・暗殺少女の特攻(3)
「グロテスクねぇ。別に私は気にならないわ? 生憎、私は趣味が悪いってよく言われるのよ!
それが顕著に表れる《必殺能力》を、場合によっては発動させるつもりだから……!」
ルフィールはニヤリと笑いながら、ヴィクトリアの意見と思考に同調した。
「ホント情けないわね私……リリーナを守ろうとして飛び出したのに……! 敵の策に翻弄されて、余計に彼女を傷つけて……!」
怒りの目つきをラインに向けたまま、ヴィクトリアは悔みと屈辱で奥歯を深く噛みしめる。
(ホント、この子のリリーナに対する思い入れは、ユウキ並みに重いんだから……)
ルフィールはそんな彼女を横目に小さなため息を漏らした。
「お願い……気をつけて……あの……攻撃………脚の角度で……ゴポッ……! カフッ……!」
2人に何かを伝えかけた瞬間、途端にリリーナは大量の血を吐き出した。
また傷が開いている。その細い身体を包む包帯と病衣が、徐々に赤黒い血に染まっていく。
「やめてリリーナ! もうそれ以上喋らないで! 死んじゃうから! お願い!」
「ヴィクトリアの言うとおりよ! 私達はこの女始末したら、アンタを避難所の病棟に連れて行くから! だからそれまで……!」
リリーナの危機的な状況に、2人の精神は焦燥に迫られる。
しかし、そんな彼女達をよそに、暗殺屋ラインは待ってなどくれない。片足を後ろに構え、一文字蹴りの大勢を取る。
「何勝手にゴチャゴチャと話してんのよ! どうせ3人まとめて次の一撃で微塵切りにしてやるわ! 《斬撃破風の脚靴剣》!!」
激昂するラインの《斬撃の嵐》が、まさに炸裂されようとした。
しかし__
「……させるか! そんなパターン攻撃!《小鳥の機関銃:銃口換装》!!」
ヴィクトリアに絶叫と共に、翼で旋回する2丁の《小鳥の機関銃》が、盾となるように彼女の前に飛び出した。
次の瞬間__
それ等の《銃口》の先から、眩い閃光が突如現れ、強烈な輝きが一面を覆い尽くす。
「ぎゃ……! 目が……! 視界が……!」
強烈な光に目を塞がれたラインは、脚に威力を溜めた《斬撃の嵐》を、全く方向違いの、斜め上の天井を目掛けて放ってしまう。
【ドゴォ……! ガシャァアア……!】
壮大な破壊音が鳴り、天井は瞬く間に崩れ落ちて上階との穴が空いた。
しかし、無駄に瓦礫と砂埃を撒き散らしただけで、肝心なヴィクトリア達に全くダメージはない。
「そんな……まだ目が見えない……!」
目を眩ませて怯むラインに対し、目を瞑って《閃光》を防いたヴィクトリアは、容赦なく追い打ち攻撃を仕掛けようとする。
「……効いたかしら! 私の《銃口換装:閃光弾》が!
私の《銃撃連隊の機関銃》は、実は《機関銃》以外の機能と役割を果たす……!
その場の状況に応じて《銃弾》の種類や構造、《銃口》の形状まで、融通が効くように《換装》ができるわけ!
散弾、閃光弾、スモーク弾、大凡10種類くらいかしら!
リリーナの《創造する脳操槍剣》みたく自由自在じゃないけど、あのデータを元に開発されたから、自動操縦かつ超融通の利く《ギルソード》なの!
