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新科学怪機≪ギルソード≫   作者: Tassy
3.〈新都市マリューレイズ〉と武装組織の逆襲 編
63/105

第25章 悲しき殉教者の歌(1)


◇◇◇◆◆◆




 時は遡ること15分前___




 血まみれのリリーナを抱えたルフィールは、不覚にもナースステーション前で、動揺し立ち止まってしまった。




 リリーナが発した、ある言葉によって……




「……リリーナ、ゆっくりでいいから、もう一度言って欲しいわ……! ヴィクトリアが……殺される?」





「……わ……私……全部……見えて……た……の…… アイツの……《能力》の……特性……全……て……」





 今にも絶えそうな、弱く小さい過呼吸を小刻みに繰り返しながら、リリーナは弱く掠れた声で必死に訴えかけた。



 自分から流れる血で、顔や身体、包帯、病衣、全身が赤黒く染まって、抱えるルフィールの足元に滴り落ちている。





 ルフィールは、そんな彼女の姿を見るに堪えられず、せめて足だけでもナースステーション入口へと進めながら、ひとまずリリーナの声に耳を傾ける。





「……まだあの女が切り札を隠していると?」





「う……ん…… あの……敵の……《ギルソード》………ただ……靴底から……《斬撃》を……起こすだけが……能力じゃ……ない……!」





「どういうこと? ……貴女にしか分からないわ? その《瞳》で一体何を見たの?」




「……まず……彼女が……《ギルソード》を……発動させた……時……足元に……大量の……《ナノマシン》が……発生……して……た……


……私の……《粒子器発動の覚醒瞳(ブレイン・アイズ)》で……すぐに……解析……したら……


 その……《粒子(それ)》の……役割……《能力》が……全部……分かっ……! ごほっ……! がふっ……!」



 

「リリーナ!? 苦しいならもう……!」




 もう話さなくていい……と、ルフィールは口に仕掛けたが、リリーナは血でに染まった掌をルフィールに向けて、構わないでくれと手振りする。





「ダメ……大事なことだから……! ……敵の……《ギルソード》の……能力は……


 周囲の……空気抵抗を……自在に操って……攻撃にすること……!


 強い風圧の……《斬撃》は勿論……さらには……巨大な風圧で……人体を潰したり……


()()()()……だって……間違いなく……でき……る……!」





「……ちょ!? 今……空中浮遊って……言ったわよね……!?」





 瞬時に、ルフィールは背中に不穏な寒気を感じた。これから起こり得る危機的状況が、容易に想像できる。





「……なんてこと! ヴィクトリアは何も対策無しに追いかけていったわ! しかも向かった先は確か……隣のビルの渡り通路!


あの女が空中に飛んだ瞬間……ヴィクトリアに勝ち目はないじゃない!!」





「……お願い……ルフィール……今すぐ……ヴィクトリアを……追いかけて……私の《()》には……もう……彼女の状況が……見えているの……!


 お願い……! ヴィクトリアを……追いかけて! 仲間を……助けて……!」





「なっ……!? 無茶を言わないで! 血を流して死にかけてる貴女を、私に放っておけと言うの!?」





「……ル……フィール……ごめん……私……貴女に……無理な事……言ってるの……分かっ……てる……


 でも………! ヴィクトリアが………危険な……状態なの……! もう敵は……空中を飛んでいて……彼女を……捉えてる……



 嫌だ……辛いよ……! 大切な仲間が……危険に遭って……殺されそうになるの……黙って見てるなんて……………!」






 リリーナは泣きながら、怯え震えながら、必死にルフィールにしがみついて訴えている。




 ルフィールは、苦渋の決断に迫られ苦しんだ。



 危機に陥ったヴィクトリアか__


 流血で死にかけているリリーナか__



 一方を救おうと思えば、もう一方は確実に捨て置く。それ以外に選択肢など無い。


 


 __気がつけば、ナースステーションのカウンターは、すでに目の前の位置にあった。




 中の様子を覗けば、無人のデスクや棚には、幸い治療薬や点滴の袋が散乱している。


 目当ての止血剤や『特殊外傷治療薬(ナイチンゲール)』なら置いてあるだろう。




 ルフィールは唾を飲んて、覚悟を決めた。




「……分かったわリリーナ、私はアンタをここに置いて、ヴィクトリアを助けに行く! アイツに喝を入れて、すぐに戻るから!


