・『翡翠の園』と少女達の覚悟(3)
◇◇◇
「分かる……分かるよ、セイバー!
お前が見ている景色、感じてる空気、その感覚全てが私の肌を通して、脳に伝わってくる……!」
自室のベッドに腰掛ける全盲の少女、シェリー=ヘレンズケラーは、彼女の能力の分身、《深層読解の共鳴体器具》を両手に携えては、全神経と意識を自身の能力に注いでいた。
《共鳴体器具》を形成するシェリーの《ナノマシン》、それが彼女の意思と力を具現化させるように__
淡藤色の光と熱を帯びて、少女の全身を覆い包み込む。
「私の目が見えなくても、その感覚と感情はセイバーと共有ができる__!
さぁセイバー、お前の全てを教えて! そして力を貸して! みんなを助けてあげて__!」
シェリーの決意が力に変わって、彼女の《ナノマシン・オーラ》はエネルギーを増大させていく__
◇◇◇
【ゥウワァォオオォゥゥ___!!!】
地上45階、スカイデッキの屋上で__
純白の忠犬セイバーは、主人シェリーの意思に答えるように、猛々しい遠吠えを空まで響かせた。
すると、次の瞬間__
セイバーの目元が《ナノマシン》で覆われ、そこにはバイザー型の『3Dディスプレイ』が現れる。
その形状、その姿は『索敵兵』のそれ__
盲目の主人シェリーに代わって、自らが彼女の目となり、まずは虱潰しに見通し、見破る。
そして、自身と主人を繋ぐ《深層読解の共鳴体器具》の感覚共有を通して、少女に全てを伝えようという__
その覚悟と魂胆が、その姿となって現れている。
「いいねぇセイバー! 頼もしい騎士様だね〜♪
アンタ達だけの秘密の言葉で、教えてやって!」
横にいるラフィアスはご機嫌な笑顔で、右耳に着けたインカムから聞こえるのを待っている。
忠犬の主人、その少女の声を__
『ラフィアス、聞こえてる? 私、シェリーだよ!
全箇所分かってる! セイバーが教えてくれたの!!
敵の人達の隠れた場所! 私が誘導するから!!』
「オッケー♪ よーく聞こえてるよシェリー!
アンタ達の力、遠慮なく借りちゃうからね?
次はどっち? 虱潰しに全部撃ってやるからさ!」
ラフィアスは右耳のインカム越しに、戦意と高揚に満ちた返事を送った__
彼女の右腕、その形状は人間のそれではない。
まるで取って替えたように、その部位は大型の《高熱原キャノン砲》へと、造形変化を遂げていた。
腕部の正体は、隻腕のラフィアスが所有・装着する右腕の《義手型ギルソード:武神創生の武装機械手》__
軍事用に開発された義手型の粒子兵器であり、人型の機械義肢から、今は軍船級サイズの《キャノン砲》へと、彼女の意思で自在に変形させている。
すでに《砲口》からは、凄まじい熱粒子エネルギーが蓄積され、今にも溢れ出ようとして収まらない。
瞬時に、シェリーが合図を掛ける__
『いるっ! ラフィアスから見て左側! 目の前の商業ビルの30階から40階の位置!!
20人くらい? 大人数で隠れてるみたい__!!』
「了解! まだ敵側に目立った動きは無いねぇ!
統率が乱れて混乱してるか〜? だったら好都合!
我が正義の鉄槌を喰らいな___!!」
冷徹な目をしたラフィアスは、攻撃に躊躇ない。
右腕のキャノン砲と化した《武装機械手》の照準を定めるや否や、凄まじい威力の高熱原体と衝撃波の嵐、それを己が砲口から解き放つ__
【……ッ!! ………ッ!!!】
轟音と共に高層ビルは爆炎の炎に塗られ、そこには巨大な空洞が刻まれた。
◇◇◇
「__第1強襲部隊! 状況を報告しろ! そっちで大規模な爆炎が確認された! 攻撃されたのか!?」
別方角の廃墟ビルに潜伏する敵機動隊の兵士が、無線の通信機に必死に呼びかける。
爆炎を咲かせ、黒い硝煙が立ち上る商業ビル中階層は、この距離から目と鼻の先だが、肉眼で見る限り、同志達の無事姿どころか、人影すら見当たらない。
「__クソッ!! 今の奇襲で全滅したな! 一体何が起きてる!? こちらの陣形や動きが読まれたか!?」
この通信兵を含め、当建物に配置された13人が配置されているが、いずれも唐突なる攻撃に対して状況の把握が追いつかなかったが__
次なる指示は、即座に部隊の指揮官から下される。
「狼狽えるな! これしきの事態__!!
