・宵闇に舞う騎士〈下〉(3)
◇◇◇◇◇◇◇
「お嬢様……? ロザリアお嬢様……!?」
朝の日差しと疳高い女性の叫び声に、ロザリアは重い意識と瞼を起こして目を覚ます。
「……あれ……?……わ……私……けほっ! ……ぐっ……! ……痛ぁ…………!」
「いけません……! そんな怪我でお身体を動かしては……! ご不憫をおかけしますが、せめて救助が到着するまで、ここで必ず安静にしていて下さい!」
そう言って、気が気でならぬような顔色でロザリアを見つめていたのは、ヴットーリオ邸に勤める使用人の女性だった。名はミランダという。
ここにいるという事は、彼女は屋敷を火の海にした襲撃を逃げ延びた、数少ない生存者を意味する。
「ミランダ……どうして……ここに………! げほっ……ぁぐ……!」
状況が全く把握できずに混乱するが、一言二言口にする度に、襲撃で負った身体の傷が、全身を噛みつかれるように酷く痛む。
気がつくと、傷だらけで血が吹き出していた身体は、全身に渡って包帯が巻かれており、見事な応急処置が成されている。
女中のミランダが駆けつけて、それを施してくれたのだろうか。
「お嬢様? もう話すのはおやめ下さい……!
お嬢様をお見つけした際は、すでに瀕死の状態だったんですのよ?
お2人とも血を流しすぎていて……もう手遅れになってしまったかと私はァ……!!」
女中のミランダは溢れる涙を必死に拭っていると、ロザリアは大切なことを思い出して、衝動的に傷ついた身体を起こしそうになってしまう。
「ミランダ……!ロゼッタはどこ……? お願い……私の……親友が……傷ついて……死にかけて……!」
ロザリアは必死にミランダの手を掴んで問いだすと、ミランダははっと我に返るように、冷静かつ優しい声で答えた。
「ご安心下さい……! ロゼッタ様はお隣で眠っていらっしゃいます……!」
ミランダに言われて、ふと右に目をやれば、同じく傷口を丁寧に包帯で処置されたロゼッタが、すやすやと眠っていた。
誘拐された車内では、ぜぇぜぇと息を荒げて、いつ死んでしまうかと胸が引き締まる思いだったが__
現在は容態が安定しているようで、ロザリアは肩をなで下ろし、安堵の涙が目に滲んだ。
しかし、何故この場で自分達が助かったのだろうか。ここは中心街の一角、木組みのビルの屋上だ。
この傷で倒れて放置されていたのなら、2人とも命を落としてもおかしくはなかったというのに。
一体どうやって気づいてもらえたのだろうか__
「ねぇ……ミランダ……?」
「お嬢様……? お身体に響くのでお話ししてはなりませんと……」
「疑問に……思った……のよ……! どうして……私達が……ここだと……分かったの……?」
「それは……」
ミランダがふと目つめた屋上のテラスを、ロザリアも確認する。
そこには、青白いLEDの照明がロープで縛り付けられ、光信号のように点灯と消灯を繰り返している。
それを見たとき、ロザリアは一瞬で理解ができた。
全部、あの男の計算通りだったのだ__
自分が意識を失う寸前では、傷ついた自身に刃まで差し向けていた癖に__
結局、最後までユウキ=アラストルの手の中で、自分は踊らされていたのだと思うと、腹の中から煮えたぎる思いがこみ上げてきた。
「あら……? 自動車の音! お嬢様、ようやく救助が来たみたいです! 私は下に降りて迎えに参りますので、お嬢様は今しばらくここでお待ち下さい!」
「お願い……ミランダ……できれば……私よりも……ロゼッタを……優先に……してくれると……嬉しいわ……」
「お嬢様……かしこまりました! 私はいつでもお嬢様のご期待にお応えいたします!」
ミランダは気を引き締めるように返事をすると、さっそうと螺旋階段を駆け下りていった。
なんて静かな朝だろう。昨夜のマフィア達の抗争が嘘のようだ。
目が覚めてから、男達の罵声や銃撃の音など一切聞こえない。
あの男が、全てに決着をつけたというのか__
様々な疑問が、ロザリアの脳内を駆け巡って、安静に眠ることなどできないでいた。
「あの馬鹿……ご主人様に……何の挨拶も……無し……? 冗談じゃ……ないわ……!」
