・戦火に滴る女神の涙(3)
【……………!!………!!】
凄まじく歪な機械音を鳴り響かせた刹那、《大巨人》は、コンマ数秒程の瞬発力で、リリーナを目掛けて《右手》を叩きつける。
大地が砕ける轟音と共に、リリーナの立っていた位置には、直径約5mの巨大な手形が彫られ、大地を踏み潰す指の真下に、彼女の胴体は挟まれた。
「……がはっ……!あぐっ………!」
すでに流血によるショックで弱り果てたリリーナは、当然の事、先程のような素速く回避など成せず、《大巨人》の攻撃をまともに受けてしまう。
彼女を潰すように押さえる《右手》は、一向に力を緩はしない__
ポキリポキリと、リリーナのか弱い肋骨が砕け散る音が、その身体から徐々に響き渡る__
「………げぽっ……! うぷっ………!」
「ッハハハハハハハ……! 泣き叫べ!! その悲鳴もまた、私の忠誠として偉大なる幹部様方に捧げてやる……!!」
狂気が混じったかのように高揚するヴィザロをよそに、リリーナは、赤黒く淀んだその視点を、《死の要塞の大巨人》に向けていた。
最早、まともに目は見えず、視界からの情報など当てにならないが、その《粒子器発動の覚醒瞳》には、《大巨人》を構築している《ナノマシン》の各個体だけがはっきりと見えている。
持てる意識で、精一杯に《覚醒瞳》を凝らし、『男』の姿を見た中枢装置を《解析》する__
すると、『男』の体内に食い込まれた《管》の《ナノマシン》が、彼の鼓動や脈拍等を読み取り、それに合わせて《装置》を制御しているのが判明した。
同時に、彼の鼓動や脈拍さえも把握できた。
危篤状態__
その心臓も、止まるか否かの瀬戸際__
その原因は、《ギルソード》と人体の拒否反応もあるが、この《ナノマシン》こそが欠陥品であった。
《ギルソード》自体が使用者の身体に馴染めず、拒否反応を起こし、さらには稼働時の機能も不完全である故、暴走して人体に極度の負荷が掛かっている。
だが、彼の弱々しい鼓動は、まるで死に抗っているように感じた__
死に追いやられても尚、己が命を諦めず、必死に生きようとしていた__
最期の最期まで、抗って、抗って__
もしかしたら、この男性は、今までずっと、そうして生きてきたのではないのか。
どれだけの権力を持っていたとしても、それが満ち足りた人生とは限らない__
今となっては分かりようのない話だが、一体この男性は、何を怖れて抗って生きていたのだろうか……
「……可………哀………想……に……! 今………解放…………す…る……から……」
リリーナは、微かに動く右腕を震わせながら、自身の胴体を押し潰している《大巨人》の巨大な人差し指に、火傷で覆われた右手をそっと差し伸べた。
「……まだ生きているのですかァ? 私も血が少なくて倒れそうなので……そろそろ天に昇られた方が助かる故に……
《死の要塞の大巨人》……! さっさとガキを押し潰せ……!」
【………………!!………………!!】
《大巨人》は再び歪な機械音を轟かせ、リリーナを押し潰す右手に、更なる圧力をかけていく。
「う″ぅ………がっ…………え″ほっ……………!」
やがて、衝撃のあまり地面には亀裂が走ると共に、砕けた肋骨の破片が臓器に刺さったのか、赤黒い血液が、リリーナの口からごぼりと吐き出される。
どうやら、《大巨人》の右手の力は、徐々に、ゆっくりと強めているようで、その悶える程の苦痛は、じわじわと感覚を壊すように染み込まれていく__
「げぼっ……! ズィ………《創造する脳操槍剣》………《通常槍:アゼリア》………!!」
今にも飛びそうな意識の中、リリーナは右手に発動させた《紅の槍》を、《大巨人》の巨大な人差し指に、ぐさりと突き立てる。
「……ククッ! 可哀想に………! 中々死ねずに無駄な足掻きを………! …………ん?」
ヴィザロが歪な微笑顔で、リリーナを嘲笑おうとした直後、ある異変に気づく。
《大巨人》の力が、徐々に弱まってきている__
つい先程までは、その少女を押し潰す力が強くなるに連れて、まるで鉄と鉄を擦り合わせるような、異様なモーター音を響かせていたというのに__
それを感じた直後、その音が鳴り止むと同時に、その怪物は完全に動作が停止された。
「何だ……!? 何故動かない……!? おい《死の要塞の大巨人》……!?」
【……………………………】
焦り取り乱して、必死に叫ぶヴィザロをよそに、《大巨人》は、まるで死んだかのように反応を示さない。