 でもその前に……アンタにできる手当ては、すぐにここでさせてもらうわよ!」

 


 

 彼女はそう言って、カウンター越しから室内が完全無人であることを確かめると。即座に扉を破って中へ侵入し、薬品が大量に収納された棚の前で、優しくリリーナを横たわらせた。




 そして、彼女の傷を止血すべく、ルフィールは薬品棚の扉を乱雑に開ける。





「あら、これだけの量があるのは神の救いね! あの女も詰めが甘いわ。真っ先にこの部屋を荒らさなかったなんて……!」




 そこには願い通り、探し求めていた薬の大瓶が、棚中央の最前列、最も手の届く位置に、余る程並べられていた。

 



 奇跡的か、それとも院内の者が非常時に備えて、いつでも軍に支給できるよう日頃から蓄えていたのか。



 そんな経緯予想など考える猶予はなく、ルフィールは早急にその瓶を3本取り出して蓋を開け、横たわるリリーナの身体全身に、大胆にも直接薬用液をぶちまけてやる。




「……ごめんなさい、リリーナ。貴女を手当てするには、開いた傷を全て縫合して、全身の包帯と病衣を全部取り替えないといけないのだけれど……!」





「……大……丈夫……あり……がとう……だから……お願い………ヴィク……トリアの……ところへ……行っ……て……


 私も……()()……なる……から……」





「……力になるって……どういう意味よ……!?」





 その言葉を不可解に感じたルフィールだが、次の瞬間、横たえるリリーナの真上に、彼女の能力《創造する(ズィミウルギア・)脳操槍剣(ブレインセイバー)》が、紅色の光と共に出現する。



 現れた《紅の槍》は、その場でゆらゆらと浮遊して、ルフィールに「使え」と言わんばかりに、彼女の胸元へと近づいていく。





「……何やってんのよリリーナ! そんな身体で《ギルソード》を使い続けたら……!! 本当に死ぬわよ……!?」





 ルフィールは剣幕な表情で叱責するも、リリーナは青ざめた顔で微かに微笑みながら、首を小さく横に振った。




「どの道……空中で………戦うには………これを……使うしか……ない……よ…… 私の……ことは……気に……しないで………


 それでも……私は………仲間を……助け……たい……か……ら……」






「……分かった。受け取るわ……! 貴女の力!!」





 ルフィールは歯を食いしばって言うと、浮遊する紅の槍《創造する(ズィミウルギア・)脳操槍剣(ブレインセイバー)》をその手に掴み取る。




 もう腹は括っているのだから__




 どこまでも、我が身よりも他の身を案じて、救おうとするリリーナの生き方。




 それをルフィールは、仲間としてそれを熟知していて、彼女についていくと決めていた。




 それはユウキをはじめ、キルトも、ヴィクトリア達も同じなのだから。



 


「……何度でも言うけど、すぐに終わらせて戻ってくるわ。


………それまで生きてなさいよ!」



 

 ルフィールはそう言うと、浮遊する槍《創造する(ズィミウルギア・)脳操槍剣(ブレインセイバー)》に、魔女の箒の如く跨った。




 《槍》自体は、リリーナの能力で《遠隔操作》されている。





「お……願……い………」





 リリーナが横で小さく呟いたが、その顔をルフィールは見られなかった。





 ルフィールが跨がり乗った《槍》は動き出し、そのままリリーナの操作によって、一目散にヴィクトリアの向かった方面へと高速で駆け抜けていく。





 彼女を見送ったリリーナ、視界は霞むも《紅色の瞳(ブレイン・アイズ)》を解除させないまま、ユウキ達がいるだろう〈軍の総本部〉の方角を見やった。




 

 __その時、その紅色の瞳に何が写ったのか、誰もが知る由もない衝撃の光景に、彼女は大きく目を開いた。




「なっ…………何……? ………あの………()()()………《ギルソード》………?」





 __リリーナは硬直し、しばらく呆然としていた。


 



◆◆◆◇◇◇





 __時は再び戻る。15分後の〈マリューレイズ軍立赤十字病院〉共用渡り廊下へと__







「ごめんなさいリリーナ、ボロボロの貴女にこんな負荷をかけて……!


 これ以上は無理させない……! だから私は、より手っ取り早い手段でやるわ!