ロザリアは、昨夜ユウキが置いていった救急箱を頭上に見つけ、包帯まみれの重い右腕を差し出して中身を漁る。
「お嬢様!! お待たせ致しました! ようやく救助の方々が駆けつけて下さって…………お嬢……様……?」
しばらくして、ようやくミランダが救急隊員を引き連れ、螺旋階段って来ると__
つい先程までシーツに巻かれ休んでいたロザリアの姿が、
忽然と消えていた。
抜け出された形跡を残したシーツの傍には、慌てて口に含んだのだろうか、鎮静剤と抗生物質のパッケージが、幾つも散乱していた__
◇◇◇◇◇◇
普段は爽やかな潮風が吹き抜けるパレルモ港の桟橋だが、この時は、不気味な程に静粛としていた。
遠くに澄んだ地中海の風の香りは、血と硝煙の臭いにかき消されている。
救助を待つ病床を抜け出し、1人ユウキを探し求めていたロザリアは、気がつけば、港の桟橋を目指して、歩が勝手に進んでいた。
額から手足、黒いスーツやスカートの中まで、ガーゼや包帯で覆われてるにも関わらず、ふらついた足元を杖代わりの鉄パイプで必死に支え、
息苦しさを我慢してでも、彼女の本能が、今にも崩れそうな足を動かしている__
「静かよね……生きてる人間……いないのかしら……1人か2人くらい……歩いていて貰わないと……困るんだけど……」
あまりの静けさを不気味に思い、思わずロザリアの口から本音が零れる。
この港を真っ先に訪れたのは理由は、ユウキがここからシチリア島に上陸したことを知っているからだ。
中心街の路地裏で助けられ、気絶から目覚めた場所が、どこかの大型船の救命ボートだった。
そのボートがこの港に停泊しているという事は、まだユウキはシチリアを出ていないことになる。
しかし__
「…ぇ…? ボートがない……? ……嘘でしょ……?」
ロザリアは、血眼になって港を隈無く見渡した。
しかし、海に浮かんでいたのは、乱闘で燃えたヨットやクルーザーの残骸ばかりで、肝心な救命ボートが全く視界に写らない。
「そんなはずは……! だって一昨日はここに……!」
ロザリアは、思わず杖代わりに持っていた鉄パイプを投げ捨てて、弾丸で肉と骨が削れた足を無理に動かして桟橋へ駆け出した。
自身でも理解できなかったが、身体が勝手に動き出していた。
全く、我ながら何を考えているのか__
相手は自分を騙して利用して、我が故郷をここまで傷つけた共犯者に等しい存在だというのに。
桟橋の先端に駆け寄ると、すでにボートが停泊していた形跡はなかったが、桟橋の端に差し込まれた太い鉄杭に目をやると、縦横7cm程度に折り畳まれた紙切れが、石ころの重石と共に置かれていた。
まさか置き手紙などではなかろうか。そう思いつつも、ロザリアは即座にそれを手にとって、ばさりと紙を広げた。
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親愛なるシチリアの友
ロザリア=ヴィットーリオに捧ぐ。
この度、我が目的を果たした為、俺は帰るべき場所へ帰ることとする。
もう俺は、この島から去るべき悪党だ。これ以上ここに留まっても、互いの存在が害になりかねない。
先に言っておくが、俺がこのシチリアでやった事は、お前にとって絶対に忘れられないだろうし、一生許されようなど微塵も思わない。
俺もお前も環境からか、そんなやり方を当たり前だと思っていて、疑問すら持たなかった。
昨夜は傷を負ったお前に冷酷な言葉を投げつけたが、実際は互いを責める資格など無かった。
だが、お前は俺とは違う。
お前には気高き勇気と優しさがある。
俺を利用した理由は、あの《兵器》の売買がもたらすシチリア島の混沌から守る為だと、最初から気づいていたよ。
自らの身を危険に晒してでも、友や家族、故郷を守る勇敢なお前ならば__
マフィアとしてではなく、偉大なるシチリア諸島の頭領として、自分が思い描く理想の島、誰もが穏やかで豊かに暮らしていける島に、変えられるだろう。
焦る必要は何もない。お前なりのペースで、確実に状況を変えていけばいい!
