・ロエスレル強襲〈上〉(2)
◇◇◇◇◇
世界のとある地方、遺跡と化した旧都市の廃ビルにて__
『ザッ……焦……じゃ……ね……よ! ザザッ……銃……ナイフな……粗末……武器……殺さね……!
……部下……殺りやがっ……! お前……ザッ……時間を掛け……料理す……ザザッ……!
ザッ……使っ……ザザッ……《ギルソード》……なァ……!』
暗闇の部屋の中、ベッドに転がる旧式の携帯ラジオを聞きながら、ある青年が上半身裸で仰向けに寝そべっていた。
長い金髪の髪、少し痩せた身体と筋肉質の腕を露わにしては、ラジオから流れる台詞に苛立っているようで、右手の拳を力強く握り締めている。
「ロエスレルの野郎……! 敵陣の中枢で何をチンタラ遊んでやがる!?
《ギルソード》奪ったなら、さっさとユウキ=アラストルとリリーナ=フェルメールを殺せ!」
「……いや首領それがね〜? そうも順調にはいかないらしいわよ〜?」
そう青年に語りかけてきたのは、過激テロ組織《革新の激戦地》の幹部、少女ディズレーリだった。
隣のソファーで寛ぎながらも、液晶タブレットを弄り、長に代わって敵地の情報を事細かく分析している。
部屋が暗いので、青年からは彼女の姿がよく見えない。
「何だ……? 無能な連中に阻まれる不都合などあるのか?」
「あるかもねぇ〜? まぁこれを見てよ♪」
ディズレーリはそう答えて、液晶タブレットを男の方へ放り投げた。
宙を舞う液晶画面の明かりがはっきりと見えたので、彼はそれを正確にキャッチする。
「何だこれは……? 新たな報告書か?」
青年はタブレットの画面を見て疑問に感じた。
そこには、長々とした文章が表示されている。文章の題名部分には、ある少年と少女の名前が記されていた。
「これはユウキとリリーナ、標的2人の『過去の経歴』よ! 一度読んでみなさいな。凄惨な過去が書かれているわ……!」
ディズレーリは呑気にそう言って、青年の方にタブレットを放り投げた。
暗い部屋に液晶画面の光がはっきりと見えるので、彼は即座にそれをキャッチする。
「ったく! 俺にこんな情報など……!」
青年は不機嫌な顔で、嫌々タブレットを指で叩いて内容を流し読む。
__すると、次第にその反応が変わり果て、クスリと微笑まで浮かべていた。
「ククッ……! こんな経歴、よく入手できたな……!」
「この2人の幼少期と青春は、大人達の悪意と血みどろの戦乱に貪られて殺された……と言っても過言じゃないわ?
元々ユウキ=アラストルは荒廃都市の捨て子で、浮浪者達から暴行を受けてたし……!
リリーナ=フェルメールは良家出身だけど、身勝手な権力者とその家族に、身体を実験道具にされて脳味噌を解体されてるし……!
まだ詳細は不明だけど、そんな2人が出会って共に過ごした村も、過激テロ組織との武力抗争で焼き討ちに遭って、友達も家族を皆殺しにされた……!
行き場がなくて飢え死ぬだけの彼等を後に引き取ったのが、〈新都市マリューレイズ〉の権力者だったらしいけど__
あの頃の〈あの国〉は腐敗に満ち溢れていて、2人が置かれた環境は「凄惨」以外に例えようのないものだったそう……!
それは首領だって知ってるでしょ?」
ディズレーリは、その話を何気なく青年に振ると、彼は仏頂面だが、満更でもない様子で答えた。
「その時は家柄の対立上、俺は迫害を受けて幽閉されていた身だからな……!
だが、この文に書かれた〈雛鳥の宿〉って名前の軍立孤児院の話は、獄中に噂で耳にした事があるさ……!
孤児院とは名ばかりの「戦闘奴隷の育成所」で、行き場のないガキを暗殺やテロ鎮圧の汚れ仕事に利用していた、畜生共の巣窟だったらしい……!