 ……たとえその《必殺能力(おくのて)》が、どれだけ卑劣で残忍だろうと……!」






 渡り廊下の付近、地上70mの空中で、リリーナの遠隔操作する槍《創造する(ズィミウルギア・)脳操槍剣(ブレインセイバー)》の上に立ち乗りして、ルフィールは暗殺少女ラインを見下ろしていた。


 



 彼女の身体からは、《黒紫の粒子》と《赤黒の粒子》が交互に発生し、それは人工の《霧》となって周囲の視界を覆い尽くす。






「……嫌ぁ………頭が………おかしくなって……! 何を……するの……? 私に何をするのぉ……!?」






 濁った視界の10m斜め下で、暗殺少女ラインは顔面を蒼白させて悲鳴を上げていた。




 《捕縛の縄:薔薇の蔦芽(ローズ・ジェルム)》で締め付けられた全身は、この上ない苦しみに悶え震わせ、虚ろな目と鼻や口からは大量の涙と唾液がだらりと流れ出て見るに絶えない。


 



「言ったでしょ? 私の《暗黒魔術(ダークマジシャン・)の粒子(ナノマシン):惨劇の呪い》は、貴女の脳味噌を自律神経から精神を徐々に破壊していくって……!


 直に幻覚と妄想を引き起こすわ……!


 見たくないもの、思い出したくないもの、全ての不幸と地獄に溺れながら朽ちなさい……!!」




 

 冷徹冷酷は目でルフィールは言った。




 __次の瞬間、彼女の《暗黒魔術の(ダークマジシャン・)砲撃拳棒(ガンストンファー)》から、赤黒い《粒子(ナノマシン)》で組成された、オーロラのような美しい膜が現れて、ひらひらと靡く。



 艶やかなその膜は、まるで舞踊ベリーダンスで使われる『ベール』のようで、それがトンファーの袖から垂れているようだ。




 その幻想的な様相、まるで踊り子のそれ。





「…………何をォ……! 何をする気だお前ぇ……!?」




 するとラインは、しばらくは歪んだ顔で怯えていたが、突如正気を戻したのか、彼女は血相を変えて怒り怒鳴る。





「あら? 強情な子ね。まだ理性が残ってるなんて……!


 __何って? いい見せ物を披露するのよ! 客席でどんな歓声が聞けるのか楽しみだわ!!」





 ルフィールは歪な表情で微笑むと、突如、足場の細い《槍》の真上、器用かつ可憐な足運びとステップで『舞踊』を踊り始める。



 軽快で艶やかで、一見魅了されるような踊りだが、見れば見る程、それは極めて異様かつ奇怪なものだった。



 ベリーダンスか、ワルツか、東洋の伝統舞踊か、或いは何らかの儀式なのか、断定に困る奇怪な動作を延々と繰り返す。


 


 さらに、舞い踊るルフィールの口元は……


 


「………π¶∆¤§№€¢! @#&℃€№∆¶‰π!」




 何かを口ずさんでいる__



 確実に何らかの言語ではない__




「……π¶∆¤§№€¢! @#&℃€№∆¶‰π!」



 

 言語にしては、酷く発音や声のトーンが不安定で、最早それは歪な不協和音だ。




 まるで、悪魔を呼び起こす呪文を唱えているかのような。




 そんなルフィールの行う怪奇的な儀式な《舞踊》によって、最も危険な《赤黒い霧》の粒子(ナノマシン)は、さらに大量散布され、その濃度を増していく。




「……なっ……何よこんな《霧》……! 何を震えているの私……! この女さえ殺せば……私の頭は元に戻って……!」




 自律神経を乱され、得体のしれない不安と恐怖に苦みながら、ラインは、身体を縛る《薔薇の蔦芽(ローズ・ジェルム)》を解こうと、ジタバタと暴れ始めた。




●●●●

 



 __だが次の瞬間、赤黒と黒紫の《霧》で覆われていた視界の中、予期しない、ありえない光景が、ラインのそこに広がっていた。



 

 

 恐ろしい格好をした大男達が、彼女の周りを取り囲んでいる。



 

 黒いスーツを纏った男や上裸でタトゥー塗れの男、そこ誰もが、ゴミをみるような目でラインを見下ろし、その手に金属バットやバール、その他の拷問道具をちらつかせていた。




「……………!?」




 ラインは全身を硬直させたまま、ただ男達を見上げていた。




 __無論、ここは地上70mの空中、この場でライン以外の人間が浮遊するとなどありえない。




 これは、ラインが見ている『幻覚』だ。





 __男達は悪意に満ちた笑顔で、バットやバールを彼女の頭上に振り翳す。





「……いや……やめて……ください……許……して………………」





 震えきった小声で許しを請うも、男達は何1つ聞き入れることなく、ただゆっくりと近づいてくる。




「……@#$!! ………#@%$!! ……@……§^#!!」

 




