・戦火に滴る女神の涙(2)
《首》を切り裂いたリリーナの目に映ったのは、《大巨人》の生体ユニットとでもいうのか……
無数の《中枢装置》に取り囲まれ、全身を《有線ケーブル》が突き刺さって繋がれた男性、その無惨な姿がそこにあった。
機械の一部となって同化した身体は、養分を生気共々食い尽くされて、ミイラの如く痩せ細り、管が食い込んで血液がまともに流れてないのか、皮膚は灰色に染められている。
すでに虫の息で、今にも命が事切れそうだ。
『何だこれは……!? 機械の《培養》……!? まるで生贄じゃねぇか……!?』
「……ひどいよ……! 人が人にすることじゃないよ……!」
リリーナの足は途端に震え、この《大巨人》を完全に破壊することさえ、彼女の意志が躊躇ってしまう。
【……………………!!!】
突如、首を失った《死の要塞の大巨人》が、胴体を激しく振り回して暴れ回る。
「しまっ…………!!きゃ……………!?」
頭部を切り落とされた筈の《大巨人》は、驚異的な機動力でその身体を揺さぶらせ、反動でリリーナを身体から振り落とした。
「馬鹿めが……!! 頭など所詮は武装の一部……!! 《死の要塞の大巨人》!!《要塞形態》にシフトせよ!!」
【………………!! ……………!!】
奇妙な動力音が荒野に響き渡った瞬時、実に高速な稼働で、瞬く間にその形状を変えてしまう。
《ナノマシン》で造られた手足、胴体、関節の至る所では、各箇所の《防護カバー》が次々に脱離される。
まるで内蔵や骨が表皮から剥き出しになるが如く、
その内部から《ビーム砲台》《レーザー砲台》《メガ粒子砲台》、それも大型から小型のそれまで、手足胴体及び間の各関節にそれぞれ10門が巨体に生成される。
身体を埋め尽くすように聳えられた《砲台》、隈無く数えれば、合計100を超える程に及ぶ。
もはや首の有無など問題ではない。さらに言えば、これは動く《要塞》ではなく《殲滅兵器》である。
市街地に投下してしまえば、5分程度で煉獄に変えるだろう。
『何だあれは……!? 本当に《ギルソード》なのか………!?』
「……そんな……これの正体って………自由自在な『変形起動要塞』なんかじゃなかった……!」
《大巨人》の身体から振り払われるも、
《創造する脳操槍剣》の《浮遊能力》を使って地上に着地したリリーナ__
瞼と身体を震わせながら、その怪物を目前で見上げる。
__その姿の異様さと圧倒的な武装の数には、彼女は肝を抜かれ、静かに唾を飲みこんだ。
「ダメだ……! この一斉射撃は……避けきれない……!」
彼女は微かな声で弱音と吐き出し、同時にその額からは大粒の汗が流れて顔を滴らせる。
「……辞世の祈りは終わりましたか……? ……《死の要塞の大巨人》!! 撃ち尽くせ!!全てを破壊しろォ……!!」
【…………………!! ……………!!!】
全てが一瞬で起きた事だった。
ハリネズミのように身体を覆い尽くす《大巨人》の《ビーム砲》全てに『高熱源エネルギー』が秒速で蓄積され、瞬く間に荒野の大地という大地に、容赦なく劫火の雨を降らす。
「くっ……!!」
リリーナは僅かな発射の瞬間を見極めて、《創造する脳操槍剣》を片手の指先で再び回転させながら《ビーム砲》等を弾き飛ばす。
だが、もう先程のように完全な防御はままならない。
何故なら、相手の装備が同じ威力を持つ《ギルソード》だからだ。
これが既存兵器の実弾等であれば、その破壊力と耐久性が上回るのでそれは容易いが、《ギルソード》同士の武器が交じり合えば、互いのそれを削り、砕け散らしてしまう。
身体の正面で回転させている《槍》の刃と柄が、急速に綻びを目立たせて、《ブレイン=ナノマシン》が黒く焼け散っていく。
「まだダメ……! もう少し耐えて……!」
リリーナの額から大量の汗が流れ出す。
焼けていくのは、《槍》だけでない。彼女自身の右手の包帯、そして右腕の袖や腕の皮膚共々、段々と熱に焼かれていく。
刹那、彼女の位置から50m程離れた敵戦車の残骸が、《ビーム砲》の直撃により爆散する。
