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新科学怪機≪ギルソード≫   作者: Tassy
1. 少年ユウキと闇社会の楽園 編
19/104

・夜明け前の抗争(2)




◇◇◇◇◇




「………んっ………あぇ………」




 宵闇の虫の音と共に、ロザリアはふと目を覚ました。



 どうやら自分は、どこぞのベッドで眠っていたようだ__



 しかし、電灯の明かり1つさえ無い、真っ暗闇の部屋であるため、目が慣れるまでは何も見えない。




「…あれ…? ……確か私……こっそり屋敷を飛び出して……」




 その上、意識が戻った直後のせいか、頭の回転すらままならない__



 よりによって、部屋全体を包む暗闇が、強烈な睡魔を引き出そうとするので、余計にたちが悪い。



 暫く身体を横たえたまま呆然としていると、つい先刻の記憶が徐々に徐々に蘇ってきた。



 唐突に旧世紀の地下シェルター。そこに眠る実験装置《超兵器の聖母体(ギルソードマザー)》の存在。撃たれて血を流し苦しむ親友。



 目に焼きついた数々の映像が、彼女の脳内を巡り巡っていく。




「しまった……! ロゼッタ……? ……ロゼッタは……? あの子を助けないと……!」




 暗闇での視界に慣れたロザリアは、慌てふためいて周囲を見渡した。



 すると、彼女はロザリアのすぐ隣で横たわって眠っていた。



 見たところ、彼女の身体は丁寧に包帯が巻かれ、傷の手当てが施されている。



 ロザリアは、目に涙を滲ませながら「よかった……」と安堵して呟いた。



 だが、よく見ると彼女の顔色は酷く、額には大量の汗を流し、か細い呼吸音がひゅうひゅうと弱々しく、そして荒く聞こえる。




「ロゼッタ……苦しいよね……ごめんなさい……私のせいで……」




 ロザリアは、そっと彼女の手を祈るように握り、涙を流しながら彼女に謝った__




 そして、心を落ち着かせ、冷静に周囲を見渡す。どうやら、ここはロザリアの自室のようだ。


 ふと机の上に目をやると、救急箱の中身がひっくり返されて、包帯や薬が散乱している。



 液体の残った使用済みの注射器が出ているのを見ると、自分の左足に鎮痛剤やらを打ったような形跡が伺えた。



 確かに痛みもなく、軽やかな感覚がある。



 つまりは、この屋敷に自分達を運んでくれたのも、ロゼッタの傷の手当てをしてくれたのも、全てあのユウキがやってくれたという事だ。




「アイツ……! ちゃんと気の利くところ……あったのね……」




 心では深く感謝をしていたものの、素直に言語化できずに、皮肉のような独り言が飛び出してしまった。


 しかし、それと同時に、あの冷徹で恐ろしい眼光を放ったユウキの姿を、ロザリアは今になって思い出した。



 元々約束を破って勝手な行動をしたからこそ、ユウキは怒り自分に刃を向けたのだろう。



 自分が巻いた種ではあるが、こうなった以上は、ユウキを頼るなど確実に不可能だ。



 ならば、自身の力で問題を解決するしかない。




 迫り来るヴェルニーニ家の脅威から__


 科学兵器、《ギルソード》が招く大厄災から__


 シチリアを覆う闇から__



 

「ごめんね……ロゼッタ……私……どうしてもやらなくちゃいけないことがあるから……!」




 ロザリアは、ベッドに横たわるロゼッタの耳に囁くと、布団を彼女の肩までかけ直し、自身の纏う黒スーツをしっかりと整えて、静かに自室を後にした。




「今度こそ……! 本当のことを話してもらうからね……パパ……!


 いいえ……お父様!