 男達はラインに向かって何かを叫んでいた。



 

 単に彼女の妄想だからか、濁った声をしてはっきり聞こえない。




 だが、狂気の男達が差し迫って、まさに凶器で殴りいたぶられるその寸前、その濁った声の言葉を、ラインの耳にはこう残った。





「……使 エ ネ ェ ド 奴 隷 ノ 分 際 デ………!! 逃 ゲ ラ レ ル ト 思 ウ ナ……!!


意 ニ 反 ス ル 怖 ロ シ サ……身 ヲ 持 ッ テ


分 カ ラ セ テ ヤ ル……!!」






●●●●●






「い"や"ぁ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!! お"願"い"も"う"や"め"て"ぇ"ぇ"!!」





 紫の《霧》が渦巻く闇の中、ついに少女ラインが発狂する。






「……@#&℃€……№∆¶‰π………!」



 

 ルフィールは踊り続ける。




 歪な呪文を唱え続けながら、幻覚に苦しみ狂いだす彼女を横目に、しかし冷酷な目で流すだけで、同情や慈悲の感情など一切ない。



 むしろ、苦痛に悶える様子を見た上で、あえて止めずに相手を呪い続け、地獄の底へ叩き落とそうとしている__ 






「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんな……! う"ぅ!! お"! お"ぇ"ぉ"え"え"え"え"え"ぇ"!!」





 ラインはついに嘔吐する。




 その顔が、身体が、全身が、顔から溢れ出る涙と唾液と吐瀉物によって、みるみる汚され染まっていく__





「ルフィール? これ以上は……もう……!」





 ヴィクトリアは瓦礫に掴まったまま、言葉を失って唖然とする。




 窮地を救われたとはいえ、今彼女が目にしているのは、無抵抗の相手に精神的にも肉体的にも苦痛を与えるという、狂気の光景なのだから。






 __そして次の瞬間、ヴィクトリアとルフィールは、暗殺少女ラインフェルト=フェリーベルの過去が垣間見える、決定的な叫びを耳にする。

 





「もう殴らないでぇ……!! 痛いのは嫌ですぅ……!! 何でもしますぅ……言うこと聞きますから……!!


 血はもう嫌……!! 人を殺すのも……傷つけるのも……!


 私は……もう人を……うぅ"……! お"えぇ! げぇぇぇ……!!」






「……成る程ね。ある程度予想はしてたけど、これで確信を持ったわ……!」

 





 不気味で不規則なステップを踏み続けながら、ルフィールは冷静な顔と声でそう言った。





 ヴィクトリアその意味を十分に察していて、悲しみが込み上がり目を見開く。





「……やっぱり……そうなの……よね……」





「……大凡察しはつくわよ。私達と年齢がそう変わらない女子が、こんな犯罪組織に雇われて暗殺やってる時点で……


 

 この御時世ではよく聞くわ。


 世界の紛争地や被災地の孤児が、何処ぞのマフィアやテロリストが拾われるか攫われるかして、暗殺者みたいな汚れ仕事屋に叩き上げられて、奴隷どころか道具のように酷使され続ける凄惨な話……!



 中には、壮絶な暴行と虐待の果てに殺される事例だって、珍しくない……!


 それにしても、貴女が《その脚の刃(ギルソード)》を身体に宿した経緯が疑問よね?


 貴女が組織に連れてこられた際に、強制的に植え付けられたのか? それとも《それ》を宿していたから組織に連れてこられたのか?



 でも……今この場においては、そんな経緯どうでもいいし、この国と軍組織が最も嫌うのは……!



 外部の人間が《ギルソード》を保有している事実……!