自分の誇りを、強さを、信念を信じろ!
その力を好きに振るってみな! どれだけやれるか楽しみにしてるぜ! シチリアの若きお姫様!
お嬢様の元〘護衛騎士〙
ユウキ=アラストルより
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いつの間にか、目の前の手紙の文字はいくつもの雫で滲んでいた。
それ読み終えたロザリアの手は震え、目は涙が溢れんばかりに零れ落ちて止まらなかった。
「……アイツ……! 馬鹿じゃないの……!? ……気がついてたんなら……最初っから言いなさいよ……!
ユウキの馬鹿ぁ!! 私に断りもなく居なくなってぇ……!!
もう少しぐらいこの島に居なさいよぉ……!!
アンタには言い足りないことだってあるのに…!! こんなマフィアの島でも…いいところや……素敵なところ……!
アンタに見せられるところくらい……! 少しはあったんだから……!」
ロザリアは、水平線の彼方へと大声を響かせた。
たとえ、彼女の声が誰にも届かずとも、その響きが地中海の海風にさらわれようとも、彼女は叫び続ける。
「上等じゃないの!! この私を誰だと思ってるのよ!!
受けて立つわ!私の手で変えてやるわ!!
シチリア島の有力者である、ヴィットーリオ家の跡継ぎとして!
パパやローツェとは違う考え方で!やり方で!
誰もが利用したりされたりしない! 《ギルソード》なんて兵器に惑わされたりなんかしない!
自分たちの力で! 皆が穏やかで安心して暮らせる島を、必ず創り上げてみせる!
アンタがこの島に現れた時まで、楽しみに待っていなさいよぉ!!」
彼女は、声を枯らす程に叫び続けた。
そして、永年にわたって自身が抱えていた不満や息苦しさから、ようやく解放された、そんな清々しさが、彼女の胸の中にはあった。
「……ったく! アンタのこと……別に嫌いじゃ……なかったんだからね……」
ただ静粛で、心地よい波音だけを奏でるシチリアの海を見つめて、ロザリアは最後に一言呟いた。
◇◇◇◇◇◇◇
『……どうしたユウキ? 珍しくお前が黙り込むとは……! あの島に心残りでもあるのか?』
シチリア沖沿岸の『透ける蒼海』を駆け抜けるモーターボートに揺られながら、ユウキはシチリア島の方角を見つめて黄昏ていた。
「……別に? なんもねえよ……!」
スマートフォンタブレットの通信相手を無視しては気が悪いので、適当な相槌をうつ。
「結局、あのお嬢様から逃げるようにシチリアを出ちまったなァ……
あの時は最後まで面倒見てやれる場合じゃなかったし、救難信号を出してやるしかできなかったが……
まっ……俺の所業を考えれば、下手して顔を見せちまえばさぁ?
アイツは顔を真っ赤にして俺を撃ち殺しに掛かるだろうぜ!?
だって、実際クズ野郎だしな……!
俺がすべき事は、黙って島とおさらばする以外ねぇな……って、思ったワケよ!」
ユウキは、少し憂鬱そうな表情で呟いた。
『……そうか。それで話を戻しすが、手はず通りの仕事はしてくれたんだろうなァ?』
「あァ!? お前が話振っておいて……! ったくよォ……!
あぁそうだ! 破壊した《ギルソード》はデータベースで保管してあるし、あの島にはもう《ギルソード》が存在した形跡は排除しておいた……!
って思いたいんだがなぁ……無理か……?」
『あぁ、それは間違いないな! 今回、シチリアマフィアに《ギルソード》を渡した連中は、間違いなくそれに関する暗躍のプロ集団だ!