〈新都市マリューレイズ〉の開発技術を舐めんじゃないわよ!」
「くっ……! あぁ……目が……!」
「見えていないから隙だらけ! 《小鳥の機関銃》!!」
パチリ……! とヴィクトリアが指を鳴らした刹那、浮遊する8丁の《機関銃》が、即座に標的ラインへと襲いかかる。
「一気に取り囲め!! 畳み掛けて蜂の巣決定!!」
「……っ!? まずい!!」
悍ましい殺気と次なる危機的な展開を察知したラインは、瞬足の脚つきで地面を蹴り、一目散に後方へと駆け出した。
《機関銃》の集団は情け容赦なく、正面から、真上から、斜め後ろから、あらゆる方向を取り囲み、銃声を奏でで乱射する。
「がっ……!! あぐっ……!!」
彼等の《銃弾》は、ラインの脹脛、右肩、左腕と各箇所に撃ち抜いた。血飛沫が飛び散る。
だが、致命傷は負っていない。
彼女は精鋭な暗殺者として訓練されているので、敵のあらゆる方向からの銃弾は、目を瞑っても避ける技術と感覚があった。
しかし、《閃光弾》を受けて視界は戻らず、8丁の《機関銃》が小刻みに動き回るので、彼女の実力を以ても、この状況は対処に苦しめられる。
(まずい……! この翼が生えて飛び回る《銃》……! こんな狭い場所を彷徨いてたら、速攻で蜂の巣にされる……!
広い空間……! 十分に動き回れる場所までこの《銃》を誘き出して、破壊してやる!!)
長く複雑な廊下を高速で駆け抜だしながら、ラインは試行錯誤していた。その内に視界が徐々に回復していく。
気がつくと、すぐ目の前には硝子の窓が待ち構えていた。
「……フフッ!」
それを見るや否や、ラインの表情は、ニヤリと薄ら笑みを浮かべていた。
◇◇◇
一方、先程の廊下では__
「……さぁ逃げなさいよ殺し屋女! じっくりと痛めつけてやるから泣き喚きなさい!」
残酷な笑顔を浮かべたヴィクトリアが、余裕な姿勢で勝利宣言していると、背後から、ある同僚の怒声が耳を打って、さらに拳で殴られた。
「……こんの乱射中毒女ァ!!」
「痛ぁい!! ちょっと何すんのよルフィール……?」
げんこつを食らったヴィクトリアが、涙目で後ろを振り返ると、恐ろしさが倍増した眼光のルフィールが、静かに彼女を見下ろしている。
「……何すんのよってこっちの台詞よ! 唐突に《閃光弾》なんか使いやがって! おかげでこっちまで視界が眩んだじゃない!!」
「えっ? ホントに? それはごめんなさい……!」
「ったく! アンタねぇ……! 周り見てないにも程があるわ……!」
ヴィクトリアの滅茶苦茶なやり方に、ルフィールは呆れて溜め息をついた。
「そ……そうだ! それよりもリリーナは!? あの子は……大丈……夫よねぇ!?
大丈……………う……そ……!?」
ルフィールに尋ねるや否や、彼女の立ち姿の奥から、リリーナの様子が見えた。
恐れていた地獄の光景に、ヴィクトリアの血の気は引いた。
「大丈夫なわけ……ないでしょ……!」
ルフィールは冷徹な瞳で答えた__
奥の廊下で、リリーナは倒れて蹲っていた。開いた傷口からの流血が、その酷さを増している。
当然の事だ。彼女の傷は、元より塞がっていない。
それが毒で犯され悪化した上に、暗殺少女ラインとの戦闘によって、心身共に余計な衝撃、ダメージ、負担を強いられた。
弱った身体が、それに耐えられるはずがない__
「……うっ………けぽっ…………」
ひゅうひゅうと弱々しい過呼吸を繰り返し、流れ出る血液は、包帯や病衣は勿論のこと、周囲の床にまで染み渡っていた。
最早、命の危機に差し迫っている。
「いや……いやァ! リリーナァァ!!」
ヴィクトリアの思考は乱れ、パニックに陥った。
目の前のルフィールを思わず押し退けて、彼女は速攻で重傷のリリーナへと駆け寄った。
「リリーナ……お願いだから死なないで……! すぐに血を止めるから……まだ残ってるわよね……血……! だれか呼ばなきゃ……! まだ生きてる医師や看護師はいないの……!?」
「落ち着きなさいよヴィクトリア! アンタが慌てふためいても事態は悪化するだけよ!」
混乱するヴィクトリアを、ルフィールは粛清するようにぴしゃりと叱ったが、すでにヴィクトリアは、それを聞き入れる余裕などない。
「……何言ってんのアンタ!? 逆にどうしてそんなに冷静なの!? 大切な仲間が苦しんで死にかけてるのに……!!」
「だからこそよ! 馬鹿ねぇ!」
ルフィールは怒鳴りつけたい怒りを溜め息で沈めて、蹲るリリーナへ静かに駆け寄り、血塗れの身体をそっと抱き上げる。
意識もはっきりしていない。小さく弱い過呼吸も、下手をすれば今にも止まってしまいそうだ。
「……いい? ヴィクトリア? ここは病院よ! 確かにこの階の医師や看護師は殺されてるけど、ナースステーションに行けば、薬や医療用具は探せばあるでしょ?
