第16章 《ブレイン=ギルソード》(1)
用語紹介(追加分)
・《ブレイン=ギルソード》……通常の《ギルソード》とは全く異なり、それを構成する《ナノマシン》を、1粒1粒、自由自在に遠隔操作できる《ギルソード》。使用するには大脳や神経系列に《信号装置》を埋め込む強化手術が必要であり、開発時は非人道的とされた。《ギルソード》を超える兵器と呼ばれる。
・《創造する脳操槍剣》……リリーナ=フェルメールが使用する《ブレイン=ギルソード》。彼女の脳で《ナノマシン》を自在に操り、変形させて槍や剣・鎌から大砲まで、幾多の種類の武器に変形させて戦うことができる。どれも花をモチーフとした造形で、有線ケーブルの役割を担う《蔦芽》によって、先端の刃をも自在に操る。
名前に剣と付けられているが、通常形態は《槍》。
『先陣部隊が足止め喰らったらしいけど~? 何かあったの~?』
〈革新の激戦地〉の最高幹部、少女グレーネス=ディズレーリの無邪気な美声__
それが、〈旧政府軍〉指揮官代行を務めるヴィザロのスマートフォンを通して、心地よく耳へ届く。
「えぇ、どうやら敵軍の《ギルソード》を所有した一派が奇襲を仕掛けてきましてねぇ?
とはいえ、相手はたったの3人でしたので、私の《ギルソード強化改造》を施した重戦車1台が、すでに殲滅させているでしょう」
指揮官用重装甲車の車長席で堂々とあぐらをかきながら、ヴィザロは声のみ生真面目を装って答える。
「あらそう? まっ当然よね♪ 向こうの可哀想な戦力を考えれば!とりあえず、私は一度前線から離れるわ。
ヴィザロ? 後のことは一切を頼んだわよ! 場合によっては奴らの地下豪ごと破壊して構わないわ!
アンタの働きは、一部始終を首領に報告しておくから、よろしく~♪」
「仰せのままに……! 幹部ディズレーリ様……! クククッ……!」
そう言ってヴィザロは電話を切ると、再び車長席で両足を交互に組み直して、呑気にうたた寝を始めてしまった。
◇◇◇◇◇◇
「がっ! ……あぐっ! ……いっ……一矢……報い……る……」
〈自由軍〉の兵士は無残な血塗れの姿で、荒野の砂地に倒れ込み絶命した。
「標的D、絶命を確認、これにて敵の奇襲は全滅です」
「当たり前じゃねぇか! いくら《ギルソード使い》とはいえ、たかが4人で全軍を相手にする神経がわからねぇよ!」
T-90型戦車の車長席と操縦席から顔を出した兵士達は、勇士達の痛ましい屍を見下ろして嘲け笑う。
「さて、先を急がねぇとなァ! 我々は先陣の先陣だ。後続の大部隊を渋滞させてはなるまい! このまま進軍を………あァ?」
突如、車長席から外を覗く小隊長が、遠方の光景に違和感を覚える。
「どうしたんすか? 小隊長ォ? まだこコイツ等の仲間が潜んでるっていうんすかァ?」
「ソイツかどうかは知らんが、人影があんだよ。あれは……」
即座に双眼鏡を出した小隊長は、それを注意深く覗き込む。
「あっ……? 女……?」
そこに立っていたのは、旅人用の麻布マントに身を包んだ可憐な少女__
緋色スカーレットの髪と瞳、赤色のミニスカートと大きなリボン、左目の真上に見られる前髪の分け目、
そこからから覗く、迷彩色と黒のクローバー模様が目立つヘアバンド。
紛れもなく、少女リリーナ=フェルメールの姿。
しかし、少年兵でも無い限り、この戦場の荒野で年端のいかない子供が立ち尽くす姿は異様なので、小隊長はリリーナを〈自由軍〉の協力者だと判断する。
「……誰だか知らんが、ネズミがうろついて邪魔だ。12時方向の人影を攻撃……って! ………何だ…!?」
次の瞬間、彼女に起きた極めて奇怪な変化を、彼は見逃さなかった。
「目が……!光って……!」
彼女の眼球が瞬時に輝きを帯びる__
それも、人間のそれとはかけ離れた純白の瞳孔。鮮やか紅色の虹彩。
さらに、瞳孔を中心に、幾つもの電気回路のような網が見られる、まるで機械人形ような眼球。
遠くから微かに見えた程度だが、瞳から放つ光は、まるで万華鏡のように煌びやかに輝いていたために、彼は一瞬のうちに目を光らせて見入ってしまった。
その刹那__
絶大なる轟音と爆炎が、〈旧政府軍〉の布陣を破壊する。
__先陣を駆ける戦車及び重装甲車の約数十台が、瞬く間に劫火の海に呑み込まれた。
同時に、それが招く混乱と指揮の乱れ、昼寝から目覚めた総司令官ヴィザロへと、一報が飛び入る。