 貴女はその該当者かつテロリスト、討伐対象でしかないわ!」





慈悲の感情など一切感じられない。拷問官や執行人の如き凍った瞳で、ルフィールはラインを見下ろして言った。





「………………………」




 だが、すでに暗殺少女ラインの耳には、ルフィールの言葉は届いていない。



 顔や身体中は汚物にまみれ、精神を破壊された彼女の瞳は、一切輝きが見えない、虚ろで生気さえ伺えない。



 


「もう終わりにしましょう。__ヴィクトリア!!」





 ルフィールは不吉な舞踊を止めると、奥で呆然と瓦礫にぶら下がったヴィクトリアに目を向ける。






「……え? 私? 何を……!?」





「__何って? アンタの仕事よ! 止めを刺しなさい!」





 ルフィールはぴしゃりと言った。その冷徹な瞳に、ヴィクトリアの背筋は凍りつく。






「ちょっ……!? ここまで苦痛を与えた相手を……!? そんな一方的なやり方……! 人道的に反する……でしょ……!」






「……何を唐突に甘い事言ってるのかしら? さっきまで仕留める気満々だったくせに!」






 ルフィールの冷淡な瞳は、その奥に眠る覇気を増してゆく。



 

 半端な人情や覚悟を許さない、無慈悲で冷血な意思の現れ。






「いい!? ここは軍人国家!! 私達はこの国の正義と秩序を守る軍人の卵なのよ!


相手はテロリスト、しかも恐ろしい《ギルソード使い》!



 仲間も危険に晒されたこの状況で! 慈悲やら哀憐やら持ち出さないでくれる!?



それに、どの道コイツを生かしたところで、祖国に対する反逆罪という未来のない厳罰……!



 今ここで息の根止めてあげた方が、彼女にとっても、この国にとっても望ましい選択ってことよ!



 __分かったら、さっさと終わらせなさい!」





 

 ルフィールの容赦ない言葉に、ヴィクトリアは唇を噛み締めた。





 足元に目を向ければ、確かに紅の槍《創造する(ズィミウルギア・)脳操槍剣(ブレインセイバー)》が連なって浮遊し、少女ラインへと続く足場となっている。






「分かった…… やるわ……!」




 ヴィクトリアは、静かにそう言った。




 心臓が締められるような感情を堪えながら、瓦礫から手を放して、空中に敷かれた足場の《槍》を次々と、軽やかに乗り移って、あっという間にラインの頭上へと飛び掛かる__





「…………………」





 すでにラインは微動だにしない。





 顔や口から涙や汚物を垂れ流して、生気を失った瞳は、未だ虚空の視界を彷徨うかのようだ。





「ごめんね……! アンタの心……救ってやれなくて……!



 ____《母鳥の(マザーバード)機関銃(・マシンガン)》!!」





 覚悟を決めたヴィクトリアの絶叫と共に、その右手には《小鳥の(リトルバード)機関銃(・マシンガンズ)》と同型の《銃》が発動・実体化されて、瞬く間に銃口が火を吹いた。





「………がっ ……ぇ"ほ………!」





 凄まじい銃声と共に、ラインの胴体から、口から、身体中から、真っ赤な血飛沫が空中を舞って、小さな雫となって地上70mへと降り注ぐ。





 血に染まったラインの身体は、今も尚、《紅の槍》から蔦う《捕縛の縄:薔薇の蔦芽(ローズ・ジェルム)》に固定されて、彼女は宙吊り状態のまま、だらりと人形のように力尽きた。






 ___ラインを討ち取ったヴィクトリアは、射撃の直後、そのまま可憐に空中を舞ってバランスを維持すると、前方斜め下に浮遊移動していた《紅の槍》に見事着地を果たす。





 《紅の槍》は、遠くからリリーナが遠隔操作しているものだ。



 故に、《槍》が着地点に移動していた様子から、まだ精密な遠隔操作が可能な程に、彼女の意識は保たれている事になる。





「脅威は去ったわね。見事な覚悟と腕前だったわよ。ヴィクトリア……!」




 ルフィールは両手の《G(ガンズ)トンファー》を投げ捨てると、無表情でパチパチと両手を叩きだす。





 どこか冷淡で、どこか人の痛みに対して酷く無関心な顔と行動。




 ヴィクトリアはそれを見て、率直にそう感じた。



 少女に地獄の苦痛を与え、痛めつけた張本人だというのに。





「あのさぁ……! 助けてもらったのに……こんなこと言っちゃいけないけど……


 もっとマシなやり方はなかったワケ……?」






 密かに抱えていた激情が募ったヴィクトリアは、ルフィールを睨んでそう呟いた。





 だが当の本人は、それを全く気に止める素振りはない。


 

 寧ろ予想通りの台詞とと言わんばかりに、「やれやれ」と、だらしなく両手を広げながら、こう答える。






「……勝手に思ってくれて構わないわ。そういう罪の自覚は十分にあるし……!