正直……この様子だと『ナイチンゲール(※最新の救命医薬品)』を服用させても効果は期待できない……!
でも血を止めたり、最低限の処置はできるはずよ!
リリーナは私に任せなさい……! アンタには『やるべき事』があるわ!」
「私の……やるべき事……?」
ヴィクトリアは、一度冷静さを取り戻して考えた。
刹那、この通路の奥、暗殺者ラインが駆け出した先の場所から、壮大な爆発音が一帯を轟かせる。
「えっ? 何よ今の音!? まさかあの女……まだ生きてるの!?」
「様子を見に行く必要はありそうね……! いい? ヴィクトリア……! アンタの役目は、アイツからリリーナを守ることよ!
まぁアンタの《能力》があれば、アイツを仕留めるのは時間の問題かしらね……!
だから一刻も早く、確実に片付けて戻ってきなさい! 2人でリリーナを救うの!! いいわね!?」
「……分かったわ。どうせ私の《小鳥の機関銃》は自動追尾だから、絶対に逃さない!
リリーナの命を脅かした罪、その身に刻んでやる__!!」
誓いと決意を固めたヴィクトリアは、再び闘志の眼差しを取り戻して、瓦礫を蹴って通路の奥へと駆け出した。
ヴィクトリアの姿は、もう眩んでしまった。
ルフィールはそれを確認すると、リリーナをナースステーションまで連れて行こうと、傷に障らないよう注意しつつ、即座に駆け出した。
「……うっ……けほっ………かふっ……」
「しっかりしてリリーナ……! 血をすぐに止めるから、もう少しだけ頑張って……!」
ルフィールは唇を噛み締めながら、腕の中で苦しんでいるリリーナを必死に励まそうとする。
「……ダメ………独りに………しな……いで………」
「リリーナ落ち着いて……! 貴女を独りになんてしないし、死なせもしない……!」
心身共に相当衰弱しているのだろう、そのか細い声は誰かの温もりを求めている。
ルフィールはそう感じた。
だからこそ、今は彼女を救うべく、刻一刻を争っている。
「リリーナ、私はここよ! 大丈夫! 貴女を絶対に見殺しにはしないし、ヴィクトリアも貴女を守るために戦っているから……! だから貴女も……!」
「……違ぅ…………ヴィクトリアを………独りに……しないで………独りじゃ……絶対……殺される………!」
「……えっ?」
一瞬、ルフィールは自身の耳を疑った。
予想外の言葉に動揺し、不覚にも、急ぐべきナースステーションの目前で、彼女はその足を止めてしまう。
「今……何て言った……? ヴィクトリアが……殺される……?」
◇◇◇◇◇
一方、ヴィクトリアは2つの《機関銃》を両手に、通路に漂う砂埃を突き抜けて、暗殺者ラインを追っていた。
「……血痕が少ない? 冗談でしょ……!? まだ生きているどころか、致命傷さえ負っていないっての……!?」
先へ先へと歩を進めるにつれて、不気味な違和感と悪い未来予測が、ヴィクトリアの胸を締め付けて苦しめる。
「……しかも、おかしいな……! 私の《小鳥の機関銃》からの通信も返って来ない……!
あの《銃》達は高性能な《知能ナノマシン》を持ってるから、まだ敵を始末してなくても、主人の私には必ず連絡信号を送って判断を仰ぐはず……! いや、まさかとは思うけど……!
