第3章 人体兵器の乱闘(1)
「うるさい!! 私の人生をお前が決めんな!! お前が消えろ!! お前が死ねぇぇ!!」
吠えるように叫んだ瞬時、ロザリアは黒いブレザーの胸元から、ある棒状の物体を取り出した。
ロザリアは絶叫と共に、旧世紀の軍古の武器。
【強化閃光弾】を叩きつけ、炸裂させる__
「うっ……!? ぐぅぉあぁあ!!?」
耳を射抜く轟音、白く真っ更に焼ける視界__
《怪物の銃》を握った男は、視力と聴力を封じられてパニック状態に陥る。
冷静な判断を失った男は、《銃》の弾丸を何振り構わず乱射させ、建造物を破壊していく。
(……ふんっ! 私だって……マフィアの娘! 護身の懐に銃しか無い訳がないだろバーカ……!
……クソッ! 腕と足が痺れて……動かない!
逃げないと……後は勝手に暴れてろクズッ!)
間一髪、発砲直後に瞬時身体を地面に叩き伏せたロザリアは、そのまま地を張って、視界を封じた男の傍からゆっくりと放れていった。
「がァクソッ! 目がまだぼやけてやがる……!
畜生ォ! あのガキはどこへ消えたァ!!」
男は《銃》を乱れ打ちしながら叫び散らすも、彼女の姿はそこにない。
「チッ! ふざけやがってジャリィ! 俺はアクバル様に定期報告しなきゃいけねぇってのにィ!」
男は舌打ちを溢した後、血に染まった脚と身体を駆使して、直線上を千鳥足で歩いていった。
◇◇◇◇◇◇
「何っ……? さっき……弾ぁ……壁から?」
パレルモ市街地北方の路地裏の一本道で__
ロザリアは身を隠すように縮こまり、物置の陰で倒れ込んでいた。
出血と恐怖で身体を震わせながら、彼女は荒げた呼吸のまま、状況の整理を試みる。
会合前に聞いた、ローツェの不可解な言動__
突然襲いかかる男達__
物理法則を無視した怪奇的な《壁の銃口》__
1つ1つの状況や光景を思い出す程、彼女の思考は悲鳴を上げて、何1つとして考察も推察もままならなかった。
命が狙われることは、別に不思議と思わないが、そこに行き着く時系列と、目の当たりにした怪奇現象が、より彼女の脳を混乱させる。
「どうしよう……何が起きてるのか……パパに聞きに行かないと……あぅっ! いっ……!」
歩き出そうとするも、ロザリアが寝そべっていた石畳の床は、真っ赤な血で染まっていた。
動けそうとすれば血が噴き出して、左足と右腕の焼ける痛みは増していく__
(……まずいな、旧大聖堂から離れすぎたわね……!
怪我さえしてなけれゃ、このくらいの歩行距離、苦にもならないってのに……!
組の構成員に連絡して、迎えを呼ぼうかしら……駄目! 仲間も危険に晒される!
そもそも、まだ追っては彷徨いていて、私を狙って……!
あぁクソッ……! 私はどうすれば……!)
傷口を手で押さえて、くしゃけた顔で考え込む最中、道の奥から男2人の声が聞こえる。
「オイ、この道から物音がしなかったか!?
あのガキはきっと辺りに隠れてやがる__!!」
「あぁ! さっさと見つけて息の根止めるぞ!
下手に時間かけんなよ! 罰としてどんな目に遭わされるか……!」
(……まずい!? 見つかったら殺され……っ!?)
ロザリアは、瞬時に息を殺した。
一旦は傷の痛みをも押し殺して、意識も思考も風景と同化することを試みる。
手下の男達2人は、幸いにも自身とは程遠い場所に立っていて、位置の予測すらできないのか、逆方向に遠ざかっていく。
暫しやり過ごして、動くのはそれからか。
そんなことをロザリアが考えていると__
「あぁ? 何だコイツ!? 妙な格好でこんな路地裏を彷徨きやがって!?」
「何だァ!? 迷子になった観光客かァ!?
じゃあ運が無かったなァ! 有り金と身に着けた服装、全部おいていきやがれ!!」
__2人の手下の怒声が遠くから聞こえる。
一体何だろう。別の誰かが絡まれているのか。
内容を聞き耳立てる限り、別の人物がマフィア達に取り囲まれているようだ。
__ロザリアは様子を伺うなり、この状況はとてつもなく幸運だと感じた。
囲まれた被害者が観光客か誰かだと言うなら、この今のシチリアを知らずに、その足を踏み入れてしまったのだろう。
そもそも、現時代のこの島は犯罪組織の温床。
マフィアや野生のギャング共が徘徊する路地裏街、それを単独でほっつき歩くのは自殺行為。
(あらあら可哀想に、手下共に金目の物を全部取られちゃうなんて、余程運が悪いのね__!
