・人体兵器の乱闘(2)
◇◇◇◇◇
『ディムール=サマルカンド君~? お前ェ〜あのガキ〜まだ始末できていないのォ~?』
「申し訳ございません……! わが主アクバル様……!! 少々思わぬ邪魔が入ったようでして……でも大した問題では……!」
姿の見えない相手と連絡を取っていたのは、ユウキだけではない。
彼の居る建物の真下、すなわち路地裏には東洋人種のマフィア、ディムールと呼ばれている男が、同じく超薄型のスマートフォンを左肩と顎で挟み、冷汗を流していた。
右手には《増殖の小型拳銃》を構え、左手には、そこらから拾った鉄製の狙撃銃を、マグナムで潰された左足の杖替わりに突いている。
『いいか!! このクソ猿野郎!! 何のためにその貴重な宝物を預けたと思ってる!?
ただの人体実験とはワケが違ぇんだよ!! そんな使命なら、お前じゃなくても、その辺にいるホームレス連中で事足るってんだ!!
与えられた仕事は迅速に片付けろ!
お前の役目は、我々の計画の邪魔になろう重要権力者の子息を1人ずつ殺害する事だ! 隠密になァ!
神聖なる兵器を、お前みてぇな三下に与えたことを後悔させんなよ!?』
激痛に耐えながら上司から浴びせられる暴言は、傷の痛みを忘れるほどに、心の奥底に突き刺さるものを感じざるを得ない。
ディムールは電話相手の上司に数回謝罪した後、殺気だって薄型スマートフォンをその場で投げ捨てた。
上司の散々な暴言に耐え兼ねた上に、左脚からの大量出血による貧血が合い重なって、彼の頭は冷静な思考が欠けつつある。
「畜生ォ……! あのクソガキ共が……! 恥をかかせやがってぇ……!!
やっぱり蜂の巣だけじゃ生温いな……!
とりあえず動けない程度まで穴を開けて、息絶える寸前までゆっくりと弾丸で肉塊にしてやる!!」
ディムールの顔は、まるで野獣のような形相に変貌した。
マグナムで片足を負傷した幼い少女と、その始末に横槍を入れた奇妙な少年、二人に対する膨大な殺意に、胸の内を支配されるのを、彼は密かに噛み締めた。
__その瞬間、その片方と思わしきその声が、背後から囁く。
「成る程ね~! 今の会話全部聞いちまったぜ♪」
「はァ……!?」
ディムールが衝動的に振り返ると、少年ユウキ=アラストル が、何故かニタリと悪態をつくような表情で仁王立ちしていた__
屋上で篭城戦でも企てていると思いきや、何を考えてか、自身の切り札ともいえる《壁の銃口》の餌食となるような、建物裏の暗く窮屈な路地道に姿を晒している。
__ディムールは混乱の上、少年に対する憎悪が表情に表れるところだったが、あくまで冷静でいる素振りを演じた。
「ほほォ!? 俺の《ギルソード》が怖くなって建物から動かないと思ってたぜ、こりゃ殺してぇくらい見上げた度胸だ!」
「うるせぇ無能な猿野郎。俺はただ、返すモンを返してもらいに来ただけだ!
つっても、どの道生きた状態では……!
回収できないだろうけどなァ……!」
ユウキは狩人の如く鋭い眼差しで、ディムールに言った。
「返すゥ? フヘヘッ……駄目だ!! 一度手に入れたこの《神秘的兵器》は嫌でも人に譲ることはできねぇよ!! お前が一番良く知ってるんじゃねぇのかァ!?」
ディムールの憤りを通り越して愉悦に満ちたような絶叫と共に、ユウキ達を薄暗く囲う外壁から、再び《壁の銃口》が、銀に輝く《光の粒子》を纏って姿を現した。
外壁を覆いつくすように、実体と化された《銃口》は、どれも一寸の狂い無く、ユウキの身体に標準を定めている__
「へぇ〜? 念のために警戒はしていたが……!
アンタが習得したのは、精々《ギルソード》の『使用方法』だけってトコだな!
