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新科学怪機≪ギルソード≫   作者: Tassy
2. 少女リリーナと戦乱の女兵士 編
32/103

・悪行の狂騒〈上〉(2)



◇◇◇◇◇◇




 マンホールの梯子を登り、地下豪から外へ出てみれば、すでに日は落ちて夜空に星々が煌めいていた。



 暗い心と表情で、あの野菜畑の様子を見に行けば、両手に手錠をはめられたらリリーナが、顔や身体、服装を泥だらけにして、土の上で眠ってしまっていた。



 彼女の傍には、取れたてのミニトマトやピーマン、ズッキーニ等、野菜の山々が盛られている。



 手綱を畑に繋げられたまま、彼女は昼食もとらないで、ずっと野菜の収穫や畑の手入れをしてくれていたのだ。




「……ほんっとに…どうしてアンタは……」




 ラティファは目に涙を滲ませながら、ゆっくりとリリーナの元へ近づくと、ポケットから取り出した布巾で、頬についた泥や砂を拭ってやった。



 愛くるしい寝顔だ。本当に純粋な15.6歳の少女そのものではないか。



 ラティファは、しばらくの間、彼女の寝姿に見とれていた。



 そして、先程から脳裏をよぎっていたあの言葉を、実行しなければと決心した。



【あの女を殺せ! お前の手であの脅威を消せ!】




 __ラティファは、自らの感情を押し殺し、腰のベルトに収めていたアサルトナイフを引き抜いた。




 今の彼女は無防備だ。実行するなら今しかない。




 簡単な事だ。目を覚まさせることもなく、一気に喉元を掻き斬ればいいだけ。 




 そうすれば、争いを終わらせ、皆が救われるかもしれない。




 ラティファは、ナイフを握った右腕を、ゆっくりと空に振り上げる。




 呼吸が上がる息苦しさを堪え、右腕の震えを必死に押さえながら__




「………ごめんなさい………! ……みんなを……救わなきゃいけないの……だから……ごめんなさい……リリーナ……!」





 ナイフを握った右腕は直ぐ様振り下ろすことなく、目から溢れる涙を零しながら、ラティファは何度も謝っていた。




 その身の犠牲も厭わずに、自身を庇って救った少女。




 見ず知らずの場で、見ず知らずの者に笑顔を振りまいてくれた少女。




 他人を第一に思い、その為なら自己犠牲も厭わない、美しく心優しい少女。




 殺されるべきでない、本当は護られるべき存在。




 彼女を殺したら、たとえ皆が救われたとしても、その卑劣な悪行を神は赦しはしないだろう。




 いつしかその右腕は、硬直したまま振り下ろせなくなった。




 正確に言うならば、そうする意志を本人が忘れてしまったのだ。




「……できない……! ……やっぱり無理だよ……!! ……この子を……手にかける……なんて……!」





 ついに、泣き崩れたラティファの右腕から、アサルトナイフが零れ落ちた。



 そして、眠っているリリーナの前で、止まらぬ涙を流し続けながら、呆然と座り込んだ。




 時は、しばらく流れる。




 ふと、ラティファは、リリーナの額に巻かれた、細めのヘアバンドに目を向けた。

 


 クローバー柄の迷彩色だが、どうして額に巻いているのだろうか。



 そこに刻まれた何かを隠しているようにも思える。 



 

 リリーナの事を知りたい。もっと知りたい__


 


 その欲求から、ラティファはいてもたってもいられず、今度は右手をそっと彼女のヘアバンドに近づけ、それを拭い取ろうとした。



 だがその瞬間、リリーナの両目がぱちくりと開いて、彼女は目を覚ましてしまった。



 

「あっ…………! お……おはよう……リリーナ!」




 唐突の事態に、慌てふためいたラティファは、思わず右手を硬直させてしまう。



 困ったものだ。相手の視点からみれば、自身に何かをする寸前の事態だったことが丸分かりではないか。



 

「いやぁ……これは…! そのぉ……なんていうか……あははっ……!」




 何か辻褄の合う弁解はないものかと、あれこれ考えていたが、根が正直者のラティファは、それが咄嗟に出て来ずに乞ってしまった。



 一体、自分がここで何をしようとしていたかなど、口が裂けても言えることではない。


 

 ところが……




「……もしかして、私のおでこ……見ようとしてた?」




「え……? いやぁ……! そういうわけじゃ……ないわけじゃ……なぃ……けど……」





 どうやら、寸前の試みは、リリーナに読まれてしまっていたようだ。



 この時点で、ラティファは、すでに言い逃れを諦めていた。



 だが__




「ごめんなさい。本当はね……


 私の額のヘアバンドの事、絶対に秘密にしなきゃいけないの……!


 これは、私の()()がそう決めたことだから……!


 でも……見るだけならいいよ……! ただ……見てもあんまり気分のいいものじゃないけど……」




 リリーナはそう言うと、そっと手錠の付けられた両手で、そっと額の迷彩色のヘアバンドを、器用な手つきで拭い取った。




「う″っ……!」




 その衝撃的な光景に、ラティファは絶句し、ショックのあまり口元を手で覆う。




 リリーナの額に刻まれていたのは、過去に執刀と縫合が施された、巨大な手術痕__




 よく見ると、その傷跡はリリーナの髪の裏、もみあげ、後頭部を過ぎて、一周しているのが分かる。



 脳の切開手術をしたのだろうが、それにしては執刀の傷が大袈裟すぎる。これでは頭部を真っ二つにしたことになるではないか。

 



 __彼女は必ず胸に抱えている。



 言葉では表し尽くせない、壮絶かつ凄惨な過去と、胸で押し殺す悲痛の事情を__





 リリーナの傷痕を一目見ただけで、ティファはそれが容易に想像ができてしまった。





「ごめんなさい……! きっとそれ……見られたくないものだったよね……!


