・戦火に咲く可憐な花(3)
◇◇◇◇◇
「……………はぁ………」
静粛とした瓦礫廃墟の上で、ラティファは孤独に座り込んで黄昏ていた。
色の無い瓦礫、廃墟の山、無情に吹きつける砂埃、その環境の全てが、彼女の心を嘆きと失望の淵へと追いやっていく__
彼女のすぐ後ろには、直径60cm程のマンホールがあった。
これは見張りや籠城戦、さらには脱出にも役立つ万能な隠し通路だ。離れてはいるが、周辺に約10ヶ所程存在している。
地上の見張り役は、決まってラティファが行っていた。
軍の中では当番制にしよう等の意見は出ていたが、最も年が若く力も非力であるラティファ本人が、少しでも皆の役に立とうと、買って出たのである。
「……何やってんだろう………私………何のために自由軍に………」
冷たい砂埃にさらされる彼女の思い悩みは、未だ途切れる事はなかった。
守るべき者も守れず、それのせいで同僚も危険に晒し、あまつさえ自身を助けた者まで、恩を仇で返すように傷つけたのだ__
どうしようもない事態だったのか。
だが、根が真面目な彼女の性格では、そのような言葉などでは、とても収集がつけられない。
堅く冷えた5.56mm機関銃を抱え、頬に貼られたガーゼを弄って考えているうちに、背後のマンホールの中が何やら騒がしくなる。
「ったく! アイツ等……! また性懲りもなく後を付けてきたわね……!?」
ラティファは重い腰を上げ、堅く閉ざされたマンホールの蓋をゆっくりと持ち上げる。
すると__
「おい、ラティファ姉ちゃん! ま~た1人で見張りなんかしてんのか~?」
「姉ちゃん見張りばっかりしてねぇで、たまには妹達に構ってくれよ~!」
「私達も一緒に見張りするの~♪」
蓋の中からは、煤まみれの洋服を纏った十数人の子供達が、マンホールの梯子や壁をよじ登り、その愛くるしい表情で、無邪気に顔を覗かせていた。
「んもぉ~! アンタ達いつも言ってるでしょ! 見張りって遊びじゃないのよ!? それに! 敵に見つかるから、外には出んなよってあれほど……!」
「それよりさ! 今日は俺達『ラティ姉ちゃん親衛隊』に新入りが来たんだぜ! ほら、早く上がんなよ! リリーナ姉ちゃん!」
「はっ……はぁ……!?」
一瞬、子供達の言葉に耳を疑ったが、その言葉と共にマンホールの梯子を昇ってきたのは、本当にリリーナ=フェルメールだった。
放浪者のマントは脱がれ、見慣れない灰色のブレザーと、真紅色のミニスカートとリボンの服装が可憐に目立っている。
「ごっ……ごめんなさい! 一応……ラティファさんの仕事の邪魔しちゃだめだよって言ったのに……! 全然聞いてくれなくて……! なんか自分もこっちに来ちゃって……!」
リリーナは姿を見せるなり、叱責を受ける子供のように、両手を顔の前に出して、慌ただしく謝罪する。
ふと彼女の右手に目をやれば、白い包帯が分厚く念入りに巻かれていた。出血が治まっていないのか、赤黒く滲んでいて痛々しい。
「いやぁ……! 別に私は毎度の事だから、気にしてないわよ……!