 頭領! フランコ=ヴィットーリオ!!」





 ロザリアは覚悟と決意を胸に、父フランコの書斎へと駆けていった。




◇◇◇◇◇




頭領ファーザーフランコ、いい加減にご決断下さい!」




「このままでは、ヴェルニーニの戯曲シナリオ通りに、ヴィットーリオ=ファミリーは滅ぼされます! 奴等は本気です!!」




 緊急召集が行われた『ヴィットーリオ邸』の書斎にて、幾人もの組員による訴えが飛び交う中__


 頭領フランコ=ヴィットーリオは、すっかり血の気が引いた顔で、まるで組員達の声を意識から排除するかのように硬直していた。




 

「大体……! あの家系の残忍さと冷酷さは……最初から分かっていたはずです!」




「そうだ! 今回の船の沈没がどうとかは知らないが! それが無くとも、どの道我らに何らかの因縁をつけて、攻め滅ぼしに掛かってきたはずだ!!」




「アクバルはどうしたんだ! 今すぐ協力を要請しろ!! 《ギルソード》を我々に譲渡したのはアイツだろう!?」




「今が期だ! 奴等とは戦力差があるが……! 油断してやがる隙を狙ってやればいい……! その期は今だけだ! 我等だって《ギルソード》を持っている!!」




 皆が一体となって武力蜂起を推奨する声を上げているが、それはフランコ自身が最も望まぬ結果であり、恐れるべき事態だったのだ。



 己が統率するシチリア自治国の理想、それは平穏かつ豊かな国であること__



 歴史上の偉大なる王や政治家の誰もが掲げるそれを、彼もまた抱いていた__



 大戦の終結から400年、荒んだこの島を立て直すため、マフィア達は自らの手を罪で汚そうとも、島の繁栄を願い各々の生涯を捧げてきたのだから__



 過去の勇士達の意志を継がねばならない。そういった責任を、フランコは誰よりも強く抱いていた。



 そのための『血の掟』__


 そのための『厳格なる規律統制』__


 そのための『兵器ギルソードの導入取引』__



 それら全ては、フランコ自身がシチリア諸島の平穏を願い支払ってきた、対価と犠牲の象徴であった。



 だが今となっては、その対価の象徴はその全てが徒労に終わろうとしている。



 この事態を受け入れて対策につなげる精神力など、今の彼は持ち合わせていなかった。




「教えてくれ……! 私はどうすれば良かったんだ……何かを間違えたとでも言うのか……!?


 私はこの島の和平の永久存続のため……自分の全てを神に捧げてきた……! 人生をも……人格をも捧げて……!!


 なのに……なぜ誰も彼もがそれを理解しようとしない……!


 共に歩もうと手を取ってくれない……!


 あまつさえ私を裏切りる……!! ヴィヴァルディも……!! ヴェルニーニも……!!


 どこまで私は独りで苦しみ続けるというのだ……!」




「…頭領ファーザー………」




 周囲の組員がすっかり黙り込み、消沈した刹那。




「……………誰かの理解が欲しかったのですか? 私やお母様を含め、真っ正面から人と向き合おうとしなかった貴方が……?」




 誰1人として答えられなかったフランコの本音に、一言ぴしゃりと言い放ったのは、書斎のドアにもたれて様子を伺っていた、彼の実の娘であるロザリア=ヴィットーリオだった。




「お……お嬢様……! まだ起きておられたのですか……!」




「ロザリア……起きていたのかい……? ……い……いつから今の話を聞いていた……?」

 



「ここで聞いていたのは5分前からですわ? でもお父様の怒鳴り声は、ここへ来る途中の階段からすでに聞こえていましてよ……?」




 ロザリアは、唸る獣の如く静かな声を発しながら、そっとフランコの腰掛ける机に足を運ぶ。



 その目と表情は、純粋に父親を慕う愛おしい愛娘のそれではなかった。すでに彼女自身が捨て去ったかのようだった。



 狭い書斎に群れる組員達を掻き分け、フランコの机の前に立ったロザリアは、そこに縮こまって動揺する頼りない姿の彼に対し、静かに口を開いた。



「どうして……話して下さらなかったのですか……!?」




「……話す……? 何をだ……? ……私に何を話して欲しかったんだ……?」




「何をって……? 今までのこと……全部に決まってるじゃないですか………!?」




 ロザリアは、人前に立つ際では、ファミリーの頭領である父親の立場を尊重すべく、なるべく自我を抑え、父親を『お父様』と呼び、常に彼の顔を立てる努力をしていた。



 故にこの場でも、人前に立つ父親の顔を立てるべく、己の内に溢れんとする激情を抑えて__




「………ロザリア……分かってくれ……」




 情けない泣き顔とぐずったような声で、フランコは震えた声でロザリアに語りかける。




「私は……ずっとこの島の幸のためを思って、行動してきたんだ……!