『地雷でも踏んだのですか? マヌケですねぇ。前線で稼働している全車両及び各小隊長は、速やかに状況を報告しなさい……!』
「いえ……! そんな……! ……馬鹿な……! 地雷探知機は精密で正常に機能していたはず………!」
「5番機撃破……! ……嘘だろ……!? 戦車が勝手に自爆したとでもいうのか……!?」
ヴィザロの指示が、各戦車両及び戦闘機の通信機器を通して伝達されるも、危機感の皆無なその戯言など、誰の耳も聞き入れる余裕など無い。
布陣の前線では、重戦車や重装甲車が10台、20台と次々に破壊されていく__
その最中で、最前線の指揮官及び小隊長は、唐突に降りかかった異常な厄災に、混乱し恐怖する。
「オ……オイ! 周囲を……! けっ……警戒しろォ……! 生存者の確認はァ……! ……!? ……なっ……何だ……!?」
爆炎を逃れるも、硝煙の中で恐れ惑う新兵の前に、《一筋の光線》が、目の前を迸る。
紅色の煌めきを灯す__
それの正体を、既に兵士達は熟知していた。
「馬鹿な……! ……あれは……《ナノマシン》……!!」
それを口走った瞬間、新兵は不意にその光線の行方を目で追った。
突如、己の幻覚を疑うような光景が、その者の視界を一面に染め上げる。
先陣部隊の業火から残された最後の1台、AMX-30型の戦車を《ナノマシン》の閃光が、その車体に微かに触れた。
……かと思えば、瞬く間に、まるで包丁を入れられた食材のように、鋼鉄の車体に巨大な切れ目が生じ、真っ二つに切り裂かれた。
『なっ!? 今……《ナノマシン》が……勝手に……!?』
異常現象に混乱する乗組員の僅かな言葉を最後に、AMX-30型戦車は爆炎の炎に包まれた。
「何だよあれ……!? 敵の《ギルソード》の能力ってか……?
あんなものがあるって……聞いてねぇぞ……? お……俺は……逃げ……! ……っ!?」
恐慌で血の気が引いて青ざめた新兵は、鉛如く固まった足を引きずって、独断後退を決意したが__
不意に、機関銃を握った右腕に違和感を感じる。
恐る恐るそれを見た瞬時、新兵は絶望した。
紅色に煌めく《ナノマシン》の集合体が、機関銃と右腕に群がり纏わりついていたのだ。
「や……やめろ……!死にたくな……!!」
新兵が悲鳴を上げた刹那、右腕に集る《ナノマシン》達は、無惨にも、機関銃と右腕共々、バラバラに切り裂いた。
断末魔と共に、硝煙の中に小さな爆炎が生まれ、1つの魂を喰い尽くした。
◇◇◇◇◇
『……で? 状況は? どうなっている!』
リリーナ=フェルメールの左手に握られた薄型スマートフォンから、苛立った男の声が響く。
「先陣の部隊は全滅させた。後は本体を叩くだけ。ただ、少し数が多くで厳しいから、私が直に赴いて戦う。それだけだよ……!」
彼女しか持たない目《粒子器発動の覚醒瞳》を煌びやかに輝かせながら__
ただ正面の『灰の雲』を見つめたまま、リリーナは冷淡な口調で答える。
『……ったく阿呆が! お前いいユウキといい、勝手な行動で状況をややこしくさせやがって!! お前達2人共、戻ったら覚悟してろよ!!』
苛立った怒鳴り声が耳を打つと同時に、薄型スマートフォンの通信は途絶えた。
彼女は、静かになった薄型スマートフォンを、捨てるように放り投げる。
「……いいよ。別にどんな責任を問われようと構いやしない。私は私のやり方と信念で戦うから!
ただ、目の前で傷ついて苦しんでて、怯えながら泣いている人を、私は絶対に放っておかない!!」
自らの決意を誓いに変えて、リリーナは荒野の中心で絶叫した。
その瞬間、紅色の輝いた《ナノマシン》が、彼女の意志に答えるが如く、その身体から湧き出してそれを包み込む__
絶大なエネルギーの稲妻を帯びた《ナノマシン》
それが秒速で次々に彼女から湧き出すと、その大半は右手に集中し、やがて彼女の所有する力、
__へと変化を遂げた。
右手に形成されたのは紅色の『槍』__
銀色の光沢を放つ2m程の長い柄、その先端から突き出た刃は『一輪の造花』を象り、彩る。
細い穂先から太い穂先、様々な形状のそれが折り重なり、一つの『紅花』を芸術的に創生している。
この形は、銀色の茎を持った【ツツジの花】、神秘的なるその槍は、例えるならば『紅花の槍』と例えるに相応しい__
「ねぇ、力を貸して? 私の《ブレイン=ギルソード》、《創造する脳操槍剣》……!」
リリーナは優しい声で、我が子を呼ぶかのように、その《ギルソード》の名を呟いた__