それよりも……アンタには命助けてもらって……
同胞の不手際で怪我させちゃって……さらには子供達の面倒まで見てくれてたなんて……
もう合わせる顔がないっていうか……
私は一体、どうアンタに礼を尽くしたらいいか、分からなくなってきたわ……」
「あぁ……! この子達のことは心配いらないですよ! いくらでも面倒見ます! ……なんたって私! 子供が大好きですから!!」
キラキラと輝くような目でリリーナは言った。
「え? 子供大好きなの? まぁ……中年の男性が口にしたら危機感を覚える言葉だけど……アンタは優しくて若い女の子だから……
まぁ信頼はできるわね……多分……」
ラティファは、苦笑いをしながらそれに返す。すると、彼女の背中に、幼い少女がおぶられるように掴まっているのが見える。
先の戦闘で逃げ遅れ、母親を亡くした孤児だ。名をミーナと言った。
「あっ!? アンタその子……!?」
「あぁ、ミーナちゃんですか? この子、しばらくは私やお婆さんの元を離れなくないみたいです。
なので、お婆さんにお許しをもらって、今は私と一緒にいるんです。
娘を助けたアンタ達なら信頼できるから、この子の傍に居てあげて! って言ってました!」
リリーナの背中に掴まるミーナは、未だに泣いてぐずってはいるものの、子供らしい垢抜けない表情が、少しずつ戻っているのが感じられた。
そんな彼女を見て、ラティファは思い悩んでいた心が、救われたような気持ちになった。
「あっ……あのさぁリリーナ……!」
不意に、ラティファの口から言葉が飛び出してくる。
「よかったら、私の見張り……つき合ってくれない……かな……
ほら!子供達だって喜んでるし……!
命の恩人にお礼もできていないし……アンタと……ゆっくり話したいしさ……」
「いいですよ。ラティファさん……!」
その言葉に、リリーナは柔らかな微笑みで答えた。
ラティファの目には、まるで女神が舞い降りたかのように映った。
「あ……あとさぁ! 今後は私の事ラティファって呼んでよ。私どうも年下から堅っ苦しくされんの苦手だからさ……」
「え……? じゃあ……分かりました。ラティファ!」
「あと、敬語も無しでお願いね?」
「えっ? うん……! 分かった……で……す……?」
こういう性格なのだろう。
慣れない注文に戸惑うリリーナを見て、ラティファは癒された気分にもなった。
◇◇◇◇◇
ラティファとリリーナの周りには、5~10歳くらいの子供達が、男女問わず活気よく走り回ったり、瓦礫の砂で遊んだりしていた。
つい先程まで銃弾に狙われ、死地に身を晒されていたのが嘘のように__
つい先程まで、家族を失い塞ぎ込んでいた少女ミーナも、自然と笑顔を取り戻して、他の少女達とおままごとを楽しんでいる。
だが、やはり心の底から彼らが休まる時は訪れないのだろう。子供達の笑顔に目を凝らすと、目元の隈など疲弊した症状が伺える。
危険な場所にいるのは重々承知のようで、いくら追いかけっこをしても、ラティファから半径5m範囲から離れる事は絶対に無い。
こんな残酷な状況の中でも、こうして遊び笑い合う時間こそが、彼らの唯一の至福なのだろう。
都市には死の光景が広がっていたが、その地に生きる者の確かな命の輝きを、彼等は懸命に見せていたのだ。
「戦災孤児なんだよ。私もこの子達もみんな、ミーナと一緒……」
悲しい眼差しで彼ら見つめるリリーナを横目に、ラティファは口を開いた。
「……知ってる。さっきね……この子達と話してたときに……教えてくれたんだ……」
何となくリリーナの表情から察しはついていたが、その言葉を聞いて、「やっぱりか……」と、ラティファ俯いて口ずさむ。
「……皆そうなんだよね……攻撃に巻き込まれた子もいれば、『旧政府軍』や『聖地独立戦線』のゲリラ共に、目の前で家族を殺された子だっている……!
みんな暗かったんだよ。今のミーナみたいにさ……!
もっと酷かったかな……? ここまで立ち直るのに、
どれだけ時間が掛かったか……」
ラティファは、右手を血が滲む程に握りしめながら言った。
遊び回る子供達を見れば、所々に義手や義足を装着した子や、顔などに大きな古傷のある子などが、確かに見られる。
「でも、本当にさ……! アンタには感謝し切れないよ……! 助けてもらった上に、この子達の安心できる人になってくれてさ……!」
「そうかなぁ……? 別に当たり前のことをしただけだよ。私なんかよりも、ずっと兵士として戦って……
みんなを守り続けてるラティファの方が、ずっと立派でかっこいいよ……!」
甘く優しく、心地よい声で、リリーナは答えた。
この状況で、その言葉を言えるからこそ、彼女には頭が上がらないというのに__
「本当にアンタ、どこまでも天使みたいに優しいわよねぇ……
この地域の人達が、いや……世界中の人達が、アンタみたいな人間ならさ……!
