・悲しき殉教者の歌(2)
◇◇◇◇◇
空中での死闘を終えて、足場へと舞い戻った2人は、リリーナを置いてきたナースステーション前へと赴いていた。
「このままでいいの? この殺し屋のお嬢さん……」
ヴィクトリアは、廊下の中央に横たわったラインを見つめながら、そうルフィールに尋ねる。
ここまで戻る際に、一緒に《槍》で運ばれてきたのだ。
全身を血の赤に染められ、息はあるが、死んだように動かない。
「そこに置いておけば、身柄だけでも衛兵さんが回収するわ!
どの道こんな傷よ? もう動き回ることなんて到底できないし、衛兵さんが気づく前に生きてるかどうか……よね?」
そう言ったルフィールの表情は、相変わらず冷静で動じない。
「……まぁ、残酷だけど仕方ないわよねぇ。それよりも……」
ヴィクトリアは周囲の《槍》へと目をやった。
横たわったラインの周りには、彼女達をここまで運んだ《創造する脳操槍剣》の槍3本が、今もゆらゆらと浮遊している。
リリーナの遠隔操作によって操られている《ギルソード》だ。
それが未だ実体化して動いているのなら、彼女の意識は少なくともはっきりしている。
「……問題はリリーナの容態よ! 一刻も早くリリーナの手当てしないと……!」
すっかり顔色を青くしたヴィクトリアは、すぐ様振り返って、リリーナが居るはずのナースステーションへと駆け込んだ。
ルフィールはその後に続く寸前、再度、床で横たわる少女ラインをふと見やった。
(__もし微かに息や脈があったら、確実に止めておくべきかしら……? いや、どの道こんな状態では……長くないわね……!)
もう少女ラインによる危害が及ぶ心配はない。
そう判断したルフィールは、そのまま彼女に背を向けてナースステーションへ入っていった。
__その瞬時、横たわるラインの小指がピクリと動いたのを、ルフィールは見逃してしまった。
◇◇◇
「どうかしら? リリーナの容態は………?」
ルフィールは尋ねて、ナースステーションの入口へ入る。
すると、ヴィクトリアは顔を真っ青にして、リリーナが横たわっていた位置を呆然と見続けていた。
「……ルフィール? ……どういう事………?」
その言葉に、よからぬ予感を察知したルフィールは、張り詰めた表情でそこへ駆け寄る。
__その光景を前に、唖然として凍りついた。
リリーナの姿が、見当たらない。
そこにあったのは、彼女のらしき大量の血痕、空になった数本の医療瓶、奥の壁にある全開にされた窓、それだけだった。
「……そんな!? リリーナ……! どこへ行ったのよあの娘は………!?」
「どこへ行ったのよ……じゃないでしょうが!! この馬鹿ルフィール!!」
動揺するルフィールの胸ぐらを、ヴィクトリアは怒りに任せて掴み上げる。
「なんでリリーナから目を離すのよ!! この薄情者!! あんな身体で動けないあの子を……どうして傍で守らなかったの!!」
「それは……! リリーナが自分よりも貴女を優先……に……」
ルフィールは即座に弁解を試みたが、途端に言葉が詰まってしまった。
重々理解しているつもりだった。いくら本人の意志とはいえ、重傷の仲間を置き去りにした事の愚かさなど。
__次の瞬間、ルフィールは窓の外から覗いた、ある異様な景観に気がつく。
「あの外で漂ってるの……リリーナの《槍》?」
「……なっ!? 何がよ!?」
不意にヴィクトリアも、ルフィールの胸ぐらから手を放して、即座に窓へ駆け寄って覗く。
__そこには、廊下でラインの周囲を飛び回っていた《創造する脳操槍剣》計3本が、いつの間にか屋外の空中に移動したのか、空中を飛行していた。
リリーナの意識と共鳴する《槍》は、どこか目的地へ急行しているらしく、彼女達の視界から次第に遠くなっていく。
「……嘘でしょ? まさかあれって……!」