すると、その怪物の手元で押さえされていた少女リリーナが、何やら口をパクパクと微かに動かして、何かを呟いている。
「…………《脳力蔦芽》……自動………制御………!」
「何………!?何を………している………!」
悪い予感が、瞬時にヴィザロの脳裏を迸った__
不幸にも、それは天の悪戯かの如く現実となる__
「……この《兵器》を消し去って……!! ……《創造する脳操槍剣》ぁぁ……!!」
リリーナの枯れた叫びと共に、《紅の槍》が突き刺さった《大巨人》の指先端の傷口から、底深い『亀裂』が発生したかと思えば、右手、腕、肩、そして胴体と、瞬く間に全身を覆い尽くしていく。
「なっ……!? まさかっ……………!!《大巨人》の体内に……!《ブレイン=ナノマシン》を……遠隔操作で張り巡らせて破壊するというのか……!?」
「……そう……だよ………《ブレイン=ナノマシン》は………私の脳に埋めた中枢装置と連動している……
……だから……《ギルソード》その物だけじゃない……それを構成する……数百億の《粒子》が……私の身体の一部だから………
だから攻撃だって……どこからでも……自由自在にできる!!」
「あぁ……! やめろ……やめてくれ……!! 俺の《死の要塞の大巨人》があァァァァァァ!!」
ヴィザロが悲痛の叫びを轟かせた瞬間のことだった。
《死の要塞の大巨人》は、その身体を覆う深い『亀裂』から、爆炎と硝煙を全身から吹き出し、煉獄で炙られたような火達磨の巨体を綻ばせながら、緩やかに右方向へ横たわるように傾かせていく。
運悪く、その位置では、ヴィザロがいた__
腕と脚から大量の血を流し、動けなくなっていた彼が__
「……逃げられない………あぁディズレーリ様………期待に応えられず……死ぬ私をお許しください…………!!
…………我が命よ散れ……全ては〈革新の激戦地〉の…………栄光の為にぃいィイ!!!」
壮絶な絶叫と共に、ヴィザロは燃えて倒れゆく《大巨人》の下敷きとなり、煉獄の炎に消えていった。
赤く燃え上がる炎は、無情にも、何も知らずに2人の命を吸収し、静かに咲き誇るように、硝煙の中を照らしていた__
◇◇◇◇◇◇◇
「………ぐっ! ………いっ…………!」
目覚めた瞬間、リリーナの身体には、全身が焼かれるような激痛が駆け巡った。
気がつけば、地面に横たわった身体は鉛のように重く、まともに動かせられない__
「………ぁれ……? ……私………どう……なって………」
リリーナは、微かに動く首だけを動かして、周囲の視界を確認する。
既に彼女の瞳《粒子器発動の覚醒瞳》は解除され、元の緋色をしたそれに戻っていたので、遠距離で発光しない《ナノマシン》は視覚認識できない。
周囲に見えるのは、燃える鉄屑と炎の海だけ__
あの《怪物》の姿は勿論のこと、生存者のそれさえも見当たらない。
「…………ぁぐっ…………! …………けほっ………! ハァ……ハァ……」
全身に迸る苦痛と流血に悶えながら、リリーナはゆっくりとその上体を起こす。
すると、彼女の位置から5m離れた場所に横たわっていた、2人の人間の焼死体が目に止まった。
原型など残されていなかったが、それが一体誰のものであるか、彼女は判断できない筈がなかった__
【貴女は人間の姿をした『生体兵器』ですよ!? 《ギルソード使い》という立派な殺戮兵器だ!! 】
生きていたときの彼の言葉が、彼女の脳裏を何度も過った__
何度も頭を殴りつけられるように、何度も頭に刃物を刺されるように__
【現にこれだけの人間を殺しておいて……今更道徳の話をするとは……!? 】
「う″っ………あ″ぁああああああああああああ………あ″ぁああああああああああ………」
溢れんばかりの涙が、彼女の頬を雨水のように流れ落ちる。
自身は殺人兵器__
人殺し__
誰のためか、何が目的なのか。そんな事は関係ない。
事実しか残されていない。私は人を殺した。大量に__
誰かの大切な人を、尊い命を、こんなにも奪ってしまった__
「ひぐっ……! う″ぅ……! ごめんなさい……ごめんなさい……私………
あ″ぁあああああああああああ………!! あ″ぁああああああああああああ………!!」
心優しい少女の痛ましい涙は、荒野の大地に滴り落ちて、その悲痛の叫びは、しばらくの間、この静粛とした地の果てまで、微かに届く程に響き渡った。