飛び散ったその細かな破片と共に、中で生き延びていたであろう兵士の首や腕部までもが、リリーナの真上を通り過ぎた。
それが視界に入ってしまい、彼女は咄嗟に驚愕してしまう。
「……嘘……!? 味方ごと……焼き払ってる……!?」
「あら? まだ人が生きてたんですかぁ? まぁ! どうせこの戦いで敗れ散ってたであろう命……!構うだけ無駄です……!!」
「……それが戦友に……!? ……!! ぎゃァ…………!!」
その瞬間、迂闊にも彼女の真後ろにも墜落した武装ヘリが残っていて、《レーザー砲》の直撃により爆発。
爆炎の炎を咲かせ、その劫火は不運にもリリーナをも巻き込んだ……
……瞬時に《槍》の防御は砕かれて、彼女は爆炎と光線の雨を大量に浴びる……
「ッハハハハハハ!! 見えるかぁ!? グスタフ=アッディーン!! えぇ!? これがお前の欲しがってた力なんだろう!? 先代の指導者達も鼻が高いだろうよ……!!ッハハハハハハ……!!」
破壊の轟音が天まで響きわたる中、ヴィザロは悪魔の高笑いをそこに響かせた。
◇◇◇◇◇
少々時が経って、《ビーム砲》等のエネルギー切れのためか、次第に煉獄の雨は止まり、首のない《大巨人》は、暫く動きを停止させた。
大地を焼き尽くしても尚、高揚な気分を抑えられなかったヴィザロは、鼻歌交じりに周囲を歩いて偵察を始める。
「ッククク……!! ご苦労だった《死の要塞の大巨人》!! ……さて、あの生意気なガキはぁ……? おおいたいたぁ……!」
ヴィザロの目線の30m先に、リリーナは見るも悲惨な姿で、俯せに横たわっていた。
身に纏っていた麻布のマントは燃えてなくなり、その下からは黒い焦げと自らの血染めで、見窄らしくなり果てた灰ブレザーとスカート等が露わになっている。
近づいて全身を見渡せば、身体中が破片の刺し傷、爆風・爆炎による裂傷で覆われ、右腕は大火傷が殊更に目立つ。
さらには左腕と右脚、そして腹部には《ビーム砲》が貫通したであろう風穴が計10ヶ所以上も見られた。
その細い身体とその周囲は、彼女から流れ出た「血の海」が広がり続け、砂漠の砂を赤く染めていく__
「この服装……! やはりそうですか! 貴女はあの《ギルソード》開発研究国家〈新都市マリューレイズ〉の使者だったというわけですか……!
まっ! どの道もう…… その傷では、もう立ち上がるどころか、目を覚ますことすら不可能でしょうねぇ♪
とはいえ、私にここまで屈辱を与えてくれたので、念のため私が自ら止めを刺すとしましょう……!! 《融合造形の施工具》!!」
ヴィザロの左手から赤色の《ナノマシン》がじわりと沸き出し、結合して巨大な《電動ドライバー》が握られる。
その先端を倒れたリリーナに向けると、先端にある『ドリルチャック』が回転し、《ビーム熱源体》が蓄積されていく。
先程、不意打ちに彼女を狙撃した《ビーム砲》も、その部位から射出されたものだ。
彼の所有するそれは、工業・開発用に分類される《ギルソード》で、戦闘目的には造られていない。
だが護身用として、最低限の攻撃装備は搭載されている。
そのために、この《電動ドライバー》は《ビーム銃》の役割も果たすよう、内部が細工されている。
「おやすみなさい…… 貴方の勇敢な戦い…… 覚えていたら後世に伝えてあげましょう……」
向けられた銃口は、リリーナの額を目掛けて、静かに《熱の弾薬》を放とうとした。
__刹那、ヴィザロの右腕の先端に、紅色の《ナノマシン》がわずか数粒、ひらひらと舞う。
「あっ……? 何だ?」と呟いて、ヴィザロは不意に気を逸らした。
次の瞬間__
大量の赤い血液が、男の右腕から噴水の如く吹き溢れる。
「ぐわぁああああああ………!!」
右腕の激痛に苦しむ彼の右腕から、不意にも《ドライバー》こぼれ落ちる。運悪く、その先端に蓄積された《高熱源エネルギー》が限界まで膨張し、ついに《ビーム砲》となって放出されて彼の右脚を貫いた。
「うぉああああああ……!! ぐぉお……!! ばっ……馬鹿な……!!《ブレイン=ナノマシン》の遠隔操作で……! 俺の皮膚を……裂いた……のか……!? このガキ……まだ生きて……!!」