「……えぇ、もうそれ以外考えられない……! リリーナは自分の意思でここから出て行ったの……! あの《槍》が向かってる方向は彼女がいる位置……! しかもあの方角……軍の〈総本部〉!?」
「……何を考えてるのリリーナ……!? 死ぬつもりなの!? 急ぐわよルフィール!! あの子を止めないと……!!」
「当然よ……!」
居ても立ってもいられない2人は、ルフィールを放って真っ先にナースステーションを飛び出した。
◇◇◇◇◇
__国防軍の本陣〈戴冠の女王軍 総本部〉付近、地上から約400mの空中にて。
「………うぅ………けほっ……」
重傷の身体を押して飛び出したリリーナは、無謀にも震える手で左胸を押さえながら、自身の能力武器《創造する脳操槍剣》を魔女の箒のように跨って浮遊させ、都市の上空をゆらりゆらりと移動していた。
すでに傷口は開いているため、額や頬、そして全身に巻かれた包帯とその病衣は赤黒い血に染まって、足元からは雨露のような血の雫が滴り落ちている。
「……ユウキに……伝え……なく……ちゃ……あの……《ギルソード》……止め……ないと……」
止まりそうな心臓で絶え絶えな呼吸を続けながら、リリーナは掠れた声で呟きながら空中を漂う。
__すると、リリーナは霞む視界を凝らして、目前に聳え立つ〈総本部〉の『ある地点』に目を止めた。
地上600m、姿は旧都市バルセロナの『サグラダ・ファミリア』に酷似させた巨大建造物〈戴冠の女王軍マリー・ルイーズ総本部〉。
その隅の一角に、正方形のHと書かれた地点、緊急用ヘリポートが設置されている。
「そう……だ……あそこの……傍には………」
__リリーナもまた、この総本部の形状や施設の間取り等を大凡把握していた。
あのヘリポートの傍には、ある設備が備わっている。
それは、本部と地下施設を繋ぐ『地下高速エレベーター』だ。
地下施設での非常時の際、軍を派遣やヘリによる緊急避難が迅速にできるよう、〈総本部〉から計7箇所のエレベーターが設置されている。
各行き先はバラバラで、水道処理施設、発電所、地下鉄の非常口、また〈地下ギルソード研究施設〉と様々だが、
リリーナが目に止めた『地下高速エレベーター』の向かう先は、〈新都市マリューレイズ『産業廃棄物処理施設』〉。
無論、リリーナの頭中はそれを記憶している。
「ユウキ……どこ……? 映して……《覚醒瞳》……」
リリーナは呟くと、紅色に光る自身の瞳《粒子器発動の覚醒瞳》を凝らして、視界を研ぎ澄ませる。
__リリーナの視界、そこには一面が紅色に塗られた景色が広がって、その中に無数の広い《光の粒子》が無数にちらついている。
それは、〈この国〉で彼女だけが知る光景、《粒子器発動の覚醒瞳》発動時の視界である。
そこに映るのは、《ギルソード》の全て。
通常の人間には見えない未発光・未発動時の完全透明な《ナノマシン》を、遠方から壁や障害物の先、地下深部まで透視し、かつ、それ等の特質・能力、その《ナノマシン》をミクロまで解析して特定まで可能だ。
故に、《ギルソード》やその使用者の正確な位置は無論、その《瞳》が知り得ない情報は何1つ無い。
《ブレイン=ギルソード使い》である彼女だか持ち得る、秘密の視覚神経と、大脳。
__《解析用》に特化した紅色の視界、そこから見渡せる《ナノマシン》の光、《覚醒瞳》を通して、そこから解析される情報が、リリーナの脳内に流れ込んでいく。
(やっぱりそうだ……! 《市の要塞の大巨人》の反応がない。見えないし跡形もない……!
きっとユウキが消滅させたんだ。ユウキは今、『廃棄物処理施設』にいるんだね……!
でも気がついていない……! あの《ギルソード》が起動してるって……! 早く止めないと……この街が……! 国が……!)
