・戦火に咲く可憐な花(2)
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ビルの廃墟の隅に隠された地下階段を駆け降りると、そこには50坪程の小型地下シェルターが存在していた。
恐らく旧西暦時代の末期に創設されたようで、ここでは避難民の生活拠点と共に、彼等を守る〈自由軍〉の兵士達の拠点としても利用されている。
だが人口密度が高く、おまけに生活環境は行き届いてはいないようで、悪臭や鉄錆の臭いに負けて、酸欠を起こしてしまいそうだ。
「ちょっと窮屈だけど……我慢してね……? 衛生環境は、嫌でも慣れてもらうしかないけどさ……」
自由軍の兵士であるラティファに連れられたリリーナは、逃げ遅れた幼い少女を抱えなが、彼女と共にシェルターの奥へと進む。
すると…
「ミーナ……? ミーナじゃないかぁ……!」
1人の老婆が、泣きながら彼女たちの元に歩み寄る。
「ばぁば……ひぐっ……ばぁばぁぁぁ……!!」
幼い少女もまた、老婆を見るなり再び大声で泣き叫ぶ。
居ても立ってもいられなくなっあのか、そっとリリーナが降ろしてやると、少女は即座に老婆の元へ駆け出して抱きついた。
「ばぁばぁ……! うぐっ……ママが……ママがぁ……あぁぁ……!!」
「そうよね……! ミーナが独りで逃げてきたって事は……私の娘は……助からなかったんだね……!
あんたが……あんただけでも……生きてて……神様ぁァ………!!」
老婆と少女は、助からなかった母親を悼み、暫く抱き合って泣き続けた。
そんな二人を見て、リリーナはいつの間にか目を涙でぬらしながら、ラティファは唇をぐっと噛み締めながら見つめていた。
「一瞬だったんだよ……? みんなを守りたくて戦ってるのに……みんな一瞬で死んじゃうんだよ……?」
「……ごめんなさい……! 私がもっと早く来て助けていたら……!」
「ダメ……やめて……! 兵士じゃないアンタが……自分を責めるなんて……」
悔しさ、悲しさ、無力感に打ちひしがれ、立ち尽くす2人。彼女達のそんな時間が暫く続いていると、1人の男性の猛々しい怒号が、唐突に2人の耳を打つ。
「ラティファ!! てめぇ馬鹿野郎ォ!!」
慌てて右へ振り向くと、若くて厳つい大男が、怒りを露わにした形相で、こちらに駆け寄ってくる。
「イザール! アンタ無事だったの……!?」
「無事だったの……!? じゃねぇだろうがァ!!」
図体の大きく屈強な身体をした彼は、その剛腕を大きく振るい、ラティファの左頬を間髪入れずに殴り倒した。
その瞬間、周囲の空気は凍りつく。
「無謀な真似しやがって……! お前の後退が遅れたせいで……! 俺達は危うく全滅するとこだったんだぞ!!」
「……ちょっと待ってください……!!彼女は逃げ遅れた子供を助けようとしたんですよ……!!……そんな酷い言い方……!!」
状況を知っていたリリーナが、彼の言い草に腹を立てて反論するも、逆に本人から「リリーナ! いいの……!!」と怒鳴られて阻止される。
「……申し訳ありませんでした……! 私の行動のせいで、多くの同士を危険に晒してしまいました……!」
鼻や口から血を滴らせながらも、彼女は直立不動の姿勢をとり、誠意を以て己が非を認める彼女を前に、頑固者イザールも叱責の言葉を飲み込む。
「イザール、その変にしておけ! 仲間内での揉め事は部隊を破滅に追い込むだけだ……!」
中年の兵士が姿を現し、背後からイザールの肩を叩く。
年齢は50代半ばだろう。身長はイザール程ではないが185cm程と高く図体も広い。左目は傷を負ったのか、黒い眼帯で隠している。
「アフメド司令……!」
「戦場に不測の事態は付き物だ! もし彼女がその子供を助けなかったとしても、我々が全滅する可能性は充分にあった! そうだろう? よく無事で戻ってきてくれた!」
アフメドは叱責など一切せず、労りの言葉を添えて優しくラティファの肩を撫でた。
「ありがとうございます! 司令官。ご迷惑をお掛け致しました。ですが、私がこうして生還できたのは、実は、彼女のおかげでもあるんです……!」
「何っ……!?」
ラティファは堂々と声を張って、彼にリリーナの立つ方向を指し示すと、アフメドに限らず、リリーナ本人も含めて、その場で話を聞いた者の全てが、耳を疑って取り乱す。
「まさか……こんな少女が我等の同士を守ったというのか……! こんな子供が……!そんなことかあるのか……!?」
「いや……! そんなとんでもないです……! 私だって助けられて……!」
唐突の事態に、リリーナが慌てふためくや否や、またもや巨漢イザールが、憤怒の形相を打ちつけ、軍用マントの胸元を手で弄りながら、ゆっくりと彼女の元に歩み寄る。
「冗談抜かすんじゃねぇ!! 同士を助けた恩を良い事に、俺達の拠点に潜入した工作員なんじゃねぇのか!?