後から聞いた話では、挙げ句の果てに、5年前に起きた史上最悪のクーデターで、不幸にも反逆者として認識され、幼い少年少女が大量に虐殺された……!
それが『雛鳥達の悲劇』て呼ばれた事件だろ?
成る程……!? この2人は……そういう事か……!」
「そうよ首領! ユウキとリリーナは、あの凄惨な虐殺事件の、たった2人の生存者らしいわ!
そして、あの場所で叩き込まれた戦闘技術も相当の腕……!
それだけじゃない。これ程過酷な現実を生きた奴が、並大抵な戦闘技術と精神力しか持たない人間な訳がないわ……!
あのシチリア諸島とダマスカスの乱戦を生き延びたのも納得する話よ……!
ねぇグラッザ?
そう思うと、ロエスレル1人で現地の指揮を執らせるのは失敗なんじゃないのぉ……?」
ディズレーリは少し強張った目で、青年を嗜めるように迫る。
しかし、グラッザと名を呼ばれた青年は、何食わぬ表情で、ベッドに寝そべりながらこう言った。
「さぁな……? アイツとて幼少期から傭兵をやっていた強者だ。
それに、あれだけ大口叩いてた奴だぞ。用意していた計画に余程の自信があるんだろ……!?
好きにさせてやれ。後は結果次第だ……!
ところでディズレーリ、この報告文章は誰から送られた……?」
青年グラッザがふた尋ねると、ディズレーリは、いつもの陽気な顔と声に戻って、上機嫌に答える。
「あぁそれ? 同じ幹部の『Dr.グナイスト』からよ! 知らなかったでしょ? 私も最近知ったんだけどさ〜♪
アイツ、ユウキ=アラストルの最初の『育ての親』ですって……!
……そして同時に、あの2人の人生を大きく狂わせた。
生粋のクソ野郎でもあるんだけど……!」
「………」
陽気なディズレーリを横目に、青年グラッザは手元のタブレットを傍に放って、仏頂面のままシーツの中に蹲った。
◇◇◇◇◇
同時刻、〈戴冠の女王軍総本部:《ギルソード》総合開発・技術研究所〉にて__
「何を食うかって……? テメェ等全員の身体だ馬鹿がァ!!」
ロエスレルの絶叫を皮切りに、彼の召喚した《人食い巨大甲虫兵器》は従うように暴れ出し、長く鋭利な角を振り回してユウキ達へと突進する。
巨大な『コーカサスオオカブト』を模した凶暴な角が、ユウキの心臓を目掛け迫っていく__
「何だってんだ! この程度のスピード……!」
壁際に立ったユウキは、焦る様子もなく、冷静に《巨大甲虫兵器》の軌道を読むや否や、瞬時に左方向へ滑走し、その突進を難なく回避する。
【ドゴォ……!!】
巨大な図体は、突進した先の壁に衝突した__
破壊の衝撃で、その場から6m先の天井と周囲5mのコンクリートが見事に崩落したが、大量の塵埃が暗い部屋に舞ったが故に、《巨大甲虫兵器》の視界は自由を奪われる。
「計算通りだ! 偶然にも壁際にいたのが好都合だったから、誘導できてよかったぜ!
虫取り網に入らねぇから……斬り刻まねぇとなァ!!」
ニヤリと笑ったユウキの左手には、召喚された《高速射撃の剣》が計4本、指と指の間に絡めて『鉤爪』のように握られる。
あのシチリア抗争の夜、敵の屋敷を木端微塵にした斬撃技。
あの時と同じように、ユウキは4つの刃を豪快に振り翳す__
「夢魔の裂く鉤爪__!!!」
この一振りで、《巨大甲虫兵器》の胴体を斬り裂いて破壊できる__
ユウキは、そうとばかり思っていた。しかし__
【ギャイィン……!!】
何かが弾かれる、異様な音が響く__
「なっ……!?」
振り下ろした刃は、胴体まで達していない。
その寸前で透明な物体か何かに跳ね返され、ユウキは衝撃の反動による腕の痺れに苛まれる。
(何だコイツ……!? 今……俺の剣を弾いた……!? 装甲の表面に《防御膜》でも張ってあんのかよ……!?)