……っ!? 何よこれぇ!?」
考察にふけっていたヴィクトリアの視界に現れたのは、破壊された、硝子張りのビル連絡通路だった。
隣の病棟があるビルに続く渡り廊下だったが、何かしらの爆発によるものか、焼け焦げ、真っ二つに裂かれて、硝子はひび割れて砕け散ったものは70m下の地面に散らばっていた。
廊下の崩落を恐れながら、ヴィクトリアは慎重にその廊下へと近づいていく。
「……こんな破壊、私の《ギルソード》じゃ絶対できないのに……! ……っ!? あれは!?」
ふと、ヴィクトリアは、渡り廊下の裂け目の先端に落下していた、ある『光輝いた物体』に目を止めた。
遠目で見れば鉄製の機械部品の一部のようだが、その物体が放つ輝きこそ、《ナノマシン》のそれと酷似している。
嫌な予感が脳をよぎったが、案の定、それの至近距離まで近づいた直後、ヴィクトリアは唖然とした。
「ば……馬鹿な……!? 私の……《ギルソード》が……!?」
破壊されている__
彼女の足元に転がっていたのは、無残にバラバラにされた《小鳥の機関銃》だった。
機関銃『H&K MP5』に酷似したその形状は、爆発によるのか、細切れにされたのか、ただの鉄屑や破片と化して原型を保っていなかったが、その炎色の《ナノマシン》の輝きと、微かに残った《翼部分の破片》で、すぐに判別ができた。
発見後、その残骸は即座に《粒子化》して、蒸発するように消えてく。
「今まで破壊されたことなかったのに……!? ってこはアイツは……相当の実力を……!」
「……その潰れた《小鳥》がどうかしたの!?」
突如その耳に、あの女暗殺者、ラインフェルト=フェリーベルの声が響いた。
声のした方向に違和感を覚える。まさかとは思ったが、その方向、『左斜め上』へと目を向けた瞬間、ヴィクトリアは愕然とした。
「なっ……!? えっ……!? 空……飛んでっ!?」
暗殺者ラインは、宙に浮いている。
抽象表現などではなく、言葉通りの光景だ。
悠然とした表情で、何の違和感も感じぬかのように、翼があるわけでもなく、まるで透明な床でもそこにあるかのように、空中で直立して、そして笑っている。
「いい表情ねぇ。予想していなかったでしょ? どうせ最期だから教えてあげるわ?
私の《斬撃破風の脚靴剣》は、この靴底から発生する《空気抵抗ナノマシン》によって、周囲の空気抵抗を自動で調整できるのよ!
だから風圧の《斬撃》を起こせるし、空中を浮遊できるし、時には巨大な風圧で人体を潰す事だってできるわ!!
意外なの? お前達程度に手の内なんて、全部明かすわけないでしょ!
後さぁ、アンタが仕向けた《小鳥みたいな機関銃》は、私が全部破壊しちゃった!
安っぽい単調なAIの動きだから、壊すのは容易だったわ!
どう? 形勢逆転よ! 絶望して死になさい!!」
見下して罵るラインに対して、身の危険に迫られたヴィクトリアは、腹を括って唾を飲むも、勇ましく両手の《機関銃》をラインに向ける。
「フンッ……! 舐めんじゃないわよ! 私は軍立の士官学園の生徒……! この程度でたじろぐワケはないっての!!
それに知ってるでしょ!? 《ギルソード》は既存兵器と違って、時間差は個体別だけど、破壊されても《再生》されるってさぁ!!
アンタの周囲、もう一度よく見てみなさい!!」
「周囲? ……………っ!!?」
ラインは目を見開いた。
周囲を見渡せば、破壊した8丁の《翼の機関銃》が復活・再生成されて、すでに彼女を取り囲んでいる。
それ等8丁の《銃口》、加えて、ヴィクトリアが構える両手の《機関銃》、合計10丁の《銃口》がラインを狙う。
「教えてあげるわよ! 《ギルソード》ってのは考えて使えば、無限に可能性は生まれるってねぇ!
食らいなさい!! 《銃撃連隊の機関銃》一斉放火ァ!!」
絶叫を合図に、10丁の《機関銃》は火花を吹いて乱射する。
炸裂される無数の《銃弾》、その全弾は瞬時、ラインの身体を直撃するものと思われた。
その瞬間__
「馬鹿ねぇ。無駄な足掻きを……!」
ラインは微笑した。
刹那、放たれた無数の《銃弾》の先から、彼女の姿が消える__
「……へ!?」
ヴィクトリアは唖然とする。
直後、すでにラインの声と姿は、彼女の頭上かつさらに高度な位置にあった。
瞬間移動でもしたのだろうか、移動速度が尋常ではない。
「……残念だったわね! あの狭い廊下じゃ《弾》を避けるのに精一杯だったけど、動きが広範囲な分、私が圧倒的に有利なのよ!
