・『翡翠の園』と少女達の覚悟(2)
戦火の幕が切って落とされた__
号令と共に、病院や福祉施設周辺に潜伏する『新たな武装集団』達は、一斉に陣営へと躍り出る。
新たに導入された量産兵器、《簡易ギルソード》を手に、その集団は突撃する__
♢♢♢
「__っ!? 伏せて__!!」
攻撃に気づいたリリーナが、真っ先に先頭へ立つ。
《細剣形態:サンセベリア》を右手に、空から注ぐ《ビーム粒子》を瞬く速度で斬り払った。
「えっリリーナ?……《ビーム》を斬った??」
「アンタ!? さては入院中休んでなかったわね!?」
その反応速度に、ヴィクトリアとルフィールは瞼がひん剥かれて唖然としたが、その光景に困惑を覚えたのは、何も味方だけではなかったようだ。
◇◇◇
『なっ……何が起きている!? 仕留めたと思いきや、奴はまだ生きてるぞ! ?
一体何だ!? あの女は何を斬った!? 」
ビルの上層階から的を狙う《簡易ギルソード使い》の狙撃手は狼狽する。
その焦りは周囲の同士達、また無線を通して別拠点の者達にまで伝わり、徐々に伝染していく__
「うっ……狼狽えるなァ!! とにかく撃ち続けろ!!俺達は特攻部隊だァ! 玉砕覚悟で奴等を……!」
「オイ……!? 待て……!? あのガキ……あんな距離から俺達を睨みつけて……!?」
この瞬間、狙撃手が覗いた銃のスコープには、嘘のような絶望的光景が映っていた。
覗いた先では、200m以上も離れた紫髪の少年が、獲物を定めるように視線を放さず、こちらを睨んで微笑んでいる。
逆に狙われていると理解した瞬時__
閃光が差し迫った__
◇◇◇
「__良い反応だぜリリーナ! 今ので遠距離にいる敵の位置がはっきり分かった! あそこだろ__♪」
高層ビルの上層階を見上げるユウキは、笑いながら
利き手の左手で《高速射撃の剣》を翳し、自然の直線上に照準を合わせていた。
凄まじい衝撃波と火力を纏って、破壊光線と化した《剣》は約35階前後へ放たれる__
一瞬の間に雑居ビル16〜21階は爆炎の花火と業火が吹き乱れ、襲撃犯達は塵のように落下していった。
ユウキは目が尖ったまま、まだ笑っている。
「こんな都心部で本格的な戦闘はゴメンだな! ここは手っ取り早く害虫駆除だ!
リリーナ、身体は大丈夫なのか? 確かに人手がより多けりゃ、より短時間で仕事は片付くがよ!」
「私の心配はもう大丈夫だよ! それより、敵が遠い位置から襲ってくるけど? どうするの!?
誘き寄せると被害が広がる! でも遠距離攻撃は駄目、それも周辺や怪我人や損傷の恐れがある!
病院と福祉施設は!絶対に守らなきゃだし……!」
リリーナの不安と相談に対し、ユウキの返答は極めて冷淡かつ、あっさりとしていた。
冷静な真顔だが、判断と覚悟に一切の迷いは無い。
「そこは何も考えるな! この状況下で被害ゼロで市民を守れって? クソ級の妄想だ!
一帯は何度もテロの襲撃を受けてんだぞ!?
施設の住人や周辺市民には、もう避難命令を出してるし、何なら慣れてやがる!
的確な判断なら、別働隊のプロに任せればいい!
戦力がいねぇんだ!
だから俺達だけで、奴等の殲滅を__!」
ユウキはそう叫んで__
両手に《高速射撃の剣》を計8本、鉤爪のように握り、先端を正面に構えたが……
次の瞬間__
ユウキ達は目線の遠くで、一筋の熱源光線が降り落ちるのを見た。
爆炎の花と煙幕が再び地面から顔を出し、建物の外壁が崩れ落ちる__
男達の悲鳴と嗚咽が轟音に混じって聞き取れた。
どうやら、あの物影に敵影が隠れていたようで、友軍からの支援攻撃と推測される。
「何っ? また《ビーム砲》!? でも私達を狙ったわりには、下手すぎるような……!? ねぇルフィール!」
「少しは落ち着いきなさよヴィクトリア! あれは友軍の攻撃でしょ!?
__でもすごいわね。
かなり遠方から狙い撃ちしてたけど!