簡易型とはいえ、何の為に我々が《ギルソード》を託されていると思ってる!!
さっさと砲撃位置を特定し! 迎撃を………っ!!」
遅かった。指揮官の男が命令するや否や__
無数かつ大口径なる《銃弾》の嵐が猛威を振るい、外壁と屋内一帯を瞬く間に破壊する。
「うぉあァアアアァァ………!! 何だっ!? 何が起きてる……!? 何故我々の作戦がぁ……!!」
銃弾の嵐が止んだ最後、生き残った通信兵は伏せた姿勢のまま、目の前の惨状に震え上がっていた。
硝煙に包まれた一帯は、外壁は疎か、フロアの床面さえ削ぎ落され、高層ビルに開けられた、巨大な空洞と化されていた。
◇◇◇
「__3箇所目も掃除完了。悪いけど時間との戦いなのよ! このやり方は……!
身体の弱いシェリーに負担をかけないうちに、コイツ達を全員討伐してやる!!」
張り詰めるラフィアスの右腕、《武神創生の武装機械手》の武装形態は、すでに《キャノン砲》のそれではない。
__いつの間にやら、対戦車用の《ガトリング砲》に武装が変換されていた。
彼女の《武装機械手》は、装備や形状が1種類だけに限定されてはいない。
状況に応じて、装備種類に《変換》が可能__
それが少女ラフィアスに与えられた《ギルソード》の、特殊能力である。
この戦場において、彼女はそれを使いこなす。
「次は!? セイバー! 位置を見出して私達に……!」
【ウァオォウン!!】
「……何っ!?」
ラフィアスに言われるまでもなく、忠犬セイバーは警告を促すように一声吠える。
何を思って吠えたのか、即座に主人が伝達する。
『ラフィアス逃げて!! 左側から狙われる!!』
「チッ! 気づかれたか!?」
指示通りの方向を向いた瞬間、目に止まったのは、向かい側の高層駐車場から銃口を突きつける敵機動隊の集団__
武器の形状は、過去に製造されたM249型マシンガンやM20バズーカ等を象るが、確実に《別物》。
既存の武装では見るはずのない形態・部品__
彼等の装備には、全てがそれで生成されていた。
十数人でその身を固めては、殺意剥き出しに大口径の銃口砲口をこちらへ撃とうとしている。
♢♢♢
「敵砲撃手の居場所を特定! 福祉施設の屋上にいる、あの少女と思わしき人物が1人!!
それと大型犬が1匹、何らかの索敵武装あり!!」
その高層駐車場41階にて__
攻撃部隊はマシンガン、バズーカ砲を標的の少女に構えながら、攻撃指示を促す。
「クソガキ共がァ!舐めた真似しやがってェ__!
計画を狂わせた報いだァ! 連中に照準を合わせ!!
我等の《簡易ギルソード》で粉砕しろォ!!」
「「「はっ!!」」」
部隊長の命令と同時に、
無数の銃声と砲撃音が空間を轟かす___
◇◇◇
【___ゥルルルル!!】
__睨み、唸るセイバーの視線の先には、その遠くから大量の銃口砲口が向けられていた。
その真正面にセイバーは晒されている。
(クソッ……! 砲撃が直撃する!? 施設への被害は出させない!! もう盾になるしか……!?)
ラフィアスは敵兵の存在に気づくや否や、即座に砲撃は開始された__
無数の《ビーム砲》及び《メガ粒子砲》の雨嵐が注ぎ、彼女を標的に、建物共々破壊しようとする。
『セイバー!! ダメだよ!! 逃げて__!!』
「シェリー安心して!! 私がついてるから__!!」
親友シェリーの悲痛の叫びに答えるように__
ラフィアスは、セイバーの矢面に立ち塞がった。
咄嗟に彼女は、右腕の《武神創生の武装機械手》を盾にするが如く、その腕部で顔の前と胸元を覆い被せる。
「アンタ達を守るのは!! この私だァ__!!」
誓いの叫びが、辺り一帯に轟いた刹那__
少女の機械仕掛けな《右腕》から、銅色の《高熱原体ナノマシン》が大量放出され、『膜』を生成する。
それは、【オーロラ】のような光のカーテン___
その艶やかで幻影的なそれは、襲い掛かる『銃弾』や《ビーム砲》から、少女と傍の忠犬を包み隠す。
一瞬の直後__
爆炎がテラスの屋上テラスに咲き乱れ、灰の硝煙だけが、福祉施設のビル上階から立ち昇っていた__
♢♢♢
「どうだァ!? この集中砲火で生きちゃあいねェ!