決意を固めたリリーナは、流血する腹を押さえ、ふらふらと空中を漂いながら、〈総本部〉端のヘリポートへと向かっていった。
「ユウ……キ……待ってて……すぐに……」
◇◇◇◇◇
__同時刻、〈新都市マリューレイズ『産業廃棄物処理施設』〉
「……ったく! こっちまで酷い目に遭ったな……肝が冷えたぞ!」
中腰で膝をついていたキルト=グランヅェストは、ぼやきながら恐る恐る己の瞼を開く。
視界中に立ち込める砂埃の中、目に映ったのは、無残な《市の要塞の大巨人》の残骸と、《高速射撃の剣》を4本、片手で鉤爪のように握って立つユウキ=アラストルの姿だった。
「肝ぉ? 俺だって冷えたよ! 加減できる相手じゃなかったからな! こんな怪物……リリーナはよく1人で相手したもんだ!」
ユウキもまた文句に便乗しながら、《大巨人》の残骸を掻き分けて歩いていく。
彼の行動は、何かを捜索しているようにも伺える__
「……探し物か? 落とした財布を気にかける時間は無いぞ!」
「違ぇよ! この人を探してたんだ……ほら……」
そう言って、ユウキが左手の《剣》で足元を指し示す。
その先をキルトは見やったが、酷い光景に、目を覆いたくなった。
1人の男性であろう、焼け焦げたバラバラ死体が散乱している。
状況から察するに、この《大巨人》の《生体ユニット》として取り込まれた者の死体だろう。
「酷い状態だけど、見つかってよかったよ。身元を特定してもらおう。そしたら葬儀もできる……
何人目だろうなぁ……! 奴の下衆な志向の犠牲になった人間はよォ!」
俯いたまま、ユウキは怒りの皺を寄せて、ゆっくりと男性の死体から目を放す。
「……ユウキ、だからこそ急務だ! 奴はどこだ!? 被害拡大を防ぐために奴を確実に見つけ……!」
「……いや、その必要はねぇよ。何故なら__」
ユウキが答えるや否や、左手に握る〈高速射撃の剣〉は、すでに彼の頭上へと振り上がっていた。
冷徹な狩人と化したユウキの目は、自身から右方向へ3歩の位置を狙い定め、その《刃》を__
「__そこで突っ伏して動かねぇからなァ!!」
__絶叫と共に振り下ろす。
振り落ちた《刃》は、地割れを起こして表面の残骸を吹き飛ばし、瓦礫に埋もれたヴィザロⅡの姿が現れる。
「……がっ……うぁ……畜生っ……!」
両腕を斬り落とされた上、胴体に受けた斬撃、落下による衝撃の裂傷、破片による切り傷・刺し傷によって、あふれるような血が、彼の全身から流れ出ていた。
当然、瀕死状態で息も絶え絶えである。
「よく生きてたぜ幸運だなオイ……! いや……生きていたのが運の尽きだったかもなァ……!」
目の色1つ変わることのない。冷淡で冷酷な狩人の瞳は、死にかけて震えるヴィザロⅡを真っ直ぐ見つめ、ゆっくりとユウキの歩は近づいていく。
「……待てユウキ! 焦るな! まずはコイツ等の目的、作戦、とにかく情報を聞き出すんだ……!」
「あぁやってやるさ! 短時間な上コイツにふさわしい方法でなァ!」
ユウキが答えた瞬間、確定的な未来を予知したヴィザロⅡは、絶大な恐怖に震え、即座に背を向けて逃走を試みた。
「ヒィ……助けっ……! ロエ……スレル様ァ……」
血と涙を顔面から流し、哀れな男は塵と埃まみれの地面を這うべく手を伸ばした刹那__
__【ザクッ】と、《刃》が肉を抉る音がする。
「う"ぉあ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!」
断末魔の叫びが、巨大な地下施設の暗闇に響いた。
炎で炙られるような堪え難い激痛に、ヴィザロⅡは暴れ藻掻き苦しむ。
「痛い"ィ……痛い"ィ!! 一体……何が……!?」
泣き叫びながら背後を振り返れば、ユウキが1本の《高速射撃の剣》で、その左太腿を串刺しにしていた。
「逃げられると思ってんのか? 大量殺人犯よぉ! アンタには山程の尋問と報復と贖罪が待っているんだぜ?」
「……はっ……放せっ……てめっ……」
「まず3秒以内に答えろ。アンタ等の第一目的は何だ? 何処からこの国へ潜入した? 仲間の人数は? 武装は?」
「ぐっ……! 舐めんなクソガキ……こんな小手先のやり方で……俺が……ゲロっちまうとでも……!?」
「はい時間切れ」
と、ユウキがそう告げた刹那、2本目の《高速射撃の剣》が、欠損したヴィザロⅡの右腕断面に突き刺される。
「ぉ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!」
「グズってんじゃねぇ! こっちは急いでんだからよォ!
