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新科学怪機≪ギルソード≫   作者: Tassy
4.盲目少女と忠犬の絆 編
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第39章 救えぬ現実、汚れた理想(1)



♢♢♢♢♢



 

(………………!!)



 __硝煙の雲が立ち昇る中、


 リリーナは独り呆然と、無傷で綺麗な福祉施設『翡翠の園』のビルを眺めていた。



 その顔に活気や安堵の表情は一切なく、まるで入院していた時のように暗く、青ざめたようなそれ。




「おい……どうしたリリーナ? 深刻な顔して……!?

 やっぱり身体が本調子じゃねぇのか……!?」



「……いや、私は大丈夫。ただ……シェリーが……」



「へっ? シェリーがどうしたって?」




 不思議そうに聞き返すユウキだが、リリーナはそれをよそに、正面の建物『翡翠の園』を見続けたまま、


 そこを目掛けて一心に歩を進める__




(何だろう……この違和感? シェリー……貴女はどこにいるの? 教えて!! 私の《覚醒瞳(アイズ)!!)




 リリーナの瞳は再び、紅色に煌めく《粒子器発動の覚醒瞳(ブレイン=アイズ)》に変化した。


 通常は《ギルソード》使用時に強制的に現れる《覚醒瞳(アイズ)》ではあるが、距離50km内のあらゆる《ナノマシン》を透視・察知できるその眼は、誰かを探す際も役に立つ。




(あシェリーが《ギルソード使い》だから、彼女の輝き(ナノマシン)を辿って居場所がわかる……!


 ……っ? あそこは、あの子の部屋かな? )




 リリーナは、傷1つ無く聳える建物『翡翠の園』の、地上90m程の中階層を見やった。


 彼女の瞳は、その地点にシェリーが放つ淡藤色ライラックの《ナノマシン》の光を透視できている。


 この時点で、シェリーは無事に生存していると、リリーナは確信を得た。


 __しかし、胸の内の不安感は消えなかった。



 その光の動きは、本人の動作をも表す。

 彼女の見る限り、そこで微動だにしていない。


 さらには観測上、その輝きも何故だか弱々しい。




「…………………!」




「ちょ……リリーナ!? 待てって!? さっきから様子が変だぞ!? 何か異変でも起きたってのか!?」





 状況が理解できず、リリーナを呼び止めるユウキだが、リリーナには聞こえれど、意識に届いていない。


 ただ蒼白とした顔のまま__



 目の前の高層ビル『翡翠の園』の中階層に目を留めては、中央玄関へと走り抜ける。



 ユウキをはじめ、ヴィクトリアやルフィールから見たリリーナの後姿は、すぐに遠くなっていった。





「あれ? えっ? どうしちゃったのよリリーナ……?

もう敵のテロリスト達は制圧したし、もう慌てる要素は何も無いんじゃあ……?」




「__なら、行かせてあげなさいよ。あの子にしか持ってない考えと感性で動いてるんでしょう?


 ほら、こっちの仕事に集中なさいよ。

まず捕縛したこの連中、さっさと護送車に乗せて!」



  

「えぇ?分かったわよ!やればいいんでしょ!?

 でも……放っとけないのよねぇ〜!