おかしいとは思うが、現実で起きた現象と自身の感触は、疑いようもない。
肉眼で見えない何かが、《巨大甲虫兵器》を守っている。
この時代の技術、《ナノマシン》と《ギルソード》という言葉だけで、幾らでも説明がついてしまうのだから__
【 ……!! ……!!】
塵埃の中から、再び機械音が響き出す。立ち止まって考察する猶予などない。
塵埃を振り払った《巨大甲虫兵器》は、その俊敏な機動力と内なる凶暴性を開放するように、鋭利な《角》と頭を長槍の如く振り回し猛攻する__
「チッ! コイツ屋内で暴れやがって……!」
次々に襲い掛かる巨大な刃を、ユウキは左手の剣4本《夢魔の裂く鉤爪》で器用かつ瞬時に弾き返し、《巨大甲虫兵器》との熾烈な斬り合いを炸裂させる。
敵の攻撃を躱し防ぐ事など、ユウキにとって問題ではない__
最初の突進攻撃で《巨大甲虫兵器》の速度や動きは大凡見切っており、立ち回りや運動性に限っては自身が有利であると踏んでいたのだ。
だが脅威に感じるのは、自身の一撃が効かなかった事、あの《巨体》の内部に隠された武装の詳細__
何よりも、あの巨大『人食い虫』の全貌が、未だに不明であること__
「えぇい不覚! 我々では、あの《怪物》を相手に接近さえままならない……! ユウキ殿! すぐにこちらへ後退されよ……!」
「へっ……!?」
一瞬、声のする背後を振り向くと、部隊の副官らしき士官が、この場へ来いと手を降って合図していた。
その後方には、まだ生き残っていた『《ギルソード使い》部隊』のうち、ランチャー、バズーカ、ショットガン等の《射撃型》の所有者達が、前面に出て《巨大甲虫兵器》の頭部へと一斉に照準を向けている。
しかし、ユウキが肌に感じたのは、戦慄だった__
「一斉射撃……!? いや待ってくれ!! アイツの装甲に何かある!! ヤバい予感しかしねぇ!!」
「この状況で、四の五の申されてる場合か!! 装甲の防御性なら火力で焼き尽くせばいい!!
『《「重火器型」ギルソード使い》隊』一斉砲火用意ィ!!」
ユウキの静止など一切耳を傾けるとなく、士官は攻撃の合図として、右腕を大きく天井へと掲げた。
恐らくその威力は、最前線に立つユウキさえも、無差別に巻き込みかねない。
「クソッ……!」
やむを得ず腹を括ったユウキは、敵の隙を見極めた後、必死の全力疾走で『《ギルソード使い》部隊』の元へ駆け込む他なかった__
「総員!! 撃てェェェェ!!!」
士官の合図に、絶大なる《火力の嵐》が、人食い《巨大甲虫兵器》の巨体に降り注ぐ。が……
「払い除けろ……!《甲虫01:コーカサス》!」
密かにロエスレルが微笑んだ瞬間、最悪の事態は起きる。
《巨大甲虫兵器》を一網打尽にするはずだった《火力の嵐》は、その巨体を覆う『何か』に悉く弾き返され、全ての弾は、周囲の壁や天井、さらには並行する水道管や電気配線までも、次々と破壊し尽くしていく__
「や……やめろ……!? 撃ち方止めぇ……!!」
慌てた士官が即座に合図をかけた瞬時、砲撃は止んだ。その瞬間、周囲を見渡した兵士達は深い絶望に襲われる__
自軍の放った《砲撃》が、守るはずだった基地施設を悪戯に壊し尽くし、挙げ句の果てに、破壊すべき目前の《巨大甲虫兵器》は、全くと言っていい程に無傷であった。
