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新科学怪機≪ギルソード≫   作者: Tassy
4.盲目少女と忠犬の絆 編
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・救えぬ現実、汚れた理想(2)


 ♢♢♢




 〈翡翠の園〉28階、シェリーの寝室前__



 息切れの苦しさを我慢しながら、先行して駆け抜けたリリーナは、誰よりも速くセイバーに追いついた。


 そんな彼女は、ある1部屋の扉の前で、右へ左へと彷徨くセイバーを発見する。



【……クゥン……ゥォン……!】



「ハァ……ハァ……セイバー? 一体どうしたの?」



 昼夜も照明の明るい、居住フロアの廊下で、

 忠犬セイバーに声を掛けるリリーナ__

 

 しかし、少々観察するや否や、この忠犬の様子に対して、彼女は違和感を感じていた。



 体調不良だろう、常時湿るはずの鼻が乾いている。

 

 また表情に生気があまりなく、息切れが激しい。



 獣医学の専門知識など無いが、心身共に疲れているのには確信を持ったが__



 何の因果か、いや偶然に具合が悪くなったのか、少し考えていたが、目の前の忠犬は身体を省みず、ただ閉ざされたこのドアを開けようと必死だった。



 居ても立ってもいられず、失礼を承知の上で、リリーナは部屋のドアノブに、そっと手を掛けてみる。 


 ギイと音がして、扉は開く。施錠がされていない。




「ごめんねシェリー、リリーナだけど、入るね……!」



 そう名を伝えて、ゆっくりと扉を開けつつ足を踏み入れたとき、薄暗い部屋でリリーナは目を見引いた。



 シェリーの姿はあった。

 しかし、ベッドの上で力なく倒れ込んでいた。




「シェリー__!!!」



 少女の名を叫び、リリーナは即座に駆け付ける。



 青白い小さな身体は、高熱に侵されていた。


 か細く弱い呼吸を繰り返し、全身の肌と衣服、そして寝床のシーツは汗に濡れている。


 明らかにその様相は、急病患者のそれ__



【……クゥ……ゥォン………!】



 忠犬セイバーはシェリーの足元に近づき、ベッドに顎を乗せて、呆然と主人を見つめている。



 主人と分かち合う能力、《深層読解の(サイコメトリア・)共鳴体器具(ライフハーネス)》の反応により、少女の苦しさをより身に感じているのだろう。

 

 震えた声を振り絞って、救援の要求に鳴き続ける。



 「………………」



 __リリーナは無言で、少女の額に手を乗せた。



 本当に熱い、恐らく39℃は超えているだろう。 

 呼吸も弱くかつ小刻みで、安定していない。


 非常事態だ。レヴェリーに伝えて、今すぐ施設から病院へ移さねばなるまい。   


 そう考えた彼女は、少女を抱き上げようとした。



 その瞬時__

  


「……リリーナ……さん? 近くに……いるの…ですか?」




 横たわったまま、シェリーがか細い声を上げる。

 



「シェリー! 私だよ? リリーナが傍にいるよ!


 辛いよね? もう無理しないで! レヴェリー先生もすぐに来るから、病院に行って診てもらおう?


 私がついてるから、今はゆっくり休んで……!」




 そう言って、リリーナがそっとシェリーを抱こうと、手を伸ばそうとした瞬時__


 次に少女が発した言葉に、リリーナは硬直する。



「……別に……心配……要りませんよ ……この状態……慣れっこです…から……ちょっと……力を……使いすぎた……


 だけ……ですから……あぁ……不便な身体……」




(……不便な身体? 何の話? 一体どういうこと……?)




 明らかに事情を抱えたような言葉__


 彼女の思考は瞬時停止したが、それをよそに、熱で朦朧としたシェリーは、ゆらりと上体を起こすと、セイバーの方へと右手を伸ばす。



【……クゥン………ヒィン……】



 少女を案じながら、セイバーがその手に近づくと、彼女達の身体が共に淡藤色の《ナノマシン・オーラ》に包まれる。



「……良かった……怪我していない……内臓も健康体……


 良かっ……う"っ……! がふっ……!!」




 突如、シェリーが息が詰まったような咳きを込む。

  

 瞬間に口を押さえた右の手元から、赤い鮮血が溢れ出すのが見えた。




「シェリー!お願い無理しないで! 横になって!!」



「……ハァ……ハァ……で…も……」




 口元から血を垂らしているのに、シェリーは起き上がったまま休もうとしない。




「けほっ……! ……ちょっと頑張っただけで……」




 吐血する程に重症なのに、何故だかシェリーは悔しがり、頑なに無理を強い続ける__



 リリーナは呆然と思考が凍結し、その様子を見続けるしかできなかった。


 すると背後から、乱雑にドアを開ける音が響く。




「シェリー! もうダメだ! アンタの身体が限界!!