 リリーナのあの顔、また独りで何か抱えて……」





 ルフィールに促され、事件の後始末に追われるも、


 不安な顔で走り去っていくリリーナの後姿を、ヴィクトリアは見過ごせず、目で追いかけていた。



 __だが、その心境を誰よりも抱いているだろう。


 真っ先にリリーナを追ったのは、ユウキだった。




「悪いなキルト、ヴィクトリア、ルフィール。 ここの仕事は任せるぜ。アイツの様子を見てくる!」



「あぁ分かった、何かと忙しいなお前達は__ 」




 キルトの軽い冗談すら耳に入らず__


 ユウキはただ彼女だけを追って、同じ『翡翠の園』の中央ロビーへと向かっていく。




「シェリー……! シェリー………!!」



 ロビーまでの道中、リリーナはいつの間にか無我夢中になって走り出していた。



 戦闘で荒れ果て、ひび割れた石造りの街道を駆け抜けると、


 ようやくロビーの自動ゲート前に辿り着いた__





◇◇◇◇◇




 軍立病院から大通りの向かい側には地上280m程と高く聳える、翡翠色の高層住宅型ビルが聳え建つ。


 特別福祉支援施設『翡翠の園』__



 他の地上400m級ビル群よりは目立たないものの、一際異彩を放つ翡翠色の外観は、鉄筋のビル群に隠れた泉のようである。



 案の定、軍用の戦闘車両に囲まれているロータリーを過ぎて、リリーナは中央ロビーへと飛び入った。




「はァ……はァ……ここが『翡翠の園』……?」



 長らく全力疾走していなかったリリーナは、呼吸が荒いまま、施設の中央受付へと歩き続けていた。


 本調子に戻ったものの、病み上がりは嫌なものだ。

 通常は大した運動でもないのに、少しの間動かなっただけで、甘えた基礎体力が低下するのだから。



 呼吸を整えつつ、リリーナは一度辺りを見渡す。



 フロアに浮上する、案内用の3Dディスプレイ。

 配膳及び介護に徹する移動式AI制御ロボット。

 高い天井と大きな総合受付カウンター。


 この辺りの設備や構造は、軍立病院と共通しているが、周囲の景観は別世界の如く相違で溢れていた。



 広い中央玄関を囲む、若草色の巨大なステンドグラスには、聖母と天使の肖像が描かれている。

 その景観の神々しさたるや、教会や大聖堂のそれ。


 また、通路を往来する自動機械に紛れて、大型犬や小動物、多くの動物達が、公共施設を闊歩している。



 病院、福祉施設、軍技術__

 

 そんな人間の概念を忘れさせ、ここでは同じ生命が種別を超え、互いに手を取り合って、この楽園で生きているかのようだった。




(……不思議、まるで絵本の世界みたい……)

 



 驚く程に温かな光景__


 リリーナは衝撃を受けつつも、肝心なる情報、シェリーの居場所はどこなのか、


 手掛かりを探るべく、総合受付へ歩いていくと__

 




「おぉ? オイ野郎共! アイツはリリーナじゃねぇか!? 久し振りだなオイ!」



正面から男子同級生の声、聞き覚えがある__



「えっ? あぁ……クラウス? 」



 面食らって見やれば、黄色の学用ブレザーを着た白髪の男子生徒、クラウス=ドランセルが、陽気に笑って手を降っていた。


 彼の周囲には、施設の警護のため、中央ロビーに待機していた学園の十数人生徒達が、一斉にリリーナの元へ集まって来る。




「本当に安心したよ、そういえば、退院が今日だって聞いていたな。ユウキは一緒じゃないのかい?」


 


 もう1人、黒ブレザーを纏う同級生が顔を出す。

 黒髪と眼鏡が目立つ物静かな生徒、

 

 スタイン=アロノード__


 そして彼に続いて、リリーナを知る男子や女子の同級生達が、彼女を案じて次々に集い寄ってくる。



 


「えっと……あのぉ! 心配してくれてありがとう!

後でお礼言うから、ごめんね!


 今はどうしても、安否を知りたい人がいるの!

 シェリーって女の子を知らないかな?

 この施設で生活してるって聞いてるんだけど……!」

 

 


 先を急いで焦るリリーナは、余裕のない目つきと曇った声で、周囲の学園生徒達に問いかけた。



 彼女の慌てた表情を不思議に思いながらも、クラウスや周囲の学友達は、互いに情報を探し、手掛かりを確かめ合う。

 




「あぁシェリーちゃんだろ? 知らねぇワケねぇよ。

指令書に会った第一護衛対象だぞ! もう全部キルトから話は聞いてんだよ!なぁスタイン!」




「そう、彼女の部屋は28階の居住フロアだけど、今はそこから出ないように伝えてある。


 面会は総合受付の了承が必要だが、スタッフは住居者の安全確保に追われている。何か急な用事でも?」




「……いや、ありがと……クラウス、スタイン……」




 言葉では礼を伝えるも、リリーナは内心で困り果てて、その表情は引きつっていた。



 胸の奥の不安が拭えない。気のせいなのか、直感が誠なのか。明確な説明も断定も難しい__


 だが事があっては遅い。迷惑承知でも、強引にカウンターへ問い合わせ、面会しなければ気がすまない。


 そう思い、リリーナ行動に移そうとした。



 その瞬間、今度は背後から老婆の声__




「あら、シェリーさんへの面会ですか? それは良かったわ! 43階の第7居住フロアまで、お供しますよ?」

 


「っ!? レヴェリー先生!?」



 

 声を聞くや否や、リリーナは慌てて振り返った。


 年齢の経過を感じない、淑やかな声帯は、ついこの間まで非常に聞き馴染みがあったからだ。



 振り向けば、その老婆はもう背後に立っていた。



 軍医かつ技術者にして、〈翡翠の園〉の施設創設者

 レヴェリー=シュリーマン__


 170cm程の高身長、癖毛の白髪に尖った魔女鼻、白衣から覗く両腕両足の黒い義肢。


 この老婆の存在感は周囲より群を抜いており、その容姿を見慣れない者も見慣れた者でも、一度はすれ違う際に振り返るという。

 




「……レヴェリー先生! 無事で何よりです! それで、あの子は! シェリーの部屋は43階なんですよね!?」

  


「えっ……えぇそうですけど? 何をそんなに焦って、一体何かありましたの? リリーナさん__?」



「えっと、それが……そのぉ………!」




 シェリーの事実上保護者であるレヴェリーに、状況の説明を試みるも、いざ話すとなると言葉に困った。


 そもそも自身が焦る理由__


 それはシェリーの身体に何かあったのでは、という直感が走っているが故、事態に確証が取れていない。



 そんな彼女の苦悶の表情を見るや否やか、


 次にレヴェリーが発した言葉は、実に意外なもので、リリーナを驚かせた。




「いえ、愚問でしたわ。まずは私と共に、シェリーさんのお部屋へ急ぎましょう!