「あぁ……なんてことだ……あれは……本当に怪物だ……!」
「攻撃が効かない……!? 目に見えない何かが奴を守っている……!! 殺される……!!」
「もう終わりだ……神様ァ……」
兵士達は腰を抜かし、恐怖の底に叩き落とされ喘いでいたが、敵は残酷にも、恐れ慄く時間さえも与えはしない。
「さーて、ここまでは相棒の《武装》を限定していたワケだが、1つずつソイツを解除して、より深く嗚咽する恐怖を味わってくれよ……! やれ!《甲虫01:コーカサス》!」
【……!!】
《巨大甲虫兵器》が起動音を立てた刹那、その禍々しく真紅の《眼球》は、《高熱源体エネルギー》らしき光を蓄積する__
「《ビーム砲》……!? やっぱ隠し持ってやがったか……!?」
「ユウキ……! やっぱ感の鋭いガキだオメェ! だが単なる《ビーム砲》だったらいいよなァ!?」
「はァ? ……っ!? まさか拡散型……!?」
最悪な予感がユウキの脳裏を過った刹那、無情にも《巨大甲虫兵器》の《眼球》2箇所から幾つもの高熱源体が炸裂された__
その数、その怪物が持つ眼と同じ数ではない。
2つしかないそれに隠された砲門は各1つしかないのに、その片方から一度に発射された《拡散ビーム砲》は、実に15発__
ユウキと兵士達を襲ったのは、計30発の《ビーム》から生成された『高熱源体の嵐』__
「ぐぉあ!! クソッ……!」
ユウキを襲った2発の《ビーム砲》が、彼の大腿と右肩を掠って抉る。
傷口から迸る血飛沫を抑えたくなったが、襲い来る『高熱源体の嵐』は、ただ1発で終わる訳がない。
悪戯に目の前の虫を殺すように、《巨大甲虫兵器》は躊躇なく2度、3度と《拡散ビーム砲》を発射させて『高熱源体の嵐』を相手に撃ちつけていく__
「ぐぅぉあ"あ"あ"あ"!!」
「あぁ……助けてぇ……! 死にたくないぃぃ……!」
「総員退避ィィ!! 生き延びたれば逃げろォォ!!」
恐れ慄く兵士達の悲鳴と断末魔が、ユウキの耳に流れ込んでいく。
自身の鍛錬された動体視力と運動神経で《ビーム砲》を交わしていくが、我が身を守るだけで精一杯だ。味方の身を構う余裕などない。
__だが、4度目の射撃の時、敵の怪物は《エネルギー》を消耗したのか、威力が弱く、発射された弾数も少ない。
「……野郎! 隙が出たな……!」
この機を見逃さなかったユウキは、即座に全速全身で《巨大甲虫兵器》の元へ、真っ向から飛び込んでいく__
「オイオイ! 頭イカれちまったか!? さっきお前の《剣》を弾き返した化物に正面切って特攻するとは……!
いよいよヤケになって、死にたくなったようだなァ!?」
「あァ!? お前こそ頭回ってねぇのか!? 決まってんだろ!」
ユウキの動きに迷いはなかった__
すると、消耗で反応が遅れたのか、彼に気づいた《巨大甲虫兵器》が、鈍い動きで、巨大な角を横一文字に振り回すが……
「邪魔だ!! お前に用はねぇ!!」
すでに行動パターンを見切っていたユウキは、瞬時に軽々と飛び越える。
それどころか、避けた際に怪物の頭に足を置くと、そこから背中までを難なく駆け抜けて、その先のロエスレルを斬るべく、豪快に《剣》を振るい突撃する__
「……何も無理に[巨大昆虫]を相手にする必要はねぇよなァ!!
さっきの《大巨人》じゃあるまいし!!