答えねぇなら3秒ごとにお前の身体に《剣》をブッ刺してやる! あっという間に真っ赤な針刺しが完成して……! ……っ!?」
左手に《生成》した3本目の《高速射撃の剣》を、ユウキが男の右足に刺そうとした瞬時__
【コロン!】と、何かがヴィザロⅡの懐から転がり落ちた。
薬品が詰められた、小さな小瓶。
ユウキは即座に拾い取って、そのラベルに目を止める。
__そこに記された液体名、そして特性を、ユウキは鮮明に記憶に焼き付けていた。
「コイツ__『ジル・ド・レェ』じゃねぇか!?」
『ジル・ド・レェ』__それは旧西暦時代末期、大戦の最中、高級特効薬『ナイチンゲール』と同時に極秘に捕虜収容所、軍管轄の牢獄にて極秘に流通していた殺人である。
負傷した敵兵や囚人に、恨みを込めて傷口に『塗り薬』と称して使用した結果、傷が猛毒に侵され、患者は一晩中苦んで死亡した。そんな記録が、この時代でも残されている。
つい先刻、リリーナとユウキは当薬品によって、命の危機に晒されている。傷口が毒に侵され、大量流血によって死にかけた。
ユウキにとって、この薬品はただの嫌悪対象でしかない……はずだった。
しかし__
ニヤリと笑って、ユウキは言った。
「……いい方法思いついたぜ! うってつけで、天才的な方法がよォ。 なぁキルト……!」
そして、次の瞬間、彼は徐にその小瓶の蓋を全開に開け、中に詰まられた『毒薬の液体』を、とある箇所に傾け注ごうとする。
目の前の《高速射撃の剣》の刃、ヴィザロⅡの大腿に突き刺さっているそれ。
「ちょっと待てユウキ!! 一度冷静になれ! そいつ死ぬぞ……!?」
キルトは目を見開いて静止する。この時点で、彼の脳裏には悪夢の予兆がよぎっていた。
__見るに絶えない。だが見ざるを得ない。友であるユウキの、闇の素性を__
「……失礼だな! 人がイカれちまったみてぇに! 俺は冷静だよ!
これは合理的な贖罪だ! コイツは無実な人間を大量に殺してる……! どんな末路を遂げたって同情に値しねぇ!
だが、ここでなんの情報成果もないまま、コイツを処刑台に上げるよりかは……
今ここで都合よく役に立ってから逝って貰おうぜ……!?」
表情1つ変えることなく、歪んだ微笑みを保ったまま、ユウキは平然とそれを口にする。
キルト愕然とした。だが、言葉が詰まって出せなかった。
「あ"ぁ"……やめで……それ……だげは……」
弱々しい悲鳴を上げるヴィザロⅡに、容赦なくその傷に毒薬の液は触れた。
刹那__
「キ"ィ"エ"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ァ"ァ"ァ"!!!!」
これまで一度も聞いたことのない壮大な断末魔が、キルトの耳を打ち、巨大地下施設全域に響き渡った。
その凄まじき叫びは、まさに死迫る者の奏でる、魂の震え。
「ケ"ェ"ア"ア"ア"痛い"ィ"イ"イ"イ"イ"!! 毒ウゥ"……! 回ッ……ア"……苦シ"ッ……!!」
「……確かアクバルⅡが言うには、この薬品の『有害マイクロマシン』が身体に悪さして、 徐々にお前等の細胞繊維や血液を破壊していく……らしいよなぁ?