 お部屋の鍵は私も持っているので、付いていらっしゃい。心優しき騎士ナイトの側近さん__! 」


 



「えっ……!? あの……ありがとうございます!!

本当に……すみません。私……どうしても不安で、でも理由をどう説明したらいいか……」




「何を仰りますの。分かりますよ?

 誠実で、人の変化や起伏に敏感な貴女ですもの、その顔色には事情があるはず__!


 それに、あの子の身体には、()()()()が多くあります。


 まさか、とは思いますが__!

 それを確かめに、私は急いで戻ってきたのです!」




「…………えっ? それって……?」




 リリーナは困惑したが__


 そう言ったレヴェリーの表情は、ただ何気ない落ち着いたそれで、口調も何気なくだった。


 詳細を事細かく問いかけたくもなったが、


 その老婆は、黙ってついて来いと言わんばかりに、黙って奥のエレベーターへと足を運んでいった。



 リリーナはひっそりと奥歯を噛み締めるが、黙って歩を進めて、この者の背中についていくことにした。 



♢♢♢



 __また一連の様子を、学友のクラウスとスタインもまた、傍で静かに、冷静に見守っていた。




「まっ、複雑な事情を抱えてるってのは、傍らから理解はできるが、もどかしいやら水クセぇやら__!

 そう思わねぇか? スタイン__?」




「言いたいことは分かるよ。手助けしたい気は山々だが、第三者の干渉はどこまで許されるのか……!


 彼女と親しいヴィクトリアやルフィールなら、その判断は得意だろう。特にユウキときたら__!」

 



 などと雑談を始めた矢先、背後から、そんなリリーナを追いかけていた者の声が突如響く。




「で? お前らは何してんだ? 外の警備とか見回りはどうしたよ? 今なら腐る程仕事転がってるぜ!」



「うぉ!? ユウキじゃねぇか!?

 あんだよお前! 随分と帰りが予定より早ぇぞ!?」




 学友2人が振り返った目の前には、リリーナを心配して後に続いていた、ユウキの姿があった。


 いつも通りの、どこか投げやりな目つきな彼だが、

 内の奥底で複雑に悩むような、そんな様子がこの時の表情から伺えた。




「どうしたの? リリーナなら、さっきの年配の方と上の階に行っちゃうよ。思い迷うことはあれど、


 君だけは、とにかくリリーナの傍にいなよ」




「あぁ分かってるよ、ったく……!」

 


 スタインに後押しされたユウキは、そうぼやきながら、ゆっくりとリリーナ達の後を追った。





 ◇◇◇◇◇




 福祉支援施設〈翡翠の園〉28階、居住フロア__



 無言のままに、リリーナとレヴェリーの2人はエレベーターを降りる。


 シェリーが身体に抱える『不安要素』とは__


 真相をレヴェリーに問いたくて仕方がないのだが、内なる疑問を赤裸々に吐き出すのは如何なものか、彼女は迷いに迷って、悶々としていた。

 


 実際に、レヴェリーの表情を横目に覗けば、


 先日は穏やかな表情だった彼女が、今は重く深刻そうなそれに変わり果てているのだから__




「……あの、すみません。シェリーの身体って……」



 だが、聞かなければ力にはなれまい。そう思い、迷いを振り切って聞き出そうとした。


 その時__




「セイバー? 一体どうしたのです!?」



「__へっ?」



 レヴェリーの声に、慌てて前を見やると__



 シェリーの忠犬であるセイバーが、高速で階段を駆け下りては、一目散に廊下の奥へ駆け出していった。



 何かあったのだろうか__


 即座にその姿は遠くなっていたが、その傍らに存在するはずの主人、少女シェリーの姿がそこにない。



 そこにもう1人、少女の声がする__



「ちょ……待っ!何だアイツ〜! さっきは歩く元気も無かったのに……急に動きが俊敏になって……!」




 上階のテラスから必死に追いかけたのだろう、


 彼女の親友ラフィアスが、息を切らした疲労困憊の足取りで、ゆっくりと階段を降りてくる。




「ラフィアスさん、これは何が……?」



「ちょ……セイバーを追わなきゃ……! アイツ……シェリーの部屋に……!」



 呼吸絶え絶えに、ラフィアスは懇願するが__




「___セイバー!」




 終える直前、真っ先に走ったのはリリーナだった。



 __2人が目で追いきれない、持ち前の俊敏さと運動能力で、全力疾走するセイバーを捉えて追跡する。




「ちょっ……廊下は走るものじゃありませんよ!?」



 レヴェリーが注意するも、リリーナの姿はない。


 その言葉は、傍にいたラフィアス以外の、誰の耳にも入らなかった。





 __ただシェリーのことだけを思って、リリーナは全速力で駆け出した。





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