それできるの、キルトぐらいだと思ってたわよ!」
ヴィクトリアとルフィールが驚くのをよそに、キルトは特別といった反応は見せなかったが__
目の前にいたユウキは、その光景に興奮と高揚を隠しきれずにいた。
「上出来じゃんよ! こりゃ人手は足りるかもなァ。 上等な戦力が期待できるぜ__!」
上機嫌な顔で呟きながら、ユウキは福祉施設のビルの頂上を見上げて微笑を浮かべた。
◇◇◇◇◇
その頃、福祉生活支援施設『翡翠の園』45階、公共用のスカイデッキにて__
右腕に重武装を纏った1人の少女が、高台から地上を見下ろしている。
「オッケー! 良い位置に位置に命中できたよ。
ただでさえ、あの時は病院で我儘を聞いてくれちゃったから、先輩達には、極力手間を掛けさせない!」
そう言って、独りテラスに立っていたのは、施設に住む少女ラフィアス=フィラデルフィアの姿__
その右腕は、軍で開発された《義手》を装着するが、その形状は、まるで見慣れたそれではない。
肘から先端が、空母の『対空砲』のような__
銀色かつ硬質で機械仕掛けな大筒が、その右腕を強固に覆っている、ように見える__
いや、正しく腕の形状はそれに相違ない。
上半身に着飾る学生用の黒ブレザー、素材の布は右腕部の二の腕まで、確実に纏わっているのに、そこから先が腕の形をしていないのだ。
まるで改造手術でも受けて、文字通り『対空砲』に腕を据え替えたような外観の、それ__
しかし、《砲台》の先端をよく見れば、構造は既存兵器ではなく、太陽光や熱を吸収する《簡易ソーラーシステム》のような小型パネルが備わっている。
ラフィアスの右腕は、単なる『義手』ではない__
立派な彼女の《ギルソード》であり、今の右腕は《高出力メガ粒子砲》の役割を存分に果たす__
「__本来なら、 誰の負担をかけずに私だけで戦えたら良いのにって思うわよ。
この神様から貰った腕、《武神創生の武装機械手》さえあれば、私は幾らでもシェリー達の盾になれるのに__
でも、【アンタ】の主人が望んでないんでしょ?
ほら、この風景はどう見えてる?
シェリーに伝えてあげるといいよ!
その目から見える位置や光景、感じた感情をあの子に全部、ねっ__!」
そう呟いたラフィアスの傍らには__
盲目の少女シェリーに仕える忠犬、ホワイトシェパードの【セイバー】が、凛として共に立っている。
シェリーの補助犬なのに、
何故だかラフィアスと共にいた。
尚且つ、その胴体に装着されているのは《誘導器具》ではない__
少し長い、細い棒状の何かが突き出ていた。
形状は正しく、戦場で通信兵が背負うバックパック通信機から飛び出る、そのアンテナ__
それに酷似している。
【ウァオォウォウン!!】
忠犬セイバーは、何かを知らせるような遠吠えを1つ、その高台から叫んでみせた。
♢♢♢
__同時刻、
福祉支援施設〈翡翠の園〉28階、シェリーの寝室。
「分かるよ、セイバー! お前がラフィアスと一緒に何を見ているのか。
私達は繋がっているから、全部を分かり合いたい!」
電気を消した、薄暗いベットに腰掛けて__
盲目の少女シェリーは、右手に金具のような何かを携えて、そう呟いていた。
その手にする金具の形状は、あの忠犬セイバーに装着されている、あの《誘導器具》の取手。
その正体は、少女と忠犬が互いに所有し、かつ共有する《ギルソード》__
名は《深層読解の共鳴体器具》__
「セイバー、力を貸して! ラフィアスと私達で、この施設で暮らす人達を守ろう!
私は目が見えないけど、この《共鳴体器具のおかげで__
お前が何を見ているのか、何を思っているのか、この肌を通して伝わってくる!
私はセイバーと一緒なら、きっと何だってできるし、どんな痛みも堪えられる!
我儘な主人だって思ってるよ、ごめんね__!
でもお願い!あの時に私達を守って戦ってくれたリリーナさんを、今度は私達が助けなくちゃ__!」
少女シェリーが覚悟し、決断したその時__
彼女に見えてはいないが、手元に握る《共鳴体器具》は、艶やかな淡藤色の光を帯びて、輝き出した。
離れた屋上に立つ忠犬セイバーと、その覚悟を共鳴するように__