まっこの島の社会は弱肉強食だし、マフィアやギャングが闊歩する場所を歩いてるのが悪い。
さて、他の誰かが犠牲になって好都合、私はこの隙に旧大聖堂に戻らなくちゃ__)
ロザリアは冷徹にもそう思ながら、ゆっくり起き上がって、身体を動かそうとするや否や__
「ぐぉあぁあアアァア……ァァァ……!!」
突如、男性の断末魔が路地裏街に響き渡って、彼女は少し驚いた。
治安の悪い街が故に、断末魔など日常茶飯時だが、声を聞き分ける限り、追手の男達それ。
(えっ何っ? 奴等をやった? どんな状況よ?)
身を隠すべきものの、身代わりと男達の事が気がかりになってしまい、歩き出す足は、自然とそちらに向かっていた。
距離はそう遠くない、曲り角や三叉路が多く死角だらけだが、ほんの20mあるか無いか。
ロザリアは、足を引きずりつつ慎重に歩を進め、建物の角に隠れて、声のした現場を恐る恐る覗いて見る。
そこで見た異様な光景に、目を疑った。
「んだよ! 未開の路地裏を散策してただけで、いきなり因縁つけて喧嘩ふっかけて来やがって。
まぁ、絡んだ相手が兵器人間ユウキ様なのが運の尽きよ。この雑魚共が。
出張資金は必要だから、財布は貰ってくぜ〜」
路地裏の中央に堂々と、どこぞの学生らしき男子が1人、あぐらをかいて座り込んでいる。
彼の座る前後には、自身を探していた追手2人が、哀れな姿で倒れていた。
顔の色と原型は変わり、胴体と手足はまずい方向に折れ曲がっている。珍しい光景でなない。
『ユウキ=アラストル、だから俺は言っただろ!
面倒になるってな。そもそも、お前の格好は他の市民と違う。
目立って目をつけられるのは、分かってたろ!
後なァ、相手が悪党とはいえ窃盗をするな!
自国で一般市民から盗ったら犯罪だろうが!
こんな奴が軍学校のエースとは思いたくないな』
彼の座る足の位置に、薄型スマートフォンが無造作に放置されている。
通話中なのか、もう1人の年が近い男子の不機嫌な声が垂れ流れている。
「あァ? こちとら恐喝の被害者だぜ〜?
それに、この街の治安じゃあ、弱肉強食よ。
恐喝や窃盗を警察に訴えたところで、マフィア権力者の飼い犬ってのがオチだな。
ほーん、ガッツリ現金溜め込んでるねぇ〜、クレジット文化がねぇのかァ?」
ロザリアが影で様子を伺う限りだが、
その少年は、恫喝された腹いせに暴力で金を奪う、単なる不良学生にしか見えない。
しかし彼の外観は、この街ではそう見らない格好をしていて、そちらに自然と視線が向かった。
年齢は16歳前後か、少なくとも14歳の自身よりは年上の外観に感じる。
服装は高等学校の制服なのか__
下はスーツのような黒いスラックス、上に纏う黄色いブレザーには、軍の肩章に見る刺繍が施されている。
格好だけ見れば、富裕層の学生に見えるが、
最も驚かせる見た目は、その髪と瞳の色。
赤紫の艶がかった、鮮やかだが毒々しい輝き。
どんな生い立ちだろうか。
その風格に、一瞬だが興味が湧いてしまう。
__とはいえ、一見した彼のイメージは、喧嘩で金をくすねるアウトロー。
変に関わると面倒しかないので、
このままひっそり後を去ろうとしたが__
次の台詞に、彼女の足は止められる。
「なんて事やってる場合じゃあねぇな〜クソッ!
例の《科学兵器》の在処__!
主犯はマフィアかシンジゲートか死の商人か知らねぇけど、隠し場所を突き止めねぇとなァ!」
(__は? 科学……兵器?)
ロザリアは立ち止まって、一瞬だが硬直する。
少し間をおいて冷静になるが、まるで意識が引きつられるように、ぎこちない足取りは少年の方へ向かっていく。
『だーから! お前は馬鹿! 聞こえたらどうする! 国家機密だって行ってるだろ!?』
「怒るなよキルト、てか今更すぎるぜ__?
その国家機密がすでによォ、どっかから機密情報が盗まれたから、この闇の街の僻地に流れ込んじまったんだろ?
この状況でコソコソ行動したところで__!」
少年ユウキが悠長に構えて、財布の金を自身のそれに移し替えていた、その時__
「ねぇ、その国家機密とやらなんだけど__?」
「はっ__??」
瞬時に、余裕を見せていたユウキの表情は、目が見開いたまま凍りつく。
一般市民に聞かれてしまったか__
恐る恐る振り返ってみれば、確かにそこには、可愛らしい黒服姿の少女が立っていた。
茶髪のストレートヘアー、目つきの尖った緑色の瞳、黒いスーツのスカート。細長い脚と黒靴。
式典の正装だろうか、学生服でもないらしい。
『……どうした? まさかとは思うが、そこに一般市民が……!』
放置されたスマートフォンの通話相手は、何か感づくように言いかけたが、ユウキは慌てて拾い上げ、『保留モード』に切り替える。
相手の声はしなくなったところで、どう誤魔化そうか、ユウキは目を泳がせながら考えた。
「あぁ、いや……ちょっと世界情勢について……おれだ、ミリタリーオタクの話しをだな……
ってオイ! アンタそんなことより……!!」
初対面の彼女の姿を見るなり、彼は焦ったように血相を変えた。
盗み聞きしたことに腹を立てたのか……
っと、ロザリアは思って、つい身構えたが__
「まず救急隊か誰かをここに呼ぶべきだろ!!
