・《ブレイン=ギルソード》(2)
打撃を負った〈旧政府軍〉が、大勢を立て直したのだろう。
上空にまで立ち込める硝煙を掻き分けて、小型戦闘機と武装ヘリが、超低空飛行でリリーナを目掛け襲いかかる。
『クソッ! あの化け物が元凶か!? 火薬で焼き殺せ!!』
『はっ!!』
戦闘機の小隊は、機体の高度を約20mにまで降下させ、機銃掃射の照準を標的の彼女に合わせる。
刹那の一瞬を見計らい、距離200m以内にまで接近させた瞬時__
機銃掃射、ミサイル、弾薬の霧雨が注ぐ__
地面を侵食させるのは、容赦なく爆炎と業火。
少女が確かに立っていた場所は、その形跡を抹消するように硝煙が立ち込めていた。
『標的は消滅したか……!? 旋回して再度攻撃の用意を………ぐあァ!!』
小隊の隊長機が悠長にゆらりと機体を傾けた直後、凄まじい振動が機体を駆ける。
焦った操縦者が、コクピットから恐る恐る背後を確認すれば__
そこには決してあるはずのない、少女の姿。
リリーナ=フェルメールが、秒速的速度かつ何らかの方法で機体に飛び乗っていたのだ。
そして、右側から紅花の槍《創造する脳操槍剣》をグサリと突き刺している。
殴りつける風圧に構うことなく、彼女はその大型の《刃》で、羽部の付け根を抉り、自信の重心と足場も確保している。
ぎらりと睨みつける《粒子器発動の覚醒瞳》の鋭利な瞳__
魔女に狙われる心境、それが彼を恐怖させた。
『……そ……そっ…! 損傷は……警備……だ……! 奴を……振り落と……! ガァ……!! 何だ!!』
突如として、コクピット内部に異常現象が起こる。
レバーやレーダー、また機器の配線から、火花や漏電が発生する__
かと思えば、紅色の《ナノマシン》、その光と粒子が、瞬く間に操縦席を覆い尽くす。
「何だ……!? これは……!? ……?」
すると、今度は機械の亀裂、損傷部の奥から、ただの《ナノマシン》ではなく、それらが凝結した《物体》が結合して、その姿を表した。
その形状は、まさに『花茎』、長い弦状に蔦う紅色のそれが、眩しく輝きを帯びて悪戯に増殖して、操縦席の機械という機械を蔦い、抉り、破壊していく。
『ぐぁあ!! 何だこれ……!! 助けで……ぐレ″……!』
「《脳操蔦芽》、この《芽》と《花》、そして《ナノマシン》は、絶対に私の意志でしか動かないの……!」
もがき苦しむ操縦者をよそに、リリーナは冷酷な眼差しでぽつりと呟く。
やがて、それら紅色に輝く花茎《(通称)蔦芽》からは、リリーナが持つ《紅花の槍》の先端と同じ《ツツジの刃花》が、その茎という茎から満遍なく咲き乱れる。
徐々に操縦者の身体は抉られ、突き刺され、赤く染められ、ついにコクピットまで埋め尽くされ__
終いにその機体は、中枢から至る所を破壊され、砕かれていく。
《蔦芽》の増殖と成長は、止まりはしない。
植物のように機体全体を苗床とした槍《創造する脳操槍剣》は、その全てを食い尽くす寄生体の如く、機体を喰い尽くした。
リリーナは即座に機体から飛び降り、そのまま風圧に身体を流される。
その刹那、破壊された機体は爆炎の飲まれ、塵々となって地へと舞った。
『よくも隊長をォ!! 落下する前に粉砕してやる……!!』
背後から付けてきた戦闘機2番機が、透かさずに機銃掃射をリリーナに向けるべく、大きく旋回を行う。
瞬時、彼女はそのまま地に落下するかと思われたが、空中で体制を立て直し、今度は2番機を目掛けて《紅花の槍》の刃をこちらへ向ける。
「あれを捕らえて!《蔦芽》!!」
リリーナが絶叫した刹那、紅花の槍《創造する脳操槍剣》が、またしても怪異を見せる。
《花の刃先》が、再び紅色に輝いたかと思えば__
瞬時に柄から飛び出し、それらの間に繋がれたのは、蔦の花茎《蔦芽》__
それがワイヤーの如く伸びていって、刃先はそのまま2番機のコックピットへと向かっていく。
『ひっ……! ひぃ……! 来るなぁ……!!』
2番機操縦者の悲鳴も虚しく、《刃先》は容赦なくコクピットを直撃し粉砕する。
制御が効かなくなった機体は《蔦芽》が繋がったまま、速度と方向を変えることなく、前方の3番機と正面衝突し、爆炎を咲かせて塵となった__
『どうなってやがるんだ……!? あのガキは……この戦場で……何を起こしてやがる……!?』
上空50mを浮遊するジャイロヘリ3番機の操縦者は、地上と空中での想像を絶する怪異な事態に、戦慄のあまり操縦レバーを震わせていた。
だが、目前の異常事態は止まりはしない。
紅色の《ナノマシン》が引き起こす何らかの攻撃を受けたのか、真横を通過する航空隊の小型機は、次々に灰煙を立ち登らせて地上へと墜落していく。
『そ……そっ……! 総司令官……! 御指示を願います……既に…上空からの奇襲隊は……敵の攻撃によって…その数の9割が殲滅されております……!』
戦慄から込み上がる嗚咽を必死に堪えながらも、兵士は鼓動が波打つ心臓を抑え、極力冷静な声と口調を心がけて〈旧政府軍〉総司令ヴィザロに対応を仰ぐ。
『指示を願いますだァ!? そんなもの……! 進軍前にすでに対処法は説明しているはずだ!! レバー右側に設置した制御装置を解除しろ……!!