徹底的に巧みな知識や情報を徹底的に調べ上げて、俺達の動きを掴むだろう……! それか、もうすでに裏で動いて、この行動は筒抜けかもな……!』
「だろうな……! ところでキルト……!
リリーナからは、何か連絡はあったか……?
最愛の親友が異境の地で独り戦っていることを思うと、正直その……気が気じゃなくってな……!」
『お前……アイツを思う度に、一流の心配性になるな。
安心しろ! お前と互角の実力を持つ最優秀のエリートだぞ!
……とはいえ、アイツはお人好しすぎな上に、焦って我を見失う癖があるからな……! 俺も心配だ……!』
「それ、俺が1番知ってるよ……! アイツ今、どこに居るんだっけ……?」
『中東地方だよ、パレスチナやレバノンを超えてダマスカスに向かってる!』
「オイ冗談よせよ……! そこは数百年越しの危険地域じゃねぇかよ! 俺が助けに行くべきじゃねぇのか……?」
『いや、まずはアイツからの情報待ちだ! ひとまずお前は例の合流地点を目指せ! 迎えは手配してある!』
「了解だよ! ……ったく! まぁリリーナの事だし、大丈夫かだとは思いたいが、無茶をやるアイツの性分を思うと、不安になってきたな……!」
ユウキはスマートフォンの電源を切ると、海を滑走するモーターボートの水飛沫を眺めながら、一静独りかに、しばらくの間は寝転がって風を感じていた。
◇◇◇◇◇
「……オイ!〈革新の激戦地〉本部! 聞こえるか? ヤベェ事になってんぜ? これ、頭領にバレたら殺されんなァ! ヒャハハ♪」
シチリア島の古びた灯台の屋上で、1人の男がスマートフォンタブレットを片手に冗談をかましていた。
マフィアのように黒いスーツを纏ってはいるが__
スーツの下は青紫の悪趣味な柄物シャツを纏い、銅茶髪の上部は整髪材によって針山の如く逆立ち、黄金色のサングラスという豪快な装飾まで好んで身に付けている。
外見を一言で言い表せば、シチリアマフィアよりもアメリカマフィアに近い__
『何を笑っているんだい? 部下の責任は管理者である君の責任だよ? その態度は仮にも最高幹部のものとは思えないねぇ?』
「うっせぇなァ! 大体マフィアやギャングなんざ闇社会のゴキブリ風情に、神の兵器と詠われし《ギルソード》を渡しちまうのがそもそもの間違いなんだよ!
あんなクズ共相手の取引によォ! 難儀したアクバルが不憫で仕方ねぇぜ? 全く♪」
男の足元には、血と泥にまみれた頭陀袋が転がっている。膨れ具合からして、確実に人1人が収容されている。
労いの言葉を口にする割には、お粗末にも男が足蹴にしているが。
『それで? 君がどうするのかが問題だろう? グラッザの頭領がお冠になるだろうねぇ……? フランツ=ロエスレル君……?』
「はっ! 知れたことを……! 俺の行動は決まってんぜ……!
ひとまず、アクバル=シャンデリゼの遺体回収とクローン兵士の派遣はやってくれよ?
それと、中東地方へ行ってるグレーネス=ディズレーリには、俺の方から伝えるぜ!! しばらく拠点を留守にして、
生意気な紫髪のクソガキを潰しに行くとなァ!!
全ては、我等が武装集団〈革新の激戦地〉が掲げる理想の世界のために!!」
『承知した……!』と、相手が応えるや否や、ロエスレルと呼ばれた男は、即座にスマートフォンの電源を切り、灯台から海へと投げ捨てた。
「あの世から見てやがれ! 旧世紀の軍事科学者〔アルスダート=ギルソード〕さんよォ__!?
アンタが創り上げ、その名までが刻まれた《ギルソード》ってヤツの、真の使い方をなァ__!
開発者が望もうが望むまいが、『兵器』は生み出しっちまえば、行き着く先は殺し合いと武力弾圧の志向常備品だ__!
俺様がそれを奪って証明してやる……!」
__独りでに呟き、ニヤニヤと笑った後、彼はゆっくりとその場を立ち去った。