始末できていれば、『熱源探知レーダー』からは、反応が消えているはずだ! 確信してみろ!!」
全身を特殊武装で覆う敵部隊の隊長は、絶対的な勝利を確信してか、大層得意げに部下へ命令する。
朗報が返るのを当然と思ってたのだろう__
期待の返答は、即座にその予想と思惑を裏切った。
「……同士隊長! 『熱源レーダー』に反応あり!
焼け跡の火ではなく……かなりの高音で……!
恐らくは……あの標的の生体反応と推測されたし!!
砲撃の硝煙で姿は確認できないが……!
もしや……! 奴が生きている可能性が……!?」
(………っ!? ………っ!??)
隊長の男は一瞬、部下が一体何を言っているのか、理解できなかった。
目を凝らして、目視で確認しようものの、砲撃の硝煙で視界が晴れることはない。
「馬鹿を言えっ! あれだけの砲撃の雨を浴びせたんだぞ! 生きてるどころか骨も残っては……!?
そ……装置の誤反応だろ……!?
燃えカスか何かと……間違えたのか……!?」
混乱した隊長が、小型レーダー探知機を部下から取り上げて、中を覗き込んだ__
視界は硝煙の灰色一色だが、画面内のレーダー探知を表すカーソルは、確かに光って反応を示している。
妙な状況であった。レーダーのカーソルは広範囲に当たって、数千ケルビンという高音を示している。
焼け跡や炎の熱ではない、それよりも高い__
何が起きているのか理解できず、
この状況は、テロ部隊を更なる焦燥に陥れた。
「クソッ……何だこれはっ!? まだ視界は晴れんのか!? ……何だってんだ……!?」
♢♢♢
福祉支援施設〈翡翠の園〉28階、シェリーの部屋。
(この音……爆発音!? ラフィアスは……!? )
唐突の振動と、曇ったような爆発音に、シェリーは独りでに動揺を見せた。
だが、少なくともセイバーの安否なら感じられる。
互いを繋ぐ《共鳴体器具》によって、視力を除く感覚は共有されているのだから__
「セイバー? よかった……無事だね! ラフィアスは……大丈夫なの?
……そう、分かった。
彼女のことをお願い! そのために、お前が全身で感じている光景、その全てを私に教えて……!」
暗い部屋に独り、シェリーは祈るように、両手で《共鳴体器具》を力強く握った。
思いの強さと彼女の集中力が強くなるにつれ、その身体は淡藤色の光が身体を包んで、
《ナノマシン・オーラ》は、輝きを増していく__
♢♢♢
「なっ! 言っただろ!? この施設『翡翠の園』を守護するのは! このラフィアスなんだってさっ!」
ニヤリと誇らしく微笑むラフィアス__
右腕は《ガトリング砲》の形態から、すでに通常の《義手》へと形態を戻している。
逞しくガッツポーズを見せる右腕の《武装機械手》からは、忠犬セイバー共々、高熱粒子で生成された結界のような大膜が張られ、彼女等を守っていた。
楕円形で巨大な、艶やかに煌めく深紅のオーロラ、
高熱原体粒子で生成される《盾の膜》__
これにより、建物の周辺に銃弾や罅ははるものの、少女達の立つ周辺は、全くの無傷だった。
「__新型の《ギルソード》の『新機能』が1つ! 高熱源粒子で生成した防御壁!
《形態:ビーム・シールド》って奴よ!
ここ2年前後に開発された『多機能型の《ギルソード》』には順次実装済み! ……だから、
レヴェリー先生達の技術の恩恵ってヤツだな__!」
誇らしげにラフィアスは微笑むと、その煌びやかな光の盾、《ビーム・シールド》を一旦解除する。
オーロラのような盾の膜が消えた瞬間、彼女達の視界に映るのは、硝煙が消えない灰色の景観__
ラフィアスにとって、これは絶好の機会だった。
「よし今だ!! まだこの灰煙が蔓延してる間が、この戦局を切り開くチャンス!!
私の視覚じゃ、目の前の状況が全く見えないけど!
アンタ達の感覚なら、もう連中の居所とか方角とか、掴めてるんでしょ!?