流血による眩暈に苛まれ、眩む視界でリリーナに目をやると、確かに彼女は、弱ってはいるが息はあった。
「………ぇほ…………! ………ごぽっ……………!」
ひゅうひゅうとか細い息を漏らしながらも、血塗れで小刻みに震える身体を必死に起こそうとしている。
「……ぐっ…! クソォ……!どこまでも苛つかせるガキじゃねぇか!?いい加減くたばったらどうだァ!!このクソガキィ!!」
怒りに支配されたヴィザロは、無傷な左手に握った《モンキーレンチ》を振りかざした。
その刹那。
「あ″あ″あ″あ″あ″あ″あ″あ″!!」
《レンチ》を握り締めた彼の左腕が、ザクロの裂けて鮮血を撒き散らす。
人差し指と中指の隙間から肘の付近まで、綺麗に肉が別けられ真っ赤に染まるそれ。
嗚咽に溺れながらも目を凝らすと、その傷口から紅色の粒子《ブレイン=ナノマシン》がみるみる湧き出してくる。
「う″ぇ″あ″あ″あ″あ″あ″がっ……!! ……グゾォ……ごんのガギィ……!! そんな身体で……《ナノマシン》を正確に操る集中力と精神をォ……どこに備えてやがるぅ……!!」
赤黒い血溜まりを足元に滴らせながら、青ざめ歪んだ顔をリリーナに向ける。
か細い息呼吸で、全身から血液が吹き出す身体を押さえながら、今にも崩れそうな細脚で、揺られながら彼女は立っていた。
「………………せ……な………い………!」
吐息のような小さな声で、リリーナは何かを訴える。
「……あ″ぁ″……!? 何か言ったのかい……!? 傷が痛いのかい……!? 命が惜しくなったかい……!?」
「…………げぽっ……! ……ハァ……ハァ……! ……人……の……命……を……!」
リリーナの呼吸は次第に大きく荒くなっていく。
ヴィザロはその様を嘲笑い、罵って煽る態度を見せるが、次の瞬間、どこにその気力が隠されていたのか、凄まじい怒声が、リリーナの喉を突き破って劫火に果てに轟いた。
「……人の命を何だと思っているのよ!!
何を思ってあの《ギルソード》を生み出したの!?
一方で人の命を奪っておいて、もう一方で人の命を弄んで生き殺して……!!
どうして……!? 自分達の目的のために……!?
そんなこと……! 同じ人間ができることじゃないよ……!!」
怒りの怒声と咆哮を火の海に撒き散らし、ぜぇぜぇと荒く壊れるような呼吸を辛くも続けながら、リリーナはぎらりとヴィザロの目を睨みつける。
「……フッ…! フッヒヒ……! ハハハハハハハハ……!!
こりゃ傑作だ……!! ……同じ人間!? 貴女は自身が回りの人間と同じだとでも思っているのですか!?
頭が弱いんですか!?
貴女は人間の姿をした『生体兵器』ですよ!?《ギルソード使い》という立派な殺戮兵器だ!!
現にこれだけの人間を殺しておいて……今更道徳の話をするとは……!?
頭が弱いのではなく、おかしいのでしょうねぇ……!!
それに、この男は非道な独裁者であり、言うなれば政治犯罪者だ……!
受け継がれた権力と〈旧政府〉の軍事力を、己が意のままに悪用し、民族主義と思想、信教を弾圧して多くの民衆を死に追いやった暴君………!!
どうせ、この姿になって当然の男……!
同情する価値なんて、1ミリもありませんよ……!?」
己の悪業を正当化するヴィザロの言葉に、リリーナは込み上がる憤怒を抑えて、歯を食いしばった。
「……だからって………だからって……貴方達が……人にこんなことする……権利なんて……!」
「もういいでしょう……? 頭のネジが飛んだ人に会話を合わせる趣味はない……!
私のやっていることは、未来への平穏と進化をもたらす革命のため……! それは我ら〈革新の激戦地〉の理想……!!
貴女を含め、名誉ある犠牲者を出すことは仕方ないこと……!
この権力の誇示や奪取などと、くだらないことが目的などではない……!
《死の要塞の大巨人》……!!もう冷却状態は終わっただろ……!!
さっさとこのクソガキを焼き殺せ……!!」