銃創だろ! その傷、誰にやられたんだよ!?
出血も結構してるし、一先ず大通りを出て、傷の止血するぞ! 話はそれからだ!」
とうやらこの少年は、ロザリアの腕の足の傷を見て慌てたらしい。
彼は医者か何かをここへ呼ぼうとしたのか、スマートフォンを握って大通りへ出ようとするが、
ロザリアは即座に静止する。
「まっ待って! 別に私の傷のことはいいから!」
ここに留まっている時間もない。
彼女は焦りが募って、何振り構わず少年のブレザー服の袖を引っ張ってしまう。
「うぉ!? ちょっ何やってんだお前!? 俺も忙しいんだから、まずお前を病院へ送って……!」
「嫌よ!この街、救急車とか呼んでもすぐ来ないし、待たされるし! 当てにならないから!
それに、私は追われてるの! こんな所でサイレン鳴らされたら、追手に囲まれるから……!」
「そんなこと言ったってお前…!……っ!??」
押し問答の最中、ユウキは何かに気づいたのか、鋭い眼光でこちらを睨み、
そして、手を伸ばす__
「えっ何っ……?」
「伏せろっ!!!」
少年の絶叫、ロザリアは威圧にやられ、衝動的に従い、身体を床に突っ伏した。
刹那__
夥しい銃弾の雨が、彼女達2人に降り注ぐ。
銃声の騒音が耳をうち、その身体から数cm先かわ弾痕で覆われていく。
砂埃が激しく舞い上がって視界が遮られる。
下手に身体を動かせば最後、出血多量は避けられない。
「もう何なのよ! この街で何語起きてるよ!!」
ロザリアが心の内を盛大に叫ぶと、微かに聞き覚えのある声と、その姿が見えてくる。
「見つけたぜぇ〜!? お嬢ちゃ〜ん!?
今度こそ末期の祈りを捧げて貰おうかァ!?」
あの男だ。奇怪な《銃》を持って襲ってきた、あの男が、砂埃から姿を表す。
銀色の異様な光に包まれたその破壊武器は、男の右手に握られ、現在である。
「うっ……ひっ……!?」
ロザリアの脳に恐怖が侵食する中__
「__あったぜキルト! まさか探すのに手間暇掛かりそうなブツが、こうもあっさり見つかるなんてなァ!
意を決して、敵陣の中枢に踏み込んだ甲斐があったぜ!」
「あぁん!? オイ誰だ!?」
唐突に少年らしき声が、通路を挟んだ建物の屋上から聞こえた。
いつの間にそこへ移動したのか、
身体能力を別の意味で疑ってしまう。
男が威圧をかけて返事をするや否や、少年の影はそこから飛び降り、重力の反動を利用した懇親の蹴りを、顔面目掛けてお見舞いさせる__
「うがっ……お“……!!」
男は鼻血を噴き出しながら、蹴りの反動で車輪のように後方に転げ回るという、大胆な転倒を見せた。
「……えっ? ……何? 何なの……?」
ロザリアは、目まぐるしい状況の変動に混乱していたが、それでも少年は察することなく、あろうことか彼女を姫君のように抱き抱えている。
そして、驚異的な身体能力で、両側の壁を蹴って二段、三段と反転飛びをして見せたのか、いつの間にか、建物の屋上に辿り着いていた__
日向の光に照らされると、彼の姿がはっきりと映し出された。
赤紫の髪と瞳に、軍服のような金の肩章が飾られた黄色のブレザーコート。
黒いズボンに黄土色の運動靴を纏った、まるで自信と余裕に満ちたような、やけに涼しげな笑顔をしている。
その男子の姿が、改めて間近でよく見える。
「このガキィ……! 大した度胸と根性してんなァ……!」
男は血に染まった鼻を押さえながら、むくりと起き上がって屋上を見上げた。無論その表情に笑顔はない。険しく殺意に満ちたそれである。
「お前……俺に喧嘩売ったってことはォ……!! 恐怖のドン底を前に命日を迎えたぜぇ……!?」
「そうかよ!? どうでもいいわタコ野郎!!
とりあえず、アンタが持ってるその《兵器》、うちの国の国家機密なんだよ!
しっかり取り返しに来たぜ__!?」
男と少年、双方が放つ『殺気』とでも言い表せられるような威圧感は、マフィアどころか人間のそれではない。
少年に抱き抱えられたロザリアは、それを感じて震えていた。
この光景は、かつてない乱闘や騒動が、このシチリアで起こる凶兆を示しているのではないだろうか。
ロザリアは頭のどこかで、そんな予感を走らせていた。