普通の女子供装った奴が、一番怪しいんだよォ!!」
壮絶な怒声と共に、胸元から取り出されたのは、『高音波ダガーナイフ』だった。
威嚇のような振動音を唸らせるそれを片手に、イザールはリリーナの胸部を目掛けて猛進する。
「お願い……!! やめて……!!」
衝動的に身体が動いたラティファは、その意のままに身を盾にしてリリーナを庇った。
しかし、虚しくも唸る高音波ナイフの刃先は、それに構わず彼女の胸元に襲いかかり、赤い血飛沫が宙を舞う__
__周囲のどよめきと共に、赤の滴は、呆然として固まるラティファの軍服と顔面に飛び散った。
しかし__
「テメェ……! 何なんだ……これは……」
高音波ナイフは刃先は、盾となったラティファの胸元を貫きはなかった。
何故なら__
「嘘でしょ……? リリーナ……アンタが……?」
彼女の脇腹からすり抜けた背後の右手、つまりリリーナのそれに掴み取られていた。
舞い散った血飛沫__
それは、掴んだナイフの高音波によって、掌や指の肉が抉れた、リリーナの血だった。
イザールは混乱する__
何がどうなっているのか。このナイフは強力な高音波と振動を放つのもで、手掴みなどすれば、指など軽く引き裂かれてもおかしくはない筈だ__
「オイ……! 右手を放せ……!」
血塗れたリリーナの右手は、その細腕に似合わぬ握力でナイフを固く握りられている。
気を動揺していたのか、赤い手で隠れてよく見えなかったのか、彼の目には、ナイフの鍔と刃先の位置がずれて見えた。
そして、何よりもイザールを怯ませたのは、呆気にとられていたラティファの背後に佇む少女の様子である__
大量の血を流しているにも関わらず、俯いた無表情を変えることなく、その掌の力を一切緩めようとしない。
イザールは恐れ戦き、固く握られたナイフの持ち手を本能的に放した。
まるで崇拝されるべき神の聖体に誤って触れ、神罰に値するお怒りを買ったような、そんな圧迫感がまさに彼を襲った。
「イザール!! この馬鹿野郎がァ!!」
傍らの怒号に気づくや否や、今度は司令アフメドがイザールを右腕の拳で殴りつけた。
「早まった真似しやがって……!! その小娘に敵意はない!
もし『旧政府軍』や『聖地独立戦線』の連中の手先なら、今のラティファは見捨てられて刺されてた!
お前……思い込みと暴走で仲間を殺すとこだったぞ!! 分かってんのか!?」
アフメドの叱責に弱ったイザールは、殴られた左頬を押さえながら、冷静に謝罪し、また私見を述べ立てる。
「申しわけねぇ……! だが……! この女は普通じゃねぇ……!
俺の非は認めるが……こいつを拠点であるここに留めておくのは反対だ! 危険な匂いがする……!」
「だが同士を救ったんだ。それだけでここに拒まれる理由はない……! ここに居させてやれ……!
ラティファ! ここでは薬や医療品は貴重だが、お前の恩人だ! 右手の怪我を手当てしてやりなさい。
いいか? お前が連れてきたんだから、全責任をもって彼女の面倒を見るんだ! いいな?」
指令アフメドの言葉に、ラティファは「ありがとうございます!!」と、涙ぐんで礼の言葉を叫んだ。
すると、アフメドはどこか落ち着いた表情で、イザールは不満で腹が煮えたぎったような表情で、それぞれこの場を後にした。
リリーナは俯いたまま、隠すように腕を後ろに組み、そこで右手に握ったナイフを手放した。
誰一人として気づきはしなかったが、背後で落ちたナイフの赤い刃は、彼女の手で粉々に砕け散っていた。
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