・迫り来る絶望(3)
地下豪の最深部、アフメドの棺が安置された司令室よりも、さらなる奥の隠し部屋__
普段、その道に続く扉は、普段は書棚によって塞がれているが、何故か今は書棚は退けられて通路は解放されている。
最期の集会の後、ラティファは抜け殻のような顔で、1人アフメドの司令室に引き篭もっていたが、やがて夕刻になると、何故か不思議と、彼女の足は奥の通路へ赴いていた。
その部屋には、〈自由軍〉の最終切り札であった筈の《超兵器の聖母体》が4台収容されていた。
ラティファが辿り着いた頃には、その中の3台は、誰かが使用した形跡がすでにあり、蛻の殻と化している。
兵士の誰かが最期の足掻きを見せるべく、自らの身体を《兵器》にしたのだろう__
しかし、何故か最後の1台だけが、使われることなく安置されていた。
「これに手を出したら……身体は一生殺人兵器かぁ……
でも……どうせ殺されるんなら……最期に一思いに暴れてやるのも……後腐れないかもねぇ……」
残された最後の1台に手を置いて、ラティファは呟いた。
「……アフメド……父さん……? 私……何をしなきゃ……いけかったのかな……?
何をしたら……正解だったのかな……?」
輝きの無い虚ろな目から、溢れんばかりの涙が零れ落ちる__
この世で最も理不尽な終焉を前に、無力な自身に対する後悔と憎悪が、ひたすらにラティファの胸の内で掻き乱れる。
「……何で……今になってなの……? こんな事になるなら………《ギルソード》……もっと早く欲しかったよ……
そしたら……きっとアフメド父さんも……ミーナのお母さんも……救うことが……できたのに……!」
込み上がる苦痛の叫びは、誰に届くこともない__
虚しい静粛さだけが、悪戯に周囲を纏わりつくだけ__
そう嘆いていた時、ふと耳を澄ませると、1つの足音が近づいてくることに気づく。
コツン、コツンと、次第にその音は強く耳に入ってくるかと思うと、すぐに足音は、ラティファの背後でぴたりと止まった。
追いかけてきたミーナにしては、足音が大きい。もしや、この《ギルソード》を使うべく赴いた同士だろうか。
持てる気力限界まで絞って振り向いた先には、彼女が忘れかけていた、予期せぬ人物の姿があった。
「………リリー………ナ………?」
緋色の髪と瞳、赤色のミニスカートと大きなリボン、纏うブレザーは灰色__
ミディアムヘアーの前髪を分けた左目の上から覗く、迷彩色と黒のクローバー模様が目立つヘアバンド__
凛として目の前に立っていた少女の特徴的な姿は、最も忘れてはならなかった、命の恩人のそれであった。
「……リリーナ……一体どうして!? 両手のそれは……!?」
リリーナの両手を見ると、〈自由軍〉の軍服を纏った兵士達が、顔を血塗れにして、それぞれ服の胸倉と右腕を乱雑に掴まれて引きずられていた。
この2人は、イザールが《ギルソード》を持ち込んだ際の集会には顔を出していたが__
それ以来全く姿を見せなかったので、ラティファはどこか不審に思っていた、そんな男達だった。
「……ねぇ……その人達……一体………?」
「〈旧政府軍〉の内通者だよ……! 集会の時の状況や動き、全部向こうに報告していたの……!
〈自由軍〉を徹底的に叩くために……!」
リリーナはそう言って、掴んでいた男達の手を離し、その場で無造作に放置する__
こんなに近くにいた敵にすら、どうして気がつかなかったのか、ラティファは脳内で自身を無能と責め立て、独りでうずくまる他なかった。
「ラティファ……? ここ……通るときに…… 棺……見たの……さっきミーナに会って……事情も少し話してくれた……亡くなった人………お父さんだったって…………」
「……何を今更哀れんで同情してんの? 部外者の癖に……! 突然逃げるように消えた癖に!! 私達を見捨てた癖に!!」
「あ………えっ………?」
ラティファが放った氷のような一言に、リリーナは困惑し、凍てついたように硬直する。
「あ……あの………ごめんなさい……でも……違うの……!
私……やらなくちゃいけない事があって……!」
「……何が違うってのよ!! 厄災の魔女がァ!!」
次の瞬間、ラティファは右手でリリーナの首根を力一杯に握り締め、そのままコンクリートの床面に彼女の身体を叩きつけた。
その首を掴んだ手は、怒りの感情のままにリリーナの首を絞めつけていく__
「がっ………!…あ″っ……………!」
「ねぇ……アンタって《ギルソード使い》なのよねぇ……!? 国や軍隊を滅ばす程の力を持ってんのよねぇ!?