 第一、私の必殺技(おくのて)を目の当たりにして、軽蔑も批難もしなかったら、もうそいつサイコパスか何かよ。



 そうやって、私を批判できるアンタの思考は正常だから、安心してその考えを大事になさい。 ……とだけ言っておくわ。


アンタも、ときに優しすぎるわよわねぇ。リリーナにそっくり……」







「……アンタが割り切り過ぎだっての……! そりゃ同情くらいしたくなるわよ。あんな悲痛の叫びを見せられたらさぁ……!


 それに私達だって、彼女みたいな立場になっても……おかしくなかったわよ!


 知ってるでしょ? 私達の〈グランヅェスト学園〉と他の〈軍属6学園〉には、決定的な『違い』があるってこと……!」







「……知ってるわよ? 母校なんだから。 他の学園との決定的な『違い』。それは……


 全校生徒が、身寄りのない天涯孤独な『孤児』だってこと……


 ここ以外に生きていける場所がない。


 私達も含め、そんな世の中から捨てられた子達が集められた、そんな学園……



 私達は救いの手を授かったけど、この少女は授からなかった……



 だから、自分の手を汚して生きるしかなかった……そうよね?」






「……事情は薄々察してたんでしょう!? だったら……!」





 

「……だったら……! じゃないでしょう!? これとこれとは別問題! 私達は私達の生きる場所と、この国と、仲間を守らなきゃならないのよ!?


 半端な同情は自分の命を脅かす! 冷酷だの卑怯だのと、罵りたければ罵ればいいわ!



 でも私は、今ある大切なものは、如何なる手段でも守るべきだと思ってる!


 アンタこそ知ってるでしょう……?


 かつて軍の〈総本部〉の地下に存在()()()()悲劇の孤児院……『雛鳥の宿』を……!」





「……それ、昔ユウキとリリーナが居た場所の事だよねぇ……?


 ……リリーナの聞こえないところで、その単語を引き合いに出さないでよ……!!」

 




 血相を変えたヴィクトリアは、怒れる眼光でルフィールを睨む。





「……それはごめんなさい、粗相をしてしまったわ。


 ……戻りましょう? この《紅の槍》が機能してるうちに、リリーナの意識があるうちに、すぐにナースステーションへ急ぐわ!」




 無表情で誠意のない、言葉だけの謝罪をルフィールは即座に済ませて、拳を握ったヴィクトリアを黙らせる。






 __《紅の槍》達は構うことなく、黙ったままのルフィールとヴィクトリアを上に乗せ、蔦で縛られた血まみれの少女ラインを引っ張りながら、空中を浮遊して、元の病棟の廊下へと引き返すのだった。






◇◇◇◇◇





「……うぅ……ごぷっ……ゔっ……!」





 ナースステーションで独り、横たわったリリーナは、流血と傷の痛みに悶ながら、身体を震わせて動かそうとしていた。





「……行か……なきゃ……伝え……なきゃ……ユウキの……所……に……」




 視界が濁っているのか、ゆらゆらとよろめく紅色の《粒子器発動の覚醒瞳(ブレイン・アイズ)》___





 その視界の奥に、一体何が映されているのか、誰が知る由もない___

 




◇◇◇◇◇




〈総本部〉の地下、暗闇の研究室内で___





「クククッ……! 来やがった来やがったよォ……! 俺の新たな力が湧いてきやがるゥ!!


 これが生体兵器に生まれ変わった気分ってヤツかァ!?」



 



 襲撃の主犯フランツ=ロエスレルは歓喜に震え上がっていた。





 周囲は横たわる兵士達の死体と血溜りに染められ、室内は夥しい血の匂いで覆われている。



 

 暗闇の死の部屋の中、仄かな《ナノマシン》の光達が、無数に浮遊して、集中していた。




 異様で歪な灰色の粒子___





 それ等は主人を慕い群がるように、ロエスレルの周囲を浮遊する。




 すると、集う《ナノマシン・オーラ》となった光の密集体は、ロエスレルの頭上を覆うや否や、それはある異様な姿を現した。




 人間を平気で食い千切るかのような巨体だが、よく見れば__



 

 それは巨大な《兜虫》の姿に酷似している。




「よぉ! 俺の親愛なる《ギルソード》……仲良くしようぜぇ?」




 ロエスレルは、ニタリと、不吉な笑みを浮かべて言った。


 

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