だよユウキ。 この事実さえ知っていれば、ユウキは絶対に負けない__
私が負けさせないから__
だからお願い。私の我儘だけど、あと少しだけ、私も一緒に付き合わせて__
ユウキのパートナーとして、貴方の戦いを、私に見届けさせて__ 】
「敵わねぇなお前には……! 絶対に約束だぞ……! お前が途端に息絶える事は許さねぇからな……!
苦しくなったら速攻で止めろ! 自分の命を最優先に考えて引き下がれ……!!
何度も言うが……俺を置いて死ぬなよ……!」
ユウキは静かにそう告げて、リリーナの身体に身を寄せるように、ほんの少し、怪我をしない程度に、自身の額を紅色の《槍》の刃にコツリと擦り当てた。
◆◆◇◇◇
そして、時は戻り__
狙い通り、脅威の《甲虫の盾》は、ユウキの背後であっさりと破壊された。
狩人のように尖った彼の目線、闇に生きる騎士のそれは、本命の目標、ロエスレルを直視する__
「虫ケラ2体は、跡形も無く破壊した!! これでアンタの身は無防備に近い!!
もう次の展開は分かるだろ……!? アンタに待ち受けるのは、断罪の時間ってヤツだァ!!」
ユウキは瞬時に駆け抜ける__
正義の裁きを執行する刃、8本の《剣》からなる巨大な鉤爪、《夢魔の裂く鉤爪》を盛大に振るい、その身体は滑走する__
「クソッ! まだ《盾》ならあるぜ! 相棒達の足場にしていた、この《盾》がなァ……!!
《防御膜》の発生装置さえ作動すれば……! お前程度なんざ……!」
そう、未だロエスレルの両腕には、まだ平たい形の《盾》が存在している。
それは《甲虫の盾》が飛行状態から盾状態になる際、足を掛けて止まる『宿り木』の役割を果たす《盾》が__
しかし__
「__悪いなァ! もうその程度の《防御膜》なんて……!
むしろ脆すぎる__!」
___強固な装甲が裂かれる音は、空気を刺激して空間に音波を広げる。
《盾》一瞬にして裂かれ、その破片、火花、そして皮膚を裂いた血飛沫が、砂や結晶のように宙を舞う__
「うぉああぁァ"………! あ"っ……! がぁあぁァ……!」
ロエスレルは苦痛の絶叫を轟かせる__
その腕は、まるで巨大な獣が爪で掻いたように、深い引っ掻き傷から血が飛び出して痛々しい。
「クソがァ……!! この俺様が……! 幼少期から過酷な戦場で生き続けたロエスレル様が……! テメェみたいなクソガキ相手によォ……!」
「__うるせぇ馬鹿!《ギルソード》の熟練経験もねぇ素人が!
この〈新都市国家マリューレイズ〉を舐めて掛かったのが失敗だったなァ!!