正直、拍子抜けしたぜ__!」
「何が言いてぇんだ!? このクソガキィ!!《増殖の小型拳銃》! 一斉射撃だァ!!」
ディムールは己が右手でそのトリガーを引くと、≪壁の銃口≫が一斉にユウキを目掛け、銃弾の嵐を炸裂させる。
「フッ……! 素人風情が__!」
ユウキは笑って呟いた。
弾丸がその身体を貫く寸前、ユウキは瞬時に《増殖の小型拳銃》を構えたディムールに突進すると、目にも止まらぬ速さで男の脇腹をすり抜け、見事に背後を捕える__
「バカな!《壁の銃口》の一斉射撃から逃れただと!?」
「どうしたよ!? これが《ギルソード使い》の戦い方ってヤツだぜ!? 三流兄さんよォ!!」
ユウキがそう言った瞬間、《壁の銃口》から湧き出したものと同じ《光の粒子》が、彼の身体に纏わりついてゆく。
「テメェ……! そいつはァ……!?」
僅かな時間の中、ディムールは、ただ衝動的に後ろを振り返るしかなかった。
だが、その視界に飛び込んだのは、振り上げられたユウキ左腕から、鮮やかな輝きを帯びた『赤紫色』の光が、彼の左手集っていく。神秘的かつ絶望的な光景。
まるで紫鉱石の如く幻想的に煌めくそれは、彼の左手の元に集い『一種の武器』が形成されるようだ。
__だが姿を現したのは、数ある『武器・兵器』の中で、あまりにも在り来たりで、見馴れていた装備品。
(あれは……!? まさか……!? ……剣……!?)
ディムールは、目に映った《その姿》を、即座にを理解することができた。
刹那__
【ザクリッ……】と、斬りつけられた感触が身体を襲う。
焼かれるような激痛と目眩に苛まれ、立ち眩みを起こした彼は、崩れるように全身のバランスを失った。
「……ガッ……クソッ……! ……てめぇ……殺す……ぞ……!」
背中から血の雫を滴らせ、苦痛と貧血で顔を歪ませたディムールは、《増殖の小型拳銃》は愚か、自身の身体の制御さえできないまま、ただ倒れまいとひたすらに、片足で機関銃の杖を突き、前へ前へと身体を突っ込ませていく__
「あっ……! さっきの発言撤回するわ。やっぱ《ギルソード》の使い方……習得までは無理だったな……!」
ユウキは冷めた顔で、ディムールの向かう先を眺めながら一言呟いた。
瞬時にユウキが思い浮かべた予知は、見事に的中した__
男が闇雲に歩を進めたその先は、ついさっきまでユウキが立っていた、《壁の銃口》たちが発砲を続ける『照準地点』__
ユウキを狙って以来、《それ等》は『射撃の停止操作』を、ディムールによって成されなかったまま、一斉射撃を止める事なく、永遠と石畳や側壁、弾丸同士を破砕し続けている。
「………………!!」
成す術なく、彼は《弾丸の雨》へ身を投げ出し、断末魔と共に噴水の如く舞い上がった血飛沫は、砂埃をも赤色に湿めらせて瞬く間に染めていった__
ようやく一斉射撃が収まる頃、そこに残されたのは、無数の銃弾を浴びて瓦礫と化した煉瓦壁と、血の海を広げて散らばったディムールの肉塊だけだった。
「残念だったな……!《壁の銃口》という《能力》を使い馴れていたはいいが、全部俺に標準を定めたら一斉射撃の意味がねぇ。
避けることなんて造作もなかったぜ。おまけに冷静さを失って、《ギルソード》の操作ミスによる自滅と来たか……!
結局、わざわざ俺の《ギルソード》を晒す程の相手ではなかったみたいだな__!」
ユウキは気の抜けたように、両手を頭の後ろに組んでため息をついた。
左手に宿っていた、『剣』を形成した《光の粒子》は、すでに跡形もなく消えている。
「かなりやべぇ状況になってきた! 俺1人の力じゃあ、どうにもなりゃしねぇかなぁ?」
ユウキは、路地道に挟まれた狭い空を不意に見上げた。
「とりあえず、あのキザ野郎に一報入れとくか! もうこうなった以上、嫌でもマフィア共と喧嘩するしかねぇだろうからな……!」
これから起こり得るであろう現実を察知しながら、屋上で眠らせたロザリアの元へ向かおうと、彼は階段を登った__