何でもっと早く教えてくれなかったのよ!? 《ギルソード》のことを!!
そんな力がありながら……! 知りながら……! 私達の現状見て何もしなかったの……!? 見ないふりをしたの……!?」
「……ぐっ……ラティファ………話を……聞い……て……!」
「……どうしてこんな事になる前に止めてくれなかったの!? いくらでもやり方くらいあったじゃない!!
だって!! アンタはがここに《ギルソード》が現れるのを知っててここに来たんだから……!?
そうじゃなきゃ……!!
そんな金持ちの国のお嬢さんみたいなさぁ! ブレザー来た人間が! 内戦地帯に来るわけ無いじゃない……!!」
「……かはっ……ごめんなさい……私……私……はっ………!」
「どうしてくれんのよ……! 全部アンタ達のせい……!! アンタ達が《ギルソード》なんて兵器を持ち込むから……!!
子供達が危険に晒されて……! 父さんが殺されて……!
ついに……敵がそれを大量に持ち出して……! そして私達まで殺されるのかァ……!!」
ラティファの精神は、すでに自制心と冷静な思考力を失っていた。
心はすでに壊されていた__
やがて時間の経過と共に、彼女の右手は、心を蝕んでいく怒りと憎しみの矛先として、無慈悲にリリーナの首を握り潰そうとする。
「……がっ……けほっ………ラティ……ファ………」
やがて、呻き声を上げて苦しむリリーナの顔が、徐々に血色悪く青ざめてきたとき、唐突に遠くから響く爆音と轟音が、ラティファの耳に届く。
「はっ………!」
ラティファは瞬時に我に返り、リリーナの首を握っていた右手を振り解く__
「……がっ……! かはっ……! けほっ………! …………ハァ……ハァ……ラ……ラティファ………?」
唾液を吐いて激しく咳き込むリリーナを呆然と見つめると、僅かな冷静さを取り戻したかのように、ラティファは独り言を呟いた。
「そうよね……今更アンタを責めて贖罪を求めたって……どうにもならないんだし……
守らなきゃ……
せめて……この命に換えても……逃げる人達の時間稼ぎにさえなれば……」
ラティファは生気の抜けた虚ろな目を、再び《超兵器の聖母体》へ向けると、その上蓋を開けるべく、ゆらゆらと立ち上がった。
だが刹那__
彼女は背後から右手を捕まえられ、阻止するように、力強く後方へと引っ張られる。
「……何なの……? 手を離しなさい……!」
ラティファは目つきを尖らせて振り返ると、リリーナは突如として血相を変えて、どこに力を隠してたと思う程に、その右腕を締め付けるように掴んでいた。
未だ顔は青ざめ呼吸がぜぇぜぇと荒くなっているが、右腕を握る力と、ラティファを睨む鋭利に研ぎ澄まされた瞳は、もはや少女のそれではない。
まるで歴戦の戦士のようなそれであった。
「ラティファ、何する気!?《それ》に手を出すことだけは、私は絶対に許さない!!」
ぴしゃりと耳を打ったリリーナの言葉に、ラティファの閉ざされた感情には、再び耐え難い怒りが込み上がり、そして言葉となって溢れてくる。
「………何様の立場でその言葉を口にしてんのよ!! 惨事の元凶をお前達で生み出しておいて!!
巻き込まれた私達に「お前達は干渉するな」と言いたいのか!!
あまつさえ理不尽な死の淵に立たされたというのに!! 人を侮辱するのも大概にしろ!!」
「そうだよね……ラティファ言う通りだよ。私は貴女に、私の命1つでも償えない罪を犯した。恨んでくれて構わない。
いや、恨まれて当然だよ……!
でもお願い……! 分かって!! その《兵器》は人を人ならざる《物》に変えてしまうんだよ!?
自分自身も不幸にしてしまう《兵器》なんだよ!?
私は! ラティファをそんな物で不幸にさせたくないの!」
「……だからアンタは何様目線でモノ喋ってんだ!! 敵の大軍が迫っているんだよ……!?
私達は皆殺しにされるんだぞ……!?
私は〈自由軍〉の兵士なんだ!! 残りの命を懸けて皆を守りたいと思って何が悪い!!