どの道アンタは助からない……! ほら苦しいだろ?
楽に死にたかったらよォ! お前等の最終目的、もう1人のグラサン野郎の居場所と行き先、全部喋って貰おうか!?
喋らなければ、残り僅かな時間に、毒液が身体を侵食して、凄まじい苦しみ方して死ぬぜ……!」
「……がはっ! ………ごぷっ! ……助げで……ぐれ……苦じぃ……!」
ヴィザロⅡの口から大量の血が吐き出され、傷口はおろか、全身の皮膚を突き破るように、徐々に赤い血が流れ出て赤い沼が広がっていく。
どうやら、この毒液『ジル・ド・レェ』は、先にユウキ達が受けたそれよりも強力に調合されていたようだ。男の身体を蝕む進度が異常に早い。
「……寒い……! 痛ぇ……! 死にだぐねぇ……! ロエ……スレル……様ぁ……助げてぐれ……!」
血と涙に濡れて、ヴィザロⅡは絶望の叫びを上げる。
そして容赦なく、毒薬を全て傷に流し終えたユウキは、その悲鳴を聞くや否や、最大にその口元を歪めて__
「ック……! ッハハハハハハ!! 滑稽な悲鳴じゃねぇか!!
死にたくねぇ? なんだその傲慢な台詞は!? さっきまで大量に人を殺してた奴の言葉なんて思いたくねぇよなァ!!
この苦しみは、お前が殺した善良な市民達の恨みだ!!
だが拷問する価値はある! だから全部喋ったら安楽死させてやるよ!! 嫌ならそこで地獄の苦痛を味わってろよ!! えぇ!?」
__嘲るように、ユウキは大いに笑いながら、そう叫んだ。
「ユウキ……お前……!」
目の前で繰り広がる地獄の戯曲に堪えられず、キルトは不意に目を背けしまう。
受け入れ難いものだった。テロリストとはいえ、人に毒薬を投与して、地獄の苦痛を与えて死に追いやる非道な所業など。
先刻まで、無残に殺されて死体さえも玩具のように操られた人々を、あれ程に心を痛めて戦っていたのに、まるで同一の人間が行う所業とは思いたくない。
__だが、本来はキルト自身も分かっていた。これがユウキ=アラストルの『闇の素顔』だと。
彼の胸の内には、独自の正義感と善悪の区別からなる、悪人への徹底的な断罪意識が宿っている。
世の秩序と人情を何よりも重んじる正義感。それを乱す輩に対する憎悪と凄まじい残虐性。
それ等を併せ持った気質から、名付けられた異名があった。
『闇黒の騎士』___
__例を挙げれば、シチリア諸島でのマフィア抗争がそれだ。
報告によれば、ユウキはあの時、奪われた《ギルソード》のデータを回収を目的に、悪人かつ邪魔者であるマフィア達を切り捨て、抗争によって自滅に追い込ませようとした。
僅か14歳の少女が、彼等の身内にいたにも関わらず__
秩序や誓約を守る為なら、そのために遂行しなければならない目的の為なら、彼はいかなる手段も厭わない。
邪魔者がどんな末路と辿ろうと、同情の欠片もない。
それで自身が悪人として責められ、忌み嫌われようとも、一向に構わない。
__それが、ユウキ=アラストルという男。友人であるキルトさえ恐れる、闇の素顔。
「もういいだろ? 痛くて仕方ねぇだろ? 楽になっちまえよ!
このまま吐くもん吐かねぇと、巡った毒で内臓も焼かれて、余計に苦んでいくぜ!?」
「あ"ぁ……もう……殺じで……ぐれ……全……部……話ず……
狙い……は……新型の……《ギルソード》……だ……潜伏班が……情報を……嗅ぎつけた……
貴様等への……武力蜂起への……第一歩の……ため………ロエスエル……様は……成し……遂げる……」
「へぇ〜! それでお前等は、事前に長期的な計画を練っていたワケだ!
……ロエスエルってあのギャングみてぇなグラサン男だよな?