戦争なんて絶対に起こらないわ……!
『三・四次世界対戦』や『西暦の終焉』なんて、そんなの尚更だよ……!」
ラティファの右手の力は、徐々に抜けていった。案の定、指の爪で右手は血が滲んでいた。
「ここ一帯はね……昔っから……こんな風だよ……?
みんながみんな……人種が違うとか……宗教が違うとか……思想が違うとか……常識が違うとか……
そんな理由で……ずっと人が殺し合ってきたんだよ……?私が生まれたときから……!
いや生まれる何百年も前から……こんなことしてきたんだよ……?」
「……何百年も……前から……こんな……」
リリーナは、返す言葉が見つからなかった。
遙か昔からの思想・宗教によって、まるで時代から隔離されたように、永久に続けられる紛争__
上辺だけの知識として、頭では理解していたつもりだが、いざ目の当たりにすれば、自らの知識や意識に対する浅はかさ、無知の愚かさ、それ等を如実に思い知らされる。
「そんなの……人間なんだから……みんな違うに決まってんじゃん……! 何がいけないの……!
人間の姿形だとか……思想だとか……なのに……それを異端だとかで否定し合って……憎み合って……
こんな悲しい事……後何年続くの……?
巻き込まれた子供達は……どうすればいいの……?
また憎み合って同じ事繰り返すの……?
いつまで続ければいいの……!? ……もう………私……!!」
ラティファの目からは、溢れんばかりの涙が零れ落ち、血の滲んだ右手は、泥沼の未来に対する戦慄に震えていた。
だが、そんな彼女の震えは、すぐに消え去った。
傍に寄り添う少女の、細い両腕が包み込むぬくもりによって__
「やっぱり……ラティファは天使さんだね。どこまでも優しくて、どこまでも純粋で、自分だけが……どこまでも傷ついて……」
気がつけば、リリーナは震えるラティファの背中をそっと抱きかかえ、自身の目からも、同じ涙を流していた。
その行動も、言葉も、そこに論理的な意味など無かった。
目の前で人が悲しんでいたから、苦しんでいたから。それだけの状況が、彼女の本心を動かし、そうさせるのだ。
「……ごめん……こんな話しちゃって……
私……ずっと独りで……変に悩み混んでたんだ……
何のためにここで生きてるんだろう……何のために兵士になったんだろう……なんて……
悩み混んだらさ……止まんないのよ……! 私……相当の不器用なんだよね……きっと……
でも……大丈夫……! ありがとう……リリーナ……」
段々と心が穏やかになっていく__
リリーナに抱かれ、そう感じたラティファは、今まで抱え悩んでいた先頃の自分が、少し馬鹿らしく思えたりもした。
どんなに凄惨な世界でも、天使というのは存在するのだ__
そう思うと、自身の生まれたこの世界や環境、そして未来にも、少しだけ希望がもてる。今のラティファにはそう感じられた。
「……………わぁ、可愛いお人形……!」
1人の少女が、瓦礫の中からお洒落なフランス人形を掘り出した。
富裕層の所有物だったのだろうか。年代のアンティーク物の高価な素材で造られているように見えて、瓦礫の中に埋もれていたのがもったいない程だ。
まだ手放されて間もないのだろうか、埋もれていた物にしては、やけに状態が良い。
「…………その人形に触っちゃダメ!!!」
それを見るや否や、リリーナは唐突に鬼のような血相に変えて、人形を手にした少女に怒声を発する。
「え……何で?」と少女が瞬時に混乱した。刹那__
それは、瞬く間の秒速度__
