・悪行の狂騒〈下〉(2)
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「ヴィザロ様、是非私共からも祝福と感謝を申し上げます。我々の理想を、革新と創世に導いて下さったのは、貴方様ですよ? 新たなる指導者様……!」
薄暗い廊下を歩くヴィザロの背後から、士官の1人がほくそ笑む。彼らはかつて少将グスタフの元で、その恩恵と名誉を授かった筈の者達だ。
「とんでもない。私達は、ただ微弱な手伝いをさせて頂いたに過ぎませんよ……」
「何を仰いますか! 貴方様方こそ、ここから世界を統べるべき真の後継者だ!忠誠を!」
「私も忠誠を!」
「真の後継者に忠誠を!!」
ヴィザロの後を追いながら、士官達は彼に対し崇拝の眼差しを見せていると。
「……フフンッ♪ そうゆう素晴らしきコールは、後でたっぷり聞いてあげるからぁ♪ まずは神聖なる儀式を行うとしましょうよ♪」
ヴィザロと士官達の前には、皆を迎えるように少女ディズレーリが姿を見せる。
「おや? ディズレーリ様、お出かけ先から戻られたのですね?」
「ちょっと向こうの様子でも見に行ってたのよ。フヌケの集まりで嫌になっちゃった♪
さてと! 準備は盛大に整っているみたいよ♪
聞けば、この通路はダマスカスの新設広場と直通しているそうじゃない?
とっておきの演説台も用意してあるし、ヴィザロ!盛大に仕上げちゃいなさい!」
「お任せください、ディズレーリ様!」
ヴィザロは冷静沈着ながらも、心地よく栄華に満たされたような笑顔で返事をして、ディズレーリは通路の先へと歩を進めた。
◇◇◇◇◇
長く続いた地下通路から、ようやく見えた地上出口へと階段を登っていくと、そこはダマスカス新市街の『マルジェ広場』に繋がっていた。
周辺には幾台もの旧型装甲戦車が広場を囲い、正面には高さ5m程の鉄筋コンクリートと木造で構成された演説台が新設されている。
これ程の豪勢な用意が、よく整ったものだ。
「この広場は旧西暦1900年代は反政府主義者の処刑場だったらしいわよ♪ 歴史って不思議なもんよね♪ なんせ今日でそんな広場の歴史も変わっちゃうんだから♪
だって今日は、国を上げての一大イベントだもの!
この階段を登りきった景色は、気絶するくらい最っ高にイカしてるわよ~♪」
ディズレーリに言われて、どんなものかと期待しながら、ヴィザロ演説台へ上がってみる。
すると、見事に言葉通り、目の前に広がる景色は、彼を圧巻とさせた。
『マルジェ広場』から新市街の大通りにかけては、〈旧政府軍〉の100台程の大型戦車と銃装甲車が隊列をなして道幅を占領し、真上には大型のジャイロヘリが約30機、騒音を立てて、地面に陰を作り上空を覆い尽くす。
道に広がる戦車の間には、約5000人は下らないだろう。〈政府軍〉主力の兵士達が集結して、姿勢を正して演説台を見上げている。
数百年もの紛争によって形骸化した筈の戦力が、よくぞこの頭数を揃えられたものだ。ヴィザロはこの場にてつくづく思ったのだ。
そして、歩兵、戦車、戦闘ヘリを目を凝らして見つめれば、真っ赤な《ナノマシン》が、身体や機体の周囲で、発光を繰り返しながら浮遊している。
ヴィザロはその光景に、高揚のあまり身震いを堪えながら、演説用のマイクを片手に取った。
「……ここにお集まりましたる皆々様は、新たに刻まれる歴史の立会人となりましょう。
永き戦闘によって荒廃の一途を辿ってきたこの国は、神より賜った兵器によって、新たな時代を築くこととなりましょう。
全ては我々、武装革命組織〈革新の激戦地〉をお使いになり、このダマスカス一帯の変革をここまでお導きくださったお方__
そう! 改革の父、グスタフ=アッディーン少将閣下の恩恵であると気がつきましょう。
そして、グスタフ少将閣下は、我々を導き、絶対なる勝利と栄光をお約束なさるために、新たに生まれ変わられたのです……!」
ヴィザロがマイクでそう告げた瞬間、一帯は壮大なる振動と地響きに見舞われ、兵士達がうろたえる。
「ご安心ください……! まもなく少将閣下をこの場へお迎えするのですから……!」
ヴィザロの言葉を聞き入れ、兵士達が再び演説台を見上げた刹那、背後に聳え立っていた『新アゼム宮殿』に幾多もの巨大な亀裂が走り、瞬く間に宮殿は崩れ落ちた。
そして、兵士達は目の前の光景に目を疑い、言葉を失った。
宮殿を崩壊と同時に、得体の知れない怪物のような《巨人兵器》が、演説台の背後にて悠然と立ち上がったのだ。
地上約30mの巨体は、全身を赤紫の《ナノマシン》の光に包まれて、その内側から微かに垣間見える身体は、もはや人間の形状ではなかった。
《ナノマシン》の結合によって構成された《電気ケーブル》、《圧力ホース》の集合体、無数の《制御装置》、鉤爪のような攻撃型の《触手》、そして怪物の被り物のような禍々しい《鎧》。
これが!我が政府軍の隠し兵器と言うのだろうか?
例えようもなき歪な外観に見る者は恐怖したが、目を凝らせば、かのクトゥルフ神話に登場する『クトゥルフ神』に、形状がまさしく酷似していた。
「馬鹿な……あれが……本当にグスタフ閣下だと言うのか……?」
「あんなもの……! 人間が造り出した《怪物》じゃないのか……?」
〈自由軍〉の兵士達は、あまりにも歪で恐ろしいその光景に、思わず後退りをする者が後を絶たない。
「恐れてはならない……! 皆さん……何を恐れることがあるのですか……?