それを勝手に見ようとして……! ほんと……馬鹿な私……ごめんなさい……!」

 



 ラティファの目から、再び溢れんばかりの涙が零れ落ちる。



 やがて、心の奥に溜め込んでいた悲しみが込み上がり、声に出して泣き崩れる。





「ラティファ……? 私……分かるよ。ラティファはきっと……すごく辛い事があって……抱え込んでるんだよね…… 

 

 私が……何も知らないでここにいる間……何も力になれなくて……本当にごめんなさい……」





 リリーナは、手錠が繋がったまま、右手でラティファの髪をそっと撫でた。



しばらくの間、ラティファの心が楽になるまで。




 リリーナの掌は暖かかった__



 苦痛を強いられているにも関わらず、その張本人である自分に差し伸べるそれは、慈愛に満ちている。




 ラティファはそれが、不思議でならなかった__




 彼女の張り詰めた心が、やがて穏やかになっていく__




 するとラティファは、唐突に胸元のポケットから『手錠の鍵』を取り出し、自身の頭を撫でていたリリーナの腕を掴んで、その鍵穴に差し込んだ。




 リリーナの両手を締め付けていた手錠は、呆気なく外れ解放される。




「えっ………?」





 突然の行動に、リリーナは困惑してしまう__





「ラティファ……どうして……? そんなことして……ラティファは大丈夫なの……?」





 大丈夫な訳がない__



これは〈自由軍〉に対する反逆行為だ。本来ならば、自分はこの場でリリーナを殺さなければならないというのに。

 


 しかし、それに逆らった理由など、ラティファ本人でさえも分からないでいた。



 気がつけば、手が勝手に動いていた。



 ただ、彼女をこのままにすることこそ真の愚行であると、彼女の思考がそう囁いたのだろう。



 

 そして、彼女本人でさえも理由が分からない。何とも晴れた気分が込み上がり、不思議な微笑みが、彼女の表情に表れる。





「フフッ……きっと理由なんてないわ……!


 これが大丈夫かどうかなんて知ったこっちゃないわよ……!


 ただ私がそうしたかっただけ……何も文句なんてない……!


 言わせないわよ……!」




 そう言い張ったラティファの心は、この上ない清々しさを感じていた__




「そ……そう……? やっぱりラティファって、強いんだね……!」




 解放された両手で、ヘアバンドを額に戻すリリーナからも、自然と笑顔が表れていた。





「……ていうかさぁ、アンタはよくそんな状態にされて文句の1つも言わなかったわねぇ……!


 少しは反抗くらいしなさいよ! 私はいつ殺されてもおかしくない心構えでいたんだからね!」





「だから……ラティファは事情があったから、私をこうしてたんでしょ……? 私は分かってたから、そんなこと……できないよ……」




「ったくもぉ! アンタ一体どこまでお人好しな人間なのよ! 人生損ばっかするわよ……! いや、もう損ばっかしてるわ……!」




「えぇ~!? ラティファそれは少し酷いよぉ……!」




「プッ……! あっははは♪ 反抗できるじゃない! その調子その調子~♪ もっと本能を口に出しなっての♪」




「んもぉ! ラティファぁ~からかわないで~!」





2人の他愛ない言葉の掛け合いは、翌日の早朝まで続くこととなった。



 お互いの心が本当に通じ合い、真の友情が育まれた、何よりの証と言えるだろう。




◇◇◇◇◇




 ダマスカスの翌朝は、やはり早く訪れた。




 昨夜から戻らないラティファを案じた司令官アフメドは、彼女の捜索のため、バレットM82型ライフルを片手に、彼女の休息の場である『野菜畑』に赴いていた。



 見張りの際に、地下豪出入り口であるマンホールから離れない彼女が、次に訪れる場所はそこに限られる。



 昨日の午後から、ラティファは追いつめられた表情で、様子が変だったので、アフメドは、もしや彼女がやけを起こして飛び出したのではないかと酷く心配したのだ。



 案の定、彼女の姿はそこにあった。




 だが、目の前の光景に、彼は思わず目を丸くする__


 


 角張った岩の混じった土壌の上では、麻布のマントに身体を包んだ2人の少女が、まるで幸福に満ちたような表情で眠っていた。




 片方はラティファだが、もう片方は、昨日イザールが彼女に殺せと命じた緋色の少女、リリーナ=フェルメールの姿__




 互いに向かい合って寄り添い、右手と左手を優しく握り合う2人は、まるで幼い天使のようだった。





「そうか……ラティファ……それがお前の答えなんだな……!」





 アフメドは確かに驚きはした。だが、何も不思議には思わなかった。



 そして、麻布のマントからはみ出した彼女達に肩部に、そっと自らの上着をそっと被せてやると、独り誓うように呟いて、静かにその場を立ち去った。





「……やはり計画は中止だな。イザールには、私から直々にそう伝えるとしよう……!」

 


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