じゃあこっちの番!!《斬撃の死神嵐》!!」
冷徹な眼差しから殺意のそれに変わったラインが、再びサマーソルトキックの回転蹴りをその位置からお披露目した瞬間、再び発生した《斬撃の嵐》がヴィクトリアを襲う。
その威力は先刻のそれと比ではない。
その3〜4倍にまで強化された《嵐》は、ヴィクトリアの周囲だけでなく、瞬く間に連絡通路から上下の階まで壊し、まるで高層ビルの脇腹を抉るかのように、その階一帯の景観を破壊した。
__しばらくして、瓦礫と砂埃が雲を形成する中、微かな人影がよろめく気配があった。
ラインは苛立って奥歯を噛む。
「くっ……! まだ生きているのね! しぶとい……!」
「……ぐっ……! あぅ……………!」
立ち込める砂埃の中、攻撃を受けて傷を負ったヴィクトリアが、今にも崩れ落ちそうな連絡通路の鉄骨を握り、片腕で必死にぶら下がっていた。
《斬撃の猛嵐》によって足場は全て失われ、その攻撃によって、彼女自身も顔、脇腹、手と脚に傷を負って流血している。
彼女ぶら下がる位置から真下の地面は約70m。無論、彼女は空中浮遊などできはしない。手放せば落ちるだけ。
「……その怪我で、よくそんな体力と根性があるわね!」
「……ハァ……ハァ……! 駄目……だ……リリーナを……守らなきゃ……」
ヴィクトリアは半ば希望を失っていた。
先の攻撃によって、彼女の《小鳥の機関銃》は全滅し、両手の《機関銃》をも破壊されている。
時間が経てば再生されるが、それを待つ猶予などない。
万策は尽きている。
「もういいわ! そのぶら下がっている右腕を切断して、終わりにする! 独りで私に向かった事、後悔して死ね!」
「ごめん……ルフィール……! 私はもういいから……リリーナだけは助けて……!」
死を覚悟したヴィクトリアは、その一言を残して、静かに目を瞑った。
__しかし次の瞬間、いるはずのない空中の方向から、聞き覚えのある仲間の声が聞こえた。
「ったく! 心配になって駆けつければ……! 情けない格好してんじゃないっての!」
「……えっ? この声……?」
まさかとは思いつつ、恐る恐る背後わ振り返ると、一瞬その光景に目を疑った。
ラインの背後、そのさらに高度の位置に、ルフィールの姿がある。
彼女もまた、ヴィクトリアと同じく浮遊能力など有していない。
一体何事かと思い、ふとその足元に目をやった__
すると、そこには、リリーナが遠隔操作で造成し、駆動させている花型の紅槍《創造する脳操槍剣》が浮遊している。
それがルフィールの足場となっていた。
「……何よトンファー女! お仲間大事にノコノコ殺されに来たのかしらぁ!?」
彼女の姿に気づいたラインは、即座に脚の《刃》を振り翳そうとする。が……
「……警戒が甘いわね。自分の身体をよく見てご覧なさい!?」
「何をォ………!?」
ルフィールの忠告を聞き捨てるや否や、ラインは瞬時に、またもや身体を茨で締め付けられたような痛覚を覚えた。
自身の身体中を見渡せば、案の定、病棟廊下で襲った蔦《捕縛の縄:薔薇の蔦芽》が、再びその《槍》から分岐して、身体を巻き付けている。
「くっ……!?」
今度は胴体だけではない。両腕、両脚、全身隈なく縛り上げ、彼女の動作は完全に封じられていた__
「ちょ……!? ルフィール! 一体どういう事なの!? 何でアンタがここに!? それに……その槍!? リリーナの能力じゃない!? まだあの子に無茶をさせているの!? ルフィール!?」
「ヴィクトリア……簡潔に話すわ! 貴女を助けた理由は……リリーナがそうしろと言ったからよ……!」
「……噓!? リリーナが……? な……何で!?」
衝撃的な言葉に、ヴィクトリアは唖然とて言葉を失う。
「……あの子の《瞳》のこと知ってるでしょう? 《粒子器発動の覚醒瞳》……!