 ロザリア達の幸せだけじゃない……!


 このシチリア諸島が豊かで平和になるように、私はこの身を削って捧げてきたんだ……!


 お前に理解なんて、できないだろう……?


 全ては、この島の平和のために……!!」




 しばらく黙って彼の話を聞いていたが、ついに激情を抑える我慢が限界に達したロザリアは__


 そっと両腕を振り上げ、彼の机をもろとも破砕するかの勢いで自らの掌を叩きつけた。



【バァンッ__!!】


 木製の机上に、何かが叩きつけられる衝撃音が、この部屋一帯にどよめきを齎す__



 ロザリアの掌は真っ赤に染まり熱を帯びていたが、唇を噛み締めて激痛に堪え、今まで必死に留めていた涙と言葉を、静かに打ち明けるのだった。




「…………パパ……? ……それ……本心を言ってるの……? ……本気でシチリアの幸せを思っていたの……?


 私の目には見えなかったよ……? この島にはそんな光景なんてなかったよ……?


 街の風景にも……そこに住んでる人達の顔にも……パパの思いなんて写ってなかったよ……?



 どうして皆は私達(マフィア)を怖がるの……平和のために頑張ってるんじゃないの……?


 どうして路地裏に毎日死体が転がってるの……?



 どうして島の人は銃声を聞いているの……? みんな怖がってるんだよ……?


 この島を平和にするんじゃなかったの……?」




「ロザリア……? お前は一体何を……?」



 フランコは困惑の表情を被って呟いたが__


 それは思わず理解に苦しむ素振りで、責任の負い目から逃れようと自己保身の現れであった。



 ロザリアの怒りと悲しみの涙は、洪水のように溢れ出していく。



「ねぇ……教えてよ……!! 『血の掟』ってさ、パパが昔のマフィアみたいに、仲間内とその家族を守るための規律なんだよね……?


 争い事を無くすための決まりだったんだよね……!?


 じゃあどうしてヴィヴァルディの伯父様おじさま達は殺されたの……!?



 あんなに仲良くしてたのに……? 私達を可愛がってくれたのに……!!?


 あの人達は本当に『血の掟』に逆らったの……? どうしてそう言えるの? どうして簡単に殺せるの……? その方が都合がよかったの…?



どうして……! どうして……!? 私の大切な友達にまであんな酷い事したのよ……!?


 ロゼッタに罪なんてないのに……あんなに優しい女の子なのに……!!



 なんで……!? なんで兵器の取引なんてしたの……!? そんなものが本当に必要なの……!?



 しかも……! あれは人間自体を兵器にするんでしょ……!? どう考えたって島を平和にするわけがないじゃない!!


それで……! どうして今……! 私達が殺されそうになってるのよ……!?


 恨まれてるんでしょ……!? ……本当に島の幸せを思ってたの……!?


 それがこの結果なの……!?


 信じられない………!



 もうパパの言う事……何も信じられない……!」





 真っ赤に染まった掌を握りしめて涙する娘を前に、フランコは落胆する他なかった__




 結局、自分はシチリア島の幸福という己が理想しか見えていなかった。


 それは、この島を思い通りに形作り統率するといった、自己満足に過ぎず、島に住む住民のことなど、ましてや自身の家族の幸せすらも目に留めていなかった。



 この現状は、そんな己が所業が招いた現実であると、己が理想ばかり追い求め、人の幸福など目にも留めなかった報いであると__




「おぉロザリア………許してくれ………」




 フランコは、自身の分厚く大きな右手の指先を差し出し、震えながら我が愛娘ロザリアの左頬にそっと触れた。



 刹那__




 凄まじい轟音と同時に、書斎の窓が一瞬にして粉砕され、絶大なる爆炎と爆風が部屋中を喰い尽くす__



 一瞬の事だ……



 その場に居合わせた者達は皆、何が起きたのかさえ理解できぬまま、破壊の嵐に巻き込まれ、劫火の炎に呑み込まれる。

 