この時のために!! 私は君達の武装に《対ギルソード強化》を施したんでしょうがァ!!』
『えぇ……!? しかし……! ………んっ!?』
突如、ヘリの操縦席が少し薄暗くなったかと思えば、妙な人影それがコクピットに被さる。
『一体何が!?』と、操縦者が慌てて上方を確認すれば、異常かつ絶望的な光景に彼は目を見開いた。
そこには、地上へと落ちていった筈の少女リリーナ=フェルメールが、コクピット真上の窓ガラスに堂々と腰掛けて、冷徹で冷酷な目つきで、ヘリの操縦席を見下ろしていた。
紅色に光る機械人形のような《粒子器発動の覚醒瞳》の放つ眼光は、また彼にも恐怖を植え付ける。
『……き…貴様……! 何故……ここにいる……残りの戦闘機は何をしている……! 何故援護できない……!』
震える声で問いかける彼に、リリーナは態勢を崩すことなく、冷たく霞んだ声で答える。
「私が全滅させました。大切な友達の元へ爆撃されるのが恐ろしかったので……」
『き……貴様は一体……!?』
彼がそう声を漏らした刹那、鋼鉄がめり込んだような轟音と共に、機体に大きな振動が駆ける。
『何だ!?』と声を上げ、操縦席の右下を確認すれば、《創造する脳操槍剣》が突き刺さったのだ。
しかし妙である。これを扱っている本人は、手ぶらで真上に座っているだけなのに、この《紅花の槍》の刺さり方とくれば、まるで真下から射出したかのようなそれ。
『……ど……どういうことだ……!《ナノマシン》といい……! この槍といい……! 何故勝手に動いている……! 誰かが遠隔操作でもしているのか……!?』
「惜しいですね……じゃあこの際白状します。この《ナノマシン》と私の《ギルソード》は……私の『脳』と連動しているんです。
それらに直接命令を与える、特殊な信号を発信させる『制御装置』が、私大脳に埋め込まれている。
それが《ブレイン=ギルソード》、故にこんな事も……!」
リリーナの言葉の直後、彼は視界の光景に怯えて震えだした。
空飛ぶ機体を包囲するのは、飛行する幾つもの《創造する脳操槍剣》__
その一つ一つが、単独で無人ドローンの如く、かつ戦闘機に負けぬ速度で飛行し、その先端の刃は、全て機体へと向けられている。
まるで、獲物に喰らおうとする魔獣のように__
『まっ……待て……! 落ち着け……! 軍を引かせるなら……俺が協力しよう……だから……助け……!』
「ごめんなさい……! この秘密を知ってしまった以上は、もう助けられません……! さようなら……!」
この言葉を放った刹那、機体を包囲した《創造する脳操槍剣》達は、獲物に喰らいついて突き刺さる。
先程と同様、《脳力蔦芽》を機体全体に植え付け、張り巡らせ、破壊していった__
すると、浮遊していたそれらのうち1本は、機体に突き刺さることなく、落下するリリーナの元へとゆらゆらと飛んでいく。
彼女はそれを右手で捕まえるや否や、まるで『魔法使いの箒』のように、ふわりとそこに腰掛け、空を飛行する。
リリーナを乗せた《創造する脳操槍剣》は、壊れ朽ちるジャイロヘリを離れ、低速度で地上へと降下していく。
瞬く間に、ジャイロヘリは爆炎の劫火に焼かれ、荒野の塵と化して降り注いだ。
着地した瞬間、改めて前方を見渡せば、上空の爆撃機等は殲滅したものの、まだ重装甲車の群れが30台程と残っている。
「さて、まだ残り数はあるね。発掘された骨董品兵器だから問題じゃないけど、少し時間は掛かりそう……」
リリーナは、顔色一つも変えることなく、冷徹な眼差しで密かに呟いた。
◇◇◇
「総司令官……! これは最悪の参事です……! 我々は既に半数以上の戦力が犠牲に……!」
中堅の大隊を指揮する指揮官は、冷や汗を滴らせながらも、冷静にヴィザロに現状を報告する。
『全く……たかが小娘1人になんて様でしょうか……!これでは偉大なる最高幹部様方に申し訳が立ちませんよ……!