リリーナには全部見えていたのよ! あの瞳は《ナノマシン》のあらゆる位置や特徴を全て《解析》できるから、この状況を全て予測できていたの……!
この殺し屋女が遠距離から《斬撃》を放てた事も空を飛べた事も……!
アンタが不利になって絶体絶命に陥る事態も……!
だから彼女は私にこう言ったの……!
『ヴィクトリアを独りにしないで! 殺される……! 私の事はいい! 大切な仲間が追い詰められるのを見ているのは耐えられない……!』
ってさ……!」
「……何でなの……? あんな状態になって……どうして人の心配ばっかりするのよ……! リリーナのばか……!」
己の不甲斐なさに、唇を噛んで血を滴らせるヴィクトリア。
それをよそに、未動きを奪われたラインは激怒して藻掻き続けるも、独りでに悪意ある笑みを浮かべている。
「くっ……! 本当に鬱陶しいわこの《蔦》……! あのリリーナの《能力》でしょう!? 私が二度も隙をつかれるなんて……!
……でも、どうせ放っておいたら力尽きるでしょう……?
しばらく藻掻いて時間を稼いで、アイツが弱って死ぬのを待とうかしらぁ?
それか、残りの小型爆弾をあの病棟にばら撒いて、動けないアイツを爆殺しようかしらぁ?
こんな状況など、簡単に切り抜けられ……!」
「……残念だけど叶わないわ! 貴女は今度こそ終わりだから……!」
「はぁ? 何言って……? ………っ!!?」
ラインはふてぶてしく眉をひそめたが、即座に周囲の異変に気がついた。
再び黒紫の《霧》が発生している。先刻と同様、彼女の視界に広がるは、天の空と景観を覆い尽くす無数のそれ__
ルフィールの能力《暗黒魔術の粒子》__
「なっ!? またあの《霧》……!?」
「馬鹿ね、2回も同じ轍を踏むわけないでしょ? これはさっきのとは別物。色が違うわよ……?」
冷徹なルフィールの台詞に、ラインは冷静になって周囲の《霧》を見渡した。
よく見ると、黒紫の《霧》に混じって、まるで鮮血のような《赤黒の粒子》が、無数に紛れている。
「悪いけど、もうボロボロのリリーナに負荷なんてあってはならない……!
使わせてもらうわ……! 《必殺能力》を……!
正直、悪趣味極まりないって散々忌み嫌われた《技》だけど……!
あぁ、異変が見られるのはその脚の《ギルソード》なんかじゃないわ!
アンタ自身よ……!!」
ルフィールが発した最後の忠告、それをラインに言い聞かせる必要はなかった。
もうすでに、その変調がライン本人に見られていたから__
「……あ……え……? 何……これ……? やめ……」
顔色は悪くなり、徐々にその瞳は生気を奪われる。
先程の威勢と覇気はどこへやってしまったか、まるで怯える子供のように、その華奢な身体がガタガタと震えだした。
「やめ……嫌……だ……変なのが見え……いやぁ……! やめて……下さい……! ごめんなさいごめんなさい……!」
一体、少女ラインに何が起きたのか、ボロボロと泣き崩れ、ついには何かに謝って許しをこう行為まで見られる。
まるで彼女の思考が壊されていくように__
そんなラインの姿を前に、ルフィールは冷徹冷酷な眼差しで彼女を見下ろすだけだった。
すると、ルフィールの身体の周囲には、赤黒と黒紫の混じる《ナノマシン・オーラ》が出現し、それは逆に、徐々に強力なエネルギーを膨大させ、拡大されていく。
艶やかな声で、彼女は暗殺少女に言う。
「私の必殺能力《暗黒魔術の粒子:惨劇の呪い》……!
さっきのとは別物よ。壊すのは《ギルソード》じゃない……
貴女の脳味噌……! 徐々に自律神経から精神が蝕まれて、幻覚と妄想を引き起こすわ……
最悪な手段だけど、この街と仲間を脅威から守るためよ。
悪く思わないでね……?」