どうせ自動操作で動かしてんなら、その持ち主であるお前本体を討てば終わりだろうがよ!!」
情けも躊躇もないユウキの《刃》が、ロエスレル目前にまで迫り来る__
だが、男はその時、ほんの一瞬だけ……笑って呟いた。
「……やってみろ! 所詮は経験の浅いクソガキ風情が……!」
「……っ!?」
その言葉に、何かを警告するような違和感が、ユウキの身体と脳を駆け巡った。
刹那__
【ギャイィン……!!】
__またしても、正義の《剣》は何らかの実体に弾きかれ拒絶された。
しかし、今度は《巨大甲虫兵器》の現象とは打って変わり、見えない《防御膜》などに遮られたのではない。
その目に見える物体から遮られた。
「……っ!? 《盾》だと……!?」
唖然とするユウキの目の前では、ロエスレルの左腕から生成されたらしき、菱形の〘光の《盾》〙が、ユウキの《高速射撃の剣》を防いでいた。
それは、指先から肩まで隠れる程に大きく、そして黄土色の光と色彩を放つ不可思議な《盾》__
言うまでもなく彼の《ナノマシン》から創り構成された物のようだが、それは左腕だけでなく、右腕にも生成されて、同じように装着されている。
(何だよこの変な盾!? コイツの奪った《ギルソード》に関連する物だってのは流石に分かるが……!
いまいち正体の全貌が掴めねぇ……! コイツの盾が《ギルソード》の正体だって言うなら……!
あの《巨大甲虫兵器》とやらの関連性と存在理由は一体何だ……!? とにかく敵装備の詳細を探らねぇと……!)
《盾》に遮られた《刃》を押さえつけながら、ユウキは混乱する思考回路を必死に整理する。
だが、そんな様子を高見で嘲笑うように、ロエスレルは次の一言を言い放った。
「フッ……! 随分と必死な顔だなユウキ=アラストル! まぁ当然の反応だよなァ……!
最初から敵の手の内が分かる程、世の中は甘くねぇんだ!
ところで……なーんか思い込みをしてねぇかァ……?
俺は、可愛い分身の《甲虫》が1体しかいねぇなんて……一言も言ってねぇぞ?」
「はっ……!? 今何て言っ……!?」
咄嗟に困惑したユウキだが、刹那__
右真横から迫る巨大な気配を肌で察知し、彼は自慢の素早さで、再び後方に跳躍回避して見せる。
__次の瞬間、全体は見えなかったが、確かに背後で鈍くなっていたはずの《巨大甲虫兵器》らしき巨大な影が、瞬く速度で、ユウキが立っていた場所へと急接近する。
【ドゴォォォ__!!!】
瞬時の回避が功を奏したのだろう、ユウキを粉砕すべく突進した《怪物》は、暴風と共に彼の目前を通過し、狙いを外したままコンクリート壁と傍の電気配管を容赦なく崩落させた。
「クソッ……! このガキすばしっこい野郎だ……!!」
目前に起こる展開が面白くないと、ロエスレルは機嫌を損ねて舌打ちをかます。
「フンッ! 舐めんなよ!? 一度見切った無謀突進なんざ……!
………って……マジかよ……!? 形が違う……!?」
壁に激突し、瓦礫と埃にまみれた巨体を見た瞬時、ユウキは目を見開いて唖然とした。
たった今、自身に突進した《巨大甲虫兵器》、その形状は、先の《甲虫》とは打って変わるように違う。
外見は、背中が黄金色に輝く『ヘラクレスオオカブト』__
無論、図体は先と同じく怪物級、全長8m、高さ3.5m程度、その破壊力は、今の攻撃からで推測する限り、敵戦車の1台さえは難無く捩じ伏せられるだろう。
この《怪物》の武装は、見える範囲では先と同じ、目や口元に隠された《ビーム砲》と《ガトリング砲》、そして『巨槍』のような《角》が目立つ__
もう片方とは、規格が同一しているのだろうか……
しかし、最早全てが推測の域を出ない故に、憶測を以っての行動は禁物だ。追加武装の詳細は計り知れない。
「紹介してやる! 俺の可愛い……もう1体の相棒だよ!
《甲虫02:ヘラクレス》__!!
コイツもお前を気に入ってるらしいぜぇ!? 殺してぇ程になァ……!」
「なるほど……迂闊だった……! まさか化物が2体だったとはな……!?