もういい……!貴方達の《切り札》をここで使いましょう…!何としてもあのメスガキを抹殺しなさい!!』
「……承知致しました!総司令官殿!おい!起動しろ……!」
「……はっ!!」
指揮官の合図と共に、乗員が増備されたとあるレバーの電源を入れる。
すると、搭乗していた指揮官用旧IS3戦車が、真紅に染まる《ナノマシン》を機体に纏い、後方5台、10台と、他の車両が後を追うように、同じ光の粒子に包まれる異変を見せた。
その様子は、300m離れたリリーナの位置からも、しかと目視で確認される。
「……!? ……あれは……!!」
リリーナがふと口走った瞬間、彼女の脳内には、同年の少年の声が突如響く。
『何だ?様子を見てみれば、敵の旧兵器が異変を起こしてるぞ?』
無論、彼女にとって嫌なほど聞き覚えのある声だ。スマートフォンの電源は切ってあるはずだが。
「えっ? キルト? どっから声をかけてるの? しかも私の頭の中に……?」
『お前、一昨日俺に連絡するとき、一時的に《ブレイン=ナノマシン》のサブ通信機能を使っただろ。
お前の携帯が繋がらないから、コイツをハッキングして現状観察に利用させてもらっている。仲間からの受信は、拒否してないんだな?』
「ちょっと……! 勝手なことを……!」
リリーナは、苛立って奥歯をぎっと噛みながら不満を漏らす。
『はっ! お前だって勝手なことしてんだろ? お互い様じゃねぇか! 事態をややこしくしやがって!!
……それで? 敵軍の戦車や重装甲車が光ってるアレ……《ナノマシン》じゃねぇか……!』
「それだね…! しかも……あれは………!!」
リリーナがそう呟いたと同時に、オーラ状の《ナノマシン》に包まれたIS3型戦車が、瞬く間に異様な姿へと変化を遂げる。
戦車の周囲に浮遊していた数億の《ナノマシン》だったが、次第にそれを特定の箇所へと、その個体数とエネルギーを集中させていく。
主に該当個所は、主砲の両側面、無限軌道を覆う胴体の装甲。
刹那、主砲の両側面からは、突如として小型の細い《機械腕》が現れる。
さらに胴体の装甲からは、どこに弾を補充するのだと思えるような、《小型キャノン砲》、
仕上げに《機械腕》を生やした主砲の上面には、細部の装置剥き出しの《カメラセンサー》が《ナノマシン》によって生成、実体化されていた。
これらの現象を端的に言い換えれば__
何の変哲もない戦車が、赤い《ナノマシン》によって、顔と腕を生やした魔物のような外観をした《機動兵器》にすっかり姿を変てえしまった。
__ということだ。
『馬鹿な……!! あれは、ただの鉄鋼兵器じゃなかったのか!? それとも《ギルソード》に見えないように何らかのカムフラージュでも施されていたか!?』
「違うよ? キルト……! あれは《改造》されてるんだよ。それも1つの《ギルソード》の《特殊能力》によってね!!」
『やはり分かるのか!? ……さすがはリリーナだな!』
「私の《粒子器発動の覚醒瞳》は、《ナノマシン》の構造を細部まで【透視】してインプットできるの!
一目見たら、大体の《ギルソード》の特性や構造は透けて見えるよ……!
まぁ、幼少時にされた脳の改造手術、それで手に入れた《ブレイン=ギルソード》の……『サブ機能』みたいなものだけどね……!」
リリーナは、ただ冷静な表情で淡々と語った。
「……とはいえ……敵の本格的な反撃……か……!」
険しく眉をひそめたリリーナは、しばらくの間、敵対する前方の大群を睨み続けていた。