終わりだ!! ロエスレル__!!」
《夢魔の裂く鉤爪》を振り翳し、男を斬ろうとした、刹那__
【ユウキ危ない……!! 下がって………!!】
「何っ……!? リリーナ……!?」
頭上で浮遊する紅色の《槍》から、リリーナの声が響く__
瞬時に耳を傾けたユウキが、ふと足元に目をやれば、ロエスレルの上着の懐から、零れ落ちた。
安全ピンを抜かれた、数3つの手榴弾が__
「油断したな!! クソ野郎がァ!!」
ロエスレルが罵倒を放つや否や、ユウキは一瞬の隙に後方へ跳ね上がる__
【ドゴオォオォ__!!】
__轟音を轟かせた手榴弾が、爆炎を爆風を防風で一体を荒らす時、ユウキは鍛錬された脚力に助けられ、5mの宙を舞った。
ロエスレルの姿が目視できない__
灰埃と硝煙で霞む視界の中、ユウキは、空中で受け身の体勢を即刻整え、流れるように背中を地に預けて転がり落ちる。
どうせ今の爆発で死ぬ男ではない。最大限にまで血眼を開眼させ、必死に周囲を凝らしていた。その最中__
「__何だよオイ! まだ隠し扉が残ってんじゃねぇか!」
ロエスレルの声が、硝煙の奥から響く__
__次の瞬間、ユウキはその言葉によって、ある記憶と心当たりが不意に蘇り、そして途方もない悪寒と緊迫が脳と心臓を襲って、不愉快にも身体に表れるのを感じる__
「オイ……! ふざけんじゃねぇぞ……! そっちにあるのは……!」
圧迫される呼吸と寒気に堪えて、ユウキが立ち上がった時、真っ先に叫び、動き出していたのは、頭上の《槍》__
【嫌あぁあぁアァ!! 嫌嫌嫌ぁ!! やめてぇ!! そっちには行っちゃ駄目ぇえェェ!!!】
悲痛の絶叫を上げるリリーナの声を響かせ、彼女の操る《創造する脳操槍剣》が、ゆらゆらと後を追う__
本体の身体は瀕死状態なのに……
その精神は己に鞭を打ち、遅く思い速度で、《槍》は身体を引きずり這うように、必死に生きて動き続けている__
「やめろリリーナ__!!! 落ち着け!!
もう《槍》を引っ込めろ!! ソイツから精神を引き離せ!!
お前の身体が__もう__!!」
《剣》の鍵爪を握ったまま、ユウキは喉を潰す程に叫び、静止させようとしたが__
彼が恐れていた最悪の事態は、実現される__
【嫌……だよ……だって……あそこ……は……】
紅色の《槍》から響かせていたリリーナの声が、枯れていく。生気を失って、弱々しくなる。
よく見れば、彼女の意識で動かす《創造する脳操槍剣》自体、頭上から高度が下がって、墜落していく。
その光景は、本人が無自覚なまま、命だけが吸い取られているかのようだ__
【お……願い……動…て……私の……身体……あの場所……だけ……は……絶対……に……】
それでも、その精神と強い意思を話さず、未だ戦い続けるリリーナを前にユウキは……
瞳を冷徹なそれに変えて、《剣》4本からなる鉤爪を再び握り締める__
「リリーナ……! お前の守りたいものは、もう分かってる!
孤児院の慰霊塔だろ! 俺達2人が住んでた。あの『雛鳥の宿』があった場所のなァ!
俺も同じだから安心しろ! もう十分だ……!
___《夢魔の裂く鉤爪》!!」
__斬撃の破壊力を維持させたまま、ユウキは、《巨大鉤爪》を宙高く振り上げ、浮遊する《創造する脳操槍剣》を破壊した。
一瞬で斬り裂かれた紅色の《槍》は、淡く光る《粒子化》して原型が崩れ、空中分解して消えてゆく__
【え……? ユウ……キ……? 私………は………】
「お前は元の身体に戻って休め……! 何も心配するな! 何も考えずに眠っていろ!!
頼むから心臓だけは動かしてくれ……!
少しでもいいから……! 流れ出る血を止めて、流し過ぎた血を少しでいいから補ってくれ……!」
ユウキはそう言って、上を見上げたまま、リリーナの《槍》が消えゆくのを見届けた__
赤黒い血が吹き出る脇腹の銃創を押さえ、ユウキは精神を集中させて、あの男が逃げ込んだ『隠し扉』へとゆっくりと赴く。
自身を狂わせるような、煮えたぎる怒りを堪えて__
「殺す! 絶対に殺す__!!
俺達の家族が眠る場所を土足で踏み荒らしてみろ!!
その瞬間に、お前の身を微塵に引き裂いて、存分に後悔させてやる__!!!」
今まで人前に見せなかった顔。
見る者の身を震わす殺意と憤怒に満ちた表情を刻み、ユウキは下に向かう隠し通路を降りていった__