ってことは! 奴が向かった場所は!?」
ユウキが目を見開いて言った直後、苦痛に悶ながら、今度はヴィザロⅡが薄ら笑みをその顔に浮かべる。
「……ひひっ……あの方は……成し……遂げる……お前達はァ……何も……できねぇ……
……何もできやしねぇさ! ……お前達はァ……ヒヒッ……無力……!」
ヴィザロⅡは、そのまま枯れ果てた声で、おどろおどろしく笑い続けた。
死にかけた男の声とは思えない、厄災を呼び寄せる悪魔のようなそれ。
「……言いたいことはそれだけか!? 舐めやがって……! まぁ情報を提供したことには礼を言うさ。じゃあお別れだなァ……!」
そう言って、ついにユウキが左手に握る《高速射撃の剣》を、今度は首筋を目掛けて振りかざそうとした瞬時__
衰弱しながら笑っていたように思えたが、いつの間にか、その男は悲痛にむせび泣いていた。
「……ロエスエル……様……ヴィザロ……兄さん……アク……バル……さん……助けて……くれよ……
俺はァ……造られて……この世に生まれて……から……ずっと……いい子にしてきた……
兄さん達の……言う事……聞いて……ちゃんと……働いた……
ずっと……皆に……尽くした……のに……ど……して……こんな……所で……
助けて……よ……今まで……僕は助けた……のに……」
その悲鳴を聞いた時、言葉には出さなかったが、ユウキとキルトは、互いに胸の奥で思う事があった。
__この男は、アクバルⅡと同じクローン人間の兵士。
ならば彼も、ある種の被害者であり、悲劇的な生命体と言えよう。
闇組織の都合と技術で、命を造られて生み出され、誕生したその瞬間から、暗殺だの奇襲だの汚れ仕事ばっかり強制されてきた。
彼は、それが世の中の全てだと信じてきた。信じざるを得なかった。
世の幸福、人並みの人生を一切知ることなく、ただ利用され続け、そして報われないまま、死ぬことしか許されない、生まれついての無自覚な奴隷__
そして、悲しき殉教者__
ユウキは彼に、こう語りかける。
「……そう泣くなよ。今生は巡り合わせが悪かったんだ。生まれ方も、その環境も、出会った人も、全てが悪かったよ……
生まれ変わったら、アンタの生きる喜びと幸福、今度こそ見つかるといいよな……」
そう言って、ユウキは天に翳した刃をその首筋に振り降ろした。
肉体の裂ける音と血飛沫が鮮やかに宙を舞って、男は静かに絶命した。
___キルトは、しばらく沈黙する。
続発する衝撃的な事態を目の当たりに、脳の思考が停止してしまう。
だが、そんな悠長な事が許される状況ではなかった。
それを思い出したのは、次の瞬間にユウキが振り向いて、声をかけてからだった。
「おい、何呆けた面してんだよキルト! お前は何か聞いているのか!? このヴィザロⅡが言ってた、《新型ギルソード》の事ォ!」
ユウキの言葉に、キルトはふと我に返った。停止した思考が徐々に回復する。
「……あぁ、いや、聞いてないな。《ギルソード》の開発研究は、この地点から400m程離れた〈地下ギルソード研究施設〉で行われているが、そこからロールアウトされる《完成品》の報告は必ず各部署や学園に通達される。
ここ最近での完成は約4ヶ月前だぞ! しかも所有者も決定されている! だから今の時期になって……!」
「オイオイ! お前は俺等の学園の生徒会長兼理事長だろ?
ちょっと研究施設に連絡して問い合わせてくれよ! せっかく俺達が入手した敵の情報なんだからさァ! この地下は電波が完備されてんだろ?」
どこか不機嫌そうなユウキの言葉に、キルトは少々苛立って「分かったから待ってろ」と言い捨てて、ポケットから薄型スマホを取り出した。
しかし__予想外の事態に、キルトは困惑する。
「……おかしいぞ! 地下回線が機能していない……電波障害か!?」
「……はァ!?」
2人はその場で困惑し、立ち往生してしまった__