綺麗なフランス人形は突如として赤黒い《光の粒子》を全身に纏い、まるで結合体が現れるかの如く、それらが一ヶ所に集中する。
まるで呪術か何かの如き能力で、フランス人形は己の形状を即座に捻じ曲げ、《漆黒の固定器具》が体内から突き出ると共に、最悪の変形を遂げる。
人形の頭部にマグナムが装着された__
地雷原より質の悪い、脅威の《自動殺人兵器》へと__
「………え……??」
全て秒速の出来事が故に、少女は硬直し状況の理解が追いつかない__
しかし、手に持たれた《人形兵器》、もとい少女に向けられた《銃口》は容赦なく__
高熱の〈メガ粒子砲〉のような熱光学エネルギーを、少女の顔面目掛けて放出しようとした。
その刹那……
「__《創造する脳操槍剣》アァ!!!」
可憐かつ猛々しい叫びと共に、リリーナは目にも留まらぬ脚力で、少女の元に駆け寄った。
次の瞬間__
その人食い《人形兵器》は、即座に少女の手から離れ去る__
この時、助けた少女を抱き抱えた右腕とは反対に、リリーナの左手には、いつの間に現れたのか……
異様な形状を魅せる1本の《長槍》が握られ、それを頭上に掲げていた。
その刃先は異様にも美しく、艶やかな『紅色の花』__
それでいて形状は、満開に咲き誇る一輪の【ツツジ】を象った、美術的な造形__
瞬く間に《長槍》の行く先を見やれば、すでに《人形兵器》の銃口から胴体を突き破って、粉砕している。
「はぁアァアァ!!!」
勇ましい叫びを上げ、リリーナは《紅花の槍》を15m程と天高く投げ飛ばす__
__突き刺さった《人形兵器》は瞬く間に空中で爆散し《槍》もろとも火花となって消えた。
事の一部始終が終わるまで、15秒と掛からなかった。
一連の動きを目で捉え、把握した者など、誰1人としてこの場にはいない。
「なっ………何……!? ……私の目の前で……一体何が……!?」
瞬く間の状況の変化について行けず、混乱していたがラティファは、ひとまず彼女達の無事を確かめるべく、恐る恐るリリーナの元へと歩み寄った。
次の瞬間__
振り向き様に見せた、リリーナの顔を目撃した途端、得体の知れぬ者への疑惑と戦慄が、ラティファの足を止めた。
「……ひっ……!! ………目……! ……目……が……!!」
ラティファがそれまで目にしていた、彼女の愛くるしい緋色の瞳は、全くの別のそれへと変貌を遂げていた。
本来は誰もが黒い筈の瞳孔は、鮮明な純白のそれに。髪と共に緋色に煌めいていた虹彩は、怪しく鮮やかな紅色のそれに__
そして変わり果てた紅色の虹彩には、まるで機械の電気回路のような網模様が幾つも見られる。
その少女の目は、通常の人間が持つべき眼球とは程遠い、まるで自動人形に嵌め込まれし眼球__
ラティファは、つい言葉を失って、身の前の彼女を呆然と見つめていた。
彼女が知った少女リリーナではなく、その者の姿をした、得体の知れない人物を眺めるように__
頭は混乱の頂点に達していた。
問いたい疑問は山程あった。
彼女の正体は__
突如として少女を襲った《人形兵器》は__
彼女が手に握っていた紅色の《紅花の槍》は__
だが、事態の急変があまりにも一瞬の事だった故に、悪い夢でも見ているのような錯覚に、ラティファは陥っていた。
「………ねぇ……リリーナ……教えて……? 貴女は一体何者なの……?」
震える唇と震えた声で、目の前に立ち尽くす少女に、ラティファはそっと問いかけた。
だが、《紅色の瞳》を持った目の前の少女は、まるで過ちを犯したかのような険しい顔だけを見せ、黙してその問いに答えなかった__