もう《ギルソード》の能力は使うな! 一切使うな!

 安全を確認次第、レヴェリー先生と病院行くよ!」

 



 入室するや否や、その荒々しい声を上げたのは__


 病院で知り合った生徒、彼女の親友にして義肢型の《ギルソード》を装備する少女、ラフィアスだった。



 睨むわけではない__


 その剣幕な声と表情で、これ以上の負担と弊害を与えまいと、シェリーを牽制する。




「……ぁ……ぇ……ラフィアス? ……ごめんね……私の我儘に……付き合わせちゃって……セイバーも……ごめん……」



 ただ謝りながら、シェリーは苦しそうに荒く小さな呼吸を繰り返しつつ、ゆっくりと身体を横たえる。


 相当負担が掛かっていたのだろう、いつの間にか彼女は、気絶したように静かになり、眠りについた。




(何があったの? この子の身体に何が起きてるの?)



 リリーナが胸に抱える第一疑問点、ようやくラフィアスから聞き出せる。


 リリーナは口火を切って聞き出そうとしたが__




 背後に立っていたラフィアスは、突如その場で崩れ落ちるように、その腰を床につけて座り込んだ。




 「……私の……責任だ……これ……」



 虚構に視線を向けたような無表情で、漏れるように溢れる小さな声を溢す__



 少し髪に隠れたその目からは、目立った大粒の涙が、頬を伝って滴り落ちるのが見えた。



 その瞬間に聞こえたのは、込み上がる悲痛の叫び。




「馬鹿じゃねぇか私! ラフィアスのクソ野郎が!!

何で止めなかった!? 親友失格じゃねぇか__!!


 シェリーの身体が弱いって私は知ってた……!


 ちょっと《ギルソード》の力を使っただけで、常人の数倍この子に負荷が掛かるって……分かってたのに!


 馬鹿か私は……何で止めなかったんだよ……!


 自分も戦うって聞かなかったシェリーを……私はきっと力任せに止めるべきだった……!


 リリーナ先輩……私は……最低だ……!」




 涙にと皺でくしゃくしゃになった顔で叫ぶラフィアスは、リリーナに訴えるように視線を離さなかった。


 少女を苦しめたのは自身だと__


 その罪悪感に耐えかねて、リリーナに本心を打ち明けたのだろう。



 涙の目を見たリリーナは、咄嗟に冷静さが戻り、静かにラフィアスへ歩み寄って、そっと抱きしめた。



 __まだ事情は1つも把握できていないが、

 目の前で苦しむ少女達が、彼女を正気にさせた。


 手段は選べないが、まず情報収集が急を要する__


 それを得たうえで、問題の打開案と、起こすべき行動が明確になる、リリーナはそう確信して決意する。




「分かったよ、ラフィアス。貴女達ばかりに重荷を背負わせて、本当にごめんなさい。


 もう大丈夫だから……! 今度は私が、貴女達を苦しめる厄災から、二人を守りたい……!


 でもその方法は、もしかすると二人が望まない、嫌なやり方で、無理に私が行動を起こすかもしれない。


 その時は、私を恨んでも叩いても構わないから__


 それでも私は、貴女達の力になりたい__!」



 

 リリーナはラフィアスを優しく抱きながら言った。


 彼女から手か解かれようとした際、ラフィアスの目にはリリーナの瞳の形が、一瞬だが映り込んだ。



 眼球の奥底の《瞳》、形状が人間のそれではない。


 まるで機械仕掛けの如く光を放ち、紅色と白の色彩が煌めき続ける、そんな《瞳》に変化している。



 リリーナは本人の前で、《粒子器発動の覚醒瞳(ブレイン=アイズ)》を発動させ、その機械状の眼孔でラフィアスを見つめる。



 初めての光景に、ラフィアスはきょとんとして驚いたが、自分でも意外と思う程に冷静で、思わずこんな言葉が口から溢れる。




「……綺麗な瞳、万華鏡みたいで魅入っちゃうっスよ。

 この街を危機から救った、女神のご加護……!」




「……そう? ありがとう。私ね? 事情あって、そういうのが見える《覚醒瞳アイズ》があるんだ。 


 私の《ブレイン=ギルソード》と連動しててさ__


 《ギルソード使い》。遠目から透視できて、その構造機種や性質・使用者の位置情報、さらに生命状態、全部この目で把握できるの、それが、これ……」

 