目の前にお見えになるお方は、あのグスタフ少将閣下なのですよ!
この御方は、我々を栄光へとお導きになるべく、生まれ変わられたのだから!!
おの御方こそが我等が主!そして光を賜りし、救世主であります……!!」
彼の言葉と共に、兵士達は足の震えは止めた。
そして、改めて目の前の《巨人兵器》とヴィザロに向き合い、彼らに忠義を尽くす宣誓を唱える。
「そっ……そうだ! 我らが救世主……! 救世主よォ……!!」
「あのお姿こそ神秘……!神の姿か……!?」
「忠誠をォ! 我らが救世主と時代の創造主に忠誠をォ!!」
ダマスカス一帯からは盛大な声援と祝福の叫びが、天にまで轟き渡る。
合計6000人程の兵士達が一丸となり、高揚と熱気が都市一帯を覆う。その光景を前に、ヴィザロは思惑通りに彼等を支配することに、優越を覚えていた。
「……全ては計画通り……! ……では! そろそろ仕上げに入りましょう……!
グスタフ閣下のお言葉を、代理として私からお伝えさせて頂きます……!
これより、我らが栄光を時代の創世を阻む憎き反逆者〈自由軍〉と、その後ろ盾をする愚かな市民共を一掃するため、進軍します。
戦力は十分過ぎるほどに整っておりますが、まだ貴方様は、《ギルソード》を使用した、新たな戦いの環境に馴染んでおりません。しかしご安心を……!」
ヴィザロはそう言って、マイクを足元に放り出した。
刹那、彼の身体からは真っ赤に光る《ナノマシン》が、再びその身体から湧き出し、両手には、長さ1.5m程の《巨大レンチ》と、ドリル刃1.2m程の《巨大電動ドライバー》がそこに具現化され姿を現す。
「私の所有する《ギルソード》、《融合造形の施工具》の《物質改造能力》によって__!
貴方達の武器や兵器は、近代兵器として通用するように、大幅な強化をさせて頂きました……♪
まぁ、もし使用にお困りでしたら、何なりとお申しつけ下さい♪
私の《ギルソード》は、改造不可能な物質などございませんので……! これで、我ら〈政府軍〉は万全です♪」
「「「うぉおおおおおおあああああああ!!!」」」
兵士達の猛々しき叫びが、再びダマスカスの空に轟き響る。
演説台の上で歓喜の声を浴びるヴィザロは、高揚のあまり眉を歪ませて微笑み__
赤紫の《ナノマシン》に覆われた《巨人兵器》に向かって、勝ち誇るように呟いた。
「グスタフ=アッディーン少将閣下、貴方様には憐れみを申し上げます。しかしご安心下さい♪
私は貴方様の意志を引き継いでご覧に入れますよ?
人望……名声……理想の国家……! 貴方様が手に入れることのなかったもの全てを!〈革新の激戦地〉に捧げましょう……!!」
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「宜しいのですか?アフメド司令! イザールの奴、今朝方からずっと戻っていませんよ?」
〈自由軍〉の新米兵士の言葉に反応することなく、アフメドは司令室の机上にて独り俯いていた。
それは早朝のことだった。
司令官アフメドは、腹心のイザールに、《ギルソード》を使用しての〈旧政府軍〉の殲滅に異をを唱えたのだ。
今までにない程の対立だった。
イザールはこれに激昂した挙げ句、約2時間に渡って怒鳴り散らし、周辺の物を破壊し暴れ回って、何も言わずに地下豪を去った。
考え方や理想に相違はあれど、互いに信じ合ってこの死地を生き延びてきたのだ。
市民や同朋を思う心は、互いに同じなのだから。
だがアフメドは、そう信じてきたからこそ、今回の作戦には納得がいかなかった。
1人2人の身体を兵器に改造し、その者の人生を犠牲にして得る勝利など、ましてやその障害になるという理由で心優しい少女に手を掛けるなど。
「すまない……! イザール……私はお前の気持ちは分からんことはない……!
だが……私はこの戦いの理由を……守るべきものを……忘れたくはないのだ……! それはお前も同じだったのではないのか……!」
アフメドは俯いたまま独りでに呟いた。
もはや彼の心情は、同朋の思いを裏切ったことへの罪悪感と、自らの思いを裏切られたことへの苦悩が重なり、やりきれない状態でいた。
「アフメド司令、顔色が宜しくありません。やはり、少しお休みになるべきです」
疲弊しきったアフメドを、新兵は見るに見かねたのか、司令室奥の寝室への先導を試みる。
「……あぁ……すまんな……」
アフメドは、新兵の目を合わせることなく、案内された扉の奥へ独りで入っていく。
そして、新兵がその扉を締め切ろうとした寸前、彼はアフメドに、一言の問いを掛けた。
「司令、再度お聞きしたいのですが。本当に司令は《ギルソード》は使用するべきでないと、お考えなのですね?」
「当たり前だろう……? あれは人を不幸にする《兵器》だ……!
人の人生を犠牲にする兵器だ……そんなものに手を汚して……本当の平和は訪れんよ……そうだろう……?」
「そうですか……ならば…貴方様に用はありませんね……」
「……!? ……今何と……?」
アフメドが耳を疑って聞き返した刹那、2.3発の銃声が司令室から響き渡り、轟音は密かに地下豪を駆け巡った。
地下の住民達は、訓練室で行われる射撃の練習だと誤解したため、誰1人として発砲音に疑念を抱く者はいなかった。
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