ねぇシェリー!? セイバー___!!」
『うん!セイバーが教えてくれてる! 匂いで方向も分かってるって!
その灰煙の真正面、敵も様子を見てるかもだけど、誰も一歩も動いていない!!』
「オッケー! それが分かれば__!」
ラフィアスはそう言うと、右手の《武神創生の武装機械手》を敵の方へと手を伸ばす。
その形態は、武装系ではなく通常の《義手》__
しかし、その機械仕掛けの指先には、僅か3mmていどの、小さな風穴が空いていた。
奥で熱を発して、何かを射出しようとしている。
「どうせ近距離、《キャノン砲》までは必要ない!
もう限界だ! これで終わらせてやる__!!
この《形態:5連装ビーム・マシンガン》で!!」
睨むラフィアスの一言と同時に__
指先の銃口から熱と火を吹いて、大火力と粒子弾の集中砲火を炸裂させる。
「「グゥゥ……オオァ……アァァ!!」」
「「ガァッッ!! ウゥ……オァアァァ………!!」」
灰煙から響き渡るは、男達による無数の断末魔__
所々と視界に飛び交うは、血飛沫の噴水__
地獄の騒音がしばらく轟いた後、突如として目の前の灰煙から、爆煙の業火が辺りを覆った。
廃ビルの老朽化した電気配線か天然ガスの配管に、ラフィアスの放つ《ビーム弾》が直撃したのだろう。
対峙する男達がいたであろう潜伏先は、
あの爆煙の中心部__
爆煙の炎に消えていったと、確実に断定できる。
「__終わったよ! よく頑張ったねぇシェリー!」
『……………………』
「……………シェリー?」
何も返事がない。
右耳のインカムからは、音の1つも聞こえない。
__この時、ラフィアスの脳裏を過ったのは、自身こそが考え得る、最悪の戯曲だった。
「嘘でしょ……? シェリー……ねぇセイバー!!
ラフィアスの返事が聞こえない!? アンタはあの子のこと、何か感じ取って……!!」
【……………ヒィン……】
ラフィアスが右横へ振り向いた際、
忠犬セイバーは疲労困憊で体力が弱っていた。
少女の傍にいた時とは打って変わり、窶れたような目つきと顔色で、床に伏せようとする。
「セイバー……! まだだ……!」
崩れるように身体を置く寸前で、ラフィアスは忠犬の胴に装着された誘導器具を掴んだ。
「ごめんセイバー……疲れ切っててるの分かってる!
でもアンタの主人が危険なんだよ……!
アンタ達のアシストで危機を脱せた。それが負担をかけることは分かってた……!
セイバー、本当にごめん……
アンタがそんなに消耗してるんだから……身体の弱ってるシェリーは……明らかに……」
ラフィアスはそう言って、奥底に罪悪感に苛まれながら、その誘導器具から手を放せず、
__そして、動けずにいた。
♢♢♢
軍設立の福祉支援施設『翡翠の園』__
その周辺は今、灰煙が戦闘後の狼煙のように立ち昇って、火薬の匂いが蔓延していた。
その様子を約5km離れた高層ビルの屋上から、密かに観測していた1人の青年がいる。
全身に纏う漆黒のスーツ服。
黒と朱色、妖しく色彩の分かれた髪色と両目。
何故だか微笑を絶やさず、スーツのポケットに手を突っ込んだまま__
青年、カルヴァン=グラックスは、ただ遠くに望む硝煙の塔を冷静に見届けていた。
「〈新聖地創造戦線〉ねぇ、先陣切って特攻してもらったけど、清々しい程の惨敗ぶりだよ__!
別に特殊な事態でも何でもない。
所詮は普通の人間風情だ、《ギルソード使い》の軍学生程度でも相手にならないだろうね__!
__とはいえ、この島国の開発技術には驚きだよ。
例の少女と補助犬だけじゃない。
被検体にしたい《ギルソード使い》がそこら中にいる。
さて、あの鬱陶しい〈創造戦線〉の劣等種達を煽てて、良い気分にさせるのはもう終わりだ。
利用し尽くし戦力を削減、後に配下へ収めるだけ。
__あくまで我々の第1目的はユウキとリリーナとかいう子供2人を抹殺だ。後はついででいい。
どんな厄介者かな? 実証が楽しみだ。フフッ!」
長く独り言を淡々と呟きながら__
カルヴァンは立ち昇る硝煙が灰の雲に変わる過程を、しばらく見つめていた。