そんな綺麗事を抜かすならアンタが戦ってみろ!!
私の代わりにあの大軍に向かって玉砕覚悟で戦いなさいよ!! できるものならさァ!!!」
理性と思考をとうに壊したラティファは、ふと最後の言葉を吐き出した刹那、どこか自身の言動に対する矛盾が脳裏によぎった。
自身の言葉は、最初から最後まで、命を懸けて自身を守ってくれたリリーナに対して、間違っても言ってはならない非道の言葉だった。
だが、彼女の疲弊し病んだ精神は、そんな思考、判断、理解さえも奪い取り、自身に降りかかった不幸に心を蝕まれ、あまりに残酷で非情な言葉を、心優しい少女にぶつけてしまった__
しかし、ズタズタに傷つけられたラティファの心には、そんな罪悪感や後悔など感じる余裕などなかった。そのはずだった。
__次の瞬間、リリーナの発した一言が、彼女の心に、微かにそれを思い出させたのだった。
「…………私はそのつもりだよ? ラティファ……」
「…………………は?」
全く予期していなかった彼女の言葉に、ラティファは幻聴ではないかと疑ってしまう。
「……アンタねぇ! 口なら何とでも言えるわよ……?」
「……別に信用されなくたって構わない。私はただ意思表示をみせただけ。一度貴女を傷つけている私には、貴女に約束を持ち出す資格なんて無いんだから…」
「だったら私も連れて行きなさいよ……! 仮にアンタがいくら強いとしても、相手は大軍勢よ? どうせ私も覚悟はできてんだし」
「……それはダメ」
「………なんでよ!?」
「これは私達が起こしたこと、私が追わなきゃいけない責任。もうこれ以上貴女達を巻き込みたくない……」
「……はァ!?」
この期に及んで一体何を言っているのか。納得のできないリリーナの言動に、やはりラティファはつい噛みついてしまう。
「……言っておくけど! 止められなかったら否応なく全員殺されるのよ!? どうしても1人で行きたいって言うならさぁ……力ずくで私を……!!」
次の瞬間、ラティファは握られていた右腕の力を振り絞って、全力でリリーナの手を振り解くと、秒速の手際で『超音波ナイフ』を懐から取り出し、瞬時にリリーナの首根を目掛け切りかかった。
だが、右手のナイフが首に差し掛かろうとした刹那__
僅かの間、リリーナが放った小声の一言に、ラティファは耳を疑った。
「遅い」
「……!!?」
右手のナイフが瞬時に前方を切り払った。しかし、在るべきリリーナの姿が、そこにはなかった。
その瞬時__
「がっ……………!!」
突如、背後の骨髄から打撃の痛覚を発したと共に、ラティファの視界と意識は急速に薄れていく。
「嘘……アンタって……そんなに……強……かっ……」
こぼれ落ちるナイフの冷たい金属音が鳴り響き、彼女の身体は前のめりに崩れ落ちてばったりと倒れ込んだ。
「悪いけど、私にとっては造作もないことだよ……?」
リリーナは、右手首で象っていた『手刀』の構えを解くと、うつ伏せで気絶したラティファの上体をそっと起こす。
そして、ゆったりと頭を撫でながら、耳元に優しい吐息と声を吹きかけた。
「ラティファ、ごめんなさい。こんな酷いやり方しかできなくて……
私なんかは、もう許さなくていい……
一生憎んでくれていい……
だからお願い……貴女はこれ以上苦しまないで……!
自分を押し殺してその手を血で汚さないで……
貴女は強いけど……それだけすごく心優しいの……
だから……無理をして独りで戦って……みんな……貴女が辛いのを分かってるから……
だからお願い……もう自分を苦しめてまで血に染めないで……貴女を大切に思っている人達の傍にいて……!
大丈夫……!
血で汚れる人間なんて……1人だけでいいんだから……!
罪を背負う人間は……私だけでいい……!」
リリーナは耳元で誓いの言葉をそっと囁くと、まるで眠っているような顔のラティファを仰向けに寝かしつけた。
彼女が羽織っていた兵士用のマントを、シーツのように上からそっと掛けてやる__
「お休み……ラティファ……少しだけ……ゆっくり休んでいて……目が覚めたら…きっと全部終わっているから……」
リリーナは、優しく目を細めて微笑みながら、この言葉を一言残すと、静かに司令室奥の隠し部屋を後にした__