 想像で説明するより、目視で見せる方が確実だ。


 そう判断したリリーナは、その煌びやかな《覚醒瞳アイズ》で、シェリーの身体を精査するように、隅々まで見渡した。



 少女シェリーに宿る《G(ギルソード)ナノマシン粒子》、それが齎す特殊能力__



 その正体はすでに知っているが、問題はその粒子が身体に悪影響を与えていないか。


 また、一体何が、彼女の身体をここまで蝕んでちるのか、それが《ギルソード》に関係するのか__



 それを透視解析する力、リリーナは自身の目、《粒子器発動の覚醒瞳(ブレイン=アイズ)》を駆使して、徹底的に暴こうとする。


 シェリーに宿る力である《深層読解の(サイコメトリア・)共鳴体器具(ライフハーネス)》の全詳細情報と、それを齎す粒子の現機能状況__



 その全てが今、リリーナの視界に映し出され、その情報が脳に流れ込んでいく。




(成る程ねぇ、触れた生命体の細胞や神経器官__


 その反応を自身と同期・共有させて生命状態を感じ取って、一心同体のパートナー同期させ共有する。


 この《能力》、確かに一度使うごとに、全身の神経を《ナノマシン》と同期リンクさせてる__


 無意識に身体に負荷が掛かって、消耗に気がつかないって事案頷けるけど__!


 いや、もっと奥深く探らなきゃ! 能力の《使用履歴》まで調べて、原因の根本を洗い出せば__!)




 リリーナの《覚醒瞳アイズ》は紅色の光度を増加させ、その煌めく眼でシェリーの顔へと近づける。


 弱り苦しむ少女を思い、救いたいがために__

 自身だけが持ち得る《瞳》で__


 小さな身体に宿す《ナノマシン》を、隅々まで解析、記録しては、その秘密、正体を徐々に暴き出す。



 その中に1つ、確定的な能力の使用履歴が、《ナノマシン》の過去データから確認できた。





「何この能力? 《深層読解の(サイコメトリア・)覚醒共鳴(シンクロゲイザー)》__!?」




「………っ!?……それ……シェリーの……っ!!」



  


 リリーナがデータを読み取るや否や、ラフィアスはらしくない、そしてかつてない動揺を露わにした。



 彼女が現状況に陥った因果関係は確定される。


 彼女の動揺に構わず、己の《覚醒瞳アイズ》を駆使し、全ての仕掛けを解析して、リリーナはその全貌を暴き出そうと試みた。




 だが、その刹那___




【パパ……? ママ……? どこに……いるの……?


 どうしてここ……真っ暗なの……? 何も……見えない……よ……?】




 (え……何? 今……頭の中で声が……?)




 一瞬、リリーナは脳の奥底に違和感を感じた。

 

 自分の意思や記憶ではない、第三者の追憶が自身の脳に注ぎ込まれたような、そんな感覚を覚える。




【嫌だ!! 放して!! どうしたら……いいの……!?

もう……パパもママも死んじゃったんでしょ……!?


 私の親友も……みんないなくなって……目も身体中も痛くて……何も見えなくなって!!


 みんな……置いてかないで……! 私を独りにしないでよぉ!! お願いだから……死なせてぇぇ!!】


 


(こ……これは…誰の……? もしかして……シェリー?)




 理屈や原理はさっぱり分からないが__


 リリーナは自身の脳に流れ込む感覚と追憶が、目の前の少女のものであると確信した。




 これを機に、彼女の身体は異変に見舞われる。


 彼女の本心が理解を求めているのか__


 追憶だけでない、少女が胸の内に抱える感覚までもが、強制的に植え付けられていく。



 (ぁれ……? 何で? お腹……いや内臓が……痛い?)



 __突如として、リリーナは体内の奥底、特に消化器官に激痛を覚え、崩れるように膝をついた。




「先輩……? リリーナ先輩!? どうしたんスか!?」

 



 目の前の異変を前に、ラフィアスが狼狽する。


 心配を負わせたくはないが、自身に何が降りかかっているのか、リリーナも理解ができていなかった。



 身体の内側、その至る箇所を刃物で刺される苦痛、立ってなどいられず、呻きの声が込み上がる。





(ぅう……痛い! 目が痛い……内臓が痛い……これって……この子が味わった……苦しみ?


 あれ……誰? 誰かの声……? 頭に響く!痛い……!)




 追憶、感覚、そして感情__


 自身のものではない。


 まるで少女の苦痛が具現化され、神経、身体、意識、全てが飲み込まれるように侵食される。




(まさか……これが 《深層読解の(サイコメトリア・)覚醒共鳴(シンクロゲイザー)》__!?


 シェリー……? 私に何か訴えたいの……?)




 突如して見舞われる苦痛と異変の最中、リリーナは少女の奥底に眠る本心が語りかけてくる__


 そんな予感と感触に見舞われていた。





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