「1体しかいねぇ」なんて……俺の思い込みだったワケだ……!」
屈辱を味わうように、ユウキは《剣》を握った左拳を強く握り締めたが、ひとまずは脅威となる《巨大甲虫兵器》の数は明確になった。
ならば後は、その巨体達を相手にしながら、敵本体のロエスレルへの隙をどう切り込もうか__
それを考える事に、ユウキの思考回路は切り替わっていた。
しかし__しばらく自身を守る事に必死になっていたユウキは、周囲の状況を把握する事を忘れていた。
敵幹部ロエスレルの放った次の一言が、今この場に広がる最悪の現実を、ユウキの瞼に焼き付ける__
「ところでお前、自己防衛に集中してっから気づいてねぇと思うがよォ……!
今、お前と共に戦う味方はいるのかァ?
役に立たねぇとはいえ、そういう自分に有益な存在ってのは、ちゃーんと守ってやるモンじゃねぇのォ……!?」
「あァ……!?」
小馬鹿にするロエスレルの言い方に苛立ちながら、ユウキは冷静さを保って周囲を見渡した。
視界に映るのは、死によって創られた地獄絵図。
友軍として援護してくれた兵隊達は、散らばる瓦礫や屑と一体化するように、赤黒く染まった腕や首が散らばっている。
ある者は降り注ぐ瓦礫に潰され、ある者は爆炎に焼かれ、ある者は《巨大甲虫兵器》の《ビーム砲》で身体を溶かされたようだ__
彼等のそれは、本来この世に存在してはならない死__
国の平穏を守るために命を懸けてきた勇者達に降り掛かった、あまりにも無惨で壮絶な最期__
「この状況が何を意味するのか、分からねぇとか言うなよ……!?
お前はもう完全に孤立しちまったワケだ!!
守ってくれる奴は誰もいねぇ! お前はたった1人で! このロエスレル様の恐ろしい2機の《甲虫》に抵抗虚しく殺されるって事だぜ!?
味方を守る余力を持たない自分の無力さを恨むんだな!
このマヌケ野郎……!」
「……………………!」
「何黙ってんだオイ!? もう打つ手なしで、絶望に心を折られたってか!?
ククッ……! だとしたらお前は正常な思考だぜ!!」
打ちひしがれた者を追い詰めるように、ロエスレルは挑発的な言葉を次々に投げかけるが、ユウキは黙して反応を示さなかった。
__しはらくして、ユウキは次の一言を小さな声で、静かに、ポツリと呟く。
「……間近な未来の話をしようか……! アンタ……この報復を受ける覚悟はできてるんだよな……!?」
「……あァ? 何を言ってやがるコイツ!?」
突拍子もなく、予想だにもしなかったその言葉に、ロエスレルは咄嗟に表情を顰める。
言葉を発したユウキの声は、何故だか冷静であった。
地獄の光景を見せられているのに、その声は恐ろしく落ち着いていて、寒気すら覚える程に冷たかった。
何らかのスイッチが、ユウキの中で作動したかのように__
「別に? 何も難しい話じゃねぇよ。ただの復讐法だ……!
ここの兵隊さん達が味わった凄惨な苦痛を、アンタの身体で思い知らさせてやるって意味だよ!
さっき俺が討ち取ったアンタの部下『ヴィザロⅡ』と同じようになァ!
アイツだって、地下施設で作業員を無差別に殺して、命まで弄ぶような真似をしたからな、拷問も兼ねてだが、極限の苦痛を与えてやったよ。
凄惨な死に方だったね。毒薬を傷に垂らしただけだが、地の底まで響き渡るような悲鳴だった……!
アンタも今……テロを目的に大量の人間を無差別に殺したよなァ!
だから同じように……この人達が強いられた苦しみを__
全部アンタの身体に刻み尽くして、思い知らせてやるって事だよ……!
当然だろうがよ……! それを覚悟の上でやったんだろ……!?
__そう言って、くるりと、こちらへ振り向く際に見せたユウキの表情は、微かだが、ロエスレルを身構えさせた。
それはシチリアや地下施設で見せてきた、制裁と殲滅の意を示すような、冷徹で見る者を凍らせる眼光。
『闇の騎士』と呼ばれるに相応しいそれ__
「ユウキ=アラストル! お前、面白い男だな……! 見応えがある奴は壊し甲斐もある……!」
ロエスレルはそう言って、口元を歪め1人で微笑していた。