 __その数秒後、屋敷の書斎と呼ばれたその部屋に広がったのは、地獄だった__



 立ち込める硝煙、無数の残骸や瓦礫、そして、血まみれになり、屍のように横たえた者達の姿が、散りばめられていた__




◇◇◇◇◇



「………………」

 


『どうしたんだユウキ? 事態が急変でもしたか?』



「別に? ただでさえ胸糞の悪い悪党の街が、ついに煉獄の絵画みてぇにまで変わりやがったよ……別に述べる感想なんざ一切無いけどな!」



 パレルモ中心街の、石造りビルの屋上から__



 ただ冷徹な眼差しで、無感情な瞳で__


 ユウキは薄型スマートフォンを片手に、業火と硝煙が立ち上る屋敷と街を見下ろしていた。



 ついに勃発したのである。


 マフィア、ギャング、裏社会に跋扈(ばっこ)する無法者達が起こす、大規模な戦乱が__



 島と街の至る所から爆音や銃撃の音が轟き、そして悲鳴と怒声がどよめき合って、

 爽やかな地中海の波音も、星々が煌めく夜空も、既に血の匂いと灰煙で覆い隠されている。



 今頃市街地では、ヴェルニーニの傘下のファミリーによって、ヴィットーリオ=ファミリーが管轄する事務所などが襲撃されているだろう。



 シチリア島は、まさに混乱と戦慄に満ちていた。



『で!? どうするつもりだ!? この最悪な状況……もう俺達の予想は的中した! このシチリアが《ギルソード》に滅ぼされるのも時間の問題だぞ!


 この最悪な事態を、我々は何よりも阻止すべきなんじゃなかったのか!?』




 

「最悪な事態__? 阻止すべき__? 悪いがキルト! 俺は全くそんな事は思わなかったぜ!?」



『っ……? 悪いがユウキ……聞き間違いか? もう1回言ってくれないか……!?』




「聞こえなかったか? もう一度言ってやる! 俺はそれを微塵も思わなかったと言ったんだ!


 この状況は《ギルソード》なんて悪魔の兵器に手を出した、あのマフィア共が招いた結末だぜ!?


 俺達が干渉する義理なんざあるか!? 一欠片もねぇだろうがよ!!



 それに、俺はマフィアなんざ最初っから眼中にねぇ! 俺らの国から《ギルソード》を奪ってマフィア共を水面下から操っている連中を潰す事だ!


 

 けどよォ……! どの道そいつ等を炙り出すには、何も知らずにかくまってるマフィアは邪魔で仕方がなかったんだ……!



 ……だからさ、どうだ?


 今のこの状況! 俺達の目的を果たすには、絶好のチャンスにしか見えねぇんだけどな……?」





『ちょっと待て……?まさかとは思うが……おまえの思惑って言うのは……!?』





 通話相手がその先を言い掛けた瞬間、ユウキは唐突に通話を切った__




 相手の動揺した声を思い返しては、ユウキの顔には、人間のそれとは程遠い、まるで地獄へ誘う道化師の如く歪な笑顔が、顔一面に刻まれていた__





「そうだよ……! 俺はこの機会を待ってたんだ! 


 だってさぁ? 厄介者のマフィア共が勝手に殺し合って自滅してくれたら、俺は余計な敵と戦わずに済むじゃねぇか……! 


 後は《ギルソード》をこの島に持ち込んだ馬鹿共を潰せば、俺の仕事はめでたく完了、後は簡単だ……!


 ロザリア=ヴィットーリオ……お前には本当に感謝してるぜ?


 お前が俺を利用してくれなかったら、俺はこんな絶好の機会を手にすることなんて絶対無かった!


 全部お前がここまで導いてくれたんだ__!


 

 でも、やっぱ悲しいよなァ__


『利用し利用されるだけの関係』ってのは、悲惨な結末しか生まねぇってワケだ。これがその事例ってヤツだよ__